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そのあと3

 それからどれぐらいの時が経ったのだろう。

 御剣の体温を感じながら、アメリアは自らの精神がかつて男だった頃よりも、ずいぶんと感情的なものに変化してしまった事に気がついた。

 今だってそうだ。

 優しく抱かれ、慰められていると、自分の全てが認められ許されているような、ぽかぽかとした気持ちが胸いっぱいに広がり、騒ぎ立っていた心が落ち着いてくる。


(身体だけじゃなくて、心も女に変化していってるのかな……)


 男だった頃の記憶と精神はたしかに自分の中に存在する。

 だが、比率的には女性的な部分がアメリアの精神の七割を占めているような感覚だ。

 徐々に変化していったのではなく、段階をすっ飛ばしてこうなってしまったのは、やはり賢者アルキメデスに憑依された事が原因なのだろうか。


「……どうだ、落ち着いたか?」

「……はい」


 御剣がアメリアの身体をそっと離す。

 アメリアは目元をぐしぐしと擦り、頷いた。


「アメリアと田中ド―――田中は元々、男だった、そうだな?」

「はい、そうです」

「だが、今のアメリアは精神が女性のものと化してきている……のだな?」

「……多分、そうだと、思います」

「そう考えるのが、自然か」


 御剣は軽く溜息をつくと、続けてこう言った。


「アメリア、お前が落ち着くまででいい、しばらく私達と一緒に行動しろ。

本来ならば、この街を脱出した時点で、アメリアにパーティーへ参加し続けるかどうかの是非を問うつもりだった。

だがもうこうなってしまったとあっては、お前を放ってはおけない。

私達について来い。嫌と言っても連れて行くぞ」


 あまりにも真っ直ぐな視線で、御剣がそんな事を言うものだから、アメリアは。


「……今更何を言ってるんですか、御剣さん。私はこの先も二人についていく気、満々でしたよ?」


 自分の事をこんなにも親身になって心配してくれる事がうれしくてうれしくて仕方がなくて、さっきまで散々泣いていたのに、涙が溢れて止まらなかった。


「……すまんな」

「いいえ……」


 御剣が何処からともなくハンカチを取り出し、アメリアの目元を拭う。

 元男だった自分が、まるで少女マンガのヒロインのような扱いをされている。

 だというのに、アメリアはそれがちっとも嫌でなく、嬉しい。

 いよいよもって本当に、自分が女になりつつあるのだなと深く自覚した。


「いつでも相談に乗るからな」

「ありがとうございます、それに……御剣さんでないと聞けない事も色々ありますから」


 アメリアはこれから本当の意味で女になっていくのだろう。

 その場合、御剣の手助けは非常に為になる。

 何せ田中以下略と違い、現実でも女性だったのだ。

 女性としての悩みを打ち明ける相手としては、最適だ。


「ん? 例えば、どんな質問だ?」

「ほら、田中とは違って、御剣さんは女性(・・)の方ですから……。女じゃないと分からないような悩みとかも、わかってくれるんじゃないかなって」

(まぁ、でも御剣さんってちょっと残念さんだから、少し微妙かもしれないけど)


 内心で苦笑しつつ、アメリアは屈託のない笑顔で言う。


「…………」


 のだが、何故か御剣は固まっていた。


「御剣さん?」


 御剣の視線が気まずそうに泳ぎ、口は半開きになって「あー……」と何を言ったらいいのかと迷っているような様子だ。

 何か不味い事を言ってしまったのだろうか。

 アメリアは不安になって御剣を覗き込む。


「あの、私何か変な事でも……?」

「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ」


 御剣は取り繕うように手を振り、そして何か決意をしたのか一つ頷いた。


「……言って無かったか?」

「何が、ですか?」

「私も、元男(・・)だったと」


 アメリアの聞き間違いだっだだろうか、今御剣が何かとんでもない事を言ったような気がした。


「……えっ? あの、なんですって?」

「だから、私も、田中と同じく元男だ」

「え? え? ええええええええ!?」


 ―――女だと思っていた御剣が、元の性別は実は男。

 その事実を知ったアメリアの心の中に渦巻いた感情は筆舌に尽くしがたい。

 混乱、羞恥、驚愕、憤慨。

 色々な想いが一挙に到来し、アメリアの頭は真っ白になる。

 その末に、アメリアがとった行動は。


「み、御剣さんの……嘘つきいいいい!」

「アメリア!」


 喚きながら自分の部屋に逃走するというものだった。


「萌え萌えだったのにぃぃぃぃぃぃ! うわああああああぁぁぁぁぁぁ……!」

「な、なんだアメリアどうした!?」


 家の中からどたばたと物音が聞こえ、田中以下略の驚いた声が御剣の元へ聞こえてくる。


「……嘘はついてないぞ、アメリア」


 寂しげな御剣のぼやきだけが、その場に残った。



 翌日の早朝。


「……あのさ、何があったんだ? 一体?」

「なんにもない」

「……うむ」


 田中以下略は気まずさを覚えていた。

 目の前にはあからさまに不機嫌ですオーラを振りまいている、むくれっ面のアメリア。

 そして、隠してはいるが引け目を感じている御剣。

 なんにもないとはいうが、明らかに昨夜何かがあったのは明白だった。


「……本当に?」

「だからなんにもないって!」

「お、おう」


 アメリアはまるで思春期の少女のような拗ね方をしている。

 一昨日、御剣にこっそり教えて貰ったとおり、アメリアの口調や精神はかなり女性じみた物となっているようだった。

 自分もいつかはこんな風になるのかもしれないと思うと複雑な心境だったが、田中以下略はその気持ちをひとまず置いておいて、話を続けた。


「じゃあ話を続けるけど……。作戦の流れをもう一度初めから確認するぞ?

まず、俺が『真名の契約書』で真名を変えたら、その時発生するであろう魔力を囮にして裏口から出る。

仮に魔力が発生しなくても、裏口から出るのは変わらない。

んで、衛兵の目を掻い潜って正門までたどり着いたら急いで脱出して、白雪と氷の境の街まで強行軍。

夜中になったら街に突入して、自分たちの飛家を回収してヒューム共同国家までひとっ飛び、と……おい、ちゃんと聞いてる?」

「……聞いてる」

「大丈夫だ」


 ほんとかよ。

 田中以下略は頭が痛くなった。

 単純に拗ねているだけと思いたいが、アメリアの不機嫌っぷりは凄まじい。

 御剣を視界に収めようともしていない。

 今の話もきちんと聞いているか怪しいものだった。


「……聞いてるならいいけどよ。じゃあシャロミーさん、お願いします」


 だが、だからといっても何時までもこのままでは困る。

 この後無事に街から脱出できるかどうかについては各自の頑張りが重要になるのだから。


「はい、田中さん、これを」


 田中以下略はシャロミーから『魂のインク』と『真名の契約書』、それに羽ペンを受け取った。

 スピルはシャロミーの隣で静かに立ち、成り行きを見守っている。


「……よし」


 羽ペンを持つ手がかすかに震える。

 まかり間違っても書き損じは許されないから、当然だ。

 田中以下略はアメリアの体調が落ち着くまでの二日間、自分の名前をどうするかで悩みに悩んだ。

 今まで考える暇が無かったわけではなかったが、いざ、となるとどんな名前がいいか決めかねたからだ。

 思った以上に田中ドライバーZという名前に縛られていたのだなと、田中以下略は苦笑する。


「でもま、決めたしな……」


 『魂のインク』は小さなインク壺に入っているが、量はそれなりにある。

 シャロミーは少量保存して置いてくれると約束してくれたので、また名前を変えたければ変えられるのだ。

 そういった事情もあったので、田中以下略は結局シンプルな名前にすることにした。


「…………っと」


 『真名の契約書』に、田中以下略が新たな真名を書き記す。

 すると、『真名の契約書』に新たな文章が浮かび上がった。


『汝の新たな真名を認めよう』

『賢者アルキメデスの名において、契約は果たされた』

『田中ドライバーZよ、汝の真名は今この時を持って、【ターナ】となる』

『新たな名と共に、汝の歴史を刻むが良い』


 ターナ。

 それが田中以下略の決めた新たな真名。


「―――ッ!」


 田中以下略の身体に、『真名の契約書』から放たれた膨大な魔力が流れ込む。

 世界そのものに接続するような感覚を、田中以下略は味わった。

 そして田中以下略の中から何かが消え―――田中以下略はターナになった(・・・・・・・)


「今のが、サーバーだったのか……?」


 ターナは軽いめまいを覚えつつも、自らの真名が変化した事を本能で察する。


「大丈夫か? ターナ(・・・)? 今ので真名が変わったのか?」


 新たな真名の事を教えていない御剣が、ターナの名を極自然と呼んだ。

 その違和感に、御剣はすぐに気がつく。


「……そうか、これが真名の改名という事なのだな。現場に他の者がいなければ、名前が変わった事にも気づかないだろうな」

「す、すごい……!」


 シャロミーの顔は紅潮し、どれだけ興奮しているかが見て取れる。


「田中……いや、ターナ、でいいんだよね? これからは」

「……そうだな、これからはターナって呼んでくれ」


 正直安直すぎやしないかと思わないでもない名前だったが、いざその名で呼ばれてみると、思った以上にしっくりすることに気づく。

 ―――ターナ、ターナか。


「俺は今日からターナだ!」


 ターナが喜びの叫び声を上げると共に、シャロミー宅の玄関のドアがけたたましく叩かれた。


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