二十八話 「槍、斧、ボーラだな。やっぱり」
洞窟の周囲の整地作業がようやく終わり、石垣作りはいよいよ石の積み上げの段階に入っていた。
石を運び、それをどんどん積み上げていく。
積み上げるときの注意点などは、事前に伝えてある。
今のところ、作業はゆっくりとだが確実に進んでいるようだ。
りあむが気にしていた石の積み上げ方も、問題は特になさそうだった。
疲れを知らないゴブリン達は、りあむが教えた作業の注意点を忠実に守りながら動いてくれている。
種族的特徴なのか、ゴブリン達は「楽をしよう」とか「こんなものでいいだろう」といったような妥協を一切しない。
どうにかして面倒な仕事を避けようとするのは、道具などを発展させていく原動力の一つだ。
それが全くないというのも不安になるりあむだが、どうも精霊であるりあむからの指示だから、という側面も強いようだ。
自分達でも道具を工夫して使ったり改良したりしているので、一応問題はないらしい。
あるいは、「面倒だ」「楽がしたい」といった発想は、精霊に任されているのだろうか。
だとすれば、ゴブリン達に少しでも楽をさせられる発想は、りあむによってしかもたらされないのかもしれない。
大変なことをそうとも思わず行っているゴブリン達を助けられるのは、自分だけではないか。
りあむは自分の肩にかかった責任の重大さに、改めて気持ちを引き締めた。
順調なように見える石垣作りだが、もちろん問題もある。
その一つは、石材の確保だ。
石垣に使えるような大きな石というのは、たくさん近くに転がっているものではない。
あちこちから運んでくることになるわけだが、それなりの大きさがある分、重たかった。
運んでくるのも大変だ。
近くならば、数匹がかりで手運びでもいいのだが、距離があるとそういうわけにもいかない。
縄と木材を使い、数匹で担ぎ上げる形で運ぶことになる。
ゴブリン達も慣れたもので、危なげなく作業をしているのだが。
見ているりあむの心臓には悪かった。
怪我でもしやしないかと、ひやひやしている。
少々心配症が過ぎるといっていいだろう。
段々と過保護になりつつあるりあむである。
公務員時代に手伝わされた「野面積み体験ツアー」のおかげで、石垣の積み上げ自体には問題ない。
事故などもなく、そちらに関しては順調といってよかった。
石垣作りに並行して、道具の製造も進んでいる。
もう少しで、人間の襲撃とアクジキ討伐のために消耗した分を取り戻せるだろう。
備蓄分を蓄えられるようになるのも、もうすぐだ。
フェザーワイバーン経由で大量の骨材が手に入ったので、製作班で刃物を試作することにした。
牙の部分や、尖っている部分を選び、なるだけ平らな石で研磨していく。
よく鋭い牙などを指して「ナイフのような」と言ったりするが、この世界の動物の牙は、りあむの想像をはるかに上回っていた。
通常のナイフでいう刃の部分がしっかりと付いた、あとは柄を付けるだけで完成するような形状のものがあったのだ。
刃渡りは、ゴブリンの中指より少し長いぐらいだろうか。
地球で言う「フラワーナイフ」のような形状で、鍵爪状の内側に刃が付いていた。
どんな形でもとりあえず使えればいいということで、一先ずこれを研いでみることにする。
もっとも、元々かなりの鋭さがあっただけに、表面の汚れを落とした程度で、すぐにナイフとして使うことができた。
それにしっかりとした柄を紐で縛り付けて、試作ナイフの完成だ。
とりあえずでもナイフを作ったのは、弓を作るためである。
流石に加工道具なしで、弓は作れない。
石のナイフなどの既存の道具で作ってもよかったのだが、如何せん細かい作業は難しかった。
とりあえず試作の一本しかないが、これで何とかそれなりの細工ができるはずだ。
一匹のゴブリンだけで弓の試作を始めることにして、ほかのゴブリンは骨を使った刃物の制作をつづけることにする。
弓を作り、それをクロスボウに改造していくことは、近々の課題だ。
今のところゴブリンには、投げ槍とボーラしか、まともな遠距離武器が無い。
相手と距離を置いて一方的に攻撃ができる武器というのは、非常に魅力的である。
なにより、ゴブリン達に危険がおよぶ恐れが激減するというのがいい。
今ゴブリン達にある技術では、クロスボウを無事に作れたとしても、かなり大型のものになってしまうだろう。
それでも、ゴブリンツリーと洞窟を守るには十分だ。
動かす必要が無いのだから、石垣の上に備え付けてしまえばいい。
もちろん、今作っている石垣は、それも考慮してある。
将来的にクロスボウを置く場所を、既に設計の中に入れてあるのだ。
今のペースで行くと、クロスボウが先か石垣の完成が先か。
微妙なところかもしれない。
りあむとしては、できるだけ早くクロスボウを作り、技術を蓄積して小型化させていきたいのだが。
どんどん物を作っていきたいが、そううまくも行かないのが難しいところだ。
そんな作業をしているうちに、ついに待ちに待った瞬間がやってきた。
二匹のゴブリンが、生まれ落ちたのだ。
ゴブリンツリーになっていた実が地面に落ち、中からゴブリンが現れる。
若々しくて瑞々しい、まったく傷のない肌をしたゴブリンが、二匹。
一匹は普通のゴブリンで、もう一匹はケンタと同じ特別なゴブリンだ。
「まま?」
「ママじゃないよ。私はりあむ。木の精霊で、君たちの仕事仲間。ママはあっち。ゴブリン・ツリー」
ケンタとしたのと同じようなやり取りを経て、二匹のゴブリンは無事に仲間に加わることとなった。
生まれたてのゴブリン達は、とりあえず外へ出て日の光を浴びる。
光合成をしつつ、先輩ゴブリン達から知識を得るのだ。
そのあと、日に三回行われる、すべての班が集まっての申し送りの時に、どこかの班に組み込まれることになる。
どこの班になるかは班長同士が話し合って決まるのだが、恐らく別々の班になるだろうという事だった。
一度に二匹も新しいゴブリンが入るのは、初めてだという。
二匹のゴブリンをずっと眺めて居たいりあむだったが、そういう訳にもいかない。
「木の記憶」と、打ち合わせをしなければならないからだ。
今後のゴブリンを産み出す予定や、計画などを話し合わなければならない。
「今のペースで獲物を捕らえられていれば、十四日から十五日ペースで、普通のゴブリンなら完成できる、と」
「木の記憶」のページから、光が発せられる。
新しい文章が浮かび上がった印だ。
予想以上に収穫が多かったことと、前回の人間による襲撃でゴブリンが生まれるペースが大幅に乱れました。
今までの基準が、役に立たなくなっています。
「うーん。ちょっとペースを抑えて力をためることってできる? で、何匹かに一度、特別なゴブリンを生むの」
可能です。
なるだけ数を維持、できれば増やしつつ、特別なゴブリンの数も増やそうというのですね。
「そう。今のところそんなに差が無いように感じるけど、将来的にどうなるかわからないしね。物を投げやすい体つきらしいってのは大きいよ。言葉も流暢にしゃべれるみたいだし」
将来性に期待、ということですか。
調整してみることにします。
「それにしても、人間の襲撃なぁ。魔石だけが目的だったんだろうね、やっぱり」
人間の襲撃を、りあむは自分なりに分析していた。
連中の目的はおそらく、ゴブリンの魔石だったのだろう。
何故ゴブリンの魔石を得ようとしてたのかは、わからない。
あるいは人間にとってゴブリンの魔石は、何か有用なものなのだろうか。
推測するしかないが、多分そうなのだろう。
魔石を抜き取った後わざわざ「手当」と思われることがしてあったのは、そうすれば回復すると知っていたからだ。
何故そんなことをしたのかと考えると、りあむには一つしか思い浮かばなかった。
また、取りに来るつもりなのだ。
ゴブリンを生かさず殺さず、搾取するつもりなのである。
なんと邪悪なことを考えるのだろうか。
これだから自ら霊長などと名乗る連中は信用できないのだ。
信じられるのは、同じ木から生まれたゴブリンだけである。
まあ、とはいえこの推測が完全に当たっているとも、りあむは思っていなかった。
これだけの材料ですべてを推測できるほど、りあむは自分の頭のことを信用していない。
むしろ、できは悪い方だと思っていた。
そうでなければ、生前にもっといい暮らしをしていたはずだし、あんな間抜けな死に方はしなかっただろう。
「くそっ! 人間め、人間共め! 二度とゴブリン達に手出しさせないからな! 次に来る時までに、石垣とクロスボウを完成させてやるんだ! でもって、絶対に追っ払ってやる!」
恐らく、人間は強い。
りあむは現場の様子を見ていないが、聞く限りではかなり一方的にやられたという。
非常に悔しいが、人間は強く、ゴブリンはまだ敵わないのだ。
だからと言って、一方的に搾取されてたまるものか。
「次に人間達が来る時までに、せめて追い返せるように。その次に来る時までには、襲ってきた連中を返り討ちにして、ゴブリンツリーの根元に埋められるぐらいにするんだ!」
りあむは興奮した様子で叫びながら、両手をぶんぶんと振り回す。
ケンタと「木の記憶」はそんな様子を、表情の読めない顔で眺めていた。
狩りや作業についての指導を受けている生まれたてのゴブリン達を眺めながら、りあむはニヤついていた。
りあむが誕生に立ち会ったのは、これが二回目になる。
一回目は、ケンタだった。
ずいぶん昔のような気がするが、実際にはつい最近のことだ。
ゴブリンの成長は早い。
そして、寿命は短い。
まだゴブリンの死には立ち会っていないが、きっと近いうちに直面することになるだろう。
その時に、そのゴブリンが少しでも安心して逝けるようにしなければならない。
種としての在り方から、ゴブリン達は常に狩りと戦いに身を置かなければならなかった。
なので、安らかな死というのは、難しいだろう。
だからせめて、これから先、仲間の未来は明るいのだと思えるような。
自分の死は無駄ではないのだと思えるような状況を、作っていかなければならない。
そうしたい、ではなく、そうしなければならないのだ。
今のりあむの存在理由は、それだけだといっていい。
自分の、「木の精霊」としての存在にかけて、ゴブリン達に繁栄を。
そのためにできることは、片っ端からやらなければならない。
取り立ててまずやるべきことは、なんだろう。
そう考えたりあむの頭に、ピンと閃くものがあった。
「そうだ。班の名前考えとこ」
恐ろしく小さなことのようだが、こういうことの積み重ねが大切なのだ。
ゴブリン達は、基本的に三つの班に分かれて行動している。
それぞれがローテーションで、ゴブリンツリーの護衛、採集、狩猟、を行っていた。
だた、それぞれの班に呼び名が無く、これが意外と不便だったのだ。
そもそもゴブリンは、基本的に自分達に関する固有名詞を持っていなかった。
何しろ、ここのゴブリンを示す名前もないぐらいだ。
りあむとしては不便そうに感じるのだが、ゴブリン達はまったく不自由していないようだった。
どうも、ゴブリン独特の感覚のようなモノがあるらしい。
残念ながらそれがどういったものなのか、りあむにはよくわからなかった。
とりあえず、その謎の感覚を尊重して、今のところケンタ以外のゴブリンには名前を付けていない。
文化的なものであるなら、下手に壊さないほうがいいと考えてのことだ。
ただ、ゴブリン達は特に固有名詞を使うのに忌避感があるわけでもないらしい。
どのゴブリンも、ケンタのことは「ケンタ」と普通に呼んでいる。
一体どういうことなのか詳しく調べてみたい気もするが、今はそれよりも重要なことが山積している状況だ。
その辺の調査は、今後の楽しみということにしておくべきだろう。
さて、りあむが「ゴブリン達の感覚の尊重」を脇に置いて、班ごとの名前を付けようと考えたのには、理由があった。
りあむ自身にとって恐ろしく不便だからだ。
ゴブリン達は基本的に、班ごとに行動をしている。
となると自然、指示も班ごとにすることが多くなった。
だが、それぞれに呼び名が無いので、「前に大きなカメみたいなの取ってきた班」とか「大きな丸太運んできた班」といった具合に、特定の班を示すときやたらと手間がかかるのだ。
これではあまりに効率が悪い。
今後、各班への指示は、ますます複雑になっていく。
合同での作業なども増えるだろう。
そうなると、班の名前が無いことでの指示効率の低下が、無視できないものになる恐れがある。
「でも、班の名前か。名前。何がいいだろう」
ケンタの例を見れば分かることだが、りあむはネーミングセンスが無かった。
ゴブリンらしい名前の方がいいだろう。
三班あるから、当然名前も三つ必要だ。
あれこれ考えた末、ようやくひねり出した。
「槍、斧、ボーラだな。やっぱり」
やはり、りあむにはネーミングセンスが無かった。
ゴブリンで三つと言えば、普段使っている武器であるそれしか思い浮かばなかったのである。
この発想の貧困さが、ネーミングセンスの無さに響いているのだろう。
「よし、みんなが集まったところで、発表しよう」
りあむは若干ドヤ顔で、大きくうなずいた。
いい名前が付けられた、と思っているのだ。
「いい名前だと思わない?」
「そうだな」
自信満々で尋ねられ、ケンタはそう返した。
りあむはその返事を聞き、大変満足そうにうなずく。
もしりあむがもう少しゴブリンの表情を見分けることができるようになっていたら、この名前を思いとどまっていたかもしれない。
ケンタの表情は、それだけゴブリン的にわかりやすい感じになっていたのだった。
りあむとしては少しでも早く作業を進展させたかったのだが、そう都合よくはいかない。
大事な仕事を確実に丁寧にこなそうとすれば、当然時間もかかる。
弓の試作は、りあむが思ったようには進まなかった。
本体の試作加工には何とかこぎつけたのだが、弦がどうにもうまくいかなかったのだ。
様々な植物の繊維で試しているのだが、どれも強度に不安があった。
弓というのはその性質上、丈夫な弦がどうしても必要だ。
途中で切れてしまうようでは、危なくてとても使うことなどできない。
戦いの最中に切れてしまうようなことがあったら、話にもならないだろう。
事前にはいくつか期待していた候補もあっただけに、落胆は大きかった。
こうなったら、とにかく数をこなして確かめていくしかない。
やきもきするが、こればっかりは焦ってどうにかなる類の事ではなかった。
「んー。すぐに作れて、強力な武器ってないかなぁ」
口に出していってみて、りあむはため息を吐いた。
そんなに都合よくいけば、苦労はしないのだ。
「投擲器なら、アトラトルがあるんだけど。ゴブリンだと使いにくいみたいだしなぁ」
アトラトルというのは、中央アメリカやアステカなどで使われていた、槍や矢などを投擲するための道具だ。
見た目は、引っ掛かりのある棒といった感じである。
その引っ掛かりに石突や矢じりをひっかけて、飛ばすのだ。
力が入りやすくなるので飛距離をかなり伸ばす事が出来、訓練次第ではかなりの正確さも得られる。
ただ、それはあくまで人間が使えばの話であった。
このアトラトルは、全身を使って投げるのだが。
いわゆる投石のようなフォームは、ゴブリンの苦手とするところなのである。
どんな便利な道具も、そもそも使う姿勢が取れないのであれば、意味がない。
ペダルにもハンドルにも手が届かない自転車のようなもので、作ったところで役立てることが出来ないのだ。
「焦っても仕方ない、か。今できることを着実にやっていこう」
新しいことをするのは難しいが、今やることを進めていく時間は必要だ。
ナイフの試作品を増やし、弓の弦に使えそうなものを探す。
勿論、狩りや採集を怠ることは出来ない。
ゴブリンを産み出すには、狩りの獲物から得られる魔石が必要なのだ。
「老ゴブリン達の寿命のことを考えれば、時間はないんだけど。今自分に出来るのは、この先のことを考えることだけかぁ」
元々、考えることと口出ししかできない精霊の身だが、何とも歯がゆかった。
「くそ、人間め。こんなに焦れた気持ちになるのも、全部人間のせいだ、チクショウ」
八つ当たりのように言い、りあむはレクチャーを受けている生まれたてのゴブリン達の方を見た。
槍の構え方、振り方などを教わっているようだ。
もっとも、ゴブリンは元々ある程度の知識を持って生まれてくる。
ゴブリン・ツリーが与えた知識だそうで、そのおかげで生まれてすぐに働き始める事が出来た。
そこで、ふとりあむの頭にある考えがよぎる。
生まれる前に記憶を与えられるのであれば、その内容にりあむも口出しできるのではないだろうか。
今後、道具や作業が増えていけば、前提として必要になる知識も増えていく。
となると、生まれたばかりのゴブリンがそれらを習得するための学習時間も、当然増えていくだろう。
人間やその他の生き物ならばともかく、ゴブリンにとっては無駄な時間といえる。
なにしろ、個性がないのが個性のゴブリンだ。
判で押したように同じ状態のゴブリンが生れ落ちても、何ら支障はない。
なんとなくディストピアめいているが、元々がそういう生き物なのである。
あとで「木の記憶」に、相談してみよう。
「りあむ。こうたいの、じかん」
そんなことを考えていると、声を掛けられた。
どうやら、すべての班が集まってきたらしい。
考え事をしていて、まったく気が付かなかった。
「よし、じゃあ、私達も行こうか。皆に班の名前が決まったことも伝えよう」
ケンタの肩につかまりながら、りあむはにこにこ顔でいう。
この後、りあむはすべてのゴブリンを困惑顔にさせるという偉業を成し遂げるのだが。
まだゴブリンの表情を完全に読む事が出来ないりあむは、そのことに一切気が付かないのだった。
バッフ・ベル・アルラルファは、悩んでいた。
人間との接触が少ないゴブリン・ツリーの観察は、バッフにとって悲願だ。
きっと今までの定説や常識を覆すような発見を、いくつも得る事が出来るだろう。
研究者として、いや、一人の人類種の観察を生きがいとするものとして、最高の幸運に巡り会えたと言っていい。
だが、惜しいこともある。
既に一度、魔石の採集が行われてしまっていることだ。
人の手によって魔石を奪われた経験は、強烈な記憶となってゴブリン・ツリーに残っているだろう。
当然、襲撃を仕掛けてきた相手を、敵対者と認識したはずだ。
もう一度同じ冒険者達が目の前に現れれば、即敵対するか、あるいはすさまじく警戒するはずである。
問題は、それが「自分達を襲った冒険者」だけに向けられるのか。
あるいは、「人の形をした動物すべて」に向けられるのか、であった。
現在確認されているゴブリン・ツリーとゴブリンプラントは、収穫にかかわったすべての人型種族に対して、敵対行動をとっている。
何度も襲われた経験から、そうなったのだろうと推測されていた。
では、一度しか襲われた経験の無いゴブリン・ツリーは、どうなのだろうか。
バッフの知る限り、そういった研究報告は存在していない。
口伝などでも、確認できていなかった。
おそらく、人類は昔から、ゴブリン・ツリーを魔石目当てに襲ってきていたのだろう。
発見し次第必ず襲ってきたから、敵対時以外の反応が残っていないのだ。
あるいは、そういった観察や記録がなされたことがあるかもしれない。
だが、少なくともバッフが調べた限りそういった物は存在していなかった。
調べても見つからず、手にも入らないのであれば、無いのと同じだ。
知りたいのであれば、自分で調べるしかない。
もし、敵対意識が「自分達を襲った冒険者」達だけに向いているのだとすれば。
あるいはゴブリン・ツリー、つまり「精霊」との対話も試みる事が出来るかもしれない。
それは、素晴らしいことだ。
どれほどの新しい発見がある事だろう。
想像しただけで、バッフは胸が躍るような気持ちになった。
あるいは、研究者として最高の喜びは、まさにこういったことなのではないのかとバッフは思っている。
もっとも、バッフはほかの研究者のことなど、まったく興味はなかった。
自分の知りたいことさえ知る事が出来るのであれば、他のことなどどうでもよいのだ。
「問題は、ゴブリン・ツリーがどのぐらい警戒心を抱いているか、か。いや。大丈夫。きっと何とかなる。何とかしてみせる!」
情熱と愛情さえあれば、きっと何とかなる。
バッフはそう信じていた。
ハイ・エルフであるバッフは、基本的に頭がよかった。
だが、それと同時に、厄介なタイプのバカだったのだ。
頭が切れる事とバカさというのは、同居し得るのである。
厄介な相手に目を付けられたことなど、この時のりあむは想像すらしていないのであった。




