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二十七話 「そっか、よかった! お互いにウィン・ウィンな関係っていいよね! はっはっは!」

 ゴブリンツリーの真上に巣を構えている猛禽は、正確にはりあむの世界で言うところの「鳥」とは少々違う生物であった。

 いわゆるドラゴンの一種であり、「フェザーワイバーン」などと呼ばれる種である。

 見た目こそ鳥と恐竜の合いの子といったふうで、前足は翼、後ろ足はかぎ爪といった、いかにも鳥といった外見だ。

 だが、それゆえに飛行能力は非常に高く、空中ではほぼ敵なしの存在であった。

 開けた場所であれば、四つ足に翼といった風体の純粋なドラゴン種であっても、太刀打ちできない。

 ゴブリンツリーの洞窟周辺のような荒れ地は、まさにフェザーワイバーンにとってもっとも戦いやすい場所と言える。

 この辺り一帯の食物連鎖に置いて、フェザーワイバーンは頂点に立つ存在だといえるだろう。


 突然のフェザーワイバーンの訪問に、りあむとゴブリン達は大変に困惑していた。

 知識が無いため、この辺りで最も強い魔物だ、などということはわからないわけだが。

 何か強力な存在だ、ということは、流石に察しが付く。

 だが、何の用があってきたのかというところは、まったく見当もつかなかった。

 見当がつかないのであれば、聞いてみるしかないだろう。

 お互いに自己紹介とあいさつも終わったところで、りあむはおずおずと切り出した。


「それで、その、フェザーワイバーンさんは、一体どういったご用件で?」


「ああ、それね! 実は、今回のことで、ちょっと思いついたことがあってさ! 君達、動物の骨とかって使う? 道具の材料とかで!」


「使いますね、はい。残念ながら普段はあまり使えませんけども」


 骨というのは、使いでのある素材だ。

 石などで研磨すれば、槍頭としても使える。

 ナイフなどを作ることもできるし、武器の柄としても便利だ。

 この世界で手に入る骨は、りあむが知るものよりずっと丈夫であった。

 折れてしまったり、曲がり癖が付いたりしにくく、非常にしなやか。

 武器や道具の素材として、申し分ないほど使いやすいものである。

 恐らく、地球の一般的な動物の骨とは、組成が違うのだろう。

 魔法などが存在する世界だけに、地球のものとまるきり同じとは考えにくい。

 むしろ、全く別物と思った方が無難だろうと、りあむは考えている。

 そんな便利素材である骨だが、残念ながら手に入れるのは難しいものだった。

 狩りをしているのだから、獲物から取ればいい、などというわけにはいかない。

 何しろ骨というのは、ゴブリンにとっても大切な栄養になるのだ。

 ゴブリン・ツリーによれば、ゴブリンの身体を実の中で育てる時、地面に埋めてある骨の量が足りないと、怪我をしやすいゴブリンが生まれてしまうのだという。

 なんて恐ろしいことだろう。

 絶対にそんなことは許容できないし、そんなことになるぐらいなら武器や道具なんて別の素材で作ればいい、と、りあむは考えている。


「そうだよね! 自分達で狩ったのは、ゴブリン・ツリーの栄養にしなくちゃいけないもんね!」


「よくご存じですね」


「長く生きてると、いろんなことを知る機会があってね!」


 ゴブリン・ツリーについて詳しく知る機会というのがどういう機会なのかいまいちわからないが、まぁ、そういっているのだからそうなのだろう。


「それはともかくだよ! 君達としては骨なんかは道具に使いたいけど、あんまり獲物から取ろうとすると栄養が無くなっちゃうから、そういうわけにもいかない!」


「そうですね。森でたまたま拾うものなんかを使ったりはしていますが」


「とはいえ、そう都合よくは集まらない! 違うかな?」


「図星です。なかなか都合よくは」


 森の中で骨を見つける、というのは、実は稀なことであった。

 動物の死骸は、様々な動物にとって希少な食糧である。

 小さな動物が寄ってたかって部位ごとに持ち去ったり、死肉食性のものが食べてしまったりする。

 大抵の場合バラバラになるか、あるいは骨まで残さず食べられてしまう。

 なので、骨が分かりやすい形で転がっているなどということは、ほとんどないのである。


「でさ! 提案っていうのは、僕がその骨材を君達にプレゼントしよう、ってことなんだけどね!」


「ぷ、プレゼント、ですか? なんでまた」


「はっはっは! いや、正確には、不用品を引き取ってほしいってことなんだけどね! 僕って肉食でさ! 狩りをして獲物を巣に持ち帰ってから食べるんだけど、流石に骨までは食べないんだよね! だから、巣に骨が溜まっちゃうわけ!」


「それは難儀ですね」


「難儀も難儀! いつもは遠くに運んで行って捨てるんだけど、それもなかなか億劫でさ! で、君たちに少しでも引き取ってもらえたら、便利なんじゃないかって思ったってわけっ!」


 肉食で骨は食べないということであれば、確かに骨は処分に困るかもしれない。

 フェザーワイバーンにとってはゴミでしかないだろうが、ゴブリン達にとっては宝の山だ。

 どの程度の大きさの獲物を狩るのかによって骨の大きさは変わってくるが、フェザーワイバーンはかなりの大柄である。

 獲物もそれなりの大きさだろう。

 となれば、骨も大きなものになるはずだ。

 矢じりやら槍頭やらに使えるサイズのものもあるはずである。


「それは、大変ありがたいんですが。その、お礼ができないといいますか」


「いいよ、そんなの! ていうか、引き取ってもらえるだけありがたいんだしねっ!」


 突然の訪問にちょっとした混乱状態になっていたりあむだったが、ここにきてようやく頭が回り始めていた。

 この申し出を受けていいものかどうか、考える。

 ゴブリンにとって骨というのは、武器の材料だ。

 当然フェザーワイバーンはそのことを知っている。

 与えた材料で作られた武器が、自分の方へ向く恐れは考えていないのだろうか。

 りあむの想像でしかないが、おそらくこの魔獣は相当に頭がいい。

 自分よりもずっと賢いと思った方がいいだろう。

 戦う能力についても、相当のもののはず。

 そうでなければ、こんなところに一匹で顔を出すはずがない。

 恐らくはゴブリンが全員でかかっても、敵わない相手なのだ。

 とりあえず今は、そう思って対応したほうがいい。

 相手の力のほどが分からない状況だから、とりあえず大きく見積もって悪いことはないだろう。


「それに、ほら! 作ったもので、君達の防衛をするんでしょう? それって、僕の巣を守ることにもなるからね! いくつもある巣の一つだけど、アレも結構気に入ってる巣だからさ!」


「あ、いくつも巣をお持ちなんですね」


「そうだよ! あっちこっち動き回ったり、休んだりしながら縄張りを確保してるのさ! まあ、だからこの巣がどうなってもそんなに被害はないんだけどさ! 気分は悪いからね!」


 やはり、いくつも巣を持っているらしい。

 たまにしかフェザーワイバーンの姿を見なかったのは、そのためだったのだ。


「留守中を荒らされるのは腹立ちますもんね」


「そうなんだよ! ぶっちゃけ、人間が僕の巣に手を出すとは思わないんだけどさ! ほら、向こうも村ごと消し飛びたくはないわけじゃない? だけど、万が一ってこともあるからさ! 戦ってるとき、間違って魔法が飛んでくるとかってこともあるかもだし!」


 さらっと出た言葉に、りあむは一瞬硬直した。

 村ごと消し飛びたくはない。

 つまり、村程度だったら消し飛ばせる能力があるということだろうか。

 おそらく、有るのだろう。

 とりあえずは、そう思って対応したほうがいい。

 そうかんがえると、さらに背筋の寒くなる事実がある。

 フェザーワイバーンの巣は、ゴブリン・ツリーの真上にあるのだ。

 それは、その気になればすぐさまゴブリン・ツリーを攻撃できる、ということを意味している。

 言ってみれば、首根っこを押さえつけられているようなものだ。


「まあ、僕としても複雑なんだよね! いくつかある巣の一つだから、別に壊されたって目くじら立てるほどじゃないわけ! 元々壊されてもいいようにいくつも作ってるんだし! だけど、実際に壊されるかもしれないと思うと、腹が立つ!」


「ありますよね、そういうこと。いいっちゃいいんだけど、実際そうなるとムカつく、みたいな」


「そうなんだよ! だから、君たちが守ってくれるなら、あ、ほら、守るとしたらゴブリン・ツリーの真上にある僕の巣まで守ることになるでしょ? そしたら、うれしいなぁーって!」


 ようは、留守中の守りを少しでも硬くしたいという事だろう。

 フェザーワイバーンにとってはゴミでしかないものを渡すだけ、少なからず防衛に貢献できるし、恩も売れる。

 こんなに楽なことはないだろう。

 りあむの考えは、おおよそまとまった。

 この隣人とは絶対に敵対せず、良好な関係を築こう。

 それが、一番ゴブリン達にとって、ついでにゴブリン・ツリーにとっても、安全な道だ。


「有難うございます。では、遠慮なく頂戴して、防衛に努めたいと思います」


「そっか、よかった! お互いにウィン・ウィンな関係っていいよね! はっはっは!」


「あっはっはっは」


 笑いあうりあむとフェザーワイバーンに釣られた様に、ゴブリン達も笑い始めた。

 内心冷や汗もののりあむだが、とりあえず骨材が確保できるのは有難い。

 どの程度の量になるかは正直分からないが、とりあえず楽しみにするりあむであった。



 フェザーワイバーンが運んできた骨材の量は、りあむの想像の百倍ぐらいの量と質があった。

 取り急ぎ持ってきたという骨の量は、積み上げてゴブリン二匹分はあろうかという高さがある。

 一つ一つの大きさも相当なもので、ゴブリンの首周りを超すような太さで、ゴブリンの身長を超すような長さのものも少なくない。

 りあむの知識で言うと、恐竜かマンモスかという様なサイズ感だ。


「とりあえず捨てるのめんどくさくて積み上げてた中から、いい感じに骨だけになってるやつを持ってきたんだけどさ! どうかな!」


「いや、その、すごく、なんていうか、うれしいです。ははは」


 フェザーワイバーンはこの骨を、念動力でモノを浮かせるような要領で浮かせて、一塊にして持ってきていた。

 何でも、一定範囲内のものを自由に動かす魔法だそうで、接近戦の時に獲物の首を絞めたり、呼吸器を塞いだりするのに役立つらしい。

 相手の飛び道具を寄せ付けない、などという使い方もできるのだそうで、かなり便利なのだという。

 そんな事が出来るメチャクチャデカイ鳥となんて、絶対に敵対したくない。

 ゴブリン達がどんな目にあわされるか、りあむは想像しただけで卒倒しそうだ。

 やはり、最初に立てた方針は、間違いではなかった。


「じゃあ、僕はまた十日だかそこら後位にここらに回ってくるね! その時、また同じぐらいの量持ってくるから! ばいばい!」


 そういうと、フェザーワイバーンはさっさと飛んで行ってしまった。

 あまりじっくり見る機会はなかったが、かなりの速度がでているようだ。

 眺めている間にも、どんどん遠ざかっていき、あっという間に見えなくなってしまう。

 りあむはぽかんとその様子を見送り、改めてゴブリン達に向き直った。


「これで、よかったのかなぁ」


「よかった。ほね、べんり」


「いいほね、たくさん」


「相手の気まぐれだろうからな。乗るしかないだろう。下手に機嫌を損ねてもどうしようもない」


「そうだな。とりあえず、なにかしようとしても、どうにもならん。あれは、おそろしくつよい」


 ゴブリン達の言う通りなのだ。

 戦っても勝てる相手ではないので、逆らってもよいことなど一つもない。

 自分達の身を守るものは、自分達しかいない自然界である。

 長いものには巻かれたほうが、安全なのだ。

 確かにフェザーワイバーンの存在は危険ではあるだろうが、接触がなかっただけで今までもずっと近くには居たのだ。

 それが、今回はじめて会話することになっただけである。

 お互いに悪印象を持たないまま、むしろ良好な関係を築けそうな滑り出しで交流が始まったのは、むしろ良かったと言っていいだろう。


「悪い方にばっかり考えても仕方ないし。とりあえず、やれることをやっちゃおうか」


 りあむの掛け声で、ゴブリン達は停滞していた通常業務へと戻っていった。

 といっても、そう時間はたっていない。

 会話をしていたのもわずかな時間だったし、骨材を持って来てくれるのにも、そう時を要していなかった。

 風のようにやってきて、風のように去っていった、という感じだろうか。

 それでも、与えていったインパクトは相当なものなわけだが。


 さっそく、りあむは骨材の選別に取り掛かることにした。

 見たこともないような骨は、どうもどれも同じような性質、というわけでもなさそうなのだ。

 とりあえず、一つ一つ確認していく。

 もっとも、確認するのはりあむではなく、ケンタ達なのだが。

 骨材の確認には、老ゴブリン二匹と、ケンタが当たることになった。

 片足を失ったゴブリンともう一匹の老ゴブリンは、いつもの作業を行っている。

 作業班の仕事が遅れると、その分武器の供給が遅れてしまう。

 早く仕事に戻りたいところではあるが、手に入った素材の確認は大切だ。

 ゴブリン達の命がかかる道具の材料であるだけに、おろそかにはできない。

 強度や性質などを、丹念に確かめていく。

 こうしてみると、骨にもいろいろあるようだ。

 色も、白一辺倒ではない。

 りあむの目には金属にしか見えない様な、光沢のあるものもあった。

 同じような金属光沢のあるもの同士を打ち合わせてみると、甲高い音が響く。

 どうにも、いわゆる金属音のようだ。


「骨格が金属の生き物って、そんなの居るのか? いや、地球でもいないことはない、か」


 体の一部が金属でできている生物というのは、実は地球にもいる。

 絶滅したアリの一種や、蜂、巻貝などだ。

 そもそも、カルシウムは金属元素である。

 金属と言われてイメージするものとは少々ビジュアルが異なるだろうが、人間の骨だって金属製なのだ。

 ならば、いかにも金属な見た目の骨が存在していたところで、おかしくはない。

 と、りあむは自分に言い聞かせる。


「でもほんとに金属なら、すごいなぁ。これを熱して叩けば、それだけでナイフとかになるし」


 生前のりあむの友人に、酒を飲むとむやみに五寸釘ナイフを作る人物がいた。

 しょっちゅう一緒に庭先でバーベキューなどをしながら酒を飲む仲だったのだが、酔っぱらうとどこからか太い釘をもってくるのだ。

 それを炭で熱したり、ハンマーで叩いたりして、ペーパーナイフに仕上げるのである。

 鉄が普通の炭で柔らかくなるほど熱くなるのかは知らないが、そこそこのものが出来ていた。

 何をトチ狂ったのか、途中から、その辺で拾ってきた木の枝などを燃やした火力と、同じく拾ってきた石で叩いてナイフを作っていたのだが。

 それでも、やはりそれなりの形にはなっていたものだった。

 恐らくあれは、釘に使われていた金属が柔らかかったからできたことだろう。

 この骨でそれができるかどうかは、わからない。

 まあ、それ以前に本当にりあむが思うような金属なのかどうかすら、わからないわけだが。


「何にしても、試してみるしかないかぁ。うまいこと成型できれば、かなりいい武器になるし。でもその前に加工のための道具を作らないといけないわけか。それと、火も起こさないと」


 あまりの前途多難さに、りあむはがっくりと肩尾を落とし、ため息を吐いた。

 文明の利器というのはいかに偉大だったのか。

 素材になりそうなものがあるのに思うように加工することもままならないというのは、中々に難儀である。

 りあむが項垂れている間にも、ゴブリン達はほかの骨材の確認を続けていた。


「これ、すごくまがる」


「本当だ。弾力がすごいな」


「しなる。もどる」


 老ゴブリン達とケンタが気になっている様子なのは、しなりの有る骨だ。

 凄まじい粘りがあるらしく、地球で言うところの竹のようにしなる。

 肋骨に当たる部分なのか、湾曲した形状だ。

 角か牙のようにも見えるが、だとしたらこんなにしなるものだろうか。

 まあ、それを言い出すと、どんな部位でもむやみにしなる骨というのは問題では、という気にはなるのだが。


「あえて衝撃を吸収する構造なのかもなぁ。骨しかないから想像するしかないけど」


 とりあえず、都合がいい素材には違いない。

 これをうまく加工できれば、強力な弓矢になるはずだ。

 もちろん、加工できれば、の話だが。

 まずは、道具を作るための、道具を作るところから始めなければならない。

 もしくは、さらにその前段階のモノから作る必要があるだろう。

 よいものを作るためには、よい道具が必要。

 そのよい道具を作るためには、やはり良い道具が必要なのだ。

 気が遠くなりそうな話だが、どうしようもない。


「あー、その前に土器も作らないといけないし。手が足りないなぁ。あっ」


 そこで、りあむは肝心なことを思いだした。

 木の記憶が、明日には新しいゴブリンが生まれるといっていたのだ。

 しかも、二匹。

 普通のゴブリンと、特別なゴブリンである。

 この二匹が狩りに加われば、年配のゴブリンを製作班に移すことができるはずだ。

 そうすれば、作業ペースを上げることができるだろう。

 土器の乾燥のようなどうしても時間が必要な作業はともかくとして、頭数が増えれば作業量は増える。


「んー、とりあえず、手っ取り早くできそうな加工から試してみようか。やれることを一つずつ、だね」


 りあむは気持ちを切り替えるように気合を入れると、新しい指示を出し始めた。




 不満そうな顔をしているヴェローレを見て、クードとパラパタは顔を見合わせた。


「なに。どうしたの。機嫌悪そうだけど」


「杖が気に食わないとか?」


 ヴェローレが担いでいるのは、新調したばかりの杖だ。

 今回の仕事が少しでもしやすくなるならば、と、依頼人が全額を負担してくれたものであった。

 専用にあつらえたものではあり、仕事が終わったらそのまま譲りうける契約になっている。


「全然。すごくいい杖よ。すごくいい素材をたくさん使ってるし」


 一昔前は、いい杖というのはオーダーメイドで職人が手作りするものであった。

 それぞれの魔法使いに合わせ、微調整して作るのだ。

 なので、作るのには大変な時間がかかった。

 最近では、すでに出来上がっているパーツを組み合わせて作るのが、主流になっている。

 それらを組み合わせればいいだけなので、新しい杖を作るのにもそれほど時間はかからない。

 手軽になった分、性能が落ちたかと言えば、まったくそんなことはなかった。

 むしろ、一つ一つのパーツを専門の職人が作っている分、精度は飛躍的に向上している。

 杖というのは、複数の魔法の道具によって構成された、いわば精密魔法道具の集合体だ。

 その一つ一つをそれぞれのプロフェッショナルが手掛けるわけで、性能が良くなるのも当然と言えた。

 最近でも職人が一人で作った魔法の杖というのは無くはないが、好事家が趣味で作るような高級品として扱われている。

 ヴェローレのような現役の冒険者にしてみれば、こういった組み立て式のものの方が数十倍は扱いやすかった。

 今回ヴェローレが作った杖は、本人が言うようにかなり値の張る部品を大量に使用したものである。


「今まで使ってた杖の何倍も使いやすいのよ。それでいて軽いし、重心のバランスもいいから取り回しもいいし。文句のつけようがないわ」


「じゃあ、よかったじゃない」


「だからムカつくのよ。あの杖だって必死になって金貯めて作ったんだから。必死にアレコレ考えて、ようやく作ったのよ。それなのにポッと出が金積んだからって」


 いかにも腹立たし気に歯噛みするヴェローレに、クードとパラパタは思わずたじろいだ。

 なんとなく言っていることはわからなくもない。

 自分の努力やら苦悩やらを、金で軽く上回られた気がするのだろう。


「しょうがないんじゃない? お金だし」


「金はすごいよ」


 金というのはすごい。

 人類が発明した概念の中では、相当凶悪な部類になるのではなかろうか。

 時に命よりも重くなることすらあるそれの価値については、冒険者である三人は骨身にしみて理解している。

 ただ、理解しているというのと、割り切れるかというのは、また別の話だ。


「わかってるわよそんなことは! 吹き飛ばされたいの!?」


「ああ、もう、悪かったって。はいはい」


「それよりもほら。こっちの準備の話でしょ」


 こういう時うまく誤魔化さないと、ヴェローレは本当に魔法をぶっ放す。

 冒険者などという家業は大抵、性格か能力に難があって、仕方なくやっている場合がほとんどだ。

 まともな人間ならば、兵隊か傭兵になることもできる。

 それができないやつが、冒険者になるのだ、と言われていた。

 実際、クードもパラパタもその口である。

 詳しく聞いたことはなかったが、まぁ、ヴェローレもそうなのだろう。


「準備って。どんなもん用意したの」


「これ。まあ、びっくりするぞ、多分」


 それは、クードが依頼人から受け取っていた必要な資材のリストであった。

 買い付けの一部も任されていて、ヴェローレと別行動をしている間に購入し終えている。

 リストにあるものを読み上げるうち、段々とヴェローレの眉間にしわが寄っていく。


「なにこれ。野営拠点作るとは聞いてたけど、簡易陣地でも作るの?」


 書き出されている資材は、どれもかなり大げさなものだった。

 ただ寝泊まりするだけのものを作るのならば、不要と思われるようなものまである。


「かなり長期滞在するつもりみたいね。まあ、俺達は金になるからいいわけだけど」


「快適に眠れて、まともな料理まで食べられるわよ、これ。防御面も、魔法道具まで使ってるし」


 驚くというより、呆れている。

 パラパタも、さもありなんというように頷いていた。

 高価な魔法道具を、惜しげもなく使っている。

 壁などを隠す偽装などだけでなく、寝具やら調理器具などにもそういったものを使うことになっているのだから、驚きだ。

 命を守るためや、敵の目を欺くためなどの、直接命にかかわるものならばともかく。

 快適に休憩や睡眠、食事をとるためなどにまで魔法の道具を使うというのは、驚くような贅沢だ。

 少なくとも、冒険者の発想にはないといっていい。

 そんなことに金を使うのは、まともな人間のすることである。

 したがって、まともではない人間の多い冒険者では、まずそういったものに金を使うことが無いのだ。

 ある程度以上の実力者になれば別だが、そういったものはほんの一握りだった。

 ヴェローレはリストをめくりながら、片眉を吊り上げる。


「これ、ホントにゴブリンの調査が目的なの? 大掛かりすぎると思うんだけど」


「そりゃそうでしょうよ。本人がそういってるんだし」


「あんたねぇ。言ってるからって素直にそれを信じるわけ?」


「そりゃそうだけどもさ。別に嘘つく理由もなくない?」


 ヴェローレの言うことももっともだが、確かにクードが言うように嘘を吐く理由もない。


「正直、あれだよ。ハイ・エルフのご貴族様の考えることなんざ、下々の俺達にはわかんないって」


 卑下でも何でもなく、事実としてそうなのだ。

 生物として別種であるがゆえに、頭の出来が如実に違うのである。


「ま、なんにしても。ギルドの意向で逆らえない以上、言われたとおりするしかないでしょ」


「少なくとも、契約が履行されてる間はね」


「わかってるけど」


 不満たらたらといった様子で、ヴェローレは吐くように言う。

 どうにも、ヴェローレは引っかかるものを感じていた。

 杖を作るとき、依頼人であるバッフと行動を共にしていたのだが、その時の態度がどうにも気になったのだ。

 妙な違和感のようなものを覚えたのである。


「それでも、まぁ、やるしかないのよね」


「まぁ、ギルドの命令だしね。とりあえず、ヴェローレも準備しといてよ。今回は長くなりそうなんだし」


「わかった。確認しとく」


 妙な胸騒ぎがするが、根拠はない。

 とにかく、何があっても大丈夫なように、準備をするしかないだろう。

 ヴェローレは険しい表情のまま、ため息を吐いた。

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