第一話 世界に蔓延する日本詣
2025年 世界中から日本に訪れた旅行を含めた渡航者の総数は、初めて4200万人を超えた。
そして今後も更に増える見通しだそう。
巷ではオーバーツーリズムとか、外国人によるマナーの崩壊とか、ネガティブな話題に事欠かない昨今。
当の訪日外国人の間では、それとは全く別の感想と話題で持ちきりだと言う。
それらに共通する題材は幾つもあるが、代表的なものを挙げてみると、「道にゴミが落ちていない」「何処もかしこも清潔でキレイ」「最新式多機能トイレに衝撃を受けた」「店員も道行く人も英語も話せないのに丁寧で親切、誠実」「電車もバスも時間通り」「乗降時のマナーとルールが整然としてスムーズ」「誰も車内で無駄話やスマホや音楽など、うるさくしない」「公共の場では他者への気配りを怠らず、迷惑行為をしない」「家やホテルの室内では靴を脱ぐ」「小学生がひとりで登下校している」「幼い子供たちですら、躾けが行き届いている」「納豆や魚など、驚くほど美味しくて健康的な食事」「礼に始まり礼に終わる人付き合い」「人種等の分け隔てがない」etc.
日本を訪れた外国人達は、滞在期間の長短に関わらず衝撃を受ける。
確かに旅行は心躍り、楽しい思い出を多く産むもの。
「日本に来て楽しかった」と思う人は多かったのだろう。しかし・・・それだけではない。日本は旅行先としては他の場所と比べて異質だと口を揃える。
世界には名所や楽しめる観光地、ニューヨークやロンドンやパリなど、魅力的な大都市が人を惹きつけ、感動を与えている。
確かに日本にも東京、大阪、京都など都会の魅力や歴史的遺産が有名で、それだけでも多くの旅行者を惹きつけている。
だが、日本旅行者を興奮させ、感動させているのはそこではない。
日本以外の世界の何処にもない価値観、生活様式、良識が社会に見事なまでに浸透し機能しているところに驚愕しているのだ。
『犯罪が少ない』これだけで凄い事と受け止められている。
女性や子供が夜、ひとりだけでも出歩ける。田舎の路上に有る無人販売や無数の自動販売機が成り立つ社会。しかも財布やスマホなど、貴重品の落とし物が返ってくる!
いつ何処にいても安全・安心でいられるのは、彼らにとって奇跡であり驚愕し、唯一無二のユートピアと思われ、母国に帰ったら興奮気味に誰かに言い触らさなければ気が済まなくなるらしい。
こうして帰国後、彼らは周辺の人に対してインフルエンサーと化する。
それもただのインフルエンサーではない。
人格やライフスタイルまで、人が変わった様に別人となる。
極端な例では食事が和食になったり、茶道・華道の様な凜とした世界に規範を持つ価値観に浸ったり、家では靴を脱ぐ様になったり・・・。
私たち日本人には当たり前で何気ない日常。
これの何処がそんなに凄いの?
彼らが打ちのめされているのは、そうしたありふれた生活を当たり前におくれる社会システムが国家単位で機能している姿を目の当たりにした、そうした体験を日本旅行で得られたためであるからなのかも知れない。
彼らは目を輝かせて話す。親や兄弟や友人や同僚に。
「日本ってね・・・・・」「日本人ってね・・・」「日本のトイレってね・・・」」「電車ってね」「コンビニってね」
「あっ、そう。」「良かったね」「ウッソ〜!ホント?」
ジョンやボブが身振り手振りで訴えかける様に、説得しようとしているかの様に話してくる。そして仕方ないから驚いたふりして相槌を打つ。
辟易した頃、今度は女友達のジェーンとマリアも同じ事を興奮気味に話題に出す。
会社に出勤したら休暇明けのビリーがデスクの前で待ち構えている。
「ヤァ!昨日、旅行から帰って来てさ」
やな予感。
「そう、お帰り。さ、仕事、仕事!」
「それでさ、聞いてよ」
「楽しかったかい?そいつぁ良かった、良かった!さ、仕事!」
「何が『そいつぁ良かった』だ!まだ何も言ってないだろ!」
「そうだっけ?疲れたかい?疲れただろ?二週間も休んでどっか行ったんだもんな。」
「疲れたの何のって!まぁ、聞いてくれよ!」
「そいつぁ、お疲れさん!これから仕事、頑張って!」
「オイ、お前、俺の話を聴く気ないだろ!」
「ビリー、そんな事ないさ!で?どうだった?何処に行っていた?」
「そうこなくちゃ!実はな俺、彼女のアンナと日本に行ったんだ!」
「あ、そう。・・・日本ね。」私は諦めた。
「あそこは凄いぜ!何てったって他のどの国とも違うんだ!だってよ、・・・・・・」
それから永久と思える程の無限ループに引き摺り込まれ、上司のサムに
「オイ!おしゃべりばかりしてないで、仕事セイ!」と叱られるまで続いた。
こんな光景が日本旅行者が帰国するなり、至るところで繰り広げられる。
最初は辟易しながら「ふーん」と聴く。
次に「あれ?他の旅行者と同じ事言ってる」と気付く。何だろ?この違和感。
昼飯の大衆レストラやピザ屋やパブでも似た様な話が聞こえてくる。
やがて私は若干の興味と漠然とした見えない不安と、自分だけ未体験な境遇に疎外感を覚え苛まれる。
「日本?何だろ?あの国。たかがハイテクと車とアニメの国ジャン?何処がそんなに良いんだ?何で行った者達は判で押したようにああなるんだ?あれじゃまるでコピー人間じゃないか!あそこに行ったら密かに全員、脳みそにチップでも埋め込まれるんか?」
自分だけ知らない怪しい世界。自分だけ知らない禁断の果実。
私は自由に生きて来た。誰かに騙されたり、束縛される人生なんてごめんだね!
何が日本だ!たかが極東の小さな島国じゃないか!」
そう思いながら不思議な胸騒ぎを無理矢理鎮静化させる自分がいた。
しかし・・・怪しい胸騒ぎは次第に悪性のがん細胞と変化し、脳を蝕み身体全体に転移する。
私は頑固な人間だと自負している。
だからこの『日本病』への得体の知れない興味が自分の身体を蝕み、もはやステージ4の状態であると自覚するまで我慢した。
でも、この辺が我慢の限界であろう。興味の禁断症状が出て来た。
そしてある日とうとう、まとまった休暇を取り航空チケットを手配した。
あの忌々しい『日本行き』を。
つづく




