#0 ありがちで退屈な世界
――廻る。廻る。廻る。
深くて、暗くて、沼の様に底のない闇。回り続ける風車みたいに、地球みたいに、自分の意思とは全く関係なく意識が振り回されている。
ぐちゃぐちゃに掻き回されて、濁って混ざって不鮮明な意識が、不意にソラへと浮遊した。
水面から顔を出す様に、ナニカに押されて其れが目覚めていく。
――…………。
熱く、苦しい。体を溶かす謎の熱量が、ゆっくりとした挙動で全身を包んでいく。
恐怖でか、奥底が乾いてチリチリと熱を発している。声を上げようにも不自然な程に声が出なかった。まるで喉の奥に異物を詰められて、音そのものを堰き止められているようだ。
――――お前は、
◾︎◾︎◾︎の末裔。拭えぬ罪科を身に宿した、呪われた命
やめてくれ、やめろ。そう叫んだ。
しかして叫べど、その慟哭は決して届くことはない。喉を裂いて発した絶叫は、喉を通る前に消し去られてしまった。
心が、完全に恐怖に支配されていた。これから自分が何をされるのか――わからない。何も、わからない。
絶望にも似た『◼︎◼︎』が、体を溶かして犯される。
――犯す。犯す。犯す。
星に繁栄を否定され、その命を否とされた、咎人の運命。
血塗られた刻印が、その身に刻まれる。
熱くて、痛くて、意識が消えかける。
世界はそう定めたという。運命はそうあるべしという。その命は星のものだという。
ああ、ふざけるな。巫山戯るなよ。
『俺』は『俺』だ。――じゃあない。俺は、そんな名ではない。焦げた。焦げた。燃え尽きてしまった。焼けてしまった。
思い出せない。思い、出せない。自分の名を俺は知らない。紡げない。記憶が崩れて散っていく。星に、世界に強制される。
嗚呼、駄目だ。ソレは、ソレだけは絶対に駄目だ。
決められた『運命』に蹂躙される、そんな喜劇は、絶対に嫌だ。
嗚呼、貴方は
眼が醒める。心が燃える。
灰に成ろうが死に絶えようが、そんな事は峻拒する。
俺は俺だ。俺の命は俺だけのもの。
定めに沿った軌跡なんぞ糞食らえだ。
俺は弱い。この命は実に儚い。
ならば。足掻いて、抗って、そんなモノは叩き斬ってやる。
世界に定められた
心は鐵だ。絶対に散らない、鐵の心。
其れが星の定めと云うならば、抗い拓いて、その悉くを凌駕しよう。
星の守り人
故に我は星に抗う者。運命への叛逆者。
▼▼▼
――俺は、正義とやらが嫌いだ。正義の味方も吐き気がする程憎悪している。ある種のコンプレックスと言ってもいいのかもしれないし、心的障害の一つでもある。
いや、今はそんな些細なことは置いておくとして。俺が今糾弾している正義というのは、一般的、或いは道徳的な良識に基づいたものではない。例えば、道路に飛び出した子供を引き止めるだとか――そんなことは正義であると、声高々に言うことだろうか? 多くの人は小首を傾げるに違いない。
では、俺が嫌悪している"正義"とは何か――云ってしまえば、自己を正当化する為に他者を糾弾する“正義”だ。自らの信念に基づいて「それは正しい」とする正義だ。殺人を、戦争を肯定する“正義”だ。
極めて利己的で自己中心的な性質を持つ、そんな“正義”を――俺は、心の底から嫌悪している。
それは、主観的な視線による言い訳でしかない。そう、“正義”とは、自己を正当とする為の謳い文句に過ぎない。童話に登場する“正義の味方”が敵を――主人公が、悪であると断じた存在を裁く為の、レッテル貼りでしかない。
この世界に、勧善懲悪の物語なんて在りはしない。
人を殺すことが“正義の名の下に成立することなどありはせず、人を殺す為に正義など不必要に過ぎる。そんなものは、簡単にすれば「殺したいから殺した」と言うことでしかない。そう言えば済む話だ。
それでも、この世に正義は存在すると宣う者――正義がいると妄信する輩が存在するのであれば、この世の全ては“正義”でしかない。道理的な判断の元に納得できるのであれば、主観的な判断の究極である“正義”は無数の主観ごとに正義を抱くということなのだから。
この世界に正義なんてない――或いは正義しかない。二つに一つ、零か無限。そこに妥協点など皆無であり、正義そのものの言語意味を問うだなんて無意味に過ぎる。だからこそ、日常的に繰り返されると“正義”なんてものを――俺は、本当に軽蔑しているのだ。
「……ちょっと! ちゃんと聞いてるの!?」
「…………あぁ?」
悲しいことに聞き慣れた――聴き慣れてしまった叱責が、腕に乗せた頭の上から降ってきた。ぼんやりと思考の海を漂っていた意識が強引に引き上げられる。ソプラノの声と、続く乾いた音と机を伝う振動。
ゆっくりと目を挙げ、風に揺れる銀髪が目に移る。誰が声をかけているのか察して、俺はすぐに顔を伏せた。
「――起きなさいっていってるの! 今日は三組との合同演習でしょう!?」
「……わかった、起きる。起きるから、少し音量を下げろ、アナスタシア」
本当に騒々しい。たく、と軽くため息をつきながら顔を前に向けた。合同演習があるという情報は初耳だ。そんなこと何時言っていたのだろうか――寝てたからわからないけども。
「……ようやくお目覚めってわけ? 本当にいいご身分ね、ユーリ・フォルティス」
「ちょ、ちょっとレイリ……」
レイリ=アナスタシア。
俺に話しかける銀髪の少女の名前だ。大貴族アナスタシア家の御息女であり、現時点における"俺へのお小言ランキング"ぶっちぎりの第一位だ。手入れの行き届いたシルクみたいな銀髪を靡かせる彼女を見上げ、俺は欠伸を噛み殺した。
よくもまぁ毎朝毎朝飽きないものだ。そろそろ諦めればいいものを、毎日の如く説教をかましてくるあたりが"説教女神"たる所以なのだろう。……見てくれ悪くないのだが、それが男子からの人気が低い理由の一端だ。
その横で苦笑いを浮かべている美少女こそ――"学内彼女にしたいランキング"第一位のミシェル=クラリスだ。大天使ミシェルとも呼ばれている。多くの場合彼女がアナスタシアのストッパーになっているので、俺としては絶賛髪を逆立てている横の銀髪を押さえ込んで欲しいものである。よろしくお願いします。
「それで、何かいうことはないの?」
「……確かに今のは俺が悪かった。演習に参加せず眠りこけているのは褒められたことじゃない。反省する」
「そう、わかればいいのよ。落ちこぼれでもあなたはこのクラスの一員なんだから」
「ああ。山よりも高く、海よりも深く反省した。だから寝てもいいか?」
「何もわかってないじゃない――!!」
どうやら火に油を注いでしまったようだ。
やっベー、やっちまった、と焦りながら周りを見渡す。苦笑いを浮かべる大天使と――その先にいた友人に思っきし目を逸らされた。あのヤロウ、後できっちり追求してやる。
…………にしても、今日は妙に眠い。昨日は夜貸ししていないのだが。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「聞いてますん」
「どっちよ!?」
よく飽きねぇなぁ、と思いを馳せながらこっそり欠伸をした。だが彼女にはバレていたようで、きゅっと唇を噛みながら、鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。
「…………どうして、そんな風になったのよ」
――か細く呟かれたその言葉に、思わず一瞬体が凍った。
それを悟らせないように、戯けた態度で無理に口角を吊り上げる。
「元から俺はこうだったろ? "アナスタシアさん"」
狡猾に笑いながらそういうと、対するアナスタシアは弱々しげに目を伏せた。初めて見るその態度に少し驚いていると、彼女は背を翻して自身の席に戻っていった。
気づけば、深い溜息が口から溢れていた。
「落ちこぼれ、ねぇ……」
違いない、と卑屈に笑いながら独り語散る。名門貴族フォルティス家の長男として生まれながら、俺は魔術もロクに扱えない。唯一使い物になる強化も、人より少し上手い程度。確かに俺は"落ちこぼれ"だ。
そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。
俺はユーリ=フォルティス。ルベール魔術学院の二年生で、特技は居眠り。
――ついでに、転生者というのもやっている。
どこにでもいる学院生さ。
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