十四話 「じゃあ、作り方を説明しますね」
物を投げる能力というのは、りあむのいた世界では人間の専売特許であった。
ゴリラやチンパンジー、ゾウやイルカなど。
人間以外にも物を投げることができる動物が、いないわけではない。
中には、巨大な丸太を放り投げて壁を破壊したり、百キロ近いものを十メートル近く上へ放り投げるようなものもいる。
だが、人間ほど正確に、長い射程で、速い速度でものを投げることができる動物は、まずいない。
一方的な攻撃を可能にする、「投擲」という技術が、地球で人間が大きく栄えた理由の一つといえるだろう。
人間の投擲能力を支えるものは、いくつかある。
可動域の広い肩に、器用で細かな加減を可能とする指、などなど。
道具や武器を作るのにも役に立つそれらが、単体では非力な人間を、凶悪な生物へと変貌させたのだ。
石などだけではなく、槍などの武器を作り、投げ付けて獲物を倒す。
人間が繁栄した一因は、間違いなくそれであるといって良いだろう。
では、ゴブリンツリーが生み出した、ゴブリン達はどうだろう。
地球の人間同様、器用な指を持つ彼らは、高い投擲能力を誇るのか、否か。
結論から言えば、物を投げることはできる。
ただ、人間ほど正確性はない、ということになるだろう。
ゴブリンは可動域の広い肩を持ち、物を投げつければ相手を倒すことができるだろうと予測する想像力も持っている。
しかし、人間のように全身をしなやかに動かすことが、苦手なのだ。
肩から肘、腕、手首、指先と、連動させて滑らかに動かすことが、苦手なのである。
これは、人間のように素早く、遠くへ、的確に物を投げる場合、致命的といっていい。
厄介なのは、「全くできない」というほどではない、というところだろうか。
ゴブリン達の投擲能力は、間違いなく人間のそれよりは劣っている。
例えば人間の、野球の投手の場合。
ピッチャーマウンドからホームベースまでの距離は、約十九m。
投げるボールの速度は、時速百六十kmに達する。
野球の投手はその距離を、その速度で、正確にボールを投げることができるのだ。
もちろんこれはプロスポーツ選手の話ではあるが、それだけの潜在能力を、人間という動物は持っているのである。
では、ゴブリンはどうか。
りあむが試してもらったところ、ゴブリンは物を投げることはできた。
数m先の的に投げた石を当てる程度はできたし、それなりに遠くへ投げることも可能だ。
だが、投擲姿勢はどうにもぎこちなく、速度も飛距離も正確性も、人間のそれとは比べるべくもない。
たくさんのゴブリンを並べて、一斉に投げつける、といったような方法でなら、問題なく使い物になるレベルだろうか。
とはいえ必要なのはそういった乱戦を想定したような運用ではなく、距離と速度と正確性を求められる、狩りに用いることができるような「投擲能力」なのだ。
遠くにいる獲物の急所を的確に打てるようでなければ、効果が薄いのである。
もしゴブリン達の投石能力が、狩りで使えるようなレベルのものであれば、りあむの気持ちも随分楽になっていただろう。
物を投げる能力というのは、地球の人間を凶悪な生物たらしめた一因である。
人間に近い投擲能力があれば、ゴブリン達の攻撃力は劇的に向上していたはずなのだ。
まあ、もし投擲能力があったのなら、りあむが来る前から活用していたのだろうが。
とにかく。
ゴブリンは投擲能力は、人間のそれよりも劣っていた。
にもかかわらず、どういうわけか物を投げるのと同じような動作のはずの「武器で殴りつける」といった動作は、それなりにこなしてくれる。
武器を振るう、とりわけたたきつけるような動きは、投擲動作と同じくしなやかで柔軟な動作を必要とするはずなのだ。
しかし、実際にはゴブリン達は、意外にも器用に武器を操っている。
どういうことなのか理由はわからないが、実際に扱えているのだからどうもこうもないだろう。
そもそもりあむは学者でも何でもないので、そういった知識が豊富且つ正確とは言えない。
よしんば正確だったとしても、ここはゴブリンが木になるような世界である。
地球での考え方が、必ずしも通用するとは限らないのだ。
フレイルが完成し、外のゴブリン達に渡した後。
りあむはふと思い立って、四匹のゴブリン達に石を投げてもらう実験を行った。
その結果は、先ほど記した通りである。
ただ、大方の予想通り、特別なゴブリンであるところのケンタだけは、ぶっちぎりで人間並みの投擲能力を見せつけたのだが。
ケンタ一匹が能力が高くても、狩りの成果には直結しにくい。
ゴブリンツリーの維持という目的のためには、ゴブリン全体の性能を底上げしなければならないのだ。
狩で使えるような投擲はできないが、物を投げること自体はできる。
何とも悩ましい事実を確認したところで、りあむの頭の中にある武器が思い浮かんだ。
全身を使って投げるのではないので、もしかしたらゴブリンでもうまく投げられるかもしれない武器。
少々変わった形状の武器だが、あれならば上手くいくかもしれない。
「というわけで、ボーラを作ろう!」
石器を作る予定だったのを急きょ変更し、新しい武器を作る。
そう宣言したりあむが口にした武器の名前を聞き、ケンタ達四匹は首をひねった。
突然全く未知のものの名前を出したわけだから、当たり前の反応だろう。
表情はよく読み取れないものの、不思議に思っているだろうことは、りあむにも雰囲気でわかった。
「じゃあ、作り方を説明しますね」
ボーラとは、紐と錘で構成された投擲武器だ。
錘を結びつけた紐を、二本から三本用意し、それを結び合わせることで作られる。
両方の先端に錘のついた紐を想像すれば、おおよそ形状としては間違いない。
三本を結び合わせるときは、ミツマタに分かれた同じ長さの紐の先に、錘がついている形となる。
使用方法は、いたって単純だ。
紐の中央部分を手で持ち、振り回して加速をつけたところで、相手に投げつける。
錘による遠心力で紐が大きく広がり、回転しながら相手に飛来。
石自体の打撃力に加え、紐が絡まることにより動きの阻害まで狙うことができた。
また、紐が広がることで、敵の体を捉える確率も上がる。
形は単純で、作るのも難しくないのだが、その性能は非常に高い。
狩だけでなく、人間同士の戦いに使われることもあるというのだから、折り紙付きだ。
「まずは、フレイルを作ったときみたいに、縄に石を括り付けます」
この辺りは、もはや慣れたものだ。
あっという間に、石を括り付けた縄が三本出来上がる。
長さをそろえながら、石を括り付けていないほうをしっかりと結び付ければ、完成だ。
「かんたんだな」
「材料さえあれば、比較的簡単に作れますからねぇ。じゃあ、実験してみましょうか」
早速、作ったばかりのボーラの性能を試してみることになった。
狙うのは、地面に突き立てた、太くて長い枝。
投げるのは、ケンタ以外のゴブリンだ。
どうやって投げるかは、りあむが自分の髪の毛を使って説明した。
髪の毛をつかんで振り回すしぐさはなかなかにシュールであり、やっている当のりあむの心に多大なダメージを負わせたのだが、それはそれである。
そんな説明でもゴブリンはおおよそ理解してくれたらしく、何度か頷くとボーラを振り回し始めた。
ほかのゴブリン達は、距離を取った離れた場所でその様子を観察している。
りあむは、半透明で物理的なものを素通しする体を生かし、真隣で見つめながら指示を出していた。
「そうそう、そんな感じです!」
投げるのは不得意なゴブリンだったが、振り回すのはやはりそれなりらしい。
ミツマタに分かれた縄の中央部分をしっかりとつかみ、頭上で振り回す。
十分に勢いがついたところで、的である枝に向かって放つ。
投げ放たれたボーラは、大きく広がり、回転しながら枝へ襲い掛かる。
枝に縄の一部が引っ掛かると、そこからはあっという間だ。
ボーラはまるで生き物のように、枝に絡みついていく。
意思があるかのように巻き付く様に、ゴブリン達の口から感嘆が漏れた。
「これなら狙いを外しにくいのか」
「それだけじゃない。おもたいなわ、からまる。うごきにくくなる」
「あしや、つのにからめばうごきにくい。かりやすくなる、か」
長く狩りに勤しんできたゴブリン達とケンタは、すぐにボーラの有用性に気が付いたらしい。
りあむはそれを、大変に頼もしく感じた。
「きがおおいところでは、つかいにくい。ばしょをえらべば、もんだいないか」
「きょりも、もんだいだ。どのぐらいとおくへ、とどくか。かくにんがいるだろう」
「確かに。どのゴブリンでも扱えるようでなくては意味がない」
ゴブリン達から出た意見に、りあむは満足そうにうなずく。
早速、ケンタを含むゴブリン達全員で、ボーラを投げてみることになった。
驚いたことに、ケンタ以外のゴブリン達も、ボーラはうまく使うことができた。
石を投げるのとどう違うのか、やはりりあむにはよくわからない。
おそらく、石などを投げる時の動きと、ボーラを投げるしぐさに違いがあるのだろう。
見れば、ケンタ以外のゴブリン達はボーラを投げる時、腕だけを使っているように見えた。
体全体を使わず、手先だけで投げている、とでもいえばいいのだろうか。
それでもボーラの場合は十分に遠心力が載せられ、威力と飛距離を出すことができるようだ。
「ゴブリンって不思議な動物だよね」
「我々は植物だが」
ぼそりとつぶやいた言葉に対するケンタの返しに、りあむは驚きの表情を浮かべた。
言われてみればその通りで、ゴブリンツリーから生まれ落ちたゴブリン達は、みな植物である。
りあむが基準にして考えていたのは、どれも動物であった。
ここは異世界であり、ただでさえりあむの常識は通用しないのだ。
そのうえゴブリンは植物であり、動物を基準とした考え方は当てはまり難いだろう。
まして、専門家でもないりあむでは、分析することは不可能に近いと思われる。
ゴブリンの今後を考えるうえで考察や理解は必要ではあるが、ある程度以上のところは「そういうものなのだ」と割り切ることも必要なのかもしれない。
ともかく。
ゴブリン達も、ボーラであれば十分に投げられることが分かった。
狩をする場所が森の中なので、使いどころは限られるものの、飛び道具のあるなしは大きい。
道具の性質上、劣化も早いと思われるが、作るのは易い。
使い捨てにはできないが、ある程度の摩耗は気にせず使うことはできるだろう。
フレイルに続き、二つ目の「ゴブリンに製作できる武器」の完成だ。
これもある程度慣れが必要なので、しばらくは護衛の時に練習をしてもらうのがよいだろう。
りあむは次の交代の時間を見計らって、外のゴブリン達にボーラを渡すことにした。
その前に、ある程度数をそろえなくてはならない。
りあむはケンタ以外のゴブリン二匹に、ボーラの量産を指示する。
そして、残る一匹とケンタには、別の作業をしてもらうことにした。
りあむの念願でもあった、石器の制作である。
ゴブリンツリーの洞窟周辺は、岩や石がごろごろとしている荒地であった。
石の種類も思いのほか豊富にあり、りあむはゴブリン達に頼んで様々なものを拾い集めている。
どんな石が石器作りに適しているかわからないので、とにかく作ってみるしかない。
作るのは、いわゆる打製石器である。
石を叩いて割っていき、鋭い刃の部分を作ることが目標だ。
「早速取り掛かりたいんだけど、見本がないとわかりにくいんだよねぇ」
見たこともないものを作れ、と言われても、なかなか難しいものだ。
縄はりあむの髪の毛を使えたし、フレイルやボーラは形が比較的単純だったので、問題はなかった。
だが、打製石器のような時間と手間をかけて形を整えるようなものは、口だけでは説明がしづらい。
見本があれば話は簡単なのだが、りあむが直接作って見せることができない以上、そんなものは存在するわけもなかった。
それでも代わりになるものはないかと、役に立ちそうなものを見つけることには成功している。
たまたま割れたらしい、石の破片の一部だ。
何かの具合でぶつかり合って割れたのだろう。
かなり鋭い断面になっている石を、いくつか見つけることができたのだ。
といっても、そのまま刃物として使えるような類のものではない。
多少鋭くなっているかな?
といったものであり、指を押し付ければ跡が付く程度のものである。
それでも、見本としてないよりはましだろう。
「石を石で叩くと、砕けますよね。それをうまく使って、目的の形に加工していくんです。鋭い部分を作れば、肉でも引き裂けますよ。目指す形はですね」
いいながら、りあむはもう一つ用意していたものを指さした。
とっておいた、動物の牙だ。
鋭利なナイフにも似た形状をしており、まるで槍の穂先のように尖っている。
本当ならばこれをそのまま槍の穂先として利用したいところだったが、いかんせん形はよくても、槍として使うには小さすぎた。
ネズミ程度を相手にするならともかく、ゴブリンは自分達の身の丈よりも大きなものを獲物とすることもある。
そういった場合、牙の槍では少々威力不足なのだ。
「この牙と同じような形を、もっと大きく作るってことですね。早速、始めてみましょう」
りあむに促され、ケンタともう一匹のゴブリンはおっかなびっくりといった様子で作業を始めた。
用意した石を叩き、どんな風に変化が起きたか確認する。
二匹にとって、この作業はまったくの未知の領域だ。
石に石を叩きつけること自体やったことがないらしく、動きのすべてがおっかなびっくりである。
子供のころに、石で遊んだりしなかったのだろうか。
ふと、そんな風に思ったりあむだったが、それがあまりにばかばかしい考えだと気が付き、頭を振った。
ゴブリン達は、生まれ落ちてすぐに今の姿形になる。
子供の時代など無く、熟れて地面に落ちた瞬間から、ゴブリンツリーのために働き始めるのだ。
「おもったよりも、けずれないな」
「意外と強く叩きつけないとダメな様だ」
「かんたんにけずれても、こまる。えものに、ささらない」
「確かにそうだ。削りにくいのも、重要か」
ゴブリン達の会話を聞きながら、りあむはニマニマと笑っていた。
何気ない会話をしているゴブリン達の姿は、りあむにはとてもかわいらしく見えるのだ。
少しでもゴブリンに愛着を持つようにという、ゴブリンツリーの木の精霊が持つ本能なのかもしれない。
そんなりあむの視線に気が付いてか、ケンタともう一匹のゴブリンは首をかしげた。
作業を進めていくうち、ゴブリン達もだんだんと削るコツをつかみ始めた。
恐々とした動きで行っていたものが、徐々に大胆なものへと変わっている。
ただ、やはり石の加工は難しいらしく、二匹ともうまい具合には形が作れないようだ。
どうにも修正が難しくなってきたところで、りあむが声をかける。
「その石はもう無理そうですね。次の石に取り換えましょう。元々一回目でうまくいくとも思ってないですから。何度もやってコツをつかんでいきましょう」
ゴブリン達は肩を落とすものの、すぐに次の石を手に取った。
そして、作業を再開する。
しばらく石を叩いていたゴブリン達だったが、すぐにその手が止まった。
先ほどまで叩いていた石を拾い上げると、今叩いている石と見比べ始める。
「どうかしたんですか?」
「われかたが、ちがう」
どうやら、叩いたときの割れ方が違いが気になるらしい。
りあむはそれぞれの石を見比べて、「ああ」と頷いた。
「石の種類が違うんだと思います。見た目が違いますからね」
りあむに言われ、ゴブリン達は改めて石を見比べ始めた。
「いしにも、しゅるいがあるのか」
「わかりにくいが、確かに模様が違う気がする」
「加工しやすい石と、しにくい石があると思います。実際に叩いてみて、どの種類が加工しやすいか、確認しましょう」
りあむに石質の知識があれば、ある程度の鑑定はできたかもしれない。
だが、残念ながらそこまで詳しい知識の持ち合わせはなかった。
実際に叩いてみて、地道に調べていくしかない。
気を取り直して、ゴブリン達は作業を再開する。
最初に叩いていた石と、今加工している石を並べての作業だ。
どちらのほうが加工しやすいのか、比べているのである。
「こちらの石は、剥がれ落ちるように石が割れるな。ただ、少々強度が足りない気がする」
「これは、われにくい。たたいても、すこししかけずれない」
「お互いの石を交換してみるか」
ゴブリン達はそれぞれが持っている石を取り替えたりしながら、叩いたときの割れ方や砕け方を比べ始める。
りあむが何も言わなくても、独自の判断で作業を進めてくれるというのは、非常に頼もしい。
二匹のゴブリンは石の確認をしながらも、加工のほうもしっかりと進めていく。
先に形になり始めたのは、ケンタではない、もう一匹のゴブリンのほうであった。
どうやらケンタよりも先に、加工しやすい石に当たったらしい。
「その石のほうが、形は作りやすそうだな」
「そうらしい。だが、そっちのいしでも、たしかめてみたほうがいい。そちらのほうが、じょうぶかもしれない」
「わかった。そうしよう」
ゴブリン達の判断に、りあむは口出ししなかった。
彼らだけでどれだけのことができるのか、興味があったからだ。
ゴブリンのことをよく知れば、より彼らの役に立つことができる。
そうこうしているうちに、ボーラを作っていた二匹の作業が終わった。
完成したボーラはとりあえず置いておいて、石器作りに参加する。
「先に作業していた二匹は、あとから来た二匹に作業の状況を教えてあげてください。手順とか、どの石がどんな感じで削れるのかとか」
りあむの指示に従い、ケンタ達ともう一匹は、あとから来た二匹に説明を始める。
わざわざ説明してもらったのは、ゴブリン達の説明能力を確認するためでもあった。
どの程度の能力があるかわかれば、今後の活動方針も立てやすい。
「こっちは、おおきくわれる。たいらなめんがつくりやすい。ただ、もろい」
「硬くて加工しにくいが、こちらは頑丈な気がするな。何度も叩いているが、あまり形が変わらない」
あれこれと説明する話を、あとから来た二匹はしっかりと聞いている様子だった。
一通りの説明が終わったところで、全員で作業を始める。
やはり、なかなか目標になる形にはならないようだが、少しずつ得るものはあるようだ。
その間に、りあむは完成したボーラの確認を始める。
といっても、触ることはできないので、外観を確認するだけなのだが。
ボーラは、どれもよくできているように見えた。
一応ためし投げも行ってもらっているので、性能もある程度は確保できているはずである。
その後も、いくつか石を変えて作業を続けるが、使い物になりそうな石器を作ることはできなかった。
やはり、かなり難しい作業の様だ。
作業自体の難易度もあるのだが、適した石を探すのも難しい。
なにしろ、ほぼすべてが手探りなのだ。
時間がかかるのは承知の上である。
ゴブリンの寿命を考えれば、少しでも早く完成品を作り出したいところではあるが、焦ってどうなるものでもない。
積み上げていくことが必要なのだ。
作業を進めていると、洞窟の中に狩を終えたゴブリン達が入ってきた。
木に括り付けられて運び込まれたのは、六つの足を持ったトカゲだ。
非常に大きく、ゴブリン三匹分は体重がありそうだった。
「おおー! おっきい! すごいじゃないですか!」
「うごき、のろい。だけど、じょうぶ。ぶきがあったから、かれた」
「ふれいるの、おかげ。あれは、いい」
はしゃぐりあむに、獲物を運び込んだゴブリン達は狩りの時の説明をした。
このトカゲは体が大きく、頑丈で倒すのが難しい。
いつもであれば武器の消耗を避けるため、手を出さない獲物なのだが。
今回は、りあむが作らせたフレイルがあったので、倒すことにしたのだそうだ。
フレイルを持って狩りに行ったのは、彼らのチームが初めてだった。
その初めての狩りで獲物をしとめたのだから、大金星といっていいだろう。
「なわも、たすかった。はこぶの、べんり」
大型の獲物は運ぶのにも苦労するのだが、縄が役に立ったようだ。
既に何匹かの獲物は、枝などに縄で括り付ける方法で運び込まれているのだが、ここまで大きなものは初めてである。
新しい武器と縄を使った、最初の大きな獲物というわけだ。
「おおきなえもの、はこぶのたいへん。なわあると、らく。はやくはこべる」
「おおきいえものをはこぶのは、きけんなときもある。ほかのどうぶつに、おそわれることもある」
「はこぶごぶりんも、へらせる。まもるごぶりん、ふえる」
大きな獲物は、運ぶのにも危険が伴う。
今までは何も道具を使わなかったので、手で運ぶしかなかった。
それでは効率も悪く、時間も手もかかったのだが、縄で括り付けて運ぶという方法がそれを解消したのだ。
りあむは一先ず武器と縄が有効に活用されているらしいことに、ほっと胸をなでおろした。
「そっか。それは、よかったです。うまくいってるみたいで、安心しました。いまって、交代の時間ですかね?」
「ああ。みんな、そとであつまってる」
ゴブリン達の、仕事の交代の時間らしい。
これはちょうどよいと、りあむは手を叩いた。
「ケンタ! みんなに、ボーラを紹介して、練習してもらおう。みんないるときに説明したほうが、早いしね。作業は、みんないったんストップで!」
「わかった。木の枝と、ボーラを用意しよう」
「わたしも、てつだおう」
石器作りをしていたケンタ達は、作業の手を止めた。
作ったボーラをまとめて持ち、的になる木の枝などの用意も始める。
獲物を持ち込んだゴブリン達は、興味津々といった様子でそれを見つめていた。
りあむには未だに表情を完全に読み取ることができないのだが、どこかワクワクしているらしいことは、なんとなく伝わってくる。
「あれは、なんだろうか」
「新しく作った武器ですよ。この後で、使い方を説明します」
「おお」
「ふれいるにつづいて、ふたつめか」
「すごいな」
うれしげなゴブリン達の様子に、りあむはうれしそうな表情を作る。
先にボーラを作ってしまったのは、正解だったかもしれない。
石器はもう少し時間がかかりそうなのだ。
作ることができるようになれば強力だが、ゴブリン達の一生はあまりに短い。
石器作りに並行して、別の作業も進めたほうがいいだろうか。
「りあむ。準備ができた。行こう」
「あ、ごめんごめん。いこう!」
考え込んでいたりあむだったが、ケンタに声をかけられ慌てて動き始めた。
ケンタの肩に両手を乗せれば、準備は終わりだ。
「よし、頑張っていこう!」
いろいろと不安はあるが、一つ一つつぶしていくしかない。
一先ず、今のところは順調だ。
これからも少しずつ、頑張っていこう。
正直なところ、最初にりあむが想定していたより、ゴブリン達は優秀だった。
これなら、何とかなるかもしれない。
今のところ、前途は明るいといっていいだろう。
もちろん気は抜けないし、油断するつもりもない。
かといって現状を悲観しすぎるのも、問題だろう。
今、ゴブリンツリーのゴブリン達は、新しい武器を得て、新しい獲物を得られるようになっている。
これは間違いなく明るい兆しで、喜ぶべきことなのだ。
狩りをしてきたゴブリン達が獲物を埋め終えるのを待って、りあむ達は洞窟の出入り口へと向かう。
外から見える光が、これからの前途を祝福してくれているように見えた。
ゴブリンツリーのゴブリン達が狩りをしている森は、非常に大きなものである。
洞窟がある場所から離れた森のほとりに、集落があった。
ひと際多くのものが集まる建物の内部にある掲示板に、一枚の張り紙が付け加えられる。
そこには、現地の文字で、次のようなことが書かれていた。
依頼内容・ゴブリンツリーの調査
植物性のゴブリンの目撃情報あり
ゴブリンツリーの存在する可能性
これの確認と、可能であれば標本の採取
報酬は成功を持って支払われる
詳しい金額、内容については、カウンターで確認のこと




