気になるあいつー早乙女玲奈
昼休み。
購買で買ったパンを片手に、早乙女玲奈は屋上の隅に腰を下ろした。
「暑っ……。マジ、無理」
5月末の陽射しはすでに夏の気配を孕んでいて、玲奈の肌をじりじり焼く。
風でそよぐ髪をかき上げて、ひと口かじったカレーパン。
何の変哲もない、いつもの時間――だったはずなのに。
(なんなん、あいつ)
ふとした瞬間、脳裏に浮かぶのは、朝霧蓮の無表情。
あのとき――仁科が泣いていたときの、静かな声。
あのあと――自分が見かけた、黒瀬と話していたときの、ちょっとやわらかい目。
(いや、だから、なんであたしが気にしてんのよ)
パンの袋を無駄に握りつぶす。
•
玲奈は明るくて、物怖じしない。男とも平気で話す。
だけどそれは、昔からずっと――
「ちゃんとしてないと、誰かに追い抜かれそうで怖い」
そんな焦りを隠すための鎧でもあった。
(……朝霧もなんかスカしてる感じがしたけれど…)
(……でも、ちょっと……いや、別に“ちょっと”じゃないけど)
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数日前。
蓮がグラウンドでふらついた咲を支えていたのを、玲奈は見ていた。
その姿に、思わず「……優しすぎんだろ」と呟いてしまったのは、自分でも謎だった。
(あの感じ……なんか、ずるい)
ちょっとだけ、ずるい。
誰にも媚びないくせに、ちゃんと見てて、ちゃんと助ける。
(……あいつ、ずるい)
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放課後。
体育祭のリハーサルで汗だくになりながら、玲奈はジャージの袖で額をぬぐった。
「早乙女さん! この組み分け、これで合ってるっけ?」
「あー……合ってるって。でも、自信持ってやりなよ」
「あ、うん。わかった!ありがとう!」
ふざけた同級生に軽くツッコミを入れながら、
(このくらいの距離感がちょうどいい)と思っていたのに――
視線の先。
テントの影で、タオルを配っている蓮が目に入った。
ひとり一人に淡々と声をかけ、必要な子には無言で差し出す。
自分には気づいていない。
それがなんだか――もどかしかった。
(……気づけよ、ちょっとは)
そう思った自分に、思わずぎゅっと眉を寄せる。
(は? なんであたしがそんなこと……)
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リレーの組み合わせ発表を待っていた休み時間。
廊下ですれ違った蓮に、玲奈は思わず声をかけた。
「……おつかれ」
「うん。早乙女さんも」
たったそれだけの会話。
でも、蓮がちゃんと“名前で呼んだ”ことに、心が一瞬止まった。
(……なにそれ)
返事ができなかった。
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夜、自分の部屋でスマホを見つめていた。
グループトークに流れてくる、くだらないスタンプと短文。
返す気になれなくて、通知だけ閉じた。
(……あいつ、明日は誰と走るんだっけ)
気づけば、リレーの組み合わせ表をもう一度確認していた。
(“あいつの顔が浮かぶ”とか、マジないし)
なのに――浮かぶ。
“あいつ”が誰と喋ってたか、誰の名前を呼んだか。
そればっかりが、脳裏に焼き付いて、離れなかった。
(……やば)
そう思った自分が、一番やばい。




