崩れっぱなしの仮面
「ったく……なんだよ、あの空気……」
校舎裏。
昼休みの喧騒が届かない場所で、桐谷蒼馬は壁に背を預けながら、ぶつぶつと呟いていた。
剣道トーナメントで優勝したのは、朝霧蓮。
“陰の王”と揶揄していたはずの相手が、いまや校内の話題の中心だった。
「……ふざけんなよ。勝っただけで、何様だよ……」
握った拳が制服のポケットの中で微かに震える。
(文化祭も潰せなかった、剣道でも――)
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午後、屋上。
狩野遼はひとりベンチに座り、空を仰いでいた。
竹刀を構えた朝霧の姿。
突きを狙った自分の動き――そして、それを見切られて放たれた、完璧な面。
(あの距離で、反応できるはずがない)
“たまたま”“運がよかった”
そんな言い訳が、口から出かけては喉で止まった。
(……いや、違う。あいつは、狙ってた。最初から、全部)
思考の先で、何かがねじ曲がっていく。
(俺が負けた? ――ふざけんな)
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放課後。人気のない昇降口の裏手。
「……あの、狩野さん」
蒼馬が、珍しく頭を下げる。
「すみません、俺があんなこと頼んだから……」
狩野は軽く鼻で笑った。
「……何言ってんだよ、桐谷。お前のせいじゃねぇよ」
「でも――」
「違うって。負けたのは、あいつが運よくやっただけだ。たまたまだよ」
目を伏せていた蒼馬が顔を上げる。
だが狩野の表情は、どこか“冷えて”いた。
「俺はさ、あいつがどんなに勝とうが、上だなんて認めねぇ」
狩野の目には怒りもあった。だがそれ以上に――歪んだ執着が宿っていた。
「――今にわかるさ。地味で目立たない奴が、調子に乗るとどうなるか」
蒼馬は思わず言葉を飲んだ。
狩野は負けを受け入れてなどいない。
反省もしていない。
ただ――静かに、次の機会を狙っているだけだった。




