第二十六話:夜の誓いと、ドワーフの国へ
宿屋のカミラさんに見送られ、港町ポルトを出発した俺たちは、南の巨大鉱山地帯『ドワーフの国』を目指し、一本道をひたすら進んでいる。
日が沈むにつれて周囲の山々が黒い影へと変わり、肌を刺す夜風が吹き抜け始めた。俺たちは街道沿いにある小高い丘の陰に荷物を下ろし、野宿の準備を整えることにした。
「よし、俺は周辺の見回りに行ってくる。何かあったら大声で呼んでくれ!」
大きな青龍刀を背中に担いだアーサーさんが豪快に笑いながら、暗闇の広がる森の奥へと足早に向かっていく。
一方、俺の荷物の上に飛び乗った師匠(天狐)は、ポトフのおこぼれで腹を満たしたのか、退屈そうにあくびをしていた。
『クァ……満腹じゃ、わしはもう寝るぞい。夜中に騒いで起こすでないぞ、弟子よ』
三本に増えた黄金の尾をフサフサと体に巻きつけ、師匠は一足先に丸くなってすやすやと寝息を立て始めた。
静まり返った夜の闇の中、パチパチと薪がはぜる小さな音だけが響いている。
俺は一人、焚き火の前に腰を下ろし、膝の上に置いた「壊れた三味線」に手を置いていた。固く巻かれた布の上からでも、中で二つに折れてしまった棹の痛々しい感触が手に伝わってくる。
「……トウマさん」
鈴の鳴るような柔らかい声とともに、ふわりと甘い花の香りが隣から漂ってきた。
振り返ると、シオリさんが朱色の着物の裾を軽く整えながら、俺の隣に腰を下ろしたところだった。彼女は、焚き火の揺らめくオレンジ色の光に照らされながら、少し首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
「シオリさん……起きてたんですか? 起こしちゃいましたか?」
「ううん、目が冴えちゃって。……やっぱり、三味線のこと、考えていましたか?」
「……まあ。故郷を出てから、どんな戦いの時もずっと一緒だったから。音が鳴らないのが、なんだか自分の体の一部がなくなっちゃったみたいで……」
俺が苦笑いを浮かべながら俯くと、シオリさんは優しく微笑み、すっと距離を詰めてきた。
二人分の肩が触れ合いそうなほど近くになり、俺の心臓がトクンと大きく跳ね上がる。
「大丈夫ですよ。アーサーさんも言っていたし、竜人の国王様の紹介もありますもの。絶対に元通り……ううん、前よりもっと素敵な三味線になります」
「……うん。そうだといいな」
「それにね、私……トウマさんが一生懸命に自分の三味線を想っている顔、すごく好きです。真っ直ぐで、とってもカッコいいですよ」
「っ!? ///」
さらりと告げられた言葉に、俺の顔が一瞬でカッと熱くなった。絶対に炎の熱さのせいじゃない。
「し、シオリさん、な、なに急にそんなこと……!」
「ふふ、本当のことですよ? トウマさんって、普段はのんびりしているのに、三味線のことや誰かを守る時はすごく頼もしいんですから」
シオリさんは楽しそうにクスッと笑うと、俺の顔をじっと見つめ、ほんのり頬を朱色に染めながら小さく言葉を重ねた。
「……ねえ、トウマさん。大和の甘味処で一緒にお団子を食べた時のこと、覚えていますか?」
「えっ? あ、あの『あーん』してもらった時の!? 忘れるわけないじゃん……!」
「ふふっ。あの時、トウマさんがすごく嬉しそうにしてくれて……私、本当に嬉しかったんです。だから……ドワーフの国に着いて三味線が無事に預けられたら……また私と二人で、街を少し散策……『デート』してくれませんか?」
「で……っ、デート!?」
素っ頓狂な声を上げそうになり、俺は慌てて自分の口を手で覆った。
シオリさんは19歳。自分より2歳上で、どこか大人びていて、旅の途中でこうして時々素直に気持ちを伝えてくる。俺もシオリさんのことが特別で大好きなのだが、いざ正面から「デート」と言われると、17歳の男子としてどうリアクションしていいのかパニックになってしまう。
「あ、あの……俺とシオリさん二人で……? ///」
「ダメ……ですか?」
少し不安そうに、潤んだ瞳で上目遣いに見つめられ、拒否できる男なんてこの世にいるわけがない!
「ダ、ダメなわけないだろ! 行こう! 絶対に行こう!」
俺が勢いよく頷くと、シオリさんはぱぁっと花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、嬉しいです! 約束ですよ、トウマさん」
焚き火の温もりと、隣にいるシオリさんの温もり。照れくさくて仕方がなかったけれど、俺の心からは三味線が壊れた寂しさがすーっと消えていき、代わりに温かい勇気が湧き上がってくる。
◇
翌日。爽やかな快晴の中、俺たちは街道を南下し続けた。
やがて緑豊かな景色は姿を消し、荒々しい岩肌と赤茶けた山脈がそびえ立つ一帯へと景色が変わっていく。
「おお、見えてきたぞ! あれがドワーフの国『赤鉄の城塞』だ!」
先頭を歩いていたアーサーさんが足を止め、指を差した。
その先——巨大な赤茶色の岩山をくり抜いて作られた、武骨で強固な要塞都市が姿を現した。至るところから黒い煙と白い蒸気が立ち上り、遠くからでもカンン! カンン! と金属を叩く鎚の音が空気を震わせて伝わってくる。
「すごい……! 竜人の国とはまた違って、なんだかすごく力強い街ですね!」
「ああ……! ここなら、絶対に俺の三味線も元通りになるはずだ!」
シオリさんと顔を見合わせ、俺は力強く頷いた。
(三味線を直して、みんなでまた最高の合奏をするんだ。……それに、シオリさんとの『デート』の約束もあるしな!)
胸に小さな期待と秘めたトキメキを抱き、俺たちはドワーフの国の巨大な鉄門をくぐった——!
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