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二十五話 「これは、今日から準備を始めます。次に、武器の増産。そして、新型武器の試作と量産です」

 りあむが怒髪天を突いていた冒険者による襲撃だが、ゴブリン達はほとんど気にしていなかった。

 もちろん攻撃されたことは認識しているし、危険であることもわかっている。

 だが、ゴブリン達は基本的に、実害でものを換算する習性があった。

 目の前で起こった事実を鑑みて、物事を判断するのだ。

 今回の冒険者による襲撃による被害は、どの程度だろう。

 まず、入り口での戦闘。

 ゴブリン達は動けなくされ、そもそも戦いにならなかった。

 次に、洞窟内部での戦闘。

 多少の負傷者は出たが、命にかかわる怪我ではない。

 そして、ゴブリンツリーの実を傷つけられたこと。

 りあむが大激怒したこの件に対してのゴブリン達の反応は、実に軽いものであった。


 ああ、なんだ。

 無事だったんならよかった。


 魔石を奪われた実は、実に順調に育っている。

 新しい魔石の構築も順調だし、アクジキの魔石を新たにゴブリンツリーに与えたことで、何だったらそれまでよりも強力な魔石が育っていた。

 実害的には、多少怪我をした程度。

 ゴブリンツリーの目の前まで攻め入られたという状況から見れば、むしろ無傷といっていいぐらいの軽傷である。


 以上の事から、ゴブリン達は今回のことを。

「ほとんど被害もなかったし、特に気にすることじゃない」

 と考えていたのだ。

 むしろ、人間の驚くべき戦闘術に、あんな方法もあるのかと感心し、参考にしたいと思っているほどである。

 それ以外には、特に思うところなどなかった。

 本当に全く、である。


 それもそのはずで、ゴブリン達は基本的に目先の事だけを気にするようにできているのだ。

 この先こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないかと思い悩んでいては、勇敢に狩りを行うことができない。

 目の前の障害を乗り越え、さらなる戦い方と技を身に着け、止まることなく歩み続ける。

 それこそが、「ゴブリンプラント」に求められるものなのだ。

 今後また人間が来るかもしれない、と思い悩むのではなく。

 次までにはもっと数を増やし力を増し、ゴブリン・ツリーの根元に埋めてやる。

 それこそが、ゴブリン達の考え方なのだ。

 悲観論や細かい対処を考えるのは、彼らの仕事ではない。

 ゴブリン・ツリーの頭脳である、精霊の仕事なのである。

 ただ少々問題だったのは、りあむがいわゆる一般的な精霊より、随分と過保護であったことだ。

 通常の精霊であれば、例えば今回のような事があったとしても。


 じゃあ、ゴブリンの数を増やして、武器をより多く持たせよう。


 その程度のことしか、考えない。

 だからこそ、人間に発見された多くのゴブリン・ツリーは、利用されることになっているのである。

 もっともそれは、人間に見つかりさえしなければ、それで十分通用する考え方でもあるのだ。




 さて、では、りあむはどうだったのかといえば。


「二度とゴブリン・ツリーには近づけさせない!! 魔石を狙うような連中は皆殺しだ!!」


 過剰なまでに防衛意識を滾らせ、考えうる限りの備えを整えるのだと固く決意していた。

 もはや、悠長なことを言っている場合ではない。

 防衛力の増強は急務だ。

 不幸中の幸いというべきか、ゴブリンの数は減っていない。

 切り裂かれて魔石を取り出されたゴブリンの回復も早く、予定より少々遅れる程度で完熟する予定だ。

 いくつかの武器や道具が壊れてはいるが、これらもすぐに補充することができる。

 なので、損失を取り戻すのに労力を割く必要はほとんどない。

 戦力の増強に、注力することができるのだ。

 もはや、何からやっていいか迷う、などと言っている場合ではない。

 できることは全部やるのだ。

 片っ端から、手を付けられるところから全てである。

 ゴブリン達は基本的に、睡眠や食事を必要としない。

 今までは休憩などもはさんでいたが、そういった時間を削って作業に当たれば、もっと効率が上がるはずだ。


「そうだよ。警備をしているゴブリン達にも少し作業を手伝ってもらえば、もっといろいろできるんだし」


 警備をしている間、多くのゴブリンは立ったまま光合成などをしているだけで、ほとんど何もしていないといっていい。

 ならば、多少作業をしても問題ないはず。


「いや、でも、怪我してたらその回復の時間なんだよなぁ。皆おしゃべりとかを楽しむ時間でもあるし、それが情報の共有とかにも」


 言ってみれば、ゴブリン達にとっては唯一の憩いの時間である。

 お互いにとりとめもない会話をしているゴブリン達は、見ていてどこかほほえましい。

 以前のりあむならばそんな様子を見ても、特に思うところはなかっただろう。

 今のりあむにとっては、何よりも和み、心落ち着く光景になっている。

 そんなゴブリン達の憩いの時を、取りあげていいのだろうか。


「やっぱり、警備の時間は今まで通りでいいかも」


 りあむはハッとして、何度も頭を振った。

 日和りそうになる自分を叱咤し、心を鬼にする。


「防衛力と戦力の強化は急務! 急がなくちゃぁいけないんだ! だから警備の時間も作業をする! 三分の二ぐらいの時間!!」


 結局、若干日和ったりあむだった。




 人間の襲撃から空けて、翌日。

 ゴブリン達も仕事に戻り、狩りや採集を何度か終えた。

 武器の修繕や補充なども終わり、ようやく一息つくことができる。

 そのタイミングを見計らい、りあむはゴブリン達が集まる、配置交代の時間に洞窟を出た。

 事前に重要な話があると伝えてあるので、皆りあむが出てくるのを待ってくれている。

 ゴブリン達の注目が集まる中、りあむは軽く咳払いをして話を始めた。


「なんとか邪悪な人間の襲撃から立ち直り、今まで通りの作業がこなせることはわかりましたね」


 今まで通りのことがこなせない状態であれば、さらに新しいことなどできるはずがない。

 わざわざ一日これまで通りの作業をこなしていたのは、それを確認するためだったのだ。


「いよいよ、新しいことに取り組んでいこうと思います。少々時間も労力もかかることばかりに挑戦していくつもりですが、がんばりましょう! おー!!」


 りあむが拳を空に突き上げると、ゴブリン達も「おー!」と声を上げる。

 別に申し合わせていたわけでは無いが、ゴブリン達の声は見事にそろっていた。

 基本的に、団体行動に向いた種族なのである。

 りあむの勢いに押された、というのもあるだろう。


「まずは、石垣を作って洞窟の出入り口を囲みます」


 石垣は、以前ゴブリン達にどんなものなのか説明している。

 既に情報も共有し終えているようで、何のことかわからない、というようなゴブリンはいないようだった。


「これは、今日から準備を始めます。次に、武器の増産。そして、新型武器の試作と量産です」


 武器はいくらあってもいい。

 新しい武器も、役に立つものならどんどん作ってもらいたいところだ。

 ゴブリン達共通の考えといっていいだろう。


「それにあたって、一つ、今までの体制を大きく変更することがあります。警備の時間の一部を、石垣と武器の増産に充てたいと思います!」


 ゴブリン達の間に、どよめきが広がった。

 警備の時間をほかのことに使うのは、まだゴブリン達にも理解できる。

 今までも、武器や道具制作の手伝いなどを、その時間を使ってしていたからだ。

 だが、モノを作るというのは、どういうことか。

 多くのゴブリン達にとってモノづくりというのは、未知の領域である。

 自分達にできることなのかという不安が大きかった。


「安心してください。皆さんにしてもらうのは、量産です。試作品や新しい武器の改良などは、今まで通り老ゴブリンさん達に、足を怪我したゴブリンさんで行います」


 警備中のゴブリン達にしてもらうのは、作業工程などが確立したものだけにすることにしたのだ。

 槍の制作は、以前よりずっと楽になっていた。

 例えば槍頭を作る材料は大量にストックがあるし、それを加工するための道具も用意してある。

 専用の道具を使えば、槍頭を作るのはそう難しくない。

 紐についても、使いやすい素材も、作り方も確立している。

 柄の部分にしても、それなりの木材さえ用意できれば、加工はたやすい。

 となれば、後は槍頭を柄に結び付ける作業。

 実はゴブリン達にとってはこれが一番の難関だが、慣れたゴブリンが指導しさえすれば、習得することは難しくない。

 警備の時間にこれらを作れるようになる、ということは、すべてのゴブリンが槍を作ることができるようになる、ということだ。

 生産量は一気に増加し、ゴブリン全員が槍を手にすることもできるだろう。


「材料さえ用意できれば、縄、ボーラ、カゴなんかも量産できるようになります」


 槍のほかにゴブリンが使っているものといえば、縄、ボーラ、カゴだろう。

 これらも、道具や作り方が確立した今、難しい作業ではなくなっている。

 個体差の少ないのが特徴であるゴブリン達であるから、すべてのゴブリンが製作可能と考えていいだろう。

 問題になることがあるとすれば、材料の確保だ。

 道具の材料というのは、そのほとんどがゴブリン・ツリーの栄養にもなる。

 ゴブリンを作るための材料を、道具の材料のために割く、ということにもつながるのだ。

 だが、りあむはそれでも問題ないと考えていた。


「カゴにより運搬力が向上しているので、採集品の収穫量が多くなっています」


 今までよりもずっと多くの量のモノを運ぶことができるようになったので、採集物の量は劇的に増えていた。

 ゴブリン・ツリーが必要としている量を大きく上回り、道具を作ってもまだまだ余裕がある。

 というより、採集できる量が多すぎるため、わざと量を減らすことさえあった。

 それらをすべて加工すれば、いったいどれほどの道具や武器を作ることができるだろう。


「それだけでも、ゴブリンの戦力は一気に上がるでしょう。そうすれば、狩りの効率もよくなります!」


 狩りの効率が良くなり、獲物が増える。

 それは、ゴブリンの数が増えることを、あるいは、ゴブリンの能力向上を意味する。

 全てのゴブリンにとって、最大の悲願であり目標だ。


「普段使う武器を作る労力がなくなれば、洞窟の中で作業しているゴブリンさん達は、新しい武器の試作に集中できます! より強力で強い武器を作り、狩りの効率をさらに上げ、防衛力を高めることもできるのです!」


 りあむは興奮して、捲し立てる。

 ゴブリン達の間にも、ざわめきが広がった。


「新しい武器のアイディアも、もうあります! まずは、石垣の準備から始めましょう! その間に、採集班にたっぷりの素材を用意してもらいます! 十分に集まったところを見計らって、道具の量産を開始します!」


 りあむはぐっと拳を握り、振りかぶった。

 そして、思いっきりこぶしを突き上げる。


「がんばろー!」


 ゴブリン達の、「おー!」という声が響く。


「がんばろー!!」


「「「おー!!」」」


「がんばろー!!!」


「「「おー!!!」」」


「じゃあ、具体的な指示をしますので、リーダーさん達は集まってください。ほかのゴブリンさん達は、それぞれ作業に戻ってくださいねー」


 りあむとゴブリン達は何事もなかったかのように冷静さを取り戻すと、そそくさと打ち合わせと作業を始めた。

 勢いは大事だが、冷静に仕事をすることも、また大切なのだ。




 大きな石に棒を二本括り付けたものを作る。

 これは地面を整地するための道具だ。

 もち上げてすぐに落とせば、地面を固く叩き固めることができる。

 タンパーやタコなどと呼ばれる道具であり、地球では機械化されたものを道路工事現場などで見るものだ。

 まずはこれで、地面を叩いて固めていく。

 石垣はかなり重いものなので、まずはしっかりと地面を固めなければならない。

 これを怠ると、せっかく積んだ石垣が崩れてしまったりする。

 地面が変な方向に傾けば、ゴブリンが下敷きになってしまうかもしれない。

 そんなことは絶対に許容できないので、これは重要な作業である。

 とはいっても、正直なところやる意味はあまりないといっていい。

 何しろ洞窟周辺の土地は、驚くほど固い地盤になっているのだ。

 荒涼としている岩場であり、草などもほぼ生えておらず、地盤まで固い。

 まさに岩場荒れ地の見本のような環境だ。

 周りに動物が寄り付かないことも、ゴブリン・ツリーにとっては好都合である。

 唯一の例外は、ゴブリン・ツリーの真上にある、穴。

 その近くに巣をつくっている、巨大猛禽ぐらいだろうか。

 猛禽の巣は、洞窟の出入り口からは離れている。

 ゴブリンに興味を持っていないらしいこともあり、特に気にすることはないだろう。


 地面を固めるのと同時に、石垣用の石材集めも始めていた。

 これは、とにかく大きめの石を片っ端から洞窟の近くに集めてもらっている。

 りあむはそれらを使って、野面積みという手法で石垣を作るつもりでいるのだ。

 野面積みというのは、自然のままの形の石を積み上げる手法である。

 城の石垣などで使われる手法だ。

 石垣を作るにはいくつか方法はあるのだが、りあむは野面積みを選んだ。

 りあむがこれを選んだ一番の理由は、「やったことがあるから」である。

 地球での公務員時代、近くにある山城跡で「野面積み体験ツアー」なるものを手伝わされたことがあったのだ。

 誰が好き好んでそんなものをやりたがるのか。

 などと、企画者を呪ったものではあるが、世の中奇特な人間というのは居るものだ。

 城マニアや外国人旅行者などが多数参加して、意外な人気を博したのである。

 そのせいで、りあむは定期的に野面積みを手伝わされる羽目になっていた。

 あくまで手伝いであり、正式な講習の内容は横で聞いていた程度ではある。

 だが、それにしても全く実際に手を付けたこともなく、本やテレビの知識だけしかないほかの石垣の組み方を試すよりはましだろう。


 この作業は、警備をしている班にやってもらうことにした。

 光合成や水分補給、傷の回復が終わった後に、やってもらうことにしたのだ。

 大体、警備の時間全体の三分の二は、作業に充てられることになった。

 ゴブリン達はもっと作業に時間を割いても構わないといったのだが、りあむが「体にも気を使わないとだめ!!」と押し通した。

 基本的に、ゴブリンに一番甘いのはりあむなのだ。




 警備のゴブリン達の作業が進む中、洞窟内のゴブリン達を前に、りあむは新しい試作について説明を始めた。

 顔ぶれは、老ゴブリン三匹に、ケンタ、片足を失ったゴブリンである。


「次に作るのは、強力な紐です。今まで作ってきた縄よりもずっと細く、強いものですね。次に作りたい武器に、絶対に必要な材料の一つです」


「なにをつくるんだ」


「弓です。というか、その先の弩、クロスボウを作るのが目標なんですけどね」


 弓は、非常に優秀な飛び道具だ。

 攻撃力もさることながら、飛距離も優秀といえる。

 難点があるとすれば、制作が困難なこと。

 使用するのに、修練が必要だというところだろう。

 もう一つ、物資不足に悩まされがちなゴブリンとしては、矢が使い捨てになりかねないところ、というのも痛い。

 正直りあむとしては、これに手を出すのはもう少し先だと思っていた。

 作る意味が薄い、と考えていたのだ。

 弓の利点は、遠くから敵を攻撃できる、というところである。

 ただ、実は威力という点においては、槍に幾らか劣るのだ。

 ゴブリンが相手にする森の動物というのは、その大半が非常に強靭な毛皮を持っていた。

 牙や爪はもちろん、槍でもなかなか刺さらないものがいるのだから、相当といっていい。

 そんな連中に、果たして弓が通用するだろうか。

 勿論、強力な弓を作り、良い矢を使えば、手傷は負わせられるだろう。

 とはいえそれらを作るのは相当難しく、試作品として出来上がるであろう物の性能を考えれば、即戦力とは言い難い。

 それによって得られる効果があまりないのであれば、今はそれよりも槍や縄などに注力すべき。

 というのが、これまでのりあむの考えだった。

 だが、人間が相手となれば、話は別である。

 人間というのはゴブリンとさして変わらぬ体型であり、矢が一本刺さるだけで大きく力をそぐことができる相手だ。

 もし刺さらないにしても、近づかせないためのけん制をすることができる。

 けん制だけを考え、当たらずともよく、威力も必要としないならば、弓を用意しない手はない。

 森に住む、それこそアクジキなどに通用するような性能にする必要が無いなら、とりあえず形さえ整えばよいのだ。


「弓の性能を上げるのは、相当に難しいんです。同じ大きさのままならば、ね。デカくすれば、単純に破壊力を上げることができます。弦を引くのは難しくなりますが、クロスボウ。あるいは、バリスタ型にすれば問題ありません。石垣の上に設置して、防衛用に使うんです」


 強力な弓を作るというのは、非常に困難な作業なのだ。

 単一の素材から削り出せば作るのは難しくないが、粘りが無かったりして矢に威力が出ない。

 地球で強い弓を作る場合は、粘りやしなりの違う複数の素材を組み合わせて作ることがほとんどだ。

 金属を材料として使う時でさえ、同じようなことをする。

 現在のゴブリン達が持つ技術では、到底できるようなことではない。

 強靭で扱いやすく、実用的なサイズの弓を作るというのは、驚くほど難しいことなのだ。

 熱弁するりあむに対し、ゴブリン達を代表するようにケンタが訊ねた。


「りあむ。その、ゆみ、というのと、や、というのが、今一よくわからないんだが」


「あ、そっか。実物見せてないからピンとこないか」


 実物と言っても、いきなり弓そのものを作ることができるわけもない。

 簡単な模型的なものを作って、説明することにした。

 と言っても、相変わらずりあむはものを持つことができないので、説明だけして作ってもらう形だ。

 取り置きしていた肘から拳まで程度の長さの木材をしならせ、その両先端を一本のワラで結ぶ。

 極々簡単な造りだが、一応弓の形にはなった。

 材料には、折れにくくしなやかな弾性を持っているという、弓に適していると思われる木の枝を使っている。

 切り出して木材として使用すれば、きっと良い素材になることだろう。

 ついで、矢を用意する。

 こちらは適当に枝を切っただけのものだ。

 それをケンタに装備させて、りあむが身振り手振りで使い方を教える。

 弓に矢をつがえ、打つ。

 矢は意外にうまく飛び、ゴブリン達の間から驚きの声が上がった。


「やりを、とばすのか」


「いや、槍ほど大きなものではなく、専用のもっと細いものを使います。それを、矢っていうんですよ」


「やりよりちいさいと、えものには、ささりにくい」


「それでも、えものからはなれて、かりができる。べんり」


「じつぶつは、どうやってもつんだ」


「えっとですね、こうやって構えます」


 老ゴブリンの一匹に聞かれ、りあむは構えのポーズをとって見せた。

 数匹のゴブリンが、その動きをまねする。

 のだが。

 どうにも動きがぎこちない。

 というより、マネできていなかった。

 片腕も体の前に伸ばし、残る手を胸の前に引き付けるような姿勢になるのだ。


「ええっと、もっとこうですね。腕を体の横にして」


 そこでりあむは、ハッとあることに気が付いた。

 五匹のゴブリン全員に、りあむの真似をしてみるように言う。

 老ゴブリン三匹に、片足のゴブリンは、先ほども言ったような妙なポーズになっている。

 だが、ケンタだけは、上手くりあむの動きをまねているのだ。


「じゃあ、今度はこのポーズをまねしてみてください」


 ついで、りあむは両手を横に大きく広げて見せた。

 胸を張り、手を伸ばす。

 だが。

 老ゴブリン三匹と片足のゴブリンは、このポーズがうまく取れない。

 りあむはこの時、ようやく気が付いた。

 一般的なゴブリンは、肩の可動域が人間のそれよりも狭いのだ。

 骨格的な問題なのだろうか。

 いや、それ以前に植物であるゴブリンの体内にある固い部分を骨といっていいのかどうかなぞだが、今はそれはいい。

 とにかく、通常のゴブリンは肩の可動域が人間のそれよりも狭いのだ。

 だから、石などを投げるのが不得意なのだろう。

 物を投げる姿勢というのは、肩の可動域が広くないと上手くとれないのだ。

 今までその恐れは考えていたのだが、ゴブリン達は猿やチンパンジーなどに比べれば、遥かに人間に近い動きをこなせていた。

 腕や肩の動き、武器を扱うしぐさなども、人間に近い。

 だが、他に比べれば人間に近い、というだけであり、まるで人間のように動く、ということはできていなかったのだ。

 ケンタは特別なゴブリンであるため、身体性能も他のゴブリンより良いのだろう。


「そういうことだったかぁー」


 疑問が解決したことで、改めて問題が発覚した。

 大きく肩を開く、両手を広げる姿勢が取れないということは、弓を構える姿勢が取れない、ということでもあるのだ。

 これは大きな問題である。

 せっかく武器を作っても、有用に使えないのでは欠片も意味がない。

 そもそも武器としての体を為さないではないか。

 やっちまった!

 と頭を抱えるりあむだったが、すぐに思いなおす。


「なら、クロスボウやバリスタを作ればいいんだよ」


 開発の順序にこだわる必要などない。

 ゴブリンの身体でも、クロスボウやバリスタならば問題なく使用することができる。

 引き金を引くのに、肩の可動域は関係ない。

 作り方に関する知識も、問題はないはずだ。

 ネットで「クロスボウ 自作」とでも検索すれば、嫌というほど制作方法が見つかる。

 ご丁寧に制作過程を説明した動画も、わんさと出てくるだろう。

 公務員時代のりあむは暇に飽かせて、そういった動画をぼうっと眺め続けてきたのだ。

 りあむが住んでいたあたりで外出して行う娯楽といえば、大雑把に言って二つしかない。

 パチンコかグラウンドゴルフである。

 前者は嫌というほど金がかかり、後者は老人達が本気で取り組んでいるためにかなり体育会系な訓練をさせられて怖い。

 必然的にりあむは自宅でネットやテレビを見ることになり、そういったものから取り込んだ知識は、今ゴブリン達のために生かされている。

 まぁ、とにかく。


「まずは強力な紐を作り、クロスボウを作ろう!」


 目標は定まった。

 あとは、行動するのみである。


「くろすぼうって、なんだ」


「ああ、そっか。ええっと、ケンタ。言う通りに模型を作ってほしいんだけど」


 りあむはどう説明したものかと悩みながら、ケンタにクロスボウの構造を説明し始めた。

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