第十六話:夢のデートと新たな大地
大和で一番と評判の甘味処『三色亭』。
朱色の野点傘の下、俺とシオリさんは赤い毛氈が敷かれたベンチに並んで腰掛けていた。
「トウマさん、はいどうぞ。『あーん』です」
「えっ!? あ、あ、あーん……!? むぐっ……むぐむぐ……んっ、美味い……美味すぎる……!」
シオリさんが差し出してくれた、みたらし団子。
口いっぱいに広がる甘辛いタレの味なんて、ぶっちゃけ半分も覚えていない。シオリさんの細くて白い指先が目の前にあって、あの綺麗な瞳が恥ずかしそうに俺を見つめている——その事実だけで、俺の脳内はパニック状態だ。
(ヤバい……! 夢じゃないよな!? あのシオリさんが俺に『あーん』してくれた……!?)
俺の顔は、抑えようとしてもニタニタとゆるみっぱなし。ニヤケ顔を隠そうと手で口元を覆うが、ニヤニヤが目元から溢れ出てしまう。
「ふふっ、トウマさん、そんなに嬉しそうにしてくださるなんて。……私、なんだか少し照れてしまいます。」
シオリさんはほんのり頬を朱色に染め、パタパタと手で自分の顔を煽っている。
おいおいおい、まんざらでもない様子じゃないか! 俺たちの雰囲気、めちゃくちゃ良い感じじゃない!?
「へへへ……だってさ、シオリさんとこうして二人でお店でお団子食べられるなんて、最高だよ。大和に来て本当に良かった〜!」
「私も……トウマさんと一緒に大和の街を歩けて、とても楽しいです」
お互いに視線を交わし、照れくさそうに微笑み合う俺とシオリさん。まさに甘味処にふさわしい、甘々で甘酸っぱい空間がそこには完成していた。
——が、そのピンク色の空気をぶち壊すように、クチャクチャと下品な音が横から響いた。
『甘い甘い、甘すぎて虫歯になりそうじゃのう! 吐き気がするわい!』
「うるさいな師匠! あんたには特大の油揚げ奢ってあげただろ!」
『フン! わしをほったらかしにして二人で世界に入りおってからに!』
膝の上で油揚げを食い散らかしていた師匠(天狐)が、ジト目で俺たちを睨みつけていた。
◇
甘味処での夢のようなデートを終え、俺たちは一旦、大和の豪華な旅籠の個室へと戻ってきた。
部屋に入ると、そこにはすでに先客がいた。
「やあやあ、二人ともおデートは楽しめたかい?」
「うわっ!? 影丸!?」
縁側に腰掛け、呑気に竹筒から酒を飲んでいたのは、あの地下道で案内をしてくれた情報屋・影丸だ。
「驚かすなよ〜! ってか、地下街で金剛を倒したあと、いつの間にか煙みたいに消えてたじゃん! 一体どこ行ってたのさ?」
「ハハハ、いやぁね。おいらは目立たないのが信条でね」
影丸はニヤリと不敵に笑い、懐からジャラッと重そうな革袋を取り出して見せた。中には豪華な宝石や、金剛のアジトからくすねてきたらしい高価な美術品が詰まっている。
「地下街が混乱してる隙に、金剛の部屋から金目の物をちゃっかり頂いてきてね。裏の商人どもに売りさばいて、一儲けさせてもらったのさ」
「お前……ちゃっかり盗み出して売ってたのかよ!」
「ハハハ! 悪党の隠し財産を有効活用しただけさ!」
俺と影丸がそんなやり取りをしている中、お茶を淹れていたシオリさんが静かに腰を下ろした。
そして、部屋の隅でじっと影丸を見つめていた師匠が、低く厳かな声で問いかけた。
『……影丸よ。おぬし、本当は何者じゃ?』
師匠のその一言で、部屋の空気がスッと張り詰めた。
影丸は酒の竹筒を置き、かぶっていた笠をゆっくりと深々に脱いだ。そこに現れたのは、どこか高貴で凛とした青年の素顔だった。
『おぬしの身のこなし、そして我が霊気を感じ取る鋭さ……ただの情報屋ではないな。シオリ、おぬしは気づいておるか?』
「はい、天狐様。このお方から漂う気配……古代より我が九十九の社とともに、天神家に仕えていた『隠密・真田の一族』の術式にそっくりです」
シオリさんの言葉に、影丸は参ったなというように苦笑し、畳に正座して頭を下げた。
「さすがは天狐様、そして九十九の巫女様だ。……へい、おいらはかつて天神家に仕えていた密偵の一族の末裔でさぁ。都では『影丸』と名乗って潜伏し、陰ながら街の動向を探っておりました」
「えっ!? 天神家に仕えてた一族の末裔!?」
俺が驚くと、影丸は俺に向かって親しげにウィンクしてみせた。
「そういうことさ、トウマ。おいらの一族は代々、お前さんのご先祖様の影として働いてきた。だからこそ、本物の天神の血を引くお前さんと、封印から解き放たれた天狐様をお助けしたのさ」
『ほう……フウマの従者の末裔か。よくぞ生き残っておいてくれたのう』
師匠が嬉しそうに鼻を鳴らした。
◇
「さて、本題に入りましょうか」
影丸はテーブルの上に大きな地図を広げた。
「今後の行き先についてなんだが……結論から言うと、この【東の大陸】には、もう天狐様の『尾』は存在しない」
「えっ!? もうないの!?」
『む……? そうなのか?』
「ああ。おいらのネットワークで東の大陸中を探らせたが、尾の反応があったのはあの大ナマズと、地下の金剛が持っていた本物の『天雷の尾』だけ。残りの尾はすべて、他の大陸へ飛び散っている。」
影丸の言葉に、俺はふと疑問に思っていたことを口にした。
「ねえ、師匠。それならさ……まずは鳳凰のいる【南の神聖大陸】に行かなくていいの? ほら、鳳凰のおかげで師匠の封印が解けて俺と出会えたわけだし、感謝しに行かなくてもいいのかなって」
俺がそう尋ねると、師匠はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
『戯け! 鳳凰への義理など後回しじゃ! あやつは頭が固くて説教くさいからのう……今会いに行けば「天狐よ、まだ尾も揃っておらんのか」とネチネチ言われるに決まっておる! わしはもう少し自由に羽を伸ばして旅がしたいのじゃ!』
「理由が個人的すぎる!!」
呆れる俺に、影丸が手を叩いて助け舟を出してくれた。
「ハハハ! まあまあ。実は地政学的にも、今は南へ行くより【西の渓谷大陸】へ向かうのがおすすめさ。東の大陸の西端にある港町に行けば、西の大陸行きの定期船が出ているからね」
「船かぁ……! 海を渡るんだね、シオリさん!」
「はい、トウマさん! 船の旅なんて、なんだか胸が躍りますね」
シオリさんが楽しそうに微笑む。シオリさんと船の上で海風を感じる……うん、最高のロケーションじゃないか!
「よし、決まりだ! 西の大陸へ向かおう!」
『うむ! 西の渓谷大陸にあるという我が『尾』を回収しに行くぞ!』
俺たちが立ち上がると、影丸も笠をかぶり直し、縁側へと向う。
「おいらはしばらく大和に残って、他の大陸の噂や尾の情報を集めておくよ。新たな情報が得られたら、またお前さんたちの前にひょっこり現れるさ」
「ありがとう、影丸! 助かったよ!」
「気をつけてな、トウマ、シオリさん、天狐様」
影丸はニヤリと笑うと、言葉通り煙のようにスッと姿を消した。
◇
「あ、そうだトウマ!」
消えたと思った影丸の声が、天井の方から不意に響いた。
「西の大陸に着いたら、港町【ポルト】にある宿屋を訪ねるといい! 名物はちゃきちゃきした女将のカミラさんだ! おいらの紹介だと言えば、いい部屋と美味い飯を出してくれるはずさ!」
「お、おう! 助かる! カミラさんね!」
今度こそ影丸の気配が完全に消えた。
「港町ポルトの宿屋、カミラさん……覚えておきましょうね、トウマさん」
「うん! よーし、大和の都での買い物も済ませたし、さっそく西の港へ向けて出発だ!」
俺たちは旅籠をチェックアウトし、活気あふれる大和の街道を西へと歩き出した。
数日後。
広大な青い海と、無数の白い帆船が立ち並ぶ港に到着した俺たちは、西の大陸『渓谷大陸』へと向かう巨大な木造船へと乗り込んだ。
「うわぁぁぁ……海だぁぁぁ! 広いなぁシオリさん!」
「ふふ、潮の香りがしますね。トウマさん、見てください、ウミネコがたくさん飛んでいますよ」
船の甲板で、手すりに寄りかかりながら海を眺める俺とシオリさん。
風になびくシオリさんの黒髪と、波間に輝く太陽の光。次なる大地にワクワクしていると、
『おいトウマ、船酔いしたら容赦なく海に叩き落とすからな!』
「風情のないことを言うな老狐!!」
「ふふっ、相変わらず仲が良いですね」
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