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二十九話 「土器は持ってくる。水の方を頼む」

 相変わらず、弓の弦として使うのに耐えそうな強度の繊維が見つからない。

 それが無ければ弓が作れず、弓矢作りに関する作業は止まったままになっている。

 土器作りの方は、まだ乾燥期間中。

 毎日少しずつ追加の土器も作っているのだが、最初の土器をまだ焼けていないので、上手くいくかわからない。

 とりあえず火をおこしてみようかとも考えた。

 だが、希少な木材を消費するのは如何なものか、という考えが拭い去れず、思いきれなかった。

 ゴブリン達は食事が必要ないし、夜目も利くので明かりも必要ない。

 絶対に、早急に火が必要か、と言われれば、そうでもないというのがりあむの判断だ。

 これが人間ならば一刻も早く火をおこそうと躍起になるところだろうが、ゴブリン達は人間ではない。


 とりあえず作業は進んでいるのだが、これといった成果が上がらない日が続いている。

 今まで作ってきた道具の量産も進んでいるし、ナイフなどの小物作りも成功はしているのだが。

 やはり、何かしら大きな成果が欲しい。

 今のゴブリンには、少しでも早く成果が必要なのだ。

 なにしろ、何時人間が襲ってくるかわからないのである。

 備えは早くするに越したことはない。


 今になって考えると、襲撃の時にりあむがいなかったのが悔やまれる。

 相手がどんな力を持っているのか、正確に知ることができるからだ。

 ゴブリン達から聞き取りはしているが、百聞は一見に如かず、ということわざもあるように、やはり自分の目で見るのが一番確かだと思われた。

 外でゴブリン達の動きを止めたという魔法が気になる。

 大人数の動きを一度に止める魔法とは、どんなものなのか。

 突然、圧倒的な身体能力を見せたという人間については、言葉だけでは正直意味が分からない。

 老ゴブリン達の一斉攻撃を素手でさばくというのは、もはや化け物ではあるまいか。

 そんな連中を相手にするのに、現状の武器ではあまりにも頼りない。

 というより、実際一度敗北しているのだ。

 為すすべなく、というような有様だったらしい。

 考えるだけではらわたが煮えくり返りそうな話だ。

 一体どんな様子だったのかは想像するしかないが、それには限界がある。

 対策をするためにも、少しでも正確な情報が欲しいところだ。

 無いものねだりだというのは、りあむも重々承知ではあるのだが。


「んあぁああああ!! もっとこう、できることってないのかなぁ!」


 頭を掻きむしりながら、りあむは空中でくるくると回転する。

 もう見慣れた光景なのか、ゴブリン達は全く動じることなく作業を続けていた。


「焦りが募るんだよなぁー。人間もしばらくは来ないだろうとは思うんだけど。うーん」


 そんなことをつぶやきながらくるくる回っていると、ふと、洞窟の隅に並べて置いた土器が目に入った。

 毎日少しずつ作っているので、中々の数になっている。

 そろそろ置き場所が無くなってくるので、保管の方法を考えなければならないだろう。


「ん? あれ?」


 何の気なしに土器を眺めていたりあむが、急に顔色を変えた。

 空中を泳ぎ、顔を近づけてよく見てみる。


「乾燥してる?」


 土器の表面が乾き、元の濡れたような色から、いわゆる土色に近くなっているように見えた。

 りあむの記憶が確かなら、これは焼く直前位の色合いのはずだ。


「ケンタ。ちょっと、これ持ち上げてみてくれる?」


 言われるまま、ケンタはりあむが指さした土器を持ち上げた。

 特に崩れる、といったようなことはない。

 形をきちんと保ったまま、持ち上がっている。


「感触はどう? やわらかくて、握ったら潰れそう、とか」


「硬いな。そう簡単には崩れそうにないが」


 どういうことだろう。

 期間的に、まだ乾燥は終わっていないはずなのだ。

 村の役場で作業をさせられた時は、二週間から、物によっては一か月は乾燥にかかったはず。

 こんなに早いはずは。

 そこまで考えて、頭を振る。

 地球では確かにそうだったが、ここでもそうだとは限らない。

 なにしろ、ゴブリンが木になり、ドラゴンが喋り、魔法なんてものがある世界なのだ。

 りあむの持っている知識と多少ずれていたところで、むしろ当然とも思える。

 こうなったら、一度焼いて試してみるのもいいかもしれない。

 どうせ、最初のうちは上手くいかないだろうことはわかっているのだ。

 ちょっと予定よりも早めに焼いてみたところで、問題はないだろう。

 失敗して元々、上手く行ったら儲けものである。


「となると、火をおこす必要があるか。ちょっと準備が大変だけど」


 りあむは腕組みをすると、必要な準備について考え始めた。




 冒険者三人組と、雇い主であるバッフは、森の中を進んでいた。

 拠点の設営場所まで、移動するためである。

 ゴブリン・ツリー観察にかけるバッフの情熱は相当なものらしく、荷物は驚くような量になった。

 クード達はなるだけ荷物は減らすように、と伝えたのだが、バッフは問題ないとかなりの物資を用意したのだ。

 実際のところ、確かに問題はなかった。

 最終的に用意された荷物の大半を、バッフが一人で運んでいるからだ。

 といっても、腕力で担ぎ上げているわけではない。

 魔法を使って運んでいるのである。

 荷物を浮き上がらせ、移動させる、というものだ。

 便利な魔法であり、珍しい種類のものではない。

 だが、本来は荷物の積み下ろしに使ったり、数メートルの移動に使ったりするようなものであった。

 消費魔力も大きく、集中力も必要とされるため、とても長時間使えるようなものではない。

 だが、バッフはそれを移動をしている間中、使い続けているのだ。

 それも、並の術者では持ち上がらないであろう量の荷物を、である。


「無茶苦茶だよ。エルフって無茶苦茶だよ。ねぇ、リーダー。これって俺達いるのかな。依頼人だけでよくない?」


「そうはいってもさぁ。お金貰ってる以上、仕事はしないとでしょ」


 引きつった顔のパラパタに、クードは苦い表情で答える。

 実際のところ、バッフ一人でも観察することは可能なはずだ。

 クード達が雇われたのは、要するにゴブリン・プラントと接触した経験を買われたのだろう。

 ほかにできることと言えば、拠点の設営とその維持。

 料理やら洗濯やらの雑務程度だ。

 通常こういう場合、冒険者に求められるものは護衛としての戦闘力だろう。

 しかし、この依頼人に護衛は必要ない。


「あんた達ホントにものを知らないわね。大抵のハイエルフは、加減が苦手なのよ」


 ヴェローレの呆れたような物言いに、クードとパラパタは顔を見合わせた。


「ドラゴンが襲ってきたゴブリン一匹に合わせた大きさのブレス吹くと思う? 辺り一面焼け野原にするでしょ。それと似たようなもんよ」


「あー。襲われても当人は一切怪我もないけど、周りが吹っ飛ぶ、と」


「こっわ」


「そんな騒がしくしたら、観察するどころじゃないでしょ。だから、静かに護衛することも求められてるのよ」


 実際、このヴェローレの予想は当たっていた。

 種族的な理由から、確かにバッフは化け物染みた力を持っている。

 だが、戦いが専門ではないためか、力をうまく振るうのが苦手なのだ。

 実戦になるとどうしても力任せになってしまい、周囲に多大な被害が出る。

 静かに観察をしたいバッフにとっては、致命的なことだろう。


「ま、あくまで予想だけど。そのぐらいの心構えでいたほうがいいって話よ」


「そういうことなら、気合い入れないとヤバいかもな。魔物を倒す余波で俺らも焼かれたりしたら、シャレにならん」


 パラパタは、なんとなくその様子を想像してみた。

 弱い魔物が飛び出してきて、バッフが反射的に魔法を放つ。

 ヴェローレが本気で放つのと、同じような規模の破壊魔法が吹き荒れる。

 それに巻き込まれる、哀れな冒険者三人。


「俺、絶対近づいてくる魔物見逃さない」


「そうして。っと」


 ここで、クードが進む速度を緩める。

 話している間も、三人はかなりの速さで森の中を進んでいた。

 平地で馬が走るのと、あまり変わらない速度だ。

 B級冒険者というのは、その程度のことができる連中なのである。


「そろそろ、野営予定の場所に着きます!」


「へっ!? あ、はぁーい! わかりましたー!」


 クードが声をかけたのは、三人の後ろからついてきていた、バッフにであった。

 驚いたような反応を見せたのは、それまで何やら書き物に没頭していたからである。

 バッフは冒険者三人を追走しながら魔法を行使しつつ、書きものに没頭していたのだ。

 何を書いているのかよくわからないが、ゴブリン・プラントにかかわるものらしい。


「怖いよハイ・エルフ。何するかわかんないんだもん。どういうスペックしてるんだよぉ」


「いうなよ。これからしばらく一緒にいるんだぞ俺ら」


 明日には、ゴブリン・ツリーの洞窟が見えてくる地点に着く予定だ。

 拠点の設営場所の選定は、それから行うことになっている。


「そうなんだよなぁ。どのぐらいの期間なのかなぁ、実際」


「二か月位は覚悟した方がいいわよ。ああいう手合いはシツコイから」


 ヴェローレの言葉に、クードとパラパタはそろってため息を吐いた。




 火を起こす方法はいくつかあるが、りあむは弓きり式という方法を選んだ。


 長い棒に、紐を張る。

 先を尖らせた「火きり棒」と呼ばれる棒を、そこ紐にぐるっと回しつける。

「火きり板」と呼ばれる、やわらかめの木材に穴をあけたものを用意しておく。

 火きり板の穴に、火きり棒の尖った部分を押し付ける。

 このとき、火きり棒の反対側は、別の木材などで押さえつける。

 あとは、弓を左右に弾くと、紐によって火きり棒が高速で回転する。

 摩擦によって熱が発生し、火の粉が生まれる。

 これを、可燃性の高いものに移して、息を吹きかけるなどして燃え上らせる。


 かなり大雑把に噛み砕いた説明だったが、意外なことにゴブリン達はあっさり理解してくれた。

 どうやら、元々「摩擦熱」に関する知識があったらしい。


 手のひら同士や、木の枝をこすり合わせると、熱くなる。

 こすり合わせる速度が速いほど、熱量は増す。

 だから、ものすごく木をこすり合わせれば、きっと火が出るのだろう。


 そんな風に、理解してくれたようだ。

 こすると熱くなる、という知識があるのならば、話は早い。

 早速道具を作ってもらい、実践してみることになった。

 初めて作る種類の道具になるが、作業班の面々には特に戸惑いなどは見られない。

 思いのほかあっさりと、道具を作ってくれた。

 どの材料も、既に使い慣れたものだったからだろう。

 弓の弦の部分には、細い縄を使った。

 実際の弓矢に使うものではないから、多少太かろうが構わないのだ。

 少し前までなら苦労したであろう「棒を尖らせる」という作業も、今となっては簡単である。

 フェザーワイバーンから譲り受けた素材から作ったナイフで、あっという間に完成。

 モノを削ったりする作業も、もはや慣れたもののようだ。

 最初のうちこそ指先を切ったりしてりあむをはらはらさせたりしたが、今ではすっかり扱いこなしている。

 やはり、ゴブリンの学習能力はかなり高いようだ。

 片足のゴブリンと老ゴブリン一匹が道具を作っている間に、ケンタと残り二匹の老ゴブリン達は、燃料集めをすることになった。

 森へ行っての作業だが、集めるのは木の枝と枯れ葉程度なので、森と荒れ地の境目辺りまで行けば事足りる。

 そう危険な作業ではない。

 危険ではないのだが、りあむはケンタと老ゴブリン達にフル装備で作業に当たらせた。

 曰く、何があるかわからない、ということである。

 余計な荷物になるだろうに、ゴブリン達は文句ひとつ言わなかった。

 必要なものを手早く拾い集め、そそくさと洞窟へ戻る。

 戻ってきたころには、すでに必要な道具はすべて出来上がっていた。

 弓、火きり棒、火きり板、火きり棒を抑えるために使う穴の開いた木材。

 火種を大きくするための燃料も、用意してもらった。

 紐を作る過程で出た、植物の繊維をまとめたものだ。

 肝心の紐の材料としては強度が足りないものでも、こういう使い方はできる。

 細い植物の繊維というのは、とても燃えやすい。

 からからに乾燥しているものを選んだので、きっと十分に役割を果たしてくれるだろう。

 燃料になる枯れ葉なども、なるだけ乾燥しているものを選んできた。

 早速、作業に取り掛かることにする。


「じゃあ、早速やってみようか」


 もう一度ざっくりと説明をしてから、りあむはゴブリン達に作業を開始してもらうことにした。

 とはいえ、そう簡単に火が付くとは思っていない。

 数日は試行錯誤することになるだろうと、りあむは覚悟していた。

 なにしろ、火起こしというのは難しい。

 慣れている人間ならともかく、ノウハウが全くないところから始めるのだ。

 そうそう上手くいくはずがないと、考えていた。

 ところが、事態はりあむの予想とは全く違う結果となる。

 ゴブリン達が弓を左右に動かし始めると、ほどなくして白い煙が上がり始めた。

 煙が出ているということは、上手く熱が起きているということだ。

 比較的簡単といわれる弓きり式とはいっても、ずぶの素人がこんなに早くここまでできるだろうか。

 驚いているりあむを他所に、煙が出ている部分を覗き込んでいた片足のゴブリンが、顔を上げて声を上げる。


「あかい、ひかり。ちいさいの。いくつか、でてきた」


 どうやら、火種ができたらしい。

 りあむは慌てて、指示を飛ばす。


「さっき用意した繊維の塊で、それを受けてください! それから優しく包んで、息を吹きかけて! あ、吹き消さないように最初は優しく! 優しくね!」


 慌てふためくりあむとは違い、ゴブリン達は冷静だ。

 素早く、それでいて落ち着いた手つきで、赤くなった火種を繊維の中に移す。

 それから、ゆっくりと息を吹きかけていく。

 ほんの数回で白い煙が一気に吹き上がり、そこからまた数回息を吹きかけると、火が上がった。


「火! ついたっ! 枝のっ! 枯れ葉のところ! はやく! いれて!」


 しっちゃかめっちゃかに慌てているりあむを横目に、ゴブリン達はややおっかなびっくりといった手付きながら、的確に作業を進めていく。

 火のついた繊維の塊を、小枝などを積み上げた中に投げ込む。

 こちらにも、息を吹きかける。

 ただ、そんなことをするまでもなく、よく乾燥した細い枝には、あっという間に火が付いた。

 見る見るうちに、積み上げた火は大きくなっていく。


「すごい。一発でこんなに簡単に! まあ、毎回こう上手くいくとは思わないけど」


 ビギナーズラック、というヤツかもしれない。

 しかし、一度でもうまく火が付いたというのは、大きな経験になる。

 警備にあたっていたゴブリン達も、手を止めて火に見入っていた。

 りあむも、呆然と火を見つめている。


「よし、どきのじゅんび。あと、みずをくんでこないとな」


「土器は持ってくる。水の方を頼む」


「まかせろ」


 りあむが呆然としている間にも、老ゴブリン達と片足のゴブリン、ケンタは、さっさと準備を進め始める。

 今のところりあむの試みがある程度でもうまくいっている背景には、こうしたゴブリン達の優秀さがあるのであった。

今回はちょっと分量少なめです、キリがいいので

でも、ぶっちゃけこのぐらいの量の方がいいのかな

みたいな気もしたり

まあ、その時々によって変わってくると思うんですけれどもね

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、洞窟に置いてたからツリーが土器の水分を吸い尽くした訳か 隙有らば何でも吸収するゴブリンツリー△ 火が簡単に点いたのも極度に乾燥していたからなのかも?
[一言] ハイエルフさん、火をおこしているゴブリンたちを見てどう思うんだろう。 あとハイエルフさん、ゴブリンツリーと仲良くしたいならその冒険者たちを護衛にするのはやめた方がいい気がする。
[一言] 観察しながらメッチャ興奮してそうよな(゜ω゜)
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