第四話:篝火の夜と、一族の絆
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第4話、更新しました。
パチパチと、薪の弾ける音が夜の静寂に響いていた。
『風切の町』をあとにした俺たちは、次の大きな街へと続く街道を外れ、森の広場で野宿を決めていた。
昼間の疲れもあってか、夜風が少し肌寒い。俺は三味線を大事に布で包んで横に置くと、焚き火の炎を見つめながら乾かし肉をかじっていた。
「……ふぅ。今日も疲れたな。結局あの熊も外れだったし、足はパンパンだし……」
『ブツブツ言うな。あの程度の歩行で音を上げるとは、情けない弟子じゃのう』
俺の向かい側で、モフモフの尻尾を毛布代わりに丸まっていた師匠が、半目を開けて俺を見ていた。普段は「犬」と呼ばれると大暴れする癖に、焚き火の温もりに包まれて微睡んでいる姿は、どう見ても大きな柴犬か何かにしか見えない。
「そりゃ俺はただの三味線弾きだからな。毎日歩いて、剣振って、魔物と戦うなんて生活、半月前までの俺からは想像もつかないよ」
俺が苦笑いしながら呟くと、師匠はフンと鼻を鳴らし、少しだけ真面目な目をこちらに向けた。
『……そういえば、トウマよ。おぬしの生い立ちを聞いておらなかったな。おぬし、どこで誰に育てられたのじゃ? 剣の腕は素人だが、その三味線の腕前だけは一朝一夕で身につくものではなかろう』
「生い立ち? 別に大した話じゃないぞ」
俺は肩をすくめ、膝を抱え直した。
「両親の顔は覚えてないんだ。俺が幼い頃に二人とも早くに亡くなったらしい。だから、俺を引き取って育ててくれたのは、近所に住んでた三味線弾きの十蔵じいちゃんだった」
『十蔵、とな』
「ああ。村でも一番の三味線の使い手でさ。厳しかったけど、俺に三味線のすべてを教えてくれた。そのじいちゃんも……三年前に病気で亡くなっちゃったけどな。それからはずっと一人で、じいちゃんに教わった三味線だけを頼りに暮らしてきたんだ」
寂しさがなかったと言えば嘘になる。だが、十蔵じいちゃんが遺してくれた三味線があったから、俺は一人でも寂しくなかったし、この音色があれば生きていけると思えた。
「あ、そういえば……両親の形見かどうかは分からないんだけど、一つだけ親から受け継いだっていう変なものがあるんだよな」
俺は懐に手を入れ、首から下げていた紐を引き引いた。
布の服の隙間から現れたのは、親指ほどの大きさの、深みのある濃い群青色の『勾玉』だった。一見すると古い石のようだが、焚き火の光を浴びて、うっすらと内部から神秘的な光を宿している。
「これなんだけどさ——」
その勾玉を目にした瞬間、師匠の目がカッと見開かれた。
丸まっていた体が跳ね起きるように立ち上がり、短い足でドタバタと俺の目の前まで駆け寄ってくる。
『……っ!? 待て! トウマ、その勾玉を見せるのじゃ! 快く見せよ!』
「うわっ、びっくりさせるなよ! なんだよ、急に」
師匠は息をのむようにして勾玉を凝視していた。その瞳には、かつて見たことがないほどの驚愕と、深い追憶の色が浮かんでいる。
『……この波動、この刻印……間違いない。これはただの石ではない……天神の霊脈を宿す神石……! おいトウマ! おぬし、本当の『姓(名字)』は何という!?』
「え? 名字? 急に言われても……トウマはトウマだけど」
『戯け! トウマは名じゃ! 姓じゃ! 家の名前を聞いておるのじゃ! 十蔵とおぬしの実親の姓は何じゃった!?』
勢いに押された俺は、昔じいちゃんが酒を飲みながらポツリと言っていた記憶を必死に手繰り寄せた。
「ええっと……たしか、十蔵じいちゃんが昔言ってたな……『お前たちの本当の家名は、天神っていうんだ』って……たしか、天神トウマ……だったかなぁ?」
『天神……!! やはりそうか!! おぬし、天神の一族の生き残りであったか……!!』
師匠が叫んだ。その声は森の静寂を切り裂き、夜空へ響き渡る。俺は耳を押さえながら戸惑った。
「な、なんだよ大げさな! 天神ってそんなにすごい名前なのか? 俺はただの田舎の三味線弾きだぞ?」
『ただの三味線弾きなものか! 天神一族とはな……その昔、わしが封印される前、我が傍らに立ち、共に命を懸けて戦った最高の陰陽師の一族じゃ!!』
「陰陽師……!?」
思いもよらない単語に俺は目を丸くした。師匠は焚き火の横にドカリと座り直すと、遠い目をして千年前の過去を語り始めた。
◇
『千年前のこの世界はな、四方の領域を四天の神獣が護っておったのじゃ。東はこのわし、九尾の天狐。北は聖なる獣、麒麟。西は天空を統べる青龍。そして南は炎を纏う鳳凰。四者が調和し、世界は平穏そのものであった』
師匠の声には、かつての神獣としての深い威厳が満ちていた。俺は息を呑んで耳を傾ける。
『……だが、その平穏は突如として破られた。あろうことか、北を護るはずの『麒麟』が世界を裏切ったのじゃ。闇の軍勢を率い、突如として我らに襲いかかってきた』
「神獣が裏切った……? なんでそんなことに?」
『わからぬ……。だが、あの時の麒麟には、この世のものとは思えぬ『禍々しい闇の力』が取り憑いておった。かつての友と殺し合う凄惨な戦争……その激戦の中で、わしの傍らで最後まで戦い抜いてくれたのが、おぬしの先祖である『天神一族』じゃった』
師匠の言葉が、俺の胸に重く突き刺さる。両親の形見だと思っていた勾玉が、急に熱を帯びたような気がした。
『凄惨を極めた戦いの末、我らは追い詰められた。その時、天神一族の長であり、わしの盟友であった『フウマ』という男が言ったのじゃ。——「九尾様、貴方が倒れれば世界の平穏は完全に潰える。貴方の存在こそが最後の希望だ。命を繋いでくれ」とな』
「フウマ……俺のご先祖様……」
『フウマは自らの命と引き換えに絶大な結界を張り、麒麟の追撃を遮ると、衰弱したわしの身を隠すために祠へ封印したのじゃ。「いつか世界が再び光を求める時まで、眠りにつかれよ」とな……。わしを後に託し、彼らは散っていった……』
師匠は静かに目を閉じ、深くため息をついた。
『まさか、あの天神一族が絶えておったとは……そして、その最後の生き残りが、刀も握れぬおぬし一人になろうとはのう……』
「悪かったな、期待外れの生き残りで!」
俺がむくれて反論すると、師匠は目を開き、力強い光を宿した瞳で俺を直視した。
『いや……関心したぞ。血は争えぬということじゃな。おぬしが偶然わしの封印を解いたのも、決して偶然ではない。千年の時を超えて、天神の血がわしを引き寄せたのじゃろう』
「いやいや、俺はたまたま足滑らせて三味線ぶつけただけだって!」
『黙れ! これは運命じゃ!……よし、決めたぞトウマ! 次の目的地を変更する!』
師匠は前足でドンと地面を叩いた。
『この道を北へ進んだ山深くに、かつてわしと天神一族に仕えていた『ある巫女の一族』が暮らしておる村があるはずじゃ。そこへ行くぞ!』
「ええーっ!?」
俺は即座に嫌そうな顔をして手を振った。
「やだよ! なんでそんな重い歴史に巻き込まれなきゃいけないんだよ! 陰陽師だか何だか知らないけど、俺はただの三味線弾きだぞ? 関係ないもん!」
『関係ないわけなかろう! おぬしは天神の末裔なんじゃぞ!』
「関係ないね! 俺の夢は、街で三味線弾いて美味しいもの食べて呑気に暮らすことなの! 巫女の村なんて絶対行かない!」
俺が頑なに拒絶すると、師匠は不敵な笑みを浮かべ、くっくっく……と意地悪く喉を鳴らした。
『ほう……行かぬか。惜しいのう。その巫女の一族はな……『伝説の笛の達人』の一族なのじゃがな』
『しかも美人の一族じゃぞ』
「……え?」
俺の手がピタリと止まった。
『あらゆる楽器の音色を高め、奏でる者の霊力を何倍にも引き上げるという神技の笛吹きたち……。その一族の奏者と合奏すれば、おぬしの三味線の音色は天下無双、世界中の人間が涙を流して感動するほどの極上の音になるのじゃが……まあ、興味がないなら仕方がないのう?』
チラッ、とこちらを見てニヤリと笑う老狐。
(笛の達人……極上の合奏……世界中の人間が感動する音……!?、しかも美人!?)
三味線弾きとしての俺の血が、猛烈に騒ぎ立てた。
最高の奏者と一緒に演奏できるなんて、演奏家としてこれ以上の贅沢があるだろうか!?
「……行く!!!」
俺は喰いつくように叫んだ。
「行くよ師匠! どこにあるんだその村!? 今すぐ行こうぜ!」
『クッカッカ! ゲンキンな小僧め! 音楽のことになると途端に目の色が分わるな!』
「うるさい! 俺は三味線弾きなんだよ! 最高の笛と合奏できるなら、世界の果てだって行ってやる!」
読んでいただきありがとうございました!
まさかトウマの先祖が陰陽師とは、ただの三味線弾きではなかったみたいです。本人はどうでもいいみたいてすが。
そして、師匠(狐)はトウマの扱いがわかってきたようですね。
次回巫女の村です。お楽しみに。
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