第8話 答えの無い道を歩む者 それが無いモノ
ある『チーター』の一人が、人知れず町外れの保管所へと忍び込んでいた。
黒い無機質な作りでできた肌に、悪魔を連想させる姿をしているそれは、アオイが乗ってきた宇宙船を見定める。
懐からカードの型の装置を取り出し、宇宙船に向けてボタンを襲うとする。
「気配をここまで隠せるとは、随分と姑息な真似が上手い奴だ」
だが、そんな声が突然耳元に聞こえ、咄嗟に振り向くが誰もいない。
同時に、手に持っていた筈のカード型の装置がいつの間にか消えてなくなっていた。
「何っ!?」
黒い悪魔の様な『チーター』は、慌てた表情を浮かべ辺りを見回す。
暗視も可能な『チーター』だったが、そこにあるのは闇だけだ。何もない。
「そう。ここには闇しかない。それで正解だ」
誰とも知れぬ声はそれでも『チーター』に囁き続ける。
まるで必死に抗う自分をあざ笑うかのように。
それが『チーター』の癪に障った。
黒い悪魔の様な『チーター』は、その手に閃光弾を作り破裂させる。
保管所内の闇一切なくなり、光がしか内包しない空間が生まれた。
「おっと、やるね。勘が鋭いとでも言うのかな?」
そう言ってれたのは、剣を携えた黒スーツの男、ジャグーダだった。
「逃げなかったのは、こいつがそんなに大事な物なのかな?」
苦い表情を浮かべながら、黒い悪魔の様な『チーター』はナイフを持って襲い掛かる。
だが、ジャグーダはそれを剣で楽々と受け止める。
「町でお仲間が暴れているのを陽動扱いして、お前は美味しい汁を一人啜るって所か? 自分が賢いと思ってるバカがやりそうな手だ。そう言うやつを、俺は何人も殺してきた」
ジャグーダが喋っている間にも、『チーター』は幾多ものパターンで斬りかかる。
だが、ジャグーダはいつの間にか正面から消え、『チーター』の背後に立っていた。
「卑怯な真似を」
「『チーター』を名乗ってるくせに、何言ってんだ」
苦言を呈す『チーター』に、奪い取ったカード型の装置を見せびらかしながら笑みを浮かべるジャグーダ。
『チーター』はすぐさまジャグーダの首を斬り裂こうと、ナイフを持って襲い掛かる。
ジャグーダはそれをいなしながら思考を巡らせる。
閃光弾しか作れない、と言う事は無い筈だ。
だと言うのに近距離戦に持ち込むのは、余程奪われたカード型装置が大切なのだろうと、ジャグーダは察する。
次に、なぜアオイが乗ってきた宇宙船の所までやって来たのかを考える。
ジャグーダの導き出した答えは、至極簡単な物だった。
「なるほど。こいつは宇宙船を持ち出す為の道具か。なるほどなぁ。お前らの中でも珍しいのか? こいつは?」
「……ッ!」
『チーター』に動揺が走る。
そして、ジャグーダはその十分すぎる答えに満足し、嬉しそうに笑みを浮かべた。
知りたいことが分かったジャグーダは、すぐさま『チーター』の背後に回る。
今度は語り掛けることなどせず、黒い闇を纏う剣を振り下ろした。
そしてそのまま蹴散らすように、横一線に切り裂く。
『チーター』は斬られた衝撃で、保管所の外へと転がり出た。
「俺のチートは、こんなものではない……! 俺の本気を見せてやる! 後悔しろ!」
足はふらついているが、必死な形相で立ち上がろうとしている。
ジャグーダには、それがあまりにも滑稽だったので思わず笑ってしまった。
「――――《暗黒十字斬》。さよならだ」
ジャグーダが斬りつけた傷から、黒い闇が滝のように溢れだす。
切り裂いた際に注入した闇の力が、『チーター』の身体耐えきれない程注ぎ込まれていたのだ。
「ぐ、が、ぁ、あああああああああああああッ!?」
悶え苦しみながら、黒い悪魔の様な『チーター』は爆散した。
身体が飛び散り、その一部がジャグーダの頭にぶつかる。
ジャグーダを手にすると、どうも機械の部品の様だった。
「……何だこいつ。機械人形か?」
口にするが、どうもそれは信じられなかった。
戦いや任務を遂行する為の道具であれば、表情などを搭載する必要性は無い。
何なら痛みで苦しむなど、そんな機能は余計なものだ。
道具にしては無駄な機能が多い気がする。
鏡話の音が鳴り、すぐさま応答するジャグーダ。
鏡に映ったのは、ボンジャーグの姿だった。
『こっちは『チーター』を十体蹴散らした。ベルゼフォンは今、巨大な『チーター』と交戦中。そっちはどうだ?』
「ああ、俺の見立て通り、一人来たよ。いや、アンタの教えだっけか?」
バラバラになった『チーター』の欠片を剣で弄りながら、ジャグーダは鏡に問いかける。
調べて見ると、青い肉片のようなモノまで見つかった。
機械と生命体が融合しているのか? と首をひねるジャグーダ。
「おい、こいつは機械なのか? それとも生き物なのか? どっちだ」
『俺も詳しい事はわからない。さっき言った通り、月からGMとやらの宣戦布告があっただけだ』
GMとやらの宣戦布告。
その一言一句を、ジャグーダはボンジャーグから聞いていた。
戦争をゲームと称し襲い来るバカがいるとは、ジャグーダの価値観からは到底考えられない事だ。
何か裏があるはずだと思考を巡らせるが、それらしいものは思い浮かばない。
考えるには情報不足と、ジャグーダは結論付けた。
『っと、数が多くなってきた。そっちは任せる』
ボンジャーグの言葉に、首を振るジャグーダ。
「いや、俺もそっちの援護に向かうぜ」
『おい、宇宙船の警護はどうするつもりだ? もしかすると、そいつはこれからの戦いに必要になってくるかもしれない。絶対死守してくれ』
ボンジャーグが焦ってしまうのも、ジャグーダには伝わった。
敵は宇宙から宣戦布告をしているのだ。それであれば、攻め込むのに宇宙船は必須と言えた。
「心配はない」
敵から奪い取ったカードの様な装置を見ながら、ジャグーダは楽しげに笑う。
「あてならある」
◇
ガクウは『チーター』から奪い取った腕の断面を見る。
そこには、ガクウでは近い出来ない程の精密な機械と、血肉がみっちりと詰まっていた。
見ていて気分がよくないものだったので、ガクウはすぐさま地面に捨てる。
「ちくしょう……! 背後からだなんて、卑怯だぞ!」
ちぎれた腕の部分を歯を食いしばりながら抑え、『チーター』はガクウから距離を取る。
機械の身体で出来ているというのに、痛みを感じているように見えた。
官憲達はその隙を見逃すまいと、魔法でレーザーを何度も打ち込む。
だが、『チーター』が残っている方の腕を振るい蹴散らす。
「お前、機械なのに生きてるのか?」
不思議に思ったことを問いかけるガクウ。
それに対し、『チーター』は鼻で笑う。
「お前らじゃわからないよな。俺達の次元の話は」
そう言って、『チーター』は千切れたはずの腕を生やした。
ガクウは思わず千切りとった腕の方を見る、そちらには何の異常も内容で安心するが、目の前の敵の異様さは計り知れない。
驚愕する一同だったが、『チーター』の口は止まらない。
「やれやれ、機械って概念はあるようだが、それにしても文明の発達が遅い。建物なんて、岩をくり抜いて作ったのか? お前らの先人は何をやってたんだ?」
まさか文化まで侮辱されると思わなかったガクウと関係達は、思わずこめかみに力が入る。
「勝手に襲い掛かって来て、勝手に侮辱して……お前は何がしたいんだ!」
怒りを燃え上がらせ、ガクウは真正面から斬りかかる。
だが、『チーター』はそれを素手で掴み取る。
ステータスを大量に筋力に振っている『チーター』の方が、単純な力では上の様だった。
「気に食わないやつを殺す。ただそれだけだ!」
そう言って、空いた手の方を拳に変え、ガクウの首を千切り返そうとする。
だが突然『チーター』の片足が地面に沈み、腕の起動が外れた。
援護に回っていた官憲が、土の魔法で『チーター』の片足に穴を作ったのだ。
「な!?」
だが『チーター』には官憲達がただの雑魚としか認識しておらず、何が起きたのかがわからない。
それを期待していたガクウは、刃を握られている剣をそのまま振い、体勢の崩れた『チーター』を地面に押し倒す。
そして、立ち上がろうとする『チーター』の両腕を引き千切った。
握力の無くなった腕から剣を引き抜き、流れるように『チーター』の足を切断する。
苦痛に顔を歪めながらも、人を見下すように『チーター』は笑みを浮かべた。
「無駄だ! 俺には自己再生能力が――――!」
「四肢の再生まで何秒かかる?」
ガクウの問いかけに、『チーター』は息を呑む。
目の前の『チーター』は腕一本にも、数秒の時間を要した。
すぐに生やせるのであれば、ガクウから離れながらすればよかったのだ。
つまり、再生にはそれなりの時間が要するとガクウは考えた。
その推測の答えはは、『チーター』の反応を見れば誰にでもわかる。
四肢を失えば、ステータスとらやも関係ないのは明白だ。
ガクウはマウントを取り、『チーター』の顔を力の限り殴りつけた。
「なんで敵を増やそうとするんだ! どうして奪われた命の事を考えようとしない! こんなファーストコンタクトを取るしかなかったのは何故なんだ! どうして誰かを守れるはずの力で、誰かを傷つけようとするんだ!!」
何度も何度も、自分の行き場の無い感情を叩きつけるように殴り続けた。
「そんな事、考えたこともねえよ! 俺の力は俺の好きに使うだけだ!!」
再生を完了した『チーター』の顔には自分をコケにされたという怒りが浮かび上がっていた。
ガクウの足を掴もうと手を伸ばすが、目の前からガクウが消える。
すぐさま立ち上がり辺りを見回すが、官憲達の光線の弾幕が襲い掛かり、視界を上手く確保できない。
「強い力を持っているのに。お前は何も考えちゃいない。何も、何も……」
『チーター』の背後に立ち、その背中を掴むガクウの目には憐みしかなかった。
今行っているのは戦争だ。殺し合うのが当たり前の戦場に彼らはいる。
力を振い、どれだけ多くの敵を殺すか。それが人の価値になる場所。
殺し合いを経験した、戦士は誰もが殺した命を引きずって生きている。
本当にここで力を使うのは正しいのか、自問自答の人生を歩んでいく。
そうガクウは考えていたし、今まで彼が殺して来た者の大半がそうだった。
だというのに、目の前の『チーター』は自分の事しか考えていない。
三流の盗賊にすら劣る精神性だった。
「俺をバカにするなァ!!」
自分が盾のような扱いを受けていることに気が付いた『チーター』は、怒りのまま背後に肘を叩きつける。
だが、ガクウはそれを難なく切り裂いた。
「俺は! 俺は強いんだ! こんな、こんな原住民共に……ッ!」
腕の断面図に、官憲達が一斉に熱戦で狙い撃つ。
断面図は黒く焦げ、『チーター』が怯えた表情すら浮かべた。
「炭化すれば再生は不可能みたいだな。それとも、そこを切り取れば再生は可能になるのか? 教えてくれよ」
ガクウは情報を収集しようとしていただけだったが、『チーター』には煽りにしか聞こえなかった。
「黙れぇぇぇえええええええ!!!!」
残っている方の腕で、ガクウを叩き潰そうとする『チーター』。
それに対し、ガクウは手を広げ唱え上げる。
「――――《輝きの激流よ》!」
その手から形成された破壊の光を、ガクウは『チーター』の頭に叩きつけるように放つ。
名前も知らない『チーター』は、声を上げることもできずに炭となって掻き消えた。
ガクウはその様を目に焼き付ける。
自分が奪った命を、忘れないように。