十九話 「よし、狩りましょう。目にもの見せてやるんです」
それが、木の精霊だからこそのものなのか、りあむの個性としてのものなのかは分からない。
どちらにしろ、りあむがその時感じた怒りは、今までの生きてきた中で最大のものであった。
片足の膝から下が無くなり、両脇から支えられているゴブリンの姿。
それを間近に見た時、りあむは頭の中が真っ白になった。
何かを言おうとするものの、なにも思いつかず意味のない音だけが口から洩れる。
対して、ゴブリン達自身はいたって冷静だった。
足を失ったゴブリンを洞窟の出入り口近くに座らせると、器で水を持ってくる。
ゴブリン達が傷を治すには、水は不可欠なのだ。
りあむは足を失ったゴブリンが水を飲む様子を見て、ようやく我に返った。
「止血! 血を止めないと! 足を縛って、それから、それからええっと」
なんとか呆然自失からは立ち直ったものの、りあむは混乱の只中に有った。
ケンタの肩にくっ付いたままなので動けはしなかったが、もしそうでなかったら右往左往していただろう。
そんなりあむに、ケンタは「落ち着け」と声をかける。
「ゴブリンに血はない。水を飲んで、太陽を浴びていれば傷はふさがる。足は元に戻らないが、それで動けるようにはなる」
傷はふさがると聞いて、りあむは安心したように表情を緩めた。
だが、次いで出た「足は元に戻らない」という言葉に、再び顔がこわばる。
それでも、何とか動揺をある程度抑え込むことが出来る程度には、落ち着きを取り戻すことができた。
「そうだ! ほかの皆は!? 怪我したのは、一人だけ!?」
冷静とは言えないまでも、ある程度落ち着いたことで、りあむはようやくそのことに思い至った。
見回してみれば、怪我をしているゴブリンの姿が目に入る。
皆、水をもらうなどして、既に怪我への対応は終わっている様子だ。
そもそもゴブリンは、怪我をしても包帯や傷薬などは使わない。
水を飲み、日光を浴び、光合成をする。
そして、体内の魔力を使い、傷を癒すのだ。
光合成をするための体を覆うものや薬などは、よほど特殊なものでない限り、かえって邪魔になるのだ。
りあむはそういったことを知らなかったが、ゴブリン達の冷静な態度を見れば、適切な対処をしているのだろうと察しはついた。
ゴブリンの身体については、りあむよりもよほどゴブリン達の方が詳しい。
傷への対処などは、後ですることにした方がいいだろう。
もっと早く、大怪我した時の対処法を聞いておけばよかった。
そんな強い後悔がよぎるが、今はそれどころではないと、頭を振ってその考えを頭から追い出す。
「これって、治るんだよね?」
「うで、はら。そのあたりのけが、たいしたことない」
「じかんかかる。だけど、なおる」
腕や腹などに負った傷は、一先ず治るらしい。
一番ひどい怪我でも、一日もすれば塞がるという。
この程度ならば珍しいものではなく、古いゴブリンなら大抵は一度は負ったことがあるらしい。
洞窟の中で作業をしている三匹のゴブリンは、もっとひどい怪我もしたことがあるのだそうだ。
それらも今は塞がっており、古傷として残っているだけである。
「たしょう、うごきづらくなるかもしれないが、しんぱいはいらない」
「もんだいは、あしとれたごぶりん。これは、さすがになおらない」
いくらゴブリンでも、失った部位は生えてこない。
多少の欠損、指や、体の一部が少々もげた程度であれば、回復はするらしい。
ただ、腕一本や足一本となると、流石に無理なのだそうだ。
なんといっていいかわからず、呆然とするりあむをよそに、足を失ったゴブリンは地面にあおむけに横たわった。
少しでも日光を多く浴びるため、体の位置を少しずつ調整している。
りあむはケンタに言って、そのゴブリンのそばへと近づいてもらった。
「その、足、痛いよね。なにか、してほしいことはない?」
何かしてあげたいが、どうしていいかわからない。
話すのも億劫かもしれないが、何もしないではいられなかった。
だが、りあむの予想と反し、足を失ったゴブリンは特につらそうでもない様子である。
「へいき。とくに、ない」
「りあむ。恐らく、ゴブリンと人間は、痛みの感じ方が違う。りあむが思っているような苦痛は無い」
ケンタは、りあむの前世のことも理解していた。
作業の合間などにケンタが質問してきたことに、りあむが答えていたためだ。
時々あるゴブリンとりあむの認識の違いを、こうして指摘してくれる。
「そうなの? でも、やっぱり、これだけの怪我だと」
「しんぱい、ない。もう、ふさがってる」
見れば、怪我の場所は既に塞がっていて、表皮がしっかりと覆っている。
少しずつ白い煙のようなものが上がっているのは、ゴブリン特有の回復の印だ。
「じゃあ、辛かったり、痛かったりは?」
「ぜんぜん、ない」
足を失ったゴブリンが、首を横に振る。
それを見たりあむは、不安を抱えながらも、一先ずは安心することにした。
全く心は安らがないし、心配も消えないが、自分が慌ててもしょうがないと考えたのだ。
とにかく、冷静にならなければ。
だが、そんなりあむの考えは、すぐに頭からはじけ飛んだ。
「いたくは、ない。でも、しごとできない。なかまの、やくにたたない。それは、もんだい。たいへん」
足を失ったゴブリンはそういうと、悔し気に表情を歪めた。
正確には、外見的な変化はほとんどない。
だが、りあむには確かに、そのゴブリンが「悔し気な表情をしている」と、理解できた。
この時初めて、りあむは正確に、はっきりと、ゴブリンの表情を読み取ることができたのだ。
本来なら、ゴブリンの表情がわかるというのは、りあむにとっては喜びであるはずだった。
また一つ彼らのことがわかったという、うれしさを呼ぶものであるはずだったのである。
だが、今のりあむが感じたのは、全身が泡立つような怒りであった。
体中が震え、まるで燃えるように熱くなった。
声になっていない、訳の分からない叫び声のようなものが聞こえる。
なんだろうと驚くりあむだったが、それが自分の声だと気が付くのに数秒かかった。
嫌に周りが揺れると思ったのは、自分自身で体をのたうつように捩じっていたらだ。
精霊の体は、いくら叫んでも喉が痛くなることはない。
息が切れることもないので、りあむは自分の精神力で声をおさめなければならなかった。
恐らく、人間であった時も含めて、この時ほど気力を消費したことはなかっただろう。
今この瞬間ほどの怒りを感じたことも、なかったはずだ。
なぜこんなに怒りがこみあげてくるのか、わからない。
元々持ち合わせた性格と気性によるものなのか。
はたまた、木の精霊としての生態によるものなのか、判断が付かない。
しかし。
今のりあむにとって、そんなことはどうでもよかった。
「誰が! 何がこんなことを! 絶対に許さない! 絶対に、殺してやる! 絶対に殺す!」
恐らく冷静な時であれば、頭の片隅にでも「怪我をしたぐらいでいきなりそんな物騒な」と思う部分はあっただろう。
今のりあむには、そんなものは欠片もなかった。
こんなことをしたヤツを、どんなことをしてでも絶対に殺す。
それ以外の対処法は、すべて掻き消えていたのだ。
「いったい何が! こんなことをしたんだ! 何があった!!」
「かりのかえり、おそわれた。あいては、あくじきだ」
噛みつくようなりあむの質問に、リーダーのゴブリンが冷静に説明を始めた。
大型のトカゲを仕留めた彼らの班は、一路ゴブリンツリーの洞窟へと急いでいた。
足が長く、凶悪な肉食動物であるそれは、りあむが「ほとんど恐竜じゃん」と顔をしかめていた獲物だ。
周囲を注意深く確認しながら歩いていたゴブリンの一匹が、警戒の声を上げた。
道の上に、行きにはなかったはずのものがあるというのだ。
枯葉と苔のかかった、小山のようなものである。
これを危険なものだと判断したリーダーは、迂回することにした。
だが、それには若干、遅すぎたのだ。
小山は突然立ち上がり、その一部に亀裂が生まれ、中から蛇のような細長い何かが飛び出した。
亀裂の正体は口で、細長い何かは舌であるとわかったのは、一匹のゴブリンが捕まった後である。
ゴブリンの足をからめとったソレは、そのまま口の中へ引きずり込もうと舌を縮め始めた。
伸びる動きに比べて、縮む動きはそれほど早くない。
だが、その分恐ろしく力強かった。
とっさに数匹が、引きずられるゴブリンの体を抑えにかかる。
それでも引きずられるほどだから、相当なものだったのだろう。
煩わしそうに身じろぎしながら、小山に見えたものは巨大な爪のある前足を動かしている。
ここで、ようやく巨大なものの正体が分かった。
アクジキと呼ばれる、ゴブリン達が知る中で唯一ゴブリンのことを襲う魔物だ。
リーダーはすぐに、武器を持ったゴブリン達に指示を飛ばした。
後ろに回り込み、背中を攻撃。
自分と数名の戦闘経験が長いゴブリンは、舌を攻撃する。
アクジキは長い爪での攻撃が得意で、前に立つのは危険だ。
戦い慣れたものでも、命を落としかねない。
それでも素早い判断と、アクジキの舌の長さが幸いした。
舌は相当に長く伸びており、からめとられたゴブリンとアクジキの間には、爪と前足が届かないだけの距離があったのだ。
リーダーは腰にぶら下げていたボーラを、アクジキの顔に向かって投げた。
一瞬の怯みに乗じて、ほかのゴブリンが舌めがけて斧を振り下ろす。
斧は命中したが、舌は驚くほど強固で、切断することはできない。
アクジキは痛みに暴れ、舌の拘束が緩んだのだが、これが災いした。
舌には獲物を逃がさないための、カギ爪のようなかえしがびっしりと並んでいたのだ。
緩んだことで、舌の上にあるそれらが、ゴブリンの肌を引き裂いたのである。
そのうえで、アクジキは離すものかとばかりに、すぐに舌に力を籠めなおした。
だが、ずたずたになった足は耐え切れず、引きちぎれてしまったのだ。
何しろ、舌のかえしは、ゴブリンの手の指ほども長さがあった。
びっしりと生えたこれに切りつけられるというのは、ナイフで何十回、何百回と切りつけられるようなものだ。
それでも不幸中の幸いで、これのおかげで拘束は解けた。
ゴブリン達は足を失ったゴブリンを抱え上げると、すぐさまその場から逃げにかかる。
もちろんアクジキは追って来ようとしたが、その巨体ゆえか、動きは遅い。
しかしそれは、足を失ったゴブリンを抱えているゴブリン達にも言えることだ。
それを補おうと、ゴブリンは攻撃を続けた。
だが、無理に足止めを図ったために、何匹かのゴブリンが怪我を負ってしまう。
数匹のゴブリンが腹や腕に怪我を負っていたが、それはこの時のものだったのだ。
それでもその奮戦のおかげで、ゴブリン達は全員無事に逃げかえることができたのである。
代償として、装備や獲物は失うことになったのではあるが。
「武器と獲物なんてどうでもいいんだよ! みんなが無事に戻って来るのが一番なんだから!」
何とか冷静になろうとしていたりあむだったが、状況を聞いてますます怒りが込み上げてきていた。
どうやってそのアクジキとやらを殺してやろうかと考えるが、今まではどういった対応をしてきたのかという疑問が浮かぶ。
聞いてみると、帰ってきたのは意外な答えだった。
「じっさいにあくじきをみたのは、はじめてだ」
「さいごにでたのは、なんだいかまえになる」
ゴブリン達は、生まれる前にゴブリンツリーからある程度の記憶を与えられる。
その中に、アクジキに関するものもあったというのだ。
ならば、木の記憶に確認を取るのが一番早い。
そう判断したりあむは、各班のリーダーと、古株のゴブリン達を連れて洞窟の中へと入っていく。
空中に漂っていた「木の記憶」を引っ掴むと、状況をかいつまんで説明した。
「木の記憶」は怒りを表すように激しく点滅している。
「そんな状況なんだけど、そのアクジキってやつが出たら、今までどうしてたのか教えてほしいんだよ」
「木の記憶」の一部のページが輝き、りあむは素早くそこを開く。
アクジキが出た場合、徹底的に避けることで対処してきました。
警戒していれば見分けることが出来るので、居るとわかっていれば避けることは可能です。
「戦うとか、狩り殺すっていう発想はなかったの?」
その質問にも、「木の記憶」は素早くこたえる。
もちろんありました。
ただ、倒しきるだけの武器がありませんでした。
アクジキは、ゴブリン四匹分の身の丈を持つ、大型の魔物です。
それを倒すには、相当の数の強力な武器が必要でした。
ですが、今ならばどうにかできるかもしれません。
こちらの武器は、効いたのでしょうか?
「木の記憶が、武器は通用したのかって聞いています」
りあむが「木の記憶」の質問を伝える。
アクジキに襲われた班のリーダーは少し考えると、大きくうなずいた。
「やり、ささった。ふれいる、ぼーら、ひるんだ。ち、でてた。やりつづければ、たぶん、ころせる。でも、たくさんささないと、しなない。あくじき、おおきい。やり、ちいさい」
相手が大きすぎるので、武器の効き目が薄いということだろう。
それでも、殺しきることは可能だと、リーダーは判断したらしい。
「殺そうと思えば殺せる、か。今まで通りの対処をするか、殺すか。どちらがいいのだろう」
ケンタの冷静な言葉に、りあむは歯噛みしながらも「なるほど」と思った。
無理に殺すよりも、なるべく近づかずに放置したほうが、利が大きい場合もあるのだ。
りあむとしては問答無用でぶち殺してやりたいところだが、実際に行動するのはゴブリン達なのである。
判断は、慎重に行わなければならない。
襲われた班のリーダーは、少し考えた後、慎重に考えながらといった様子で口を開いた。
「ころしたほうが、いいかもしれない」
「それは、なぜだ」
「いたいちが、わるい。もりのあさいばしょだ」
襲われたのは、森の比較的浅いところだったという。
それが幸いして、上手く荒野に逃げることもできたらしいのだが、問題でもあった。
アクジキは一定の縄張りを決めて狩りをし、しばらくしたら移動する、という生態を持っている。
そのため、近づかないようにしていればいつか居なくなる、という判断ができたのだが、移動距離はさして長くないのだ。
つまり、いつまでも森の浅い場所をうろつくことになるわけである。
ゴブリン達は荒野から森に入るわけで、これは非常に厄介なのだ。
森の奥で見つかったなら、その方向に行かなければ危険を避けるのは難しくない。
しかし、今回のような場合では、相当に長い間アクジキに悩まされる恐れがある。
森の浅い場所では、狩りだけでなく、採集も行う。
「今まで、そういう場所にアクジキが出たことはなかったんだ?」
りあむの質問に、「木の記憶」が輝く。
ありません。
今までは、森の深い場所に現れるものでした。
その方向に近づかないようにすれば、良かったわけです。
「でも、今回はそういうわけにはいかなさそうだ、と」
「ほうっておけば、なわばりうごく。でも、もりのあさいところ、うごくだけかもしれない」
「とおくにいくの、じかんがかかる」
相談するゴブリン達の言葉を聞き、りあむは難しい顔で腕を組んだ。
「じゃあ、やっぱり殺した方がいいですかね」
「きめるのは、りあむ」
一匹のゴブリンがそういうと、ほかのゴブリン達はお互いの顔を見合わせて頷いた。
最終判断をするのは、りあむの仕事なのだ。
りあむとしては、とにかくアクジキとやらをぶち殺したかった。
自分の足を失っても、仲間の役に立てなくなることを悔しがるような健気なゴブリンを怪我させたことを、死ぬほど後悔させてやりたい。
だが、それはあくまで個人的な感情であって、それがゴブリンの不利益になるのであれば、本末転倒だ。
基準は「ゴブリン達の利益になるかどうか」であって、そこはブレさせてはならない。
まず、危険性。
森の浅い場所はゴブリン達の導線であり、避けるのは難しい。
今いる場所を避けていても、いつ縄張りを変えるかわからないというのも問題だ。
アクジキは擬態は上手いものの、探そうと思えばそう難しくはないらしい。
ならば、こちらから見つけることも可能だろう。
武器と道具を用意し、確実に見つけ、狩り殺す。
そのための手段をとれば、出来なくはないということだ。
りあむは大きく息を吸い込むと、ゴブリン達を見回した。
皆、静かにりあむの言葉を待っている。
「よし、狩りましょう。目にもの見せてやるんです」
りあむの言葉に、ゴブリン達は「おう!」と声をそろえた。
仲間を怪我させられた仕返しをしたいという思いは、どのゴブリンも同じだったらしい。
「その前に確認したいことがあるんだけど、木の記憶。狩りをしないでアクジキを殺す準備をしたいんだけど、獲物なしでどのぐらい持つ?」
りあむの質問に、「木の記憶」はすぐに反応を示す。
最近はずいぶん獲物が多かったですから、蓄えはあります。
六日程度は問題ないでしょう。
その先に今までと同じ水準の獲物が期待できるなら、七日ギリギリ、といったところでしょうか。
「木の記憶」の答えに、りあむは大いに満足そうにうなずいた。
「十分だよ。武器と道具の準備に、合同での狩りの訓練。どっちにも時間をとっても、まだ余裕があるね」
どうやら、何か腹案があるらしい。
りあむは口の両端を釣り上げるようにして笑うと、自分の考えている作戦について話し始めた。
ゴブリンプラントの行動を監視している冒険者三人組は、状況をどう判断していいのか、迷っていた。
アクジキに襲われたあと、ゴブリンプラント達は狩りや採集を中止。
洞窟の近くにとどまり、集団で何かをし始めたのだ。
「あれってさ。やっぱり集団戦の練習なんじゃないの?」
リーダーであるクードが、自身も半信半疑といった様子でいう。
それに対し、三人の中で一番の常識人を自称している魔法使いのヴェローレが、難しそうな顔で眉間にしわを寄せた。
「そう見えるけど。すると思う? ゴブリンが集団戦闘なんて。そりゃ、五、六匹で連携取ることはあるだろうけど」
「いや、ゴブリンプラントとゴブリンは似て非なるものらしいし。そう言ってたのヴェローレだろ?」
「そうだけど。それにしたって」
パルパタに言われ、ヴェローレは不快げに顔をしかめる。
実際のところ、ヴェローレのいっていることは、あながち間違いとも言い切れない。
ゴブリンプラント達の様子は、確かに常識的には考えにくいものなのだ。
「木の枝やら切れ端なんかを縛り付けた即席の盾を掲げ、片手で槍を持つ。それを一列に並べて、同じ速度で敵に近づいていく。一種のファランクスだよな」
ファランクスというのは、戦争などで用いられる密集陣形の一種だ。
ゴブリンプラント達が練習しているのは、それに近い形に見える。
「それから、ロープで岩を縛る練習っぽいの。アレ、中型とか大型の魔獣相手を想定してるっぽくない?」
数匹のゴブリンで、ロープの両端を持つ。
ロープの真ん中に岩を持ってきて、その周囲をお互いに逆方向に向かってぐるぐると回る。
そうすることで、素早く岩を縛り上げるのだ。
「たぶんね。人間でも時々やることあるし」
ロープを足にからめるというのは、対魔獣魔物戦闘では非常に有効な手段だ。
上手くいけば、それだけで一方的に攻撃することもできる。
「しかも、二部隊合同でやってるっぽいよね」
冒険者三人組は、ゴブリンプラントのおおよその個体数も把握している。
一つの班が大体何匹程度で構成されているかもわかっているので、同時に訓練しているゴブリンが二班分だと判断できた。
「もしかしなくても、まぁ、アクジキ対策だろうな。あんなところに居座られたら、そりゃゴブリンプラント達にとってもうっとうしいだろうし」
「でもさ。アレって対策になるの? 盾構えたり、ロープ巻き付けたり」
ほかにもいろいろな訓練のようなことをしているようだったが、とりあえず目立つのはその二つだ。
ヴェローレは「なるでしょう」と、当然のことのように言う。
「盾は、アクジキの舌対策になる。とりあえず前にあるものを絡めとるからね、あいつら」
アクジキの舌は、非常に危険だ。
獲物を逃がさないためのかえしなどもあり、捕まったらなかなか逃げ出すことができない。
だがそれは、一度捕まえたらなかなか離すことができない、ということでもあった。
オトリとなるものを捕まえさせれば、それだけでしばらく舌を封じることが出来る。
人間がアクジキを狩るときも使う、有効な手段だ。
「それであの手抜きな感じの盾なのか」
ゴブリンプラント達が持っている盾は、木の枝や木片、石などをロープで縛った粗悪に見えるものであった。
だが、アクジキの舌に巻き取らせる、という目的だけで見れば、大きさと重さを兼ね備えだ、よいオトリといえるだろう。
四足歩行の獣型であるアクジキは、足をからめとれば動きを確実に阻害することが出来る。
そのうえで、武器を持った集団で襲い掛かれば、倒すのは難しくない。
「色々準備してるっぽいし。こりゃ結構うまくアクジキ退治できそうだね」
「じゃあ、その間にこっちも仕事しちゃおっか」
クードが言うと、ほかの二人が視線を向けた。
「二部隊合同で出発して、アクジキと戦うんでしょ? ってことは、結構総力戦なんだと思うんだよね。なら、その間、洞窟の守りは普段よりは薄くなるでしょ?」
「なるほど。そういうことか」
「いいんじゃない? 私はとりあえず賛成」
「同じく」
「じゃあ、全員オッケーってことで。細かいところ詰めますか」
まだうまくいくかはわからないが、思惑通り進めば、何とか魔石を手に入れることができそうだ。
楽観はできないものの、冒険者三人組はゴブリンプラント達の行動に合わせた、作戦を考え始めるのであった。




