二十六話 「はぁ。なるほど。なるほど?」
金があるというのは幸せの必要条件であって、金があることがイコール幸せとはなりえないんだな。
そんなことを考えながら、クードとパラパタは、休日に惰眠をむさぼりすぎて夜眠れないまま出勤日の朝を迎えてしまった労働者のような空虚な表情で、購入した装備の点検を行っていた。
雇い主が金に糸目をつけないおかげで、かなり充実した準備が行えている。
「こんな早くまた行くことになると思わなかったんだけど」
「俺もそうよ。でもしょうがないじゃない? 権力には逆らうな、長い物には巻かれろってのは自然の摂理だし」
「ヤダねそんな自然の摂理。冒険者って本来もっと自由なもんじゃないの?」
「仕事して金貰ってる以上、何やってもおんなじよ。まして腕一本で食わなくちゃいけないんだから。勤め人なんかよりよっぽど立場弱いっての」
「世知辛いっつーか、なんつーか」
パラパタはがっくりと項垂れると、深いため息を吐いた。
クードも苦虫を噛み潰したような表情で、天井を仰ぎ見る。
結局、クード達はバッフ・ベル・アルラルファに雇われ、もう一度ゴブリンプラントのところへ行くことになった。
今回の仕事は、バッフがゴブリンプラントを観察するサポートだ。
万が一の場合の護衛も兼ねる、という話ではあるが、恐らくそれが必要になる場面はないだろう。
ハイ・エルフというのは控えめに言って化け物である。
軽いドラゴンと匹敵する戦闘力を持っているのだ。
それも「鍛えているから」とか「訓練によって力を得た」とかそういうことではない
純粋に生物として、ハイ・エルフはその程度の性能を持ち合わせているのだ。
なので、クード達に求められているのは戦闘力ではない。
純粋に道案内や、テントの設営、食事の用意といった、雑務の方だろう。
というか、ハイ・エルフが敵わないような化け物の相手など、たかがBランク冒険者に求めないでいただきたい。
そういうのはまっとうな軍隊の仕事である。
「ていうか、ヴェローレは?」
「杖の新調。言ってたでしょうよ」
「それ聞いたの昨日じゃないっけか?」
「そうだよ。それからずーっと行きっぱなし。魔法の杖は時間かかるんだと。特に戦魔法使いが使うような長杖はね」
ヴェローレは得物である杖を新調するため、工房に出向いていた。
雇い主であるバッフが金を出してくれるというので、遠慮なく作り直してもらうことにしたのだ。
クードとパラパタの武器も、と言われてはいたのだが、断る形になっていた。
まず、クードは徒手格闘術の使い手であり、そもそも武器を必要としていない。
タトゥースカウトであるパラパタは、武器に関してはあまり特殊なものを使用しなかった。
下手な魔法などが組み込まれたものなどより、単純な造りの量産品の方が、体に彫った魔法の刺青の効果が高くなるのだ。
「よく知らないんだけどさ。杖作るのって相当時間かかるんじゃないの?」
「それこそ俺もよく知らないけど、なんか杖のいろんな部品を交換する感じだから、そうでもないらしいよ? よくわかんないけど」
クードとパラパタは詳しく知らないことだったが、最近の魔法使いが使う杖というのは、昔のモノとはずいぶん変わってきていた。
特に、戦魔法使いであるヴェローレが使うような杖は、別物になっているといっていい。
魔法を制御する、魔石を核とした部品。
それに、呪文の復唱装置や、魔力蓄積装置や出力安定化装置、術式保存装置などを取り付けていくことで、完成するのだ。
りあむがこれを知れば、「パソコンみたいだなぁ」などと思ったことだろう。
実際、もちろん詳細は異なるが、似たようなところは多かった。
「スクロールも使えないのに、そんなもん使いこなせるものなの?」
「お前だって自分の体の魔法の刺青使えるだろうよ。ろくすっぽスクロール使えないのに」
「そりゃそうか。それぞれ専門があるってことね」
パラパタは納得したようにうなずく。
それから、「それにしてもさ」と顔をしかめた。
「荷物多いよね。いくら何でも」
「そりゃいつも俺らが使ってる量から考えるとそうだろうけどさ。今回は長期的な拠点を作るのが目的だからね」
パラパタの言うように、今準備している荷物の量は、冒険者が使うものとして考えればかなり多い。
テントなどを含めるとして、倍以上にはなるだろう。
しかし、それはあくまで冒険者として見れば、である。
長期的な観察拠点として耐えうる場所を作ろうと思えば、この程度の準備は必要だろう。
「快適な寝床で眠れて、美味いものも食える。しかも費用は依頼人持ち。運搬と設営、維持と管理の手間はこっちだけどもさ。費用は向こう持ちよ?」
「そう考えると、悪くはない。か。出発の日時って決まったの?」
「まだ。五日後目安でってだけだね。ギルドやらお貴族様やらとの折衝がどうなるかによるんだろうけど」
「大人の話し合いは難しくてやだね」
いかにもおどけたように言ったのは、いかにもパラパタらしい皮肉だ。
クードは肩をすくめて苦笑すると、点検し終えた装備を袋に詰め始めた。
洞窟周辺の整地作業は、順調に進んでいる。
元々かなり固い土壌だったためか、叩いて土を固める作業にはあまり時間を取られなかった。
時間がかかっているのは、土を掘ってならす作業の方だ。
なにしろ、地面が固い。
手や平たい石などでは掘れる量は高が知れており、なかなか作業がはかどらなかった。
結局、クワとツルハシのあいのこのような道具を作り、作業を進めている。
この道具だが、外で作業をしているゴブリンが発案したものであった。
地面を掘るのに苦労していたゴブリンの一匹が、ふと集めてあった資材に目を止める。
二股に枝分かれした木材を見つけ、これは都合が良さそうだ、と、クワやツルハシのようにして使い始めたのだ。
それを見たほかのゴブリン達は、すぐさまこれをまねし始めた。
複数のゴブリンが色々な木材で試すうち、使い勝手のいい形が絞られていく。
使いやすい条件はすぐにゴブリン間で共有され、あっという間に絞り込まれていった。
これは、実はりあむが見ていないところで、ほんの半日程度の間に起きたことである。
りあむが気が付いたときには、ゴブリン達はすっかり道具の原型となるような枝を選び、使うようになっていたのだ。
これを見たりあむは大いに驚き、すぐさまこれの改良案を出した。
使いやすそうな木材を選び、石製の刃物で形を整える。
そののち、地面を掘る部分に、丈夫な石を固定。
作り自体は簡単なので、制作は外で作業をしているゴブリン達に任せてみた。
三匹の老ゴブリンや、片足のゴブリンに任せてもよかったのだが、物は試しである。
勿論、最初の方こそ老ゴブリン達が教えたのだが、後は驚くほどスムーズだった。
ゴブリン達はすぐに作業を覚え、道具を作ることができるようになったのだ。
嬉しい誤算というやつである。
今ではすっかり作るのにも慣れ、クワとツルハシのあいのこのような道具は大量に用意され、整地作業もどんどん進んでいた。
整地作業に並行して、道具や武器の量産も進んでいる。
外に出ているゴブリン達は、思いのほか道具作りを早く覚えてくれた。
これはりあむも驚くほどの速さだったのだが、これにはきちんとした理由があったのだ。
作業を教える老ゴブリン達が、教え方を事前に相談し考えていたのである。
老ゴブリン達は、りあむの説明を頼りに手さぐりで技術を習得していた。
かなり骨の折れる作業だったはずなのだが、だからこそどうすればいいのかと創意工夫を重ねてきている。
彼らはそれを、ゴブリンにとってわかりやすいように噛み砕いた。
そのうえで、技術習得に必要なことをまとめ、順序立てて教えるようにしたのだ。
試みは見事に成功し、ゴブリン達は素晴らしい勢いで道具や武器のつくり方を吸収している。
老ゴブリン達の教え方も、回数をこなすうちにめきめきと上達していっていた。
今ではあっという間に、作業や技術を伝授することができるようになっている。
これには、ゴブリン特有の理由も関係しているのだろう。
ゴブリンプラントというのは、個体差がほとんどないのが特徴の種族だ。
わざわざゴブリン・ツリーが特別に違いを作らない限り、ほぼほぼ同じように生まれてくる。
ということは、どのゴブリンも技術習得に必要な手順や教え方などが、ほとんど同じということだ。
教え方も教わり方も最適化していけば、すさまじい速さで技術を伝達することができる。
ゴブリン達にとって、これほど素晴らしいことはない。
今のところ、縄の制作、槍頭の大まかな加工、槍やハンマーの柄の加工と、それぞれの組み立て。
ボーラ、簡単な網、カゴ、などといったものの制作を、護衛中のゴブリン達に任せている。
数の力というのは素晴らしく、既にかなりのゴブリンに道具が宛がわれるようになっていた。
二三日中には、すべてのゴブリンが持っても有り余るほどの武器や道具が準備できるだろう。
洞窟の中の老ゴブリン三匹と、ケンタ、片足のゴブリン。
改めて「作業班」と名前になった五匹のゴブリン達は、弓の試作を始めていた。
最初に取り掛かったのは、弦の制作だ。
今のところゴブリン達が使うことができる道具の中には、細くて丈夫な紐というのが無い。
弓本体の材料は、手持ちのモノでもどうにかなる。
かなり原始的な造りになるだろうが、一応様にはなるだろう。
だが、弦の方は、今ある材料ではどうにもなりそうにない。
手持ちの紐状のものと言えば、縄ぐらいしかないのだ。
流石に、縄を弦の代わりにするのは無理だ。
となると、作るしかない。
流石のりあむも、弓の弦というのは作ったことが無かった。
一応制作動画などは見たことがあったのだが、そんなに熱心に見ていたわけでは無いし、内容はうろ覚えだ。
「まさか自前で弓作ることになるとは思わないもんなぁ」
思わずぼやくりあむだったが、いまさら言ったところでどうにもならない。
とにかく、思いつく限りの方法を試すことにした。
採取した蔦植物を水に漬け込み、やわらかくなったところで叩く。
ほかにも目についた植物を、片っ端から水に漬け込み柔らかくなったら叩いてみる。
一応、何種類か繊維の取れる植物は知識にあるりあむだったが、如何せんそういった種が限定される知識は、ここではあまり役にはたたない。
何しろ、異世界である。
一見して見知った植物と同じものでも、実は全く別物だった、ということもあるだろう。
こればっかりは、試していくしかない。
「道具があればなぁー。ほかにもいろいろ試せるんだけど」
植物から繊維を取り出す方法には、他にも煮たり蒸したりといった方法がある。
ただそれを試すためには、道具がなかった。
煮るにしても蒸すにしても、水をためて置けて、加熱に耐えられる容器が必要だ。
「ま、ないから作るしかないんだけどね。というわけで、土器を作ろう」
ケンタの肩に掴まりながら、りあむは上機嫌な様子で言った。
洞窟の外に出た作業班の前には、こんもりと土が積み上げられている。
木の枝を編んで作られたザルに載せられたそれは、ねっとりとした質感をしていた。
狩猟のついでにありこち探し回って見つけた、粘土である。
良質、とは言えないだろうが、一応見た目的には使えそうではあった。
何しろ、試してみるしかない。
「土器とは、粘土を焼き固めたもので、色々と使い道があって便利な道具です。ただ、近いものを知らないと説明がしにくい道具なので、とりあえず作っていきましょう」
土器を作るというのは、なかなか親子受けのするイベントである。
催し物として体験会を開催する地方自治体は意外に多く、りあむの勤めていた役場でも行われていた。
勿論、若手であったりあむは手伝いに駆り出されていたので、手順やらはしっかりと覚えている。
「この世界の素材を使うから、知ってる方法でうまく行く保証はないんだけどね。まあ、とにかく試してみましょう」
まず、粘土に砂を入れて、ムラが無くなるように混ぜる。
このとき、空気を抜くように力をかけながら混ぜるのが重要だ。
空気が混ざっていると、割れる原因になる。
しっかりと混ぜたら、成形だ。
丸い球を作り、平らに潰す。
それが、土器の底の部分になる。
あとは淵に沿って、細い紐状にした粘土を、積み重ねていく。
おおよそ円筒形に作っていくのだが、上に行くにつれて太くなるように意識して作る。
上がすぼまっていない、ツボのような形が目標だ。
完成したら、まずは日陰干し。
二週間から三週間ほど乾かしたら、焼きの工程に入る。
「乾かすのにかかる期間が長いんだよなぁ」
ゴブリン達の作業を眺めながら、りあむはため息交じりに愚痴った。
待つだけで一か月近く、というのは、いかにも長く思える。
ゴブリンの寿命は、一年半から二年程度なのだ。
人間にとっての一か月弱とは、重さが違うのである。
この期間を短くする方法もあるかもしれないが、りあむの知識にはないし、方法も思いつかない。
「まつときは、まつ。かりのきほん」
「あせっても、しかたない」
「そうなんですけど」
老ゴブリン達に言われ、りあむは唇を尖らせた。
随分ものづくりにも慣れてきたのだろう。
作業のほうは、順調に進んでいる。
何度か失敗はあったものの、粘土は潰してコネ直してさえしまえば、何度でもやり直しが効く。
簡単ではないが、複雑な工程がある作業でもない。
何度も繰り返すうち、ゴブリン達もだんだんと慣れてきている様子だった。
りあむが見る限り、ゴブリン達の集中は驚くほど長く続く。
人間のように休憩する必要もなく、根気強く一つの事をやり続ける事が出来る。
睡眠をとる必要も、食事の必要もなく、休憩などもあまり長くは必要ない。
指示されたことは手を抜くことなく、淡々と続けてくれる。
元が動物ではなく、植物であるからこその特徴なのではないか、と、りあむは考えていた。
「あ、その位の高さでいいですかね」
肘から握りこぶしの先ほどの高さまで積みあがったら、ひとまず完成とする。
ゴブリンは基本的に、ケンタを除いて全員がほぼ同じ体格だ。
体の部位を長さの基準にすることには、何の不都合もない。
ゴブリン達が形や厚みなどをあれこれ相談しているのを眺めながら、りあむはハッとある事に気が付いた。
「そうだ、長さの基準決めてない」
ものを計るときの基準というのは、案外重要だ。
口頭でものを伝えるときや、物を作るとき、あるとないとではがらりと事情が変わってくる。
この土器にしても、高さの基準を作ってそれにそろえる形にすれば、どのゴブリンが作っても大きさが変わることがない。
何しろゴブリン達は、短命なのだ。
いつ死に、世代が交代するかわからない。
そう、ゴブリン達は短命なのだ。
一年半から二年という寿命の彼らにとって、土器を乾燥させるための期間というのは、恐ろしく長い。
おそらく、老ゴブリン達は生きてはいないだろう。
土器を焼くことになるのは、新しい世代のゴブリン達になるはずだ。
しんみりしてしまいそうになるりあむだが、頭を振ってその考えを追い出す。
ゴブリン達の寿命は、短いのだ。
感傷に浸っている時間なんて、これっぽっちもない。
「出来たものは、どこで干すんだ?」
「洞窟の中だよ。日陰で干さないと、日光で一気に乾いたら歪んだりするらしいんだよね」
ケンタの質問に、りあむは事前に考えてあった方法を伝えた。
実際にやったことがないので本当にそうなるかは分からないのだが、土器を干すのは日陰がいいらしい。
本当にそうなるのか試してみたくもあるが、今はその余裕はないので、成功率の高い方で行くことにする。
老ゴブリンとケンタで、土器を洞窟に運び入れていく。
棚などがあればいいのだが、そういった物は作っていないので、地面に平置きだ。
幸い、ゴブリン・ツリーの洞窟は案外広く、今のところ置く場所には困らなかった。
土器を地面に直接置くわけにもいかないので、下には大きな葉っぱを並べている。
森にはゴブリンの身の丈を超えるサイズの笹の葉の様な植物があり、これの前後を切って、四角い形にして使っていた。
厚みもあり丈夫で、意外と使い勝手がいい。
「りあむ。ひかってる」
老ゴブリンに言われて、りあむは指差されたほうを振り向いた。
空中に浮いた「木の記憶」が、発光している。
なんだろうと思いつつページをめくったりあむは、目を見開いた。
明日には、新しいゴブリンが完熟します。
数は二匹。
通常のゴブリンと、特別なゴブリンです。
思わぬ襲撃を受けて魔石を奪われたゴブリンは、完熟する直前であった。
翌日ほどに生まれるはずだったのだが、魔石を奪われたことでそれが遅れてしまっていたのだ。
だが、身体はほぼ出来上がっていたので、アクジキの魔石などを利用して短期間で回復する事が出来ていた。
そのため少々完熟までの期間が伸びたのだが、それが次のゴブリンの完熟と時期が重なったのである。
魔石を奪われたほうのゴブリンには、せっかくだという事で少々強化を加えていた。
ケンタと同じような、特別なゴブリンとして生まれさせることにしたのだ。
魔石を回復させている間に、身体の方にも少々手を加えたのである。
少し前までなら不可能だったことだったのだが、最近は狩りや収集による魔石と素材の供給が大きく増えていた。
おかげで、この程度の無理は効くようになっていたのだ。
このままいけば、数年以内には完熟するすべてのゴブリンを特別なゴブリンにすることも、夢ではないだろうと、りあむは考えている。
「新しいゴブリンが生まれるのかぁ。その前は、ケンタだったよね」
りあむの胸に、じわじわと喜びがみちてくる。
転げまわったり叫んだりして噛みしめたいところだが、新たなゴブリンを迎えるためにも、休んでいるわけにはいかない。
時間は有限で、敵は多いのだ。
「よし、早く他の土器も運び込みましょう! それが終わったら、水に漬け込んでた草の確認です!」
繊維をとるための蔓などの植物は、木をくりぬいて作ったタルの様なものに入れてある。
倒木や斧で伐採した木材を、石器で削ったものだ。
樽というよりは餅つきに使ううすに近い形だが、使えなくはない。
製材加工の技術が確立すれば、いつかは立派なたるも作れるだろうか。
樽は作ったことはないりあむだが、動画やテレビなどで作っている過程を見たことはあった。
あれは、かなり高度な職人技だ。
水を漏らさない樽を作るには、相当の知識と経験と技術が必要そうだった。
樽を作る職人自体も当然そうなのだが、使用する道具もかなり高度なものが使われていたはず。
今のゴブリン達には当然そんなものはなく、まずは道具をそろえる必要がある。
高度で高性能な道具を作るには、その道具を作るための道具も必要になるだろう。
「これ、しばらくは苦労しそうだなぁ。道具を作るのに必要な道具を作るために道具を作りたいけど、その道具を作るための道具がない問題」
りあむがそんなことを考えている間にも、ゴブリン達はさっさと行動を開始している。
かなり抜けているところのあるりあむだが、ゴブリン達のおかげでどうにかなっているところは多い。
元々はりあむなしでやってきたわけで、ゴブリン達自体が案外優秀なのだ。
ほかのゴブリン達が荷物を運びこんでいる間、片足のゴブリンは警護と作業をしている班の、監督役を行っている。
若いゴブリンだが、老ゴブリンとりあむにつきっきりで仕込まれ、道具作りに関してはかなりの腕前になっていた。
流石はゴブリン、といったところで、飲み込みは驚くほど速い。
そこに四六時中つきっきりで技術を教え込んだわけだから、腕がよくなるのも当然と言える。
警護に当たっているゴブリン達がしているのは、整地と石垣用の石集め。
それと、ボーラの制作だ。
飛び道具であるボーラは、いくら予備があっても邪魔にならない武器である。
馴れてきたゴブリンになると、これ一つで獲物を捕ったりすることもあるそうだ。
石の部分が当たれば打撃を与え、紐の部分ならばからみつく。
使い方さえ覚えれば、驚くほど有用な武器だ。
すべての土器を洞窟に運び終え、そろそろ次の作業に移ろうか、といった、その時だ。
にわかにゴブリン達が騒ぎ始めた。
洞窟の出入り口から見える場所にある猛禽の巣から、巣の主である猛禽がこちらに向かって歩いてきているのが見えたのだ。
りあむにとって初めての事であり、他のゴブリン達にとっても同じようだった。
意図が分からないが、とりあえず武器などは用意しておく。
この時になって、りあむははじめてまじまじと猛禽を見た。
普段はあまりかかわらないし、そもそもこの猛禽は、あまり巣にいることがない。
もしかしたら、あの巣は立ち寄り場の様なもので、常に過ごしている場所というわけではないのだろうか。
そんなことを考えてはいたが、確かめる方法もないし、それをしている余裕もなかった。
近くにいる相手だし、本来ならばしっかりと確かめておきたいところではあるのだが。
如何せん、そこまで手が回らなかったというのが実情だ。
目の前の打破しなければならない問題は、いまだに山積みなのである。
それにしても、と、りあむは困惑と混乱交じりに猛禽を改めて見た。
デカイ。
今まで飛んでいる姿や、遠くにいる姿を見ていたのであまり実感はなかったが、とにかくデカイ。
ある程度近づいてきてようやく分かったが、縦にゴブリン五匹分ぐらいはあるだろうか。
人間の感覚で言うと、八メートル強ほどの相手に見える。
そういえば、顔つきもどこかりあむの知る「鳥類」とは違うようだ。
どことなく爬虫類っぽく、身体の端々にもそういった特徴があるように見受けられた。
歩く姿勢も、どこか二足歩行の恐竜のように見える。
なにより、思いのほか足が速い。
空を飛ぶ鳥が、無理やりひょこひょこ歩いている、という感じには見えなかった。
警戒するゴブリン達をよそに、猛禽はどんどん近づいてくる。
だが、ある程度のところで速度を落とし、ゆったりとした歩みになった。
ついには足を止め、首をこちらに伸ばす。
そして。
「あーの。ちょっと聞きたいんだけど、今って大丈夫?」
ゴブリン十匹分はあろうかという大音声で、そんな風に声をかけてきたのだ。
一瞬、りあむは状況が呑み込めなかった。
超巨大な鳥が、突然声をかけてきたのである。
こちらにわかる言葉、ということは、恐らくゴブリン語なのだろう。
わざわざそれとわかって、使っているようだった。
実際、猛禽は少し困った様子で。
「あれ、これ言葉通じてるよね? 大丈夫だよね、これ。多分これであってると思うんだけど、分かんない?」
などと言っている。
どう対応すればいいのか。
ゴブリン達は猛禽から目を離さないものの、どうすればいいのかと、目線と態度でりあむに指示を仰いだ。
こういった場合にどうするか決めるのが、りあむの仕事でもある。
どうしようかと悩むりあむだったが、相手が対話の意思を示したなら、こちらも反応するのが礼儀だと考えた。
「あ、はい! 通じてます! ちゃんと何をおっしゃってるかわかりますよ! って、あれ、私の言葉聞こえますかね、これ!」
ゴブリン以外に試したことがないので、精霊であるりあむの言葉がほかの生物に伝わるか、分からなかった。
物理的な音として届くならば問題ないのだろうが、なにしろりあむの身体には実体はない。
幸いなことに、りあむの言葉は猛禽に届いたようだ。
「あ、わかるよ。いやぁ、よかった。通じた通じた。時々会話聞いてたから覚えてはいたんだけど、通じるかは分かんなくてさ」
あっけらかんとした様子の猛禽に、りあむは調子を崩される思いだった。
それでも、何とか会話をしなければならない。
「あの、私はゴブリン・ツリーの精霊で、りあむといいます。ここにいるゴブリン達の、代表みたいなものだと思って頂ければ」
「あ、ごめんごめん! こっちから名乗るのが礼儀だったよね。えっとね、僕はあれだ。あそこに巣を持ってるものなんだけど」
そういって猛禽は、くちばしで巣の方を指した。
やはり、時折見かける猛禽で間違いないらしい。
「君達、なんか新しいこと始めたでしょ? いや、巣に何かない限りこっちとしては全く文句言うつもりもないんだけど! なんか面白そうだな、って思って! なんか、知らないうちに人間の襲撃も受けてたみたいだし!」
どうやら、冒険者三人組が襲撃した時、この猛禽は巣を留守にしていたらしい。
「正直そんなことあると思わなかったから、びっくりしちゃってさ。僕の巣もやられてたかと思うと、ぞっとしちゃってね」
「ああ。お気持ちはわかります」
「君達が何もしてこないのはわかってるからさ。今まではお互い不干渉でいいかな、って思ってたんだけど、そうもいかなくなりそうじゃない? で、ちょっと話しておいた方がいいかなぁーって」
驚くほど饒舌な猛禽である。
すらすらと出てくる言葉に、りあむは少なからず混乱していた。
猛禽が言っている内容が本当だという保証はないが、少なくとも嘘はないように思われる。
そこで、猛禽は「あっ!」と声を上げた。
「ゴメン、自己紹介だったね! 僕はね、特に名前とかはないんだけど。人間には翼竜なんて呼ばれてるのよ。あと、フェザーワイバーンとかなんとか。鳥っぽいけど、なんか一応ドラゴンなんだって。僕としてはどっちでもいいやって感じなんだけど」
「はぁ。なるほど。なるほど?」
思わず気の抜けた声を出したりあむだったが、それを咎める者は誰もいなかった。
ゴブリン達も皆、りあむに負けず劣らず混乱していたのである。




