十二話 「なんか、自分まで儀式に参加してる気分だなぁ」
無事に狩りが終わり、三匹のネズミを得ることができた。
それも、一匹はかなり大物であり、運ぶのに苦労するほどである。
リーダーの指示の下、ケンタとほかのゴブリン達は、早速ネズミの処理を始めることになった。
処理と言っても、大したことをするわけではない。
何しろ、このネズミの用途は、ゴブリンツリーの根元に埋めることなのだ。
悪食なゴブリンツリーは、おおよそほとんどのものを栄養として取り込んでしまう。
味も何も関係なく、根元に埋めさえすればそれでいいのだ。
毛を抜いたり、皮を剥いだり、骨を外したりする必要もない。
血抜きだって、まるで必要が無かった。
そういったもの一切合切を栄養にしてしまうわけだから、むしろ全く手を付けずに埋めてしまうのが一番良いのである。
ではあるのだが。
ゴブリン達が運ぶ都合上、多少の処理はやはり必要であった。
まず、血だ。
この巨大なネズミにもやはり血が流れており、これは非常に臭いが強い。
運んでいる最中に滴り落ちれば、それをたどって肉食動物に追跡される恐れがある。
それだけでなく、液体であるため、手が滑って持ちにくくなるという欠点もあった。
滑りやすさと持ちにくさでまごついている間に狂暴な肉食動物に襲われた、等と言うことになったら面白くない。
それを避けるために、ゴブリン達は狩った動物の血は、ある程度抜くこととしているのであった。
もっとも、抜ききってしまうということはしない。
血そのものも、ゴブリンツリーにとっては貴重な栄養素なのだ。
運ぶのに邪魔にならない程度、抜きすぎないように注意しながら処理するのである。
ゴブリン流の動物処理は、よく言えば非常に大胆。
悪く言えば、恐ろしく大雑把なものであった。
まず、地面に穴を掘っておく
その上に獲物を吊るし、首筋などの血流の多い個所を牙や爪で傷つける。
血が大量に出なくなる程度に抜いたら、獲物の方の処理は完了。
あとは、血を捨てた穴を埋め戻せば、作業はすべて終わりである。
ちなみに、獲物を吊るす方法であるが、紐や縄などと言った道具は一切使わない。
ゴブリンが、その両腕で獲物を持ち上げるのだ。
一匹で持ち上がらない場合は、二匹、それでもだめなら三匹四匹がかりで持ち上げるのである。
何処までも清々しい力技だ。
単純明快ではあるものの、ゴブリン達には負担の大きな方法と言える。
ついでに言うと、ゴブリンが寄ってたかって動物を吊るし上げ、血を流させている姿と言うのは、見ている方にはなかなかのインパクトを与えた。
ゴブリンツリーの精霊であるところのりあむですら、若干引くレベルである。
全く知識のない人間がその様子を見たら、恐らくなにがしかの邪悪な儀式的なものと錯覚するだろう。
「あー、気を付けて作業してくださいね。その、滑ったりすると危ないですから」
引きつった苦笑いを浮かべながら、りあむはゴブリン達の作業を見守っていた。
今は丁度、邪教の儀式。
もとい。
穴の上に獲物を吊り上げ、余分な血を捨てている最中である。
ネズミの処理は、三匹分一斉に行われていた。
なるべく早く済ませることを、優先したためだ。
三つの穴を掘り、それぞれの上にネズミを吊るし上げる。
一匹でも衝撃的な絵面なのだが、それが三匹。
そのなかの一匹は大型のものであり、それが吊るされた様子はもはや壮観ですらあった。
ネズミを吊り上げている以外のゴブリンは、別の作業に当たっている。
周囲の警戒だ。
血の匂いがすれば、肉食動物がやってくるかもしれない。
それをいち早く見つけるのが、彼らの役割である。
発見し次第リーダーに報告して、追い払うか、はたまた逃げ出すのか、判断を仰ぐのだ。
ゴブリンはクソまずいので、捕食者にとって魅力はない。
だが、ゴブリンがとった獲物は、十二分に魅力的なのだ。
横取りされてしまわないよう、警戒は厳に行わなければならない。
警戒を行っているゴブリン達は、油断なく周囲を見回している。
おそらく緊張もしているのだろうが、残念ながらりあむにはそれを表情から読み取ることは出来なかった。
ゴブリンツリーの精霊であるりあむでも、読めないのだ。
普通の人間には、まずわからないと言っていいだろう。
ちなみに、ケンタは獲物を吊るす作業を担当していた。
若い生まれたてのゴブリンは、最も体力が充実している。
妥当な判断と言ってよいだろう。
ただ、ケンタが作業をする、と言うことは、りあむもそのすぐ後ろにいる、と言うことだ。
「なんか、自分まで儀式に参加してる気分だなぁ」
げんなりとした顔でいうりあむだったが、ケンタは不思議そうに首を捻るばかりである。
獲物の血抜きが無事に終わり、穴は土で埋め戻された。
蓋をしてしまうと、一気に臭いは薄くなる。
穴をゴブリンの膝の高さほど掘っていたのも、幸いしたのだろう。
「ていうか、半透明ボディなのににおいわかるんだよなぁ。どうなってんだ」
「におい」と言うのは。
揮発性の化学物質が、嗅覚受容体を刺激することによって生じる感覚の一種である。
幽霊じみた存在である現在のりあむには、化学物質も、嗅覚受容体などの細胞関連のモノも、全くの無縁に思える。
にもかかわらず、どういう訳かりあむは臭いを感じることができた。
不思議と言えば、実に不思議な話である。
「まぁ。それを言い出したら俺の存在そのものがおかしいかぁ。声だって出せてるわけだし」
声と言うのは、つまるところ空気振動だ。
半透明でモノがすり抜ける身体なのに、一体どうやって空気を振動させているというのか。
りあむは考えるのをやめ、「そういうもの」として受け入れることにした。
そもそも、「異世界」に「転生」などと言う、よくわからないことを経験した身だ。
今更、科学的にどうこうとか、理論的にどうこう言った所で、どうしようもないだろう。
世の中には、そういったものを超越した物事が存在するのである。
りあむがそんな世界の深淵について考察している間にも、ゴブリン達はせっせと作業を進めていた。
血を捨てた穴を埋め戻し、身体に着いた血などを沢で洗い流す。
洗い流す目的は、別に不快だからとか、非衛生だから、と言った理由ではない。
血の匂いが体に染みつくのを嫌ってのことである。
動物の多くは、血の臭いに敏感だ。
肉食動物であれば、食料の臭いであるわけだから、引き寄せられてくる。
逆に草食動物であれば、危険を察知して逃げ出してしまうだろう。
どちらにしても、ゴブリンにとっては好ましくない状況だ。
肉食動物の方は、近づいてきても食べられるわけではないので、問題は比較的少ない。
クソまずゴブリンに関わり合っているほど、彼らも暇ではないのだ。
問題なのは、狩りの対象になることが多い、草食動物の方である。
狩りの前に臭いでこちらの存在に気が付かれてしまっては、目も当てられない。
そういった恐れを少しでも排除するために、ゴブリンはなるべく体を清潔に保つ習性があるのだ。
沢で体を洗い終えると、手で軽く水けを払う。
獲物を数人がかりで担ぎ上げ、その周囲をほかのゴブリンが守る様に取り囲んだら、ようやくゴブリンツリーの生えている洞窟への帰路へ着くことになる。
実はゴブリンの狩りで、一番危険なのはこの時であった。
普段はゴブリンに見向きもしない肉食動物も、運んでいる獲物を目当てに襲ってくる。
襲われたとしても、獲物を運んでいるため、素早く逃げることができない。
獲物を捨てさえすれば、逃れられなくはないのだが。
苦労して手に入れた獲物である。
出来るなら、そんなことはしたくないと思うのが当然だろう。
そのため、獲物を運ぶゴブリンを守る、護衛の役割が重要になってくる。
獲物を横取りしようとする動物の多くは、さほど戦いが得意でない場合が多い。
近づく前に発見し、威嚇するなどすれば、逃げてくれることもあるのだ。
それでなくても、突然襲い掛かられるのではなく、戦いの準備をして迎撃できるとなれば、戦いはずいぶん有利になる。
周囲への警戒、索敵と言うのは、それほど大切な役目なのだ。
こういった仕事は、経験の多いゴブリンが得意としている。
そのため、獲物を運ぶのは、経験が浅く体力があるゴブリンに任されていた。
採集物は古参のゴブリンが運ぶ場合が多いので、ちょうど逆になるわけだ。
「くさ、き。はこぶとき、おそわれることすくない。わかいごぶりん、けいけんつむのに、ちょうどいい。えもの、おおきい。たくさんのごぶりんで、はこぶ。いっぴきころんでも、へいき。これも、けいけん」
リーダーの説明を聞き、りあむはなるほどと納得した。
役割分担にも、若いゴブリンに経験を積ませるための工夫がなされていたのだ。
ここまで見聞きしてきた知識は、りあむにとってどれも新鮮なものであった。
「木の記憶」や、ゴブリンからの聞き取りとは異なる部分も、いくつか発見することも出来ている。
やはり、聞くと見るとは大違いだ。
思わぬ発見や、収穫も多かった。
特別なゴブリンであるケンタを生らせてもらったのは、よい判断だったと言っていいだろう。
外に出て、ゴブリン達の行動を直接見聞きしたおかげで、より彼らを大切に思うようにもなった。
ゴブリンツリーの精霊だから、と言うのもあるだろう。
そういった思考的偏りを生まれながらに植え付けられている、と言う恐れも、否定できない。
しかし、りあむは。
だとしても、どうでもいいか。
ゴブリンを大切に思う気持ちは、実際に持っているんだし。
と、考えていた。
そう、別にどうでもいいのだ。
今のりあむにとって、ゴブリン達は確実に大切な存在になっていると断言できる。
木の精霊になってからほんの数日しか経っていないが、それでもだ。
彼らの気性は、りあむのそれに非常に合致している。
一緒に過ごしていて、好ましいと感じるのだ。
彼らの為に、何かができればうれしい、とも。
「やっぱり、出てきてよかったなぁ。ありがとね、ケンタ」
急に礼を言われたケンタは、りあむの方を振り向き首を傾げた。
相変わらず、表情ははっきりとはわからない。
だが。
ケンタの今の顔は、りあむの目に少しだけ不思議そうな色合いのものに見えた。
気のせいかもしれない。
それでも、りあむにはそれが非常にうれしかった。
周囲を警戒しながら、森の中を進んでいく。
りあむはケンタに引っ張られながら、今後の方針について考えをまとめていた。
今回見聞きしたことを反芻しつつ、頭の中で必要なこと、出来そうなことに優先順位をつけていくのだ。
中々に難しい作業である。
様々なアイディアが浮かぶのだが、どれが実現できるのか、どれを最初にやった方が効率が良さそうなのか。
そういったことを、どうにも決めかねてしまうのだ。
どれもこれも重要に感じてしまい、できれば思いついたものすべてをいっぺんにやってしまいたい気持ちになる。
もちろん、そんなことができるわけもない。
りあむの指示を実行するのは、ケンタと言うことになっている。
いくら強化されたゴブリンとはいえ、たった一匹だけなのだ。
出来ることの限界は、かなり浅いと思った方がいいだろう。
なにより、ケンタに無茶をさせるのは、りあむ自身が良いと思えない。
どうもりあむは、基本的に過保護な性質なようだ。
一番最初に取り組むのは、何が良いだろう。
りあむがそんなことを考えている間に、ゴブリン達は森を抜けていた。
目を凝らせば、ゴブリンツリーの洞窟の出入り口が見える。
「おおう。いつのまに。考え事してたから、全然気が付かなかった」
やはり、考え事をしていると意識が飛ぶ瞬間があるのだろうか。
ともかく、無事に森を抜けられたのは何よりだ。
誰もケガをしていない様子でもあるし、りあむはほっと胸を撫で下ろした。
荒れ地は、視界を遮るものが殆どない。
狂暴な動物が隠れて接近してくるようなことも、まずありえないだろう。
とはいえ、全く危険がない訳でもない。
洞窟にいき、ゴブリンツリーの根元に獲物を埋めるまでが狩りなのだ。
「遠足の標語みたいだなぁ。家に着くまでが遠足です、って」
りあむは元々インドア派だったので、遠足は全く楽しみじゃない派閥の人間であった。
なにしろ、外に出るのすら苦手だったのだ。
そんなりあむが、田舎の役場に就職し、猪に跳ね飛ばされて命を落とし、ゴブリンが生る木の精霊に転生したのである。
なかなかに皮肉が利いているではないか。
荒れ地も無事に通過し、りあむ達はやっと洞窟の前へとやってきた。
ほかの仕事をしていたゴブリン達も、仕事を終えていたのだろう。
洞窟の前に集まり、なにやら話し込んでいる様子だ。
そんなゴブリン達は、りあむ達を見てざわついている様子であった。
何匹かが指さしているのは、ケンタ達が運んでいる、三匹のネズミだ。
「さんびきも、いる」
「おおきい。えいよう、たくさん」
どれも、喜び、称賛する声であった。
りあむは思わず嬉しくなり、にまにまと表情を緩ませる。
リーダーやケンタ達が褒められているようで、妙にうれしかったからだ。
狩りにおけるリーダーの采配は、実に見事だった。
転んだネズミに対する咄嗟の対応も、流石といっていいだろう。
なんとケンタも、今回の狩りでは活躍を見せているのだ。
的確にネズミを仕留めたあの動きは、生後一日のゴブリンが最初に行う狩りとしては、破格のモノであったはず。
リーダーやケンタ達が褒められるたび、りあむは自分のことのように。
いや、自分のこと以上に嬉しくなっていた。
りあむがニヤついている間にも、リーダーはテキパキと指示を出していく。
荷物を運んでいたゴブリン達に、そのままゴブリンツリーの下へ埋めに行くようにと指示を出す。
ほかのゴブリン達は、休憩を兼ねた洞窟出入り口の護衛を始めるようにと伝えた。
リーダー自身は、ほかのチームのリーダーが集まっている場所へと向かう。
ケンタはと言えば、そのリーダーに一緒に来るようにと言われていた。
新人の紹介か何かだろうか、と首をかしげているりあむだったが、理由は全く別だ。
「りあむ、ひととおり、しごとみた。なにか、しじすることがあれば、いうといい」
「うぇ? あ、私ですか?」
すっかり見学する態勢になっていたのに声を掛けられ、りあむは裏返った声を出した。
思わずリーダー達の顔を見回せば、全員がじっと自分のことを見ていることに気が付く。
どうやら彼らは、自分に指示を求めているらしい。
りあむは何とか落ち着こうと、咳払いをした。
「ええっと。とりあえず、一日仕事の様子を見させて頂いて、幾つか改善点は思いつきました。ただ、それが上手くできるかどうか、まだわかりません。実際に、ケンタとかに試してもらいながら、徐々に、と言った感じでしょうか」
リーダー達は、お互いに顔を見合わせ、頷き合う。
「きゅうに、かえる。うまくいかないこと、おおい」
「ためしてから、つかう。いいとおもう」
「てつだえることあれば、いうといい。てつだう」
リーダー達の言葉は、実に協力的なものだった。
おそらく、口先だけのものではないだろう。
それだけ彼らが、りあむに期待しているということでもある。
どうやら「木の精霊」というのは、りあむが思っている以上に信頼を寄せられるものらしい。
助かる反面、重圧にもなる。
彼らの期待に、なんとしてでも応えなければならない。
りあむは改めてそう思いなおし、背筋を伸ばした。
「とりあえず、できるところから始めようと思います。まずは、近場の水の確保から試してみようと思うんですが」
利用するのは、洞窟の近くにある沢だ。
水が染み出しているそこに手を加え、水場として利用しよう、と言うのである。
狩りの時にゴブリン達がやっていたのを見て、可能だろうと判断したのだ。
「水が湧き出しているところに穴を掘って、水が溜まる様にしてみようかな、と。実際に見に行ってみないと、できるような場所かどうか判断できませんけど」
最初は、ゴブリン達が穴を掘れるかわからなかった。
だが、彼らは狩りの時、血を捨てるための穴を掘っていたのだ。
ならば、沢であってもそれは可能だろう。
りあむの言葉を聞き、リーダーの一匹が額を手で押さえた。
「かんがえつかなかった」
「さわ、すいりゅうすくない。でも、じかんかければ、たくさんたまる」
「ひとつひとつ、すくない。でも、さわはたくさんある」
「いくつもつくれば、たくさんつかえる」
「まずは、できるかどうか。ためしてみてから」
リーダー達はりあむの提案を、思いのほか素早く汲んでくれた。
その意図をくみ取り、それどころかさらに発展させていくことすら考えている。
りあむが考えている以上に、彼らは優秀なようだ。
ある程度のアイディアさえ出せば、自分達で改良していくことすら出来るだろう。
頼もしい限りではないか。
未来の展望が明るいらしいことに、りあむは思わず笑顔を零した。
「それから、武器を作ろうと思います。こちらも上手くいくかはわかりませんし、質がどうなるかわかりませんけど。成功すれば、全員に分配できる位の武器は用意できるかと」
これには、リーダー達は大いに驚いた。
りあむですら、その驚きの表情がわずかながら読み取れたほどだ。
どうでもいいことだが、これはりあむが初めて、ゴブリン達の感情を明確に読み取ることに成功した瞬間である。
「ぶきが。つくれる」
「ままを、まもりやすくなる」
「かりも、らくになるな」
「すばらしい」
「いや、あの。そこまで期待通りにいくかどうかは。時間も多少かかるでしょうし」
苦笑するりあむに対し、リーダー達は分かっているというようにうなずいた。
「むずかしい、じかんかかる。とうぜん」
「つぎのりーだー、きっとうまくつかう」
「わたしたちで、じゅんびぐらいは、おわらせよう」
りあむは思わず、息を止めた。
ゴブリンの寿命は、一年半から、永くて二年だ。
けっして永いとは言えない一生である。
それにしたところで、全うできるものはほぼいないという。
寿命が尽きる前に、怪我や事故、モンスターに襲われるなどして、命を落とすのだ。
リーダー達は、沢山の経験を積んだゴブリンだという。
少なくとも、生れ落ちて数か月は経っているはずだ。
寿命は、後どのぐらいだろうか。
あるいは、狩りの最中に命を落とすこともあるだろう。
水場の確保は、すぐに結果が出るはずだ。
だが、武器づくりの方は、かなり時間がかかるのは間違いない。
数週間か、あるいは数か月か。
そのとき、リーダー達はどうなっているだろう。
「なるべく! 試作品は、その、早めに作れるようにします。使い心地も、確認してもらいたいですし」
「たのしみにしてる」
「まったくだ。ぶきが、つくれるかもしれないとは」
「うまくいくと、いいな」
純粋に楽しみにしているといったリーダー達に、りあむは「何とかやってみます」と笑顔で応える。
その顔は僅かに強張っていたが、幸いなことにリーダー達は気が付いていない様子であった。
会議も終わり、リーダー達は再びチームを引き連れ、それぞれの仕事へと向かっていった。
りあむはケンタに洞窟の中へと戻してもらい、丸一日ぶりにケンタの肩から手を放す。
たった一日だけなのに、ずいぶん久しぶりに手を離したような感覚である。
手をプルプルと振るいながら、りあむは今後のことについてケンタとリーダーと打ち合わせをした。
このあと、ケンタのいるチームは日向ぼっこを兼ねた警備の仕事をすることになっている。
りあむはその間、洞窟の中で待つこととなった。
今後の行動について、考える時間をとるためだ。
交代の時間になり、採集の仕事を始めることになったら、再びケンタにここへ来てもらう。
りあむも一緒に、森の中へ行くためだ。
そのとき、武器を作るのに使う素材なども、ついでに集めることになった。
「思ったよりも、急がないとなぁ」
一人になったりあむは、「木の記憶」を小脇に抱え、ゴブリンツリーの枝に腰を下ろした。
何か大きなことに着手するのは、数か月先になるだろう。
りあむは当初、そう考えていた。
だが、そう悠長なことなど言っていられないと、考え直している。
確かに、ゴブリンツリーの余裕は、まだある程度あるだろう。
相応にじっくりと腰を据えて作業する時間はあるのだ。
だが、それはゴブリンツリーだけ見れば、の話である。
これまで頑張ってきた、リーダー達はどうだろうか。
もう、ずいぶんと長い月日を過ごしているはずだ。
体力も衰えてきているだろう。
それでなくても、危険な狩りの仕事をしていることもある。
彼らはもう、いつ亡くなってもおかしく無い。
そのことを、彼ら自身もよく理解している。
りあむにとって、ゴブリン達はもはや大切な存在になっていた。
多くのゴブリンを率い、ゴブリンツリーを守ってきたリーダー達には、深い敬意も抱いている。
そんな彼らに、せめて少しでも将来の明るい展望を見せたい。
貴方達が支えてきたゴブリンツリーは、これからもっともっと立派に育っていくのだと、少しでも安心してほしかった。
そのためには、彼らが特に驚いていた、武器を作るのが良いだろう。
これが、安定して、全てのゴブリンの手に持たれるのだと思ってもらえれば。
きっと、喜んでもらえるはずだ。
「まったく、なにが半年や一年は大丈夫、だよ。ゴブリンの半生ぐらいの長さじゃないか」
りあむは「木の記憶」を睨みつけ、愚痴るように呟いた。
そこで。
ふと、なぜこんなに早く、自分がゴブリン達に愛着を抱いたのか、その理由に思い至った。
ゴブリンの寿命は、人間に比べて圧倒的に短い。
一年半から、二年であるという。
この世界の人間の寿命は分からないが、現代日本より永いとは考えられない。
それでも、寿命と言う意味では六十歳程度までは生きるはずだ。
ゴブリンの寿命は、人間の三十分の一と言うことになる。
その分、一生の濃度は、単純に考えて三十倍と言えないだろうか。
ゴブリンにとっての一日は、人間にとっての一か月にも等しい、という訳だ。
もちろん、実際にはそこまで単純なものではないだろう。
だが、おおよそ方向性としては間違っていないはずだ。
りあむの感覚は、おそらくゴブリン達に近い。
同じゴブリンツリーから生まれているわけだし、恐らくはそう思ってもいいはずだ。
そんな密度の中で、りあむはゴブリン達と丸一日行動を共にしたのである。
木の精霊と言うこともあり、りあむは元々ゴブリン達に好意を抱きやすくなっているのだろう。
そんな状態で、彼らのあれだけ頼もしいところを見せられ。
まっすぐな期待と好意を向けられたのだ。
好きになるなと言う方が無理だろう。
「がんばろう。うん」
りあむは改めてそう決心すると、握りこぶしに力を込めた。
まずは、水場の確保。
一度、近くの水が染み出している場所にいき、地面を掘ってみるのが良いだろう。
うまくいけば、森から水を持ってこなくて済む分、ぐっと楽になる。
なにより、水場の確保ができれば、武器の製作にも役に立つはずなのだ。
「そうだ。木の記憶ってさ、俺が言ったことって記録できるよね。ちょっとメモ代わりになってよ」
出たアイディアを全部覚えておくのは、普通であれば難しいだろう。
だが、本の形状である「木の記憶」であれば、それができるかもしれない。
そんな安直な考えであったが、「木の記憶」は仄かに光を放った。
ちょっと言い方がムカッと来ましたが、ゴブリン達のためなので仕方ないでしょう。
あなたの知識と知恵が、彼らをより良い方向へ導くことを望みます。
「木の記憶」もやはり、ゴブリン達を大切に思っているのだ。
りあむの言い方は癪に障ったようだが、協力自体はしてくれるらしい。
ようやく少しだけやり返せたらしいことにニヤリと笑い、りあむはさっそく思いついたことをあれこれと並べ始める。
次々に飛び出してくるそれらを、「木の記憶」は正確に記録していく。
思いつくままアイディアを並べながら、りあむは記憶から引っ張り出してきた知識も記録しておいてもらうことにする。
「木の記憶」は、りあむと記憶を共有している。
だが、「木の記憶」の方から能動的にアイディアを出したりすることは、難しいらしい。
そのあたりは、あくまでりあむの仕事であり領分なのだ。
なので、思いついたり、役に立ちそうなことを思い出したら、片っ端から記録してもらうことにしたのである。
そうすれば、万が一アイディアを忘れてしまっても、すぐに思い出すことができるはずだ。
結局、アイディアの記録は、ケンタがりあむを迎えに来るまで続けられた。
このとき、大慌てしたりあむが、一人だけで洞窟を出ようとして、引っ張り戻されて空中でくるくる回ったりしていたのだが。
それは、ケンタとりあむだけの秘密と言うことになったのであった。




