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新米退魔師と氷結の姫  作者: 槻白倫
第一章 覚醒編
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第九話 意識の中で


 ミリーは高校近くの上空から綴達を見て笑っていた。自分の計画が上手くいってること、そしてそろそろ彼の本当の力が見れること。そのことが嬉しくて笑っていた。


「ああ…早く見せてくれないかな~楽しみだな~」


 空中に浮かぶ可愛らしいデザインのソファーに寝転びながらふんふんと鼻歌を歌う。


「彼の力が本物ならこれからの計画にも何ら支障はない。ああ~もう待ちきれないよ!」


 ミリーはソファーの上に立ち上がると遥か下方の地面に向かい魔力を流す。正確には地面にではなく死体にだが。


「邪魔者が入りそうだからね~足止めしないと♪」


 死体を操り綴の通う高校と退魔高校の間に死体を配置する。


「今日の死体は特別製だから、楽しんでいってね~退魔師さん♡」


 そう言うとミリーはさらに嬉しそうな顔をしながら鼻歌を歌い綴達の観察に戻った。


*********************

 

 全力で疾走する少女を見て通行人は皆一様にギョッとした顔をする。それもそのはず、なんせ彼女の速度は人間の限界を超えていたからだ。まあそれも一般人の限界に当てはめればだが。


 彼女は一般人ではなく退魔師であった。退魔師の身体、というよりも、魔力を有する人間の身体は普通より強靭に出来ていた。魔力に耐えられるように身体が自然とそうなっていくのだ。魔力はエネルギーだ、そのエネルギーである魔力を体内に有するには器である身体は自分の持っている魔力に耐えられるように強固でないといけない。そのため、およそ普通の人が出来ないような動きも出来る。


 少女は退魔師である。それも人並み以上に魔力を有しているため人間の限界を超えた速度で走ることが出来た。


 疾走する少女、緋日は焦っていた。霞のクラスメイト酒井が見せたあの映像を見た瞬間走り出していた。その映像には緋日が最も愛する人が血塗れになり倒れていたのだから。見間違いかもしれないと思うがそんなことは有り得ない。緋日が見間違うはずがなかった。考えれば考えるほど緋日の中に焦りは募っていった。


加速アクセル!!!!」


 自身に加速魔法をかけさらにスピードを上げる。映像の中の綴は血塗れだった。だが、死んでいるか生きているかは判断が付かなかった。だからこそ急いでいる。生きていると信じて。


 前方にごく小さな魔力を急に感知し緋日は剣を精製し止まる。遠くからはただの人間にしか見えなかったがある程度近づくとその人間が生きていないものだと分かった。


「人間の死体を使ったのか…!!」


 緋日の中に早く向かわなければいけないという焦りと、死んで身体をもてあそばれている死者への哀れみ。そして術者に対する確かな怒りを感じていた。


「どこまでも、死者を冒涜して…!!」


 緋日は静かに剣を構える。


「今、楽にしてあげる」


 剣に自分の魔力を纏わせ死体へと肉迫しその頭上を切る。途端に死体の身体が崩れ落ちる。操られていることは昨日の段階で分かっていたので、操っている術者の魔力の糸を見つけ自分の魔力をぶつけ断ち切ったのだ。この操っている魔力の糸が微力に感じる魔力の正体であった。


 これで死体を傷付けずに無力化できる。残る死体の数は八体。


「はああぁぁっ!!」


 焦りか、気合いか、怒りか。自身にも分からない感情の咆哮を上げ緋日は剣を振った。


*********************


 綴は眠っていた。眠ってる間にも声は聞こえてきた。叫ぶ元親の、泣きじゃくる美来の声。


 ああ、そういえば僕、やられたんだっけ…。油断したな…。


「起きなさいな」


 また誰かの声が聞こえる。今度は誰だろうか。


「起・き・な・さ・い・な!」


 声は聞こえるが答える気力はない。傷も痛いしね。


「……」


 数秒の沈黙。その間に更に深い眠りにつきそうだったが次の言葉で意識は完全に覚醒する。


「ベッドの下のエッチな本を霞に見せるわよ?」


「それだけは勘弁して!!」


 ガバッと起き上がる綴。ずっと声のしていた方向を見るとそこに立っていたのは、


「氷霞!」


「ええ、氷霞よ。昨日ぶりね。元気してた?」


 昨日綴を助けてくれた謎の美少女、氷霞であった。


「あ、ああ。元気だよ…」


 といってる間に先程まで自分が置かれていた状況を思い出し勢いよく立ち上がり氷霞の肩をつかむ。


「氷霞!何でここに!?そうだ、オルトロス、オルトロスはどうなってーーーー」


「落ち着きなさいな。周りをよく見て」


「周りって…え?」


 周りを見て今更自分がどこにいたのか気づいた。


「ここ、どこ?」


 そこは真っ白な空間だった。壁はなくどこまでも広がっていそうな広い空間だった。下を向きつま先をトントンと地面に当てる。


「地面はある…」


 次いで上を見上げる。


「空は…どこまでも続いてそうだな…」


 空は周り同様先が見えぬほど続いていた。

 氷霞に視線を戻し先程と同じ事を問う。


「ここ、どこ?」


「それも全部説明するから。立ち話もなんだし…」


 氷霞が振り向くと少し離れた場所にオシャレな椅子とテーブル、紅茶やクッキー

にケーキまで置いてあった。


「座ってお茶にしない?」


 言われ、促されるまま椅子に座る。


「それで、ここはどこなんだ。皆は、オルトロスはどうなったんだ?それに何で氷霞と一緒にーーーー」


「落ち着いて、一つづつ質問してちょうだい。時間はたっぷりあるんだから」


 時間がたっぷりあると言われ少し落ち着き質問する順番を考える。


「それじゃあ、まずここはどこなんだ?」


「ここは、あなたの精神世界よ」


「精神世界?」


「ええ、そうよ」


「つまり、僕の世界ってこと?」


「まあ、そうなるわね」


「じゃあ、何で氷霞がいるのさ?」


 ここが綴の精神世界なら氷霞がいるのはおかしな話だった。精神というのは個、つまり自分だけの閉じられたら世界。自分の閉じられたら世界に他人である氷霞がいることが不思議であった。綴は少し訝しげに氷霞を見る。


「ああ、そんなこと」


「そんなことって…。僕の精神の中にどうして他人である氷霞が入ってるんだよ。…もしかして、氷霞は僕が生み出した幻覚とか?」


「それはないは私は実在してるわ。決してあなたの幻覚なんかじゃない。安心していいわ」


「ならなんで…」


 氷霞は綺麗な動作で紅茶を一口飲むと綴の左目を指差した。


「あなたの左目、私のなの」


「え?」


「だから、あなたの左目、私のなのよ」


 いっていることは理解していた。何をいってるか分からないから「え?」と言ったのではない。今朝見た夢の内容とリンクしていたから思わず「え?」と言ってしまったのだ。


「その様子だと少しずつ思い出してきているようね」


 綴の表情から読みとったのかそういう氷霞。


「それじゃあ、僕が見た夢って…」


「ただの夢じゃないわ。記憶操作が溶けてその記憶の内容を夢として見ているのかもね」


「じゃあ…」


 左目に手をかざす綴。


「その目と私の身体とでパスが繋がっているのよ。そのパスを通じて私はあなたの精神世界に潜り込めてるわけ。まあ、いつでも潜り込める訳じゃないのよ?今回はあなたが疲弊していたから潜り込めたの。因みに私の左目はあなたのだから」


「なんでそんなこと…」


 なぜそんなことをしたのか、そんな当たり前の疑問も聞くのに少し勇気がいった。夢で見た光景は確かに綴に恐怖を与えたし、何よりあの時の氷霞の顔は悲しげながらも鬼気迫るものを感じた。なにが目的でそんなことをしたのか綴には分からなかった。正直聞くのが少し怖かった。そんな思いとは裏腹に氷霞の答えはシンプルだった。


「あなたに力を与える為よ」


「力?」


「ええ、本当なら私との接触で喚起されて欲しかったんだけどね。ここに来たのは駄目押しみたいなものよ。これで力が使えなかったら失敗。お手上げだわ」


 そう言うと両手をあげお手上げポーズをとり残念そうに首を振る氷霞。

 なぜそんなことをしたのか、力とはなんなのか。綴には見当も付かなかった。


「それで、他に聞きたいことは?」


 氷霞の質問に今はそれどころじゃないと気づき質問をする。


「あ、ああ。外はどうなってるんだ?」


「あなたが倒れてから状況が悪化したわ。戦ってる女子生徒を庇って他の女子生徒

が瀕死の重傷。まあ、防御魔法を使ってなかったから当たり前なんだけどね。それで、あなたの親友は一人で頑張ってるわ。今のところ死んでないのが奇跡よ奇跡」


「そうなのか…」


 戦ってる女子生徒というのは美来だろう、それを庇ったとなると良子?


 事態は綴が思っていて以上に深刻だった。急速に綴に焦りが戻っていく。そして疑問も生まれてくる。


「様子を知ってるって事は、近くにいたのか?」


「ええ、いたわ」


「それなら直接助けに来てくれればいいじゃないか」


「わけあって、人前にあまり姿を出せないの、ごめんなさい」


 そう言うと下を向いて黙ってしまう。あまり触れて欲しくないことなのかもしれない。一度この話は置いておき質問を変える。


「それじゃあ、時間があるってどういうことなんだよ?」


「この精神世界ってのは便利なものなのよ。高いところから飛び降りるとスローモーションに見えるでしょう?それと似たようなものよ」


「それじゃあ、外では少なからず時間が進んでるのか!?」


「そうよ」


「何で教えてくれなかったんだ!」


「進むといっても微々たるものよ、大丈夫、落ち着きなさい」


「でも、早く戻らないと…」


「今戻ったところであなたに何が出来るの?」


「っ!?…それは…」


 そうだ、あんな傷だらけでは今の綴が行ったところで時間稼ぎも出来ないだろう。


「だから、そのために力を与えに来たのよ」


「…どうやって?」


「ちょっとこっちに来なさい」


 おもむろに席を立ちテーブルから少し離れ手招きする。綴は素直に立ち上がり氷霞の前に行く。


「いい?絶対に避けないでよ?」


 そう言うと両手で綴の顔を挟みこむ。


「え、ちょ!」


 抵抗するまもなく、綴は口づけされる。左目に。


「へ?」


「口にすると思った?残念、左目でした」


 きょとんとする綴に氷霞はイタズラが成功した子供のように笑う。


「い、今のと力を与えるってなんの関係が…」


「今ので左目にある魔力のセーブを外したわ。大丈夫安心しなさい。この三年であなたの身体は私の魔力に耐えられるようになってるから。それと傷も治したから」


 そ、そうなのか。自分では分からない、ていうか今の自分に変わりはない。きょろきょろと自分の姿を見回す。


「精神に影響がでてるわけじゃないからここでのあなたにはなんの変化もないわ」


「そういうもの?」


「そういうものなのよ」


 得意げに豊かな胸を張る氷霞。その笑顔を見ると今まで感じていた疑問や懐疑心は小さな事のように思えた。


 何でそう思えたのかは分からない。だが、綴も自然と笑顔になった。


「それじゃあ、話はお終い。また合いましょう?今度は現実で」


 そう言うと少しずつ氷霞と綴の姿が消えていく。


「ああ、現実で…と、そう言えば」


「ん?なに?」


 そう言うと綴は今日一番の疑問を言ってみた。


「何で僕のエロ本の隠し場所知ってるの?」


 一瞬きょとんとした顔をしたが吹き出したように笑い言った。


「はったりよ、鎌掛けたの」


「嘘だったのか…」


「ごめんなさいなかなか起きないから」


「言い目覚ましになったよ…」


「ふふ、ごめんなさい」


 話している内に更に姿が消える。


「氷霞」


「なに?」


「ありがとう」


 素直にお礼を言うとしばしきょとんとしていたが、可憐な笑顔になり言った。


「どういたしまして」


 こうして綴は氷霞の笑顔を最後に意識は白色にのまれていった。

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