僕の夢は冒険者になることです。
「僕は冒険者になって大物になる!」
そう言って村を飛び出して1日、僕の冒険は早くも佳境を迎えていた。
雨宿りに入った洞窟が思ったよりも深く、初めての冒険と好奇心に脚を動かされ奥まで入っていくと、そこには昔、絵本で見た様な宝箱が置いてあった。
怪しい。何の変哲もない洞窟の中に宝箱? いや、中に宝が入っているとは限らないけど森の奥の、さらに洞窟の奥にこんなものがただ置いてあるとは思えない。
「所々錆びてるけどしっかりした造りだよね。鍵は、ないみたいだけどこれだけしっかりした箱なら、結構いいものが入ってるかもしれない」
僕は宝箱を開けようとした。でも、どんなに力を入れても開く気配がない。
何度も挑戦する内に頭に血が上ってきて、中身のことよりも開けることに夢中になってしまっていた。
だけど腰に差していたこん棒で思い切り殴り付けたり、地面に叩きつけたりしたけど、全く壊れる様子がなかった。
「何か仕掛けでもあるのかな? 変わった所はないみたいだけ――どっ!?」
宝箱を持ち上げて隅々まで調べていたら指に痛みが走った。どうやら蝶番の錆びた所で切ってしまったらしい。指の先から血が出て箱についてしまっていた。
「イテテ。結構深いな。とりあえず止血しなきゃ」
肩に掛けていた鞄から布を取り出そうと、宝箱を地面に戻した時、さっきまで閉まっていた口がガチャリと僅かに開いた。
「さっきまであんなに開かなかったのに。血で滑りがよくなったのかな?」
簡単に止血をして宝箱に手を伸ばす。指が触れたか触れてないか、その瞬間に宝箱が勢いよく開いた。
中から闇が飛び出す。一瞬にして辺り一帯は闇にのみ込まれた。その深い闇は足下に置いてあるはずのランプの光すら遮ってしまう。しかし僕にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
「おお、久しぶりの外だ。人の子よ、お前が封印を解いてくれたのだな?」
そこに何かがいる。逃げようとするも体は震えるばかりで言うことを聞いてくれない。
そこにいるのは、死。昨日まで、ただの村人でしかなかった僕にすら分かる濃厚な死の気配。
近いのは昔見た、井戸に落ちる夢。落ちる時の浮遊感、体を突き刺す井戸水の冷気、突然呼吸が出来なくなる混乱、二度と地上に上ることの出来ない絶望。
その夢の何百倍もの恐怖。否応なしに全ての感覚が研ぎ澄まされ、それらが僕にこれが夢ではなく現実だと伝えてくる。
「私の名はウガン。創造神の片翼、女神シスに仕える者だ。 お前が助けだしてくれたお陰で、私はまた女神シスにお仕えすることが出来る」
さっきから男の声が聞こえているが僕にその声が話している言葉を理解する余裕はなかった。今頭の中にあるのは『死にたくない』。この言葉だけだ。頭の中でその願いがぐるぐると回り続ける。だから、
「なので、お礼にお前の願いを何でも叶えてやろう」
「死にたっ…く、ない!」
だから、聞こえる声に咄嗟に答えてしまったのは仕方がないことだろう。
「死にたくない、つまりは不死を望むということか。そんなものを願うとは野心が足りんな。まぁいい、暫し待て」
すると、辺りを覆っていた闇が退き、死の気配が掻き消えた。
体の力が抜けて、自分が濡らしたであろう地面にへたり込む。いつの間にか呼吸を止めていたことに気づいて、思い切り息を吸う。急いで息を吸ったせいで咽せてしまうけど気にせず呼吸を続ける。
少し気分が落ち着いてきて、さっきまで死が居たところに目を向ける。
「久しぶりにアンタに呼ばれて来てみたら、だだの人間相手に威圧してどうすんの、アンタは!? 封印されてて脳みそ腐っちゃったのか? あ゛?」
「も、申し訳ありません。久しぶりの外で浮かれてました」
そこにあったのは、全身真っ黒の少女と、その少女に蹴飛ばされ踏みにじられる死の正体であろう男の戦士の姿だった。
呆然している僕に気付いたのか、少女がこっちに振り向く。
改めて少女を注視する。膝裏まで伸びた黒髪、こっちをみる黒い眼。そのどちらもまるで光を吸収しているかのように真っ黒だった。逆に着ている黒いワンピースは艶やかでひらひらと揺れながら松明の明かりに煌めいてた。
「うちの者が世話になった上に迷惑かけたな、ニーチャン。こいつ、ウガンってんだが、力はあるんだが見ての通り馬鹿でな。直ぐに調子に乗っちまうんだ。まぁ、だから封印なんてされちまうんだな」
「すみません!もう調子に乗って敵の罠に引っ掛かったりしませんから、足を、足を退けて下さい!」
クヒヒヒ、と笑う少女の足下でウガン、さんが暴れている。なんか、隣の家のトマスさんに似てるんだよね、女性に尻に敷かれてる所が。そのせいか、親近感が湧いてきた。
少女は気にせず話を続ける。いや、さっきより力を入れたのかウガンさんの動きが激しくなってる。
「何時もならアタシはニーチャンみたいなヒト族には加護はやらねーんだが、ウガンの礼と詫びってことで、うんと強力なやつをくれてやるよ」
少女は僕の額を指で軽く突く。それだけで何も変わった様子はない。
「これでウガンの件はチャラな。これから大変かも知れねーが強く生きろよ。ニーチャン」
そう言って少女は突然消えた。まるで最初からいなかったかのように。
それに僕が驚いているとウガンさんが起き上がって僕を見る。あ、少し地面が凹んでる。
「先ほどは済まなかった。これは服を汚してしまったお詫びだ。どうか受け取ってくれ」
ウガンさんは腰元に付けていた剣を外して僕に差し出してくる。
僕はおずおずと剣を受け取りながらウガンさんを観察する。
見た目だけなら普通の人にしか見えない。茶髪に碧眼。がっしりした身体。無精髭の似合う大人の冒険者って感じだ。とてもさっきまで少女に踏みにじられてた人に見えない。
着けている胸当てや手甲は土汚れ以外にも細かい傷が付いていて使い込まれているのが分かる。
「不死になったのならまた会う機会もあるだろう。その時までにはその剣に似合う男になっていろよ」
そう言ってウガンさんも消えていった。
こうして僕の初めての冒険は終わった。
何時間経っただろう。
一人残された僕は力の入らない脚に活を入れながらなんとか立ち上がる。もらった剣を杖がわりに出口に向かって歩いていく。
今はただ外に出たかった。空が見たい。風を感じたい。出来れば日も浴びたいけど、もう夜になってるかも知れないし、わがままは言わない。とにかく自然を、日常を感じたかった。
道中、行きでは一匹も見なかった虫や小動物がいるのを見掛けた。これは、やっぱりあの人が封印されてたからだよね?
「考えてみれば、こんな深い洞窟で生き物を一匹も見掛けないなんて怪しすぎるよねぇ」
自分の迂闊さに呆れながら歩き続け、ようやく外へ出る。どうやら、思っていたより時間が経っていなかったのか、外はまだ明るく空には虹がかかっていた。
「……あぁ、生きて出れたんだ。神様、ありがとうございます」
洞窟から生還して最初に見た空と虹がとても綺麗で思わず、その場に跪いて祈りを捧げる。
祈りの後、洞窟へ来た時の道を歩き出す。
僕は村に帰ることにした。今回のことは僕の夢を砕くには十分過ぎた。村を出て1日であんなに怖い思いをしたんだ。世界にはもっと怖いものがいるに違いない。
「それにお土産は手に入れたしね」
歩きながら腰にぶら下げている剣を見る。傷だらけの鞘は何かの革で出来ていて手触りがいい。ただ、汚い字で『断ち切り丸 まーくⅢ』と書かれてるのが欠点だ。留め具を外して鞘から剣を抜く。刀身は腕の長さぐらいかな? 片刃で根元よりも先端の方が太くなってる。
「見たことない形だけど格好いいなぁ。たぁ! っうわぁ!?」
偶に村に来ていた冒険者達の真似をして剣を振ったら、1回転して転んでしまった。どうやら先端が大きいから勢いが付きすぎるみたいだ。
「あーあ、根元まで刺さっちゃってるよ、っと」
転んだ拍子に突き刺さったんだろう。剣を地面から引っこ抜いて汚れや傷がないか確かめてから鞘に納める。
剣の価値なんて分からないけど、こんな綺麗な剣はどんな冒険者も持っていなかった。きっとすごいお宝に違いない。
気分良く帰り道を歩いていると背中にチクチクとした違和感を感じた。思わず立ち止まる。後ろから何かが近付いてくる足音や獣の荒い呼吸が聞こえる。
振り向くと少し離れたところに狼がいた。それもだだの狼じゃない。尻尾が捻れてる。跳ね狼だ。
跳ね狼は名前の通り、木や地面を跳ねながら獲物に襲いかかってくる魔物だ。大きさは犬くらいで小柄だけど、襲いかかる時の速さとその変則的な動きが脅威だって話だ。
「それにたしか必ず群れで行動するって」
そう思い出した時、後ろから別の跳ね狼が飛び掛かってきた。
振り返らず、その場にしゃがむ。跳ね狼は捻れてる尻尾で着地するとそのままこっちに跳ねる。僕はそれを転がって避ける。立ち上がると直ぐに背を向けて逃げ出す。
すると、横の茂みに隠れてた新しい跳ね狼が牙を剥き出しにして飛び出してきた。肩に掛けてた鞄を咬ませて棄てる。
逃げるのは無理だ。僕は剣を抜いて構える。もちろん剣なんて振ったことがない。でもこのままじゃ殺られるだけだ。一匹でも倒せればもしかしたら逃げてくれるかもしれない。
それにさっきからやけに感覚が鋭くなってるし落ち着いてる。きっと洞窟の冒険のせいだ。あの気配を受けたから感覚が鋭くなったんだろうし、あれに比べれば怖くないから冷静でいられるんだろう。
考えている間に跳ね狼たちには囲まれてしまった。何時飛び掛かってきてもいいように神経を研ぎ澄ます。
正面の跳ね狼がこっちに駆けてくる。構えていた剣で思い切り横薙ぎする。しかし当たる前に跳ね狼は跳ねて木に逃げてしまう。でもこれでいい。勢いそのままに回って、後ろから襲いかかってきた別の跳ね狼を上顎と下顎から両断する。
「よしっ! これで逃げてくれれば」
でも僕の期待を裏切るように、跳ね狼たちはこっちを睨みながら唸り声をあげる。どうやら警戒心を持たせてしまっただけみたいだ。
追い払えなかった時点で僕の結末は決まってしまった。さっきみたいな迂闊な噛み付き攻撃はしなくなり、代わりに爪で少しずつ僕の体力を奪っていく。僕の剣術では木々を利用した跳ね狼達の縦横無尽な動きについてこれる筈もなく徒に体力を減らすだけだった。
足を引きずり、剣で体を支えながら肩で息をする僕の様子を見て2匹の跳ね狼が止めを刺そうと飛び掛かってくる。
この時を待っていた。
「だぁありゃぁっ!」
最後の力を振り絞って必殺の横薙ぎを繰り出す。流石の跳ね狼たちも空中では避けれず自分から剣に突っ込んでいく。体を横に斬り開かれた2匹は勢いを失って地面に落ちる。
1振りで2匹も切った筈の剣の勢いは死なず、手からすっぽ抜けて木に突き刺さる。僕も踏ん張りきれずに地面に倒れ込む。
全身の傷が痛む。いくら魔物を油断させるためとはいえ攻撃を喰らい過ぎた。
「でも早く逃げないと。えっ!?」
顔を上げた僕が見たのは5匹の跳ね狼達だった。多分、3匹と同じ群れなんだろう。何匹かは最初の死骸に寄り添いながら哀しく鳴いている。
群れの中でも一際大きい一匹が近付いてきて、僕の首を咥えてへし折る。
「っあ!?」
首が凄く熱い。体に力が入らない。苦しい。
跳ね狼が僕の体を仰向けにする。群れが周りに集まってくる。もしかして、止めてくれ。
大きい跳ね狼が徐に僕のお腹に噛みつく。お腹に牙が食い込む。そのまま引っ張られてブチブチと何かが千切れる音がした。
どんどん視界が白くなっていく。感じるのは首の熱と痛み。自分の血の臭い。跳ね狼の咀嚼音。
「お、はっけーん。生きてるかー?」
能天気そうな女の人の声、キャンっという跳ね狼達の鳴き声、風が切れる音、何かが地面に落ちる音と跳ね狼の鳴き声。
「おー。こりゃ駄目だ。ゴメンね、間に合わなくて」
全然申し訳無くなさそうな声。
「……それじゃ、頂きまーす」
うれしそうな、こえ。
初めまして。ここまで読んで頂いてありがとうございます。
私はハーレムよりカップリングが好きです。そのせいか、キャラを一人作ると相方も一緒に考えてしまう悪癖があります。
ステータス詳細が流行りみたいですが私には難しかったです。強さが分かりにくいかもしれません。
これから宜しくお願いします。
5/3 1話と2話を統合。
5/21 細かい部分を改稿




