二十四話 「研究対象にしている魔物、というのは?」
バッフ・ベル・アルラルファは焦っていた。
急がなければ、せっかくつかめるかもしれないチャンスを逃すことになる。
数十年間待ち望んだ機会を逃すことは、絶対にできない。
ゴブリンツリー。
それは、多くの人にとって、非常に有益な資源であった。
強力な魔物からもめったにとれないような、巨大な魔石を採集することができる。
魔法にかかわるものにとって、まさに夢のような植物といえるだろう。
なにより素晴らしいのは、採集の仕方さえ間違えなければ、永続的に魔石を手に入れることができる点だ。
ゴブリンの全体数を維持しつつ、適宜魔石を収穫する。
それさえできれば、ゴブリンツリーが枯れることはない。
最近では、まだ熟しきっていないゴブリンから魔石を摘出し、傷口をふさいで戻すという技術も確立していた。
そういった一定の手間さえかければ、後はゴブリンプラントが勝手にゴブリンツリーの世話をしてくれる。
まさに、理想的な魔石供給源といえるだろう。
多くの人にとって、得難い資源といえる。
冗談ではない。
バッフに言わせれば、そんな考え方は論外である。
オード大森林の程近くにある、ネザ村。
バッフはそこに、落下するようにして降り立った。
ように、というのは少々語弊があるかもしれない。
実際、文字通り上空から落下してきたのだから。
煙を吹き出している大型の何かが、はるか上空から真っ逆さまに落下してくる。
バッフは必死の形相で、それにしがみついていた。
ギリギリまでそれを制御しようと操作盤などを弄っていたのだが、もはやどうにもならないと諦めたらしい。
両手両足を駆使して、その場から飛びのいた。
強かに地面に体を打ち付け、ゴロゴロと転がり、何とか勢いを殺すと、ふらふらと立ち上がる。
大きな音がした方へ目を向ければ、拉げた残骸が地面に突き刺さっていた。
その正体は知り合いの研究者が作った、飛行装置である。
大切に使うし、絶対に壊さないという約束で借りてきたのだが、無残なことになってしまった。
やはり、最高速度とやらを無視して加速したのが悪かったのだろうか。
あるいは、許容魔力量を無視して魔力を注ぎまくったのが悪かったのかもしれない。
連続稼働の制限時間を無視して動かし続けたのも、良くなかったのか。
なんにしても、壊れてしまったものは仕方ない。
申し訳ないとは思うが、これもゴブリンツリーの為である。
あとできちんと謝っておけば、きっと許してくれるはずだ。
そんなことよりも、今のバッフは急がなければならなかった。
少しでも早くこの村にあるというギルドへ行き、彼らが蛮行に走る前に止めなければならない。
状況は、一刻を争う。
周りを見回してみると、人だかりができ始めていた。
少し離れたところから走ってきているのは、治安維持のための兵隊だろうか。
捕まるのはまずい。
早くギルドに行って、やらなければならないことがあるのだ。
バッフはあわてて、走り始めた。
ギルドがどこにあるかはわからないが、大抵の場合はすこしはずれた場所にあることが多い。
魔獣の毛皮や血肉を扱う関係上、人口密集地は避ける傾向にある。
人にギルドの場所を尋ねるのも手だが、今はとにかくこの場を離れるのが先決だ。
バッフは兵隊が自分に気が付く前に少しでもこの場を離れようと、大急ぎで走るのであった。
無事にネザ村にたどり着くことができたことに安堵したクードは、ほっとしたようにため息を吐いた。
パラパタも似たような表情であり、いつも不機嫌そうなヴェローレも、心なしか幾分穏やかな顔をしているように見えなくもない。
「さってと。ついて早々だけど、役割分担と行きましょうかね」
オード大森林の中を走り通し、まさに今さっきついたばかりではある。
すぐにゆっくりと休みたいところだが、それはできなかった。
何しろ、まだ休むための場所も確保できていない。
「ヴェローレは宿屋見つけといて。できれば、荷物も引き出しといて。着替えたいし」
「はいはい。勝手に部屋にぶち込んどく」
冒険者というのは根無し草が多い。
自宅や借家などを持っていることは少なく、大半が宿屋で寝泊まりをしている。
遠征の時に持ち運べない荷物などは、ギルド等に預けておくことがほとんどだ。
「宿が見つかったら、軒先にいつもの目印吊り下げさせてもらっといてね」
「わかってるって」
連絡手段があるわけでは無いので、宿を確保したら目印を吊るすのが一般的だ。
名のある冒険者の場合、この目印を頼りに依頼人が宿を訪ねてくることもある。
「で、俺とパラパタはギルドへ行ってゴブリンの魔石を納めてくる」
「了解ー」
「今日はざっくりしたところで勘弁してもらって、細かい説明は後日にしてもらお。疲れたし」
ゴブリンツリーのある洞窟を強襲した後、休まず走り通しできていた。
冒険者は体力勝負であり、それなりに鍛えている自信はある。
とはいえ、戦闘の直後、危険な森の中を警戒しつつ走り抜けるというのは、やはり肉体的にも精神的にも疲弊するものだ。
パラパタもヴェローレも特に異存ないらしく、それぞれに頷いた。
「二人とも、余計なことしないでよ。どっちもポンコツなんだから」
さっさと歩き出したヴェローレの言葉に、パラパタはムッとした顔を作る。
「俺はそこまでポンコツじゃないよ、リーダーはともかく」
「え? 二人とも俺のことそんな風に見てたの?」
不満そうな顔で抗議しようとするクードだったが、ヴェローレは既にさっさと歩いて行ってしまっていた。
遠くに見える後ろ姿に、クードは顔をしかめる。
そして、パラパタの方を振り返った。
「そんなに頼りない?」
「いや。頼りないかどうかに、ポンコツかどうかは関係ないし」
「え? 頼りにならなくはないけど、ポンコツではあるってこと?」
「まあ、気にしなさんな」
パラパタはクードの肩をポンと叩くと、ギルドの方へと歩き始めた。
クードは今一釈然としないといった表情のまま、その後を追う。
「しかし、やさしいねぇ、リーダー」
「なにが?」
「宿取りに行かせたの、先に休ませるためでしょ」
パラパタの問いに、クードは軽く肩をすくめた。
荷物運びと宿取りというのは、それほど時間と労力のかかる仕事ではない。
手早く終えてしまえば、早く休むことができる。
「魔法使うってのは疲れるらしいからね。きちんと休んでもらわないと。お風呂とかも入りたいだろうしね」
「リーダーって意外と女性に優しいタイプだったの?」
「そんなことないよ? ほら、ヴェローレが一緒だと、キレ―なお姉さんに体を洗ってもらったりなんかできるお店に行きづらいじゃない」
「俺、そういう店行ったことないからなぁ」
ため息交じりのパラパタに、クードは珍しいものを見るような眼を向ける。
冒険者というのは、命がけの商売だ。
だからというわけでもないのだが、ストレス発散や景気づけのためなどに、娼館などを利用するものは多い。
初めて冒険者として魔獣などを狩り、手に入れたまとまった金をそれにつぎ込んだ。
等という話も、珍しくはない。
クードの視線に気が付き、パラパタはひらひらと手を振った。
「行きたくても門前払いされるんだよ、俺の場合」
「なんでよ」
「いや。だって俺まだ十四だし」
おおよそではあるが、人族の場合、十六歳程度で一人前とされる。
つまり、パラパタはまだ未成年、ということだ。
「マジで? え? うっそ。お前、俺と会ったときもう冒険者やってなかった?」
「してたよ。っていうか、今まで何歳ぐらいだと思ってたの」
「十八とかそのあたりだと思ってた。すげぇ童顔だな、とは思ってたけど。ああ、そうだったんだ。マジか」
「そんなに驚くような事?」
「そりゃ驚くよ。たぶん今日一の衝撃だわ」
「なんだそりゃ」
他愛のないことを言い合いながら、二人はギルドへ向かって歩いて行く。
この後、さらに衝撃的な出来事が起こるのだが。
へらへらと笑っているこの時の二人には、まったくあずかり知らぬことであった。
ネザ村のギルドマスターは、目の前の存在に強い恐怖を感じていた。
白衣を着た野暮ったい容姿の、男性である。
肌は色白で、手足はひょろりと長い。
おおよそ体を鍛えている様子はなく、むしろひ弱そうに見えた。
そんな男性が、ギルドの受付を激しく叩きながら、何事か叫んでいる。
もし何も知らない一般人がこの光景を見たら、ひ弱そうな彼はすぐに取り押さえられるだろう、と思うはずだ。
だが、少しでも知識と魔力感知能力があるものであれば、震えが来るだろう。
その男性は、ハイ・エルフだったのだ。
ハイ・エルフというのは、特殊な種族である。
見た目からは想像もできない強度と筋力を持つ肉体を持ち、他種族とは隔絶した魔力保有量を持つ。
純粋な戦力としては、ドラゴン種に匹敵するともされている。
それに輪をかけて厄介なのが、政治的影響力だ。
長命であり、優秀であるという特徴を持っており、ハイ・エルフという種族自体がエルフ系統の種族内では貴族として扱われている。
ギルドとしては、無下にできない相手だ。
さらに厄介なのが、相当に興奮しているらしく、こちらの話をまるで聞いてくれないところである。
何やら相当に緊急を要する、非常に不愉快なことがあったらしいのだが。
あまりにも早口なのと、内容があちこち脱線する影響で、一体何をしに来たのかさえ分からない。
「つまり、通常ならば魔石を切除されて体外に出された場合、魔力枯渇など様々な理由で緩やかに、と言っても一分から、長くて五分程度で死を迎えるわけですが」
何やら授業めいた口調で恐ろしい速さで喋り続けるハイ・エルフ男性の一番近くにいたのは、ギルドマスターであった。
受付担当者に呼び出され、何事かとカウンターまでやってきたのが、運の尽きというやつだ。
何やらご立腹の様子のハイ・エルフ男性に捕まり、質問すら許されない勢いで話を聞かされ続けている。
かれこれ三十分以上は話し続けているのだが、ハイ・エルフ男性の勢いはとどまるところを知らない。
ギルドマスター以外の職員や冒険者たちは、唖然とした様子で、遠巻きに眺めている。
あまり近づきたくはないのだろう。
賢明な判断といっていい。
危険なものを見分け、関わらないようにするというのは、冒険者やギルド職員にとっては必要な資質だ。
それにしても、流石にそろそろ何かをしなくては不味い。
ギルドマスターがそんな風に考え始めた時、ハイ・エルフの男性が凄まじい勢いで後ろに振り返った。
視線の先には、ギルドの出入り口がある。
ちょうど誰かが入ってきたところだったらしく、入ってきた人物はドアを押した姿勢のまま固まっていた。
無理もない。
ハイ・エルフが魔力を込めて睨めば、普通の人間ならばまず気を失う。
場合によっては、物理的な衝撃すら伴うこともある代物だ。
一体何が起きたのか。
いぶかしむギルドマスターの前で、ハイ・エルフの男性は突然、膝から崩れ落ちた。
「あああー!! まにあわなかったぁー! うわぁあああ!」
頭を抱え、激しく身もだえしている。
ドアを開けた人物、クードは不思議なものを見る目をハイ・エルフの男性に向けながら、小首をかしげつつギルドの中に入ってきた。
ギルドマスターの姿を見つけると、ハイ・エルフの男性から距離をとるように動きつつ、近づいていく。
「あの。仕事終えてきたんですけど。お取込み中です?」
「なんといっていいか。私にもよくわかりません」
「あの、ていうかあの人って、誰なんです?」
「私が聞きたいです」
短いながら、実に感情の籠った言葉であった。
「大変失礼しました。伊達に寿命が長いせいか、一度混乱すると落ち着くのに時間がかかりまして。改めまして。私は、バッフ・ベル・アルラルファ。魔物の、特に一定程度の知性を持つものを専門に研究をしているものです」
頭を抱えて叫び声をあげないことに、ギルドマスターは相当の精神力を要した。
アルラルファ家というのは、ハイ・エルフの中でも有力な家として有名だ。
少し世事に詳しければ、エルフでなくとも知っているレベルである。
当人がいうように、少しは冷静になったらしい。
先ほどまでとは違い、会話ができそうな様子だ。
通り一遍の挨拶を済ませたところで、ギルドマスターはさっそく質問をすることにした。
「このような辺境までお出でになられたのは、ご専門に関することでしょうか?」
「その通り。今現在私が研究対象にしている魔物が、この地域で発見されたという報告を受けましたので、やってきました」
「研究対象にしている魔物、というのは?」
「ゴブリンプラント。ゴブリン・ツリーです。この地域で確認されたと聞きました」
なんかマズそう。
話を聞きながら、クードはそんな風に思っていた。
場所は、ギルドのカウンターから、奥にある部屋に移っている。
クードとパラパタは、ギルドマスターとバッフの話し合いに、付き合わされていた。
一体なぜ?
等と思っていたクードだったが、話を聞いているうち、うっすらと事情が分かってきていた。
どうやら自分達は、思った以上の面倒ごとを抱え込む羽目になったらしい。
「私は以前から、ゴブリンプラントは対話可能な相手であると考えてきました。実際、彼らは互いに言語で意思疎通をしています。ですが、今日まで人種族と交流を持ったという記録がない。理由は、お分かりになりますか」
「人種族を敵対視しているから、と、私が読んだ資料では結論付けられていました」
「彼らは非常に仲間意識が強い。人種の多くはゴブリンプラントやゴブリン・ツリーを傷つける。だから、敵対行動をとる。書いてあったのはそんなところでしょうか?」
「その通りです。実際、我々ギルドが。いえ、ギルドでなくとも、多くの人種族が彼らを見つけた場合の反応は、決まっていますから」
魔石を採集するために、生かさず殺さずの状態を保つ。
それが普通の、人種族の反応である。
「私は、彼らと対話をしたいと考えています。残念ながら、前例を見つけることはできませんでしたが、可能だと考えています。ですが、一度人種族を敵視したゴブリン・ツリー、ゴブリンプラントは、徹底的に敵対し続けます」
「つまり、人種族と敵対していないゴブリンプラントを探している。ということですか」
ギルドマスターとバッフの間で交わされている会話を横で聞いているクードだったが、その内容は全く頭に入っていなかった。
難しい言葉や前提知識が必要な内容が多分に含まれているため、ついていけないのだ。
クードはけして、賢い方ではない。
正直に言えば、馬鹿の類だ。
難しそうな話は、聞いているだけで眠くなってくる。
残念なことに、パラパタの方もそれは同じようであった。
「なぁ、リーダー。俺達って帰っちゃダメなのかな」
「俺に言われてもわかんないっていうか。いろって言われたんだし、居たほうがいいんじゃない? と、思うけど。んー」
パラパタに聞かれ、クードは何とも煮え切らない返事をする。
むしろ聞きたいのはこっちの方だ、とは言わなかった。
一応クードはリーダーであるし年長者であるわけで、それを言うのがためらわれたのだ。
ちなみに、彼ら二人の声は、ギルドマスターとバッフの耳には一切入っていなかった。
極々小さな声で会話をしているためである。
二人とも身体能力が高く、相応に五感も鋭い。
ほかの人間が聞き取れない程度の極々小さな声であっても、互いに会話を成立させることができる。
色々と便利な特技だが、役に立つ機会はあまりない。
「さっさと帰って、風呂入って飯食って寝たいのに」
パラパタが愚痴るようにつぶやく。
クードもそうしたいのはやまやまなのだが、この状況では難しいだろう。
「何かわかんないけど、俺ら完全に関係ある系の話っぽいし。最悪だわ。場合によっては逃げるかぁ」
「逃げられんの?」
「多分ムリ」
冒険者稼業のいいところは、根無し草で身が軽いことだ。
わずらわしいものに縛られることなく、自由に暮らす事が出来る。
ただ、縛るものがないという事は、守ってくれる存在も居ないという事だ。
一定以上の権力者にとって、冒険者の命というのは恐ろしく軽い。
その冒険者が一日に稼ぐ金額より軽いと思っていることも珍しくない。
ちなみにその一定以上の権力者というのは、例えばギルドマスターとか、エルフの貴族とかである。
パラパタとクードがそんな話をしている間にも、権力者二人の話し合いは続いていた。
「クードさんとパラパタさんにお伺いしたい。ゴブリンツリーからの魔石採取は、どのような形で?」
「どのような形で、といいますと?」
バッフに名前を呼ばれ、クードは素早くそう返す。
正直、パラパタと話していたので、話を全く聞いていなかった。
こういう時、「聞いていたけどその言い方だとよくわからない」みたいな顔をするのは、クードは割と得意だ。
そうすることで、もう一度説明してもらい、上手く話を合わせるのである。
「失礼。ゴブリンツリーにまだ成っているゴブリンプラントから魔石を取り出すとき、実を切り離して作業したのか。それとも、魔石だけを取り出したのか、ということです」
「実が木についている状態で切開して、魔石だけを取り出しました。一応、持っていった樹木用の薬とかで事後処理もしてありますが。何分初めてやることだったので、上手く行ってるかどうかはわかりませんけども」
「ということは、ゴブリンプラントは殺していない?」
「確認はしてませんので。たぶん、ですけど」
それを聞いた瞬間、バッフはテーブルの上に崩れ落ちた。
ゴブリンツリーを守ろうと、ここまで気を張り通してきたのだ。
冒険者がゴブリンプラントを殺していたら、元も子もない。
何とか間に合ってくれと、必死で駆け付けたのである。
ずっと研究畑で過ごしており、対人能力が極端に低いのを押して、交渉の真似事までした。
人付き合いが苦手なバッフにとってみれば、恐ろしい労力である。
なんとか、それは報われたらしい。
「よかったぁー……! 間に合った。間に合ったんだ……!」
万感の想いが籠った声は、わずかに震えていた。
涙を流さんばかりのバッフの様子を見て、ギルドマスターと冒険者二人は、いぶかしげな表情になる。
バッフはやおら顔を上げると、ギルドマスターに顔を向けた。
「念のため確認なんですが、ほかの冒険者がゴブリンプラントを殺している虞は?」
「絶対とは言いませんが、ないと思います。もし何かあれば、ギルドに情報が来るでしょうし」
発見の一報が入って以降、ゴブリンプラントを殺したという情報は入ってきていない。
ギルドのあずかり知らぬところで殺している虞が無くはないが、その確率は相当に低いといえる。
情報の買取なども行っているし、この周辺で素材の売買ができるのはネザ村だけだ。
冒険者が休むことができるような場所も、ネザ村しかない。
そして、ネザ村で起こった出来事は、ほぼすべてギルドに集まるようになっている。
「なら、やっぱりまだ間に合うかもしれない! 今すぐ、ゴブリンプラントを狩らないよう、冒険者に通達してください! 損害補填は、アルラルファ家が責任をもって行います!」
ギルドにとってアルラルファ家は、エルフの貴族というだけの存在ではない。
多額の援助のほかにも、様々な便宜を図ってもらっている、大口のスポンサーでもある。
その家の名前を持ち出されたからには、無碍に断るわけにはいかない。
むしろ、積極的に協力したほうが、後々得になるはず。
ギルドマスターは、素早くそう判断した。
「わかりました。アルラルファ様の研究に、ご協力しましょう」
「有難うございます! では、早速なんですが。彼ら二人を雇わせていただきたい。今、ここのゴブリンツリーについて一番詳しいのは、彼らでしょうから」
実際、この地域で発見されたゴブリンツリーについて一番詳しいのは、クード達で間違いないだろう。
彼らが任された仕事には、情報収集も含まれていたのだ。
クードとパラパタは、バッとギルドマスターの方へ顔を向けた。
ギルドマスターは、しれっとした顔で目線を合わさないようにしている。
素早く損得勘定ができるというのは、ギルドマスターとしては素晴らしい資質なのだろう。
頼もしい限りではある。
自分達が売られなければ、ではあるが。
「いやいやいやいやいやいや。ちょっと待ってくださいよ。俺らじゃなくてもいいでしょう。一介のC級冒険者ですよ俺達」
「貴方方は、無事にゴブリンプラントの魔石を持ち帰り、情報も入手してきました」
ゴブリンプラントの魔石は、既にギルドに納めていた。
情報の方も、まだ報告はしていないが、それなりに収集できている。
「ならば、問題ありません。私の権限で、今この瞬間から貴方方三人はB級冒険者です。そして、同じく私の権限で、アルラルファ様の依頼を受けていただきます」
ギルドマスターの権限というのは、重い。
一介の冒険者の意向などねじ伏せるだけの力がある。
まして、依頼人がギルドの大口支援者であり、名のあるエルフの貴族となれば、逆らう余地はない。
クードとしては、正直なところ断ってしまいたかった。
厄介ごとはご免である。
だが、それができるような状況でないことは、流石のクードにもわかっていた。
もしうまく断ることができたとしても、何かしらの報復を受けることになるだろう。
世の中には、「見せしめ」という言葉があるのだ。
「ああ、もう。いや、んー。では、せめて明日まで、もろもろ待って頂けませんかね。何分、仕事を終えて速攻で帰ってきたもんで、肉体的にも精神的にも疲労してまして。正直、頭の方もうまく回っていないんですよ。ここに居ない、もう一人の意見も一応聞かないといけませんし」
口ではそういっているが、実際のところは時間稼ぎがしたいのだ。
クード達三人の中で、一番頭が回るのはヴェローレである。
多分力押しに頼るところはあるものの、それでもクードとパラパタよりずいぶんましな発想力は持っている、はずだ。
とりあえず時間を稼ぎつつ合流して、今後の対策を立てようと考えたのである。
それに、勝手に何かを決めたら、恐ろしいほど文句を言われそうだと思ったというのもあった。
ギルドマスターは、さもありなんというようにうなずく。
「わかりました。確かに、ヴェローレさんの確認も必要ですね。ただ、なんにしても報告は必ずしていただくことになります。明日、昼過ぎ頃に来ていただくことにしましょう。細かなところは、その時に。アルラルファ様も、聞き取りにご同席なさいますか?」
「ぜひ。直接聞いておきたいこともいろいろありますし。ゴブリン・ツリーの観察に同行していただくときの打ち合わせも必要でしょうからね」
聞き捨てならないセリフに、クードとパラパタは目を剥いた。
「あの。観察に同行って。つまり、もう一回ゴブリン・ツリーのところに行くってことですか? 俺達も?」
「はい」
さも当然というような顔で、バッフは頷いた。
ゴブリン・ツリーに最も詳しく、辺境に行くのに慣れていて、多少の危険なら対応できる。
バッフの立場から言って、クード達ほど同行者として相応しい人材もいない。
「貴方方を雇いたいといったのは、そのためですしね」
「そのためでしたか」
完全に、面倒ごとに巻き込まれた。
ヴェローレにぶん殴られるかもしれない。
クードとパラパタは、頭を抱えてため息を吐いた。




