十六話 「なかなかできないだろうと覚悟はしてたけど、こんなにうまくいかないとはなぁ」
ゴブリン達による打製石器の製造は、なかなか思うようには進んでいなかった。
いくつかそれらしいものは、作ることができている。
だが、それらはあくまで、叩いているうちに偶然いい具合に割れたものであったのだ。
こう作ろう、という目的通りに加工に成功したものではないのである。
始めはそういう偶然に頼った作り方でもよいのかもしれない。
だが、目標は高い方がいいだろうし、安定して打製石器を作ることができるようになることは急務であった。
とにかく、ゴブリン達に安定して武器を供給することは、絶対に必要なのだ。
ゴブリンツリーの洞窟周辺には、たくさんの石や岩が転がっている。
種類もかなり多く、見た目で判別がつくものも少なくない。
それらを拾ってきては、一つ一つ慎重に叩いていく。
何度も試していく作業は、人間ならば相当に心の疲弊する作業だろう。
だが、ゴブリンはそういったものとは無縁だ。
今もりあむの指示の下で働いているゴブリン達は、ただ黙々と作業を続けていた。
「なかなかできないだろうと覚悟はしてたけど、こんなにうまくいかないとはなぁ」
りあむは空中に漂いながら、腕を組んで唸った。
打製石器の制作作業を始めてから、十日ほどが経っている。
その間、一応成果は上がっているが、いまだに量産にこぎつけられそうなところには達していない。
代わりに、ほかの制作物に関しては、なかなかの成果があった。
「すすんで、いるか」
そんな声をかけて入ってきたのは、外で最終作業をしていたゴブリン達だ。
背中には、木材と縄で作った、背負子を背負っている。
これは、たまたま作ることができた石の斧で、木材を加工して作ったものだ。
簡単な造りのものではあるが、木の枝や石、中型の動物なんかを運ぶのには、非常に便利である。
「お疲れ様です。うーん。まだまだってところですかね。まあ、そう簡単には行きませんよ」
りあむは苦笑しながら、ゴブリンの背中にある荷物に目を移した。
そうしている間にも、何匹かのゴブリンが洞窟の中へと入ってくる。
皆、同じ背負子を背負っている。
背負子は、二つの太くて長い枝の間に、何本か細い枝を渡して、ちょうど梯子のような形に補強。
物を載せるための部分を下に括り付け、背負うことができるように、肩掛け部分を縄で二つ付けた、シンプルなものだ。
使い勝手や性能はお察しだが、それでもないよりは何倍もましである。
ゴブリン達が運んできたのは、木の枝である。
何匹かのゴブリンは、葉っぱを加工して作ったお皿や、木をくりぬいて作ったお皿で、水も運んでいた。
これも、打製石器を作る傍らに作ったものだ。
打製石器の制作は難航を極めると判断したりあむは、作業を分担制にすることにしていた。
四匹のゴブリンを二班に分け、片方が打製石器を作っている間、片方はほかの作業をする。
そうすることで、ほかの制作物の生産を確保しつつ、打製石器の制作が進められるようにしたのだ。
これは、今までやってきた縄を綯うなどの作業を、さらに習熟させる意味でも大いに役立っていた。
四匹のゴブリン達は、今ではすっかり縄を作る名人だし、物を結んで固定する手つきにも危なげがない。
フレイルやボーラなどは、すでに何度も作っており、円熟の域に達している、と、りあむは思っている。
そういった武器は、外で活動する三つのチーム全体に行きわたっていた。
ゴブリン達は、もう役割の交代の時に武器を預け渡すことはない。
すべてのチームが均等に武器を持ち、それぞれに身を守りながら仕事をこなすことができるようになっているのだ。
武器を常に持ち歩けるようになった恩恵は、りあむにとって予想外に大きかった。
ゴブリン達は、基本的に勤勉でまじめだ。
武器を持つ機会があれば、それをうまく扱えるようにと訓練をする。
今までは武器を持つ機会があまりなかったゴブリン達も、武器の扱いを覚えることができるようになったのだ。
それが、ゴブリン全体の技術向上につながり、戦闘力の強化につながった。
今や、すべてのゴブリンが一定以上の武器の使い手になっている。
そして、そういったゴブリンすべての、武器がいきわたっている状態になっているのだ。
ボーラや縄を使った戦術も、りあむに言われるまでもなく、ゴブリン達は自主的に開発していたりする。
彼らはもともと、りあむが来る前から狩りのノウハウを自分達で確立してきていた。
新しい武器と、りあむという刺激があれば、自分達でさらに発展させていけるだけの能力を持っていたのだ。
ゴブリン達の優秀さに、りあむは改めて誇らしい気持ちになっていた。
「いくつか、いしももってきた」
収集を担当していたゴブリン達は、どうやら打製石器用の石も持ってきてくれたらしい。
ごくごくきめの細かな、真っ黒な砂を押し固めたような見た目をしている。
これを見たりあむと四匹のゴブリン達は、うれしそうな声を上げた。
黒々としたこの石は、固く、意外にしなやかで、非常に加工がしにくい。
しかし、上手く加工することさえできれば、良質な槍頭になる。
打製石器の制作に有用そうな石の情報は、ゴブリン全体で共有していた。
もし見かけたら、無理のない範囲で持ち帰ってもらえるよう、声掛けしてあったのだ。
ゴブリン達は手分けして石を探してくれたらしく、大小合わせて十個ほどあった。
「森の中には、結構あるんですか?」
「いや。あれちに、いがいとおちている」
どうやら、森から洞窟に来るまでの間には、探せば落ちているものらしい。
残念ながらりあむはものに触れることができないが、ケンタを始めとしたゴブリン達がその品質を確かめる。
「ちょうどいい大きさだな。形もいい」
「うまくたたけば、いいやりがしらになる」
「それなんだが。今までまったく気にしてなかったんだが、叩く方の石にも気を付けるべきなんじゃないかと思ってな」
ケンタの言葉に、ゴブリン達は首を傾げた。
りあむも、同じしぐさで首をかしげている。
ケンタはため息のようなしぐさをすると、手にしていた石を前へ出した。
「石器を叩くために、持ちやすい形の石を使えとりあむは言っていたな」
「そうだね。その方が作業効率もいいだろうし。あと、下にする台座も」
りあむはゴブリン達に、叩くのに都合がいい石を探すように、と指示していた。
握りにくいものを使って、うっかり自分の手を叩いてしまわないようにするためだ。
台座にするような大きめの石を用意するように指示したのも、同じような理屈である。
しっかりと下を押さえておかないと、叩くときに不安定になり、けがをしてしまう恐れがあるのだ。
まあ、あとついでにゴブリンツリーの根を誤って傷つけてしまうかもしれないということもあるにはあるのだが。
りあむ的にそれはあまり気にしていなかった。
基本、りあむのなかでゴブリンツリーの順位はかなり下の方なのだ。
ケンタは手にした石で、石を叩くようなしぐさをしながら言った。
「今まで気にしていたのは石器にしたい石の堅さだけだったが、叩く方の石の堅さも気にしたほうがいい気がしてな」
「あー、そっか。あー、そうだよなぁ。そりゃそうだよ」
りあむは、言われて気が付いたというように頭を抱えた。
考えてみれば、「打製石器」を作るということばかりに意識が言っていて、「道具を作る」というところまで頭が回っていなかったのだ。
打製石器を作るのに都合がよい道具を用意できれば、作業ははかどるはずである。
今までの経験上、たまたま都合がよい槍頭や斧頭ができることはあった。
だが、その確率はあまりよろしいとは言えないものだ。
ならば、「道具」の方に手を出してみるのも、間違いではないだろう。
りあむは気持ちを切り替えるように頭を振ると、早速どんな道具が都合がいいか、考えることにした。
その前に、ゴブリン達に指示を出しておくことも忘れない。
「石、探してきてもらってありがとうございます。引き続き、見つけたら無理のない範囲で拾ってきてください。あくまでも、ついでで構いませんから」
「わかった」
採集を行っていたチームが仕事に戻ったのを確認して、りあむがケンタ達の方へと向き直る。
「ケンタの言う通り、道具も工夫したほうがいいと思います。というわけで、石器を作るためのハンマーを作ってみましょう」
「どうぐをつくる。そのためのどうぐを、つくるわけか」
「めんどうだが、あったほうがいい。しごとが、はかどるからな」
今までの作業で苦労していただけに、道具の必要性はすぐに理解してくれた。
なぜ今まで気が付かなかったのか、自分で自分を殴りたい衝動に駆られるりあむだったが、今はそんなことをしている場合ではない。
「それで、作業をしていた時、どんな石で叩くのが一番やりやすかったのか聞きたいんですが、わかりますか?」
「俺は、この白と黒の混じった奴がよかった。硬くて丈夫で、石を叩いているときに欠けないからいい」
ケンタがもち上げたのは、少し透き通ったように見える白いものに、黒い粒が入ったような石であった。
「それか。たしかに、じょうぶだな」
「だが、あれはつかいにくいぞ。おおきいから」
たしかに、ケンタが持っている石は大きかった。
この石は硬い代わりに、片手で持つのに手ごろなサイズが見つかりにくいのだ。
すごく小さなものか、片手でやっと持てるような大きさのものしか、見つかっていないのである。
「それに、かこうもしにくい」
硬いならば、槍や斧に加工できるかといえば、そうでもない。
わずかに削ろうとすると粉々になってしまったり、四角く割れたりしてしまう。
どういうわけか、九十度以上に鋭角に、刃のようになることがほとんどないのだ。
もしなったとしても、槍や斧のような形にならず、どうやっても使いにくいのである。
「別に、刃の形にすることはないからな。ハンマーとして使うなら、手のひらに収まる大きさになれば、それでいい。むしろ、多少丸みがある方がいいんだ」
「なるほど。それもそうか」
「ほかのものは、どうだ?」
「くろいし、かたい。ほかのいし、くだける。つかえない」
ゴブリン四匹の話し合いの結果、やはり最初にケンタが提案した石がいいだろう、ということになった。
一応ほかの石でも試してみる予定だが、まずはこれでやってみることにする。
早速ゴブリン達は、白に黒のぶつぶつの石の加工を始めた。
この石は非常に硬いので、ほかの石で叩くと、そちらが砕けてしまう。
では、どうやって加工するかといえば、簡単な話だ。
同じ石で、同じ石を叩けばいいのである。
鋭い部分を作ろうと思わなければ、石の加工は案外簡単であった。
作業を始めて、ほどなくして卵を縦に引っ張ったような形状のハンマーが出来上がる。
これを四つほど用意したところで、りあむは新たな指示を出した。
「じゃあ、二人は打製石器の作業に。二人は、別の作業に戻ろう」
道具ができたところで、いったん全員での作業を切り上げる。
打製石器の武器を作るのは急務だが、仕事はほかにもたくさんあるのだ。
狩りに使う縄をなう必要もあるし、消耗した武器の補充も必要である。
ボーラなどは便利だが、投げるという使い方の関係上どうしても消耗が激しい。
引きちぎられることもあるし、無くなってしまうことも少なくなかった。
補充は常に必要なのだ。
それに、もう一つほかの作業も行っている。
植物のツルを編み込み作った、カゴの制作だ。
中に物を入れて運ぶことができるカゴは、便利な道具である。
石などを運ぶ時にも都合がいいし、複雑な形のものなどを入れておくのにもいい。
物を運ぶのには今のところ困っていないが、これからカゴの類は必要になる予定なのだ。
ちなみに、カゴの編み方は、りあむがなんとか思い出しながら試行錯誤している状態である。
地球での生前、役所の若い職員であったりあむは、様々なイベントに強制参加させられていた。
参加といっても開催側としてだったのだが、その中に「カゴ編み体験」の様なものもあったのだ。
これは意外に人気があり、りあむ自身は参加しなかったのだが、その様子を見ていたのである。
そのため大雑把な工程は覚えていたのだが、いかんせん見ていただけだったので、細かいところはあいまいであった。
なので、ゴブリン達に実地で試してもらっているのだ。
最初の何回かは失敗したが、今は何とか形になっており、製作途中のカゴがいくつか出来上がっている。
ゴブリン達は指先があまり器用でないので、こういった作業には思いのほか時間がかかった。
なので、残念ながら完成品はまだできていない。
一番完成に近いのは、ケンタである。
器用さをいかんなく発揮し、上手く編み上げていた。
もう少しすれば、完成するだろう。
作業をしているゴブリン達を監督していたりあむだったが、予想外のことが起きた。
打製石器の制作が、驚くほど進んでいったのである。
「おお! すごいすごい!」
ゴブリン達の手際は、どんどん良くなっていった。
今まで使いづらい道具で、何とかやってきたのがよかったのかもしれない。
扱いやすい道具を使うことで、今までの成果が一気に出始めたのだ。
「やはり、つかいやすい。どうぐは、だいじ」
「まったくだ。これなら、うまくいくかもしれない」
そんな会話をしているゴブリン達を見て、りあむの期待は俄然高まった。
次いで、別の方からかけられた声に、ますますテンションが上がる。
「かご、このぐらいでいいか」
「りあむ、最後の処理の仕方を教えてくれ」
「おお! もう目標の高さまでできたの!?」
りあむが石器作りに気を取られている間に、カゴの方も完成に近づいていたらしい。
嬉しそうに声を上げ、りあむは慌てて処理の仕方を説明し始めた。
簡単な丸い形のカゴだが、これに縄を締めれば背負うこともできる。
汎用性は高いのだ。
りあむは身振り手振りに加え、自分の髪の毛を使いながら、締め方を説明していった。
物が持てない体というのは、何かを作る説明をする際の制約が思いのほか多いのだ。
「くそ。木の記憶を千切れるなら、こういうのの説明はしやすいんだけどなぁ」
りあむはぼそりとつぶやくと、空中を漂っている「木の記憶」をにらんだ。
その視線に気が付いたのか、「木の記憶」はびくつくように点滅を繰り返す。
じっとりとした視線を向けながら、りあむは指先だけでつっつくように「木の記憶」をめくる。
開かれたページには、短い文章が書かれていた。
本に見えますが、実際は本でもなければ紙でもないので、そういった用途では使うことができません。
りあむは舌打ちをして、「木の記憶」をにらんだ。
抗議するように「木の記憶」は点滅を繰り返したが、りあむは無視することにしたようだ。
そんな様子を見たゴブリン達は、声をあげて笑う。
実に楽しそうだな、と思うりあむだったが。
残念ながら相変わらず、ゴブリンの表情を読むことはできなかった。
どこの世界にも変わり者というのは居るもので、それはりあむが転生してきた異世界でも変わらなかった。
バッフ・ベル・アルラルファは、その「変わり者」の一人である。
数種いる「エルフ系人種」の中でも一際長命で魔力が高く、見目麗しく高貴な血筋であり、エルフ内では「貴族」のように扱われる「ハイ・エルフ」であるバッフだが。
そのビジュアルは非常にやぼったいものであった。
常にボサボサのまま放置している頭に、余りにも良すぎて近くが見えないのを矯正するための分厚い眼鏡をかけ。
姿勢は悪く、常に自信なさげな表情で半笑いを浮かべているさまは、男としての魅力に非常に欠けているように見えた。
通常のハイ・エルフは森の奥深くで静かに暮らしているのに対し、大都会とも言える王都のど真ん中で一人暮らししているのも、バッフから神秘性というエルフ的魅力を引きはがすのに尽力している。
このバッフだが、王都に暮らしているのにはそれなりの理由があった。
彼は、ギルドが経営する大学の、教授をしているのだ。
通常エルフであれば、魔法工学など、魔法的な分野を専門にするものである。
だが、バッフの専門は、別のものであった。
今まで確認されたことのない地域で、ゴブリンプラントを発見。
この一報を聞いたバッフは、歓喜のあまり大声を上げた。
あくまで機密情報ではあったが、彼の専門は「魔物研究」である。
そのため、最優先でこの情報を入手することができたのだ。
バッフの専門である、「魔物研究」とは、そのものずばり、魔物を研究する学問である。
その中でも、バッフが特に専門としていたのは「一定程度の知性を持つ魔物」であった。
例えば、「人類種」として人権が認められていない「ゴブリン」や、個体によって驚くべき知性を発揮することがある「スライム」。
あるいは、女王だけが特例的に高い知性を見せる「新社会性を持つ魔物」などが、研究の対象だ。
無論、「植物なのに妙に高い知性を持つゴブリン」も、しっかりと研究の対象である。
さらに言うならば、それはまさに今、バッフが最も力を入れている分野であったのだ。
「なんで!! なんで今まで隠していたんですかっ!! なんでっ!!」
大学の学長室に殴りこんだバッフは、そこで書類に目を通していた学長の胸ぐらをつかみ、激しく前後に揺さぶりまくった。
長身のドラゴニュートであるところの学長の体はびくともしなかったが、鬱陶しそうに顔をゆがめる。
知性のあるドラゴンが人の姿に変じた姿であるところの校長は、身長2m以上で体のところどころに鱗が浮いているものの、顔の部分は人間とあまり変わらない。
美中年男性然としたその顔に浮かんでいるのは、不快そうな表情であった。
「なんだね、隠していたって。なんのことだかわからんぞ」
「ゴブリンプラントですよ!! 新しい個体が発見されたそうじゃないですか!!」
「ああ、そんな話もあったらしいな」
大学の学長というのは激務である。
一応そういった報告を受けることはあるが、すべて把握しておくのは難しい。
「発見後一か月も僕に報告が来ないなんて! 一体どういう管理をされているんですか! もし次に発見されたら、すぐに僕に報告するようにとお願いしていたのに!」
「そういえばそんなことを言っていた気もするが。どこで発見されたんだね?」
「オード大森林! フラド山脈のあたりですよ!」
「オード大森林? ああ、辺境の。遠いな。情報が上がってくるのが遅れたんだろう」
ゴブリンツリーの発見となれば、その地域にあるギルド支部にとっては朗報だ。
何とか所有権を確保したいと考えるのは当然であり、そのギルド支部を擁する地域の貴族にとっても同様である。
あらゆる手段で報告を遅らせるのは当たり前で、「もう使用方法が確立しました」などといった報告でないだけ、奇跡的といっていいだろう。
「そんな悠長な! もしかしたら、もうゴブリンツリーからゴブリンプラントを採取してるかもしれないんですよ!?」
「有用な利用法だというじゃないか。よく覚えてないが」
「何バカなこと言ってるんですか! ゴブリンツリーになっているゴブリンプラントは、彼らにとってまだ生まれていない赤ん坊の様なものですよ!? それを殺すなんて、彼らとの対話する機会を失うことになるんですよ!」
学長を揺さぶろうとするバッフだが、巨漢である学長はびくともしない。
ゆえに、反動で自分がシェイクされることになっているのだが、それでも攻撃をつづけるあたり、よほど頭に来ているようだ。
「対話? ゴブリンプラントと対話が可能なのかね?」
「おそらく、可能です! 彼らの使っている言語さえ解析できれば! ただ、たいていの場合、解析ができたとしても対話なんて出来ません!」
「自分達の子供を定期的にとっていくような連中と、対話しようとは思わないだろうからなぁ」
他人事のように言う学長だが、その言葉通りであった。
ゴブリンツリーは非常に有用な資源だ。
それより、彼らとの対話を重要視するものは、稀有な存在である。
超が付く高品質な魔石が手に入るわけで、それもある種当然のことといえるだろう。
「その通りです! 彼らは非常に身内を大切にします! だから、人間を身内を狩り、利益を得ようとする存在だと認識したら、二度と対話なんて出来ない! なのに! 今報告されているゴブリンツリーは、みんな強欲なギルドが抱え込んでいるものばかりだ! 信じられない!」
「信じようと信じまいと事実だし、事実を事実として認識することは大切じゃないかね? 人間というのは強欲なものだよ? まあ、それはドラゴンも同じだが」
「そういうことを言っているんじゃありません! ゴブリンツリーは植物ですが、対話次第では相互理解ができる存在なんですよ!? それがどれだけ素晴らしいことか、わかっていないやつが多すぎる!」
種の異なる知的生命との対話というのは、確かに有益なことも多いだろう。
ただ、そういったものは大体において争いに彩られているものだと学長は考えていたが、あえてそう言ったことは口にしなかった。
やたらと話が長くなるからだ。
「それで? 結論として君は何が言いたいんだね」
「今すぐそのゴブリンツリーからゴブリンプラントを採取することを禁止してください! 貴重な研究対象だとか何とか云って! 損失が出るというなら僕の財産で補填しますからぁ!」
「そりゃ君は一応貴族の血脈だし金は持ってるだろうがね。そういえば、君の実家からいい加減、あとを継ぐ準備をしろと言ってきてるぞ。三百年も好きにしていたんだから、いいだろうという話だが」
「祖父も父もまだまだ健在なんですよ! あと四、五百年は生きるはずです! そんなどうでもいいことよりもゴブリンツリーですよ!」
「かまわんが、会議を通過して向こうに命令書がたどり着くまで何か月もかかるぞ。学内でも魔石を欲しがる学部はいくらでもあるし、魔法道具協会の連中も喉から手が出ておるだろうし」
「ああああああ!! そんなんじゃ間に合いませんよ! ゴブリンツリーが人間を敵と認識してからじゃ、取り返しがつかないんだぁ!」
正直どうでもいい、といいたい学長だったが、口には出さなかった。
バッフは優秀な男だが、持論の展開がやたらと長い傾向にあるのを知っているからだ。
学長はどうしたものかと少し考えて、妙案を思いついた。
「では、君が直接行ってみたらどうだね。その、なんタラとか言うところに」
「僕がですか? 直接行って、どうしろと?」
「君、一応ギルドの方にも所属しているだろ? 冒険者としても、運営側としても」
ハイ・エルフであるところのバッフの実家「アルラルファ家」は、名門貴族の家柄である。
経済力はかなりのもので、ギルドにも多額の支援を行っていた。
その長男であるところのバッフも、もちろんギルド内では一応の発言力を有している。
彼自身がフィールドワークのためにギルドに所属しており、その冒険者等級はBであった。
つまり、個人で一流の冒険者として認められている、ということだ。
「それが、どうしたっていうんです!」
「落ち着きたまえよ。その君が件のギルドに直接行って、金を払うからこの件は自分に任せろといえばいい。無下にはできないだろうし、その方が手っ取り早いだろう。問題になるようでも、実地を抑えてしまえばゴブリンツリーも守りやすくないかね?」
最初は不思議そうな顔をしていたバッフだったが、徐々にその表情が笑顔になっていく。
そして、学長の手を取り、ぶんぶんと振り回した。
「それだ! その方法がありました! 急いで行ってきます! まずは竜便を手配して、いや、それぐらいなら自分で魔法道具で飛んで行った方が早い! ポーションを使って不眠不休で飛べば、竜便を使うよりも早いはず!」
何やら叫びながら、バッフは来た時と同じように、嵐のような勢いで学長室を飛び出していった。
そんな後姿を見送りながら、学長は頭の中で「バッフの後始末」について思案を巡らせる。
あの男はバカが付く類の研究者だが、思わぬ利益をギルドにもたらすことが多い。
今回も、なんやかんやよくわからないうちに、何らかの利益を持ってくるだろうと、学長は踏んでいた。
もちろんそれは今までの経験則的なものである、論理立った確証があるわけではない。
ほかのものに説明をするのが、難しい類のものなのだ。
しかし、まぁ、骨を折る価値はあるはずだと、学長は考えていた。
周りにどう説明をし、起こすであろう騒ぎをどう鎮め、どのあたりに根回しをすべきか。
そんなことを考え始めた学長は、はっと肝心のことを忘れていることに気が付いた。
「あいつ、授業どうするつもりだ?」
事務局辺りに、あとで頭を下げに行かねば。
学長は眉間を抑えながら、疲れた様子でため息を吐いた。




