08:魔将調伏②
翼を持つ剣が編隊を組んでアスラへ迫る。
切っ先は防御魔法に突き刺さると自走する刃を回転させた。
「見たことない技術だ。魔力で動くのかな」
アスラは障壁に食い込む剣ごと防御魔法を弾き飛ばす。
マークスは庭園を歩みながら装甲を可変。
両腕から鋭い刃の剣を生やした。
「すごいね、君が短い時間で作ったの?」
「――肯定。己は思考し、進化していく虚ろの鎧」
マークスの体は地下にあった時と様相を異ならせる鎧となっていた。
屋敷中の金属を追加で施した体は月光を鈍く反射する。
「もしかして今は空も飛べたり……?」
「――否。重装甲で空を飛ぶメリットはなイ。ただの的ダ」
「え? 重装甲が空を飛ぶから怖いんじゃないの?」
首を捻り、兜を揺らすマークス。
アスラは拾った石で近くにあった瓦礫の平面に絵を描いていく。
「魔法や弓で落とそうと思っても全然ダメージが通らないんだよ? 怖くない?」
アスラが描いた珍妙な鳥をマークスは彼の後ろから覗き込んでいた。
「――空論。飛べば翼を集中的に狙われル」
「翼を作るなんて僕は一言も言ってないよ?」
無防備な背中を晒しながらアスラは人の形を瓦礫に描く。
「飛ぶんじゃなくて滞空すれば良いんじゃない? 鎧に魔具を組み込むの」
それはマークスにこれまでなかった発想だった。
手を止めたアスラへ鎧はにじり寄る。
「――興味。滞空構造とは如何ニ?」
「風魔法……は弱いかな。炎の魔法を背から噴き出すようにするのはどう?」
「――驚嘆。宙に留まるために火を噴き続けるのカ。動力に割く魔力は膨大ダ」
「魔力を溜める魔具を別で利用するのはどう?
マークスが戦わない時に魔力を溜めておくとか、あるいは僕が魔力を込める手もある。
そうなると普段使いは難しいかな……」
「――熟考。鎧の上から着る鎧はどうダ? 戦況に応じて装備を変えるのダ」
「あーそれ良いかも。魔具の作り方を知らないから、ここからは調べないとダメだね」
マークスは食い入るように瓦礫を見つめてからアスラへ振り返った。
「――疑問。貴様は何故思いついタ?」
「男の子ならこういうの好きじゃん? ノーライフは暇だから空想くらいしかやることがないの」
石を捨て、アスラはその場に腰を下ろした。
「ノーライフキングとはこういう話はしなかったの?」
マークスもまた腰を下ろし、伸ばしていた腕の刃を引っ込める。
「――皆無。陛下は作る過程より、作ったものにご興味がおありだっタ」
「それが楽しかったの?」
「――意図不明。楽しいとは何ダ? 己に感情はなイ」
「違うよ。僕は人生の中で感情を失ったノーライフを何人も見て来たけど君は違う」
アスラは立ち上がると、マークスへ手を差し伸ばした。
「一緒に面白おかしく遊ぼうよ。僕が楽しいって感情を教えてあげる」
笑顔を浮かべるアスラの手に空っぽな鎧は戸惑いを覚える。
陛下の魂を取り込んだ相手だ。マークスにとっての仇だ。
それなのに。
「――警告。面白くなければアスラ様は始末すル」
「いいよ。いつでも殺しにおいで」
アスラの手を取りマークスは立ち上がった。
その光景を見ていた三つの人影が彼らに近づく。
「はぁ……説得されるとは情けないのう。まぁマークスらしいと申せばその通りじゃが」
「四人がかりでも勝てた気がしないのはワタクシだけでして?」
「結果は結果だ。俺はアスラ様を新たな王と認めよう」
治癒魔法で回復した臣下たちが集うと――彼らは一斉にアスラへ跪いた。
「えっ、いきなり何!?」
「これは古より続く忠誠の儀じゃ。我らを調伏した結果と受け止めよ」
頭を垂れたゼィリルの足元を中心に魔法陣が広がる。
「我らが絶対なる忠誠をアスラ様へ捧ぐ――いついかなる時も、御身のお傍に」
ゼィリルの言葉にセレスティナ、フィリオ、マークスが続く。
「《堕魂の鏖殺者》ゼィリル・レイヴェル。
天より堕ちた業火にして魂の探究者なり。
青き罪火を以ってアスラ様へ魂を捧げる将じゃ」
「《始血夜姫》セレスティナ・ディアクロイツ。
闇の血の始まりにして夜を統べる者なり。
熱き拍動を以ってアスラ様へ終わらない夜を捧げる将ですわ」
「《幽昏の嵐狼王》フィリオ・ハウルダート。
最後の嵐狼にして生きとし生ける獣の王なり。
猛き爪牙を以ってアスラ様へ力を捧げる将ッ!」
「――口上。《無創の虚鎧》マークス・エイト。
進化する冷たき鋼にして夢想する鎧なリ。
虚ろな心を以ってアスラ様へ無限の可能性を捧げる将」
次々と名乗られる臣下――魔将たちの忠誠。
「「「「我らの魂は、いついかなる時も陛下の御魂と共に」」」」
広がった魔法陣は王の足元に集束し、やがて消えていく。
「これで妾たちはアスラ様のものじゃ。煮るなり焼くなり好きにするが良い」
「……そういうのは好きじゃない。契約とか隷属とかの類は……」
「分かっておる。強制力はあるが使わねば良いこと。それも王であるアスラ様次第じゃ」
晴れて自らの臣下となった四人を見渡し、アスラはため息を吐く。
「じゃあ一つ、みんなの主として言わせてもらうけど……」
立ち上がり、初めての言葉に身を乗り出す一同であったが。
「律義に一対一をするなんて馬鹿なの? 一斉にかかって来れば僕に勝てたのに」
「順番に戦うと申し出たのは妾たちの方じゃ。魔の者にとって契約は……」
「でも僕は了承してないよ? 頭に血が上って見落としたでしょ?」
死体蹴りに等しいアスラの指摘に、歴戦の魔将たちは言葉がない。
最初に負けたゼィリルに至っては夜空を見上げる始末だ。
「僕の臣下になるなら、血の気が多いだけじゃダメだよ。
まぁ落ち着けるようにこれから鍛えればいいけど……でもその前に、落とし前はつけないとね」
微笑むアスラの真意に気付いたゼィリルが小さく「あぁ」と漏らす。
彼の大切な友達を殺した男はまだ野放しであった。
※※※
伯爵邸には緊急時に隠れられる秘密の地下室があった。
賊の襲撃があってからというもの、ノルマン伯爵は秘密の地下室で息を殺していた。
何度も轟く音と振動に怯え、やがてそれらが収まった後。
彼はゆっくりと地下室の扉を開けて外に出て――その惨状に思わず絶叫した。
「わ、私の屋敷がああああぁぁぁぁッ!!」
贅の限りを尽くした屋敷は石材の山と化し、殆ど原型を留めていない。
青い炎が至る所に灯る様は幻想的だ。
自慢だった庭園は戦場もかくやという状態である。
(至急、王国軍に派兵を……)
丘をくだり、街にある兵士の詰め所へ駈け込もうとした時だった。
「自分だけ逃げちゃダメだよ」
庭園だった場所でノルマン伯爵の前に立ち塞がったのはアスラだ。
報告を受けていた賊と対面し、伯爵の喉は緊張で震える。
「き、貴様ッ! 丁寧に使い潰してやったというにッ!」
ノルマン伯爵はアスラの友達を何度も酷い目に遭わせた張本人だ。
アスラ自身も、魔法の実験体として何度も痛めつけられた。
無尽蔵の魔力の謎に迫らんと、体を強引に切り開かれることも珍しくなかった。
「怪物だと思ってたんだけどな……」
目の前で狼狽える男の姿にアスラは――拍子抜けしていた。
抜かれた貴族の剣にも何の感慨も湧かない。
対して。
「ふふふっ、醜い人間じゃのう。燃え尽きた炭の方がまだ綺麗そうじゃ」
ゼィリルが指先に炎を灯し、嗜虐的に視線を蕩けさせる。
「血と死の臭いに塗れた人間……不愉快極まる。八つ裂きにしてくれようか」
鋭い爪を揃え、フィリオが語気を荒げる。
「見るからにマズそうな血ですこと。吊るし上げて見世物にした方が面白そうですわ」
真っ赤な唇から八重歯を覗かせてセレスティナがくすくすと笑う。
「――疑問。見世物にしてどうすル? ここで首を刎ねればいイ」
鎧から剣を作り出したマークスが無機質に死罪を宣告する。
「みんな落ち着いてね。これはノーライフがつけるべき落とし前だからさ」
膨れ上がり重なった魔力をノルマン伯爵は観測しきれない。
常闇と錯覚する程の濃密な空気を纏い。
四人の臣下を率いるアスラはまさに。
(か、怪物は貴様の方だろう……っ)
恐怖という感情を覚えるノルマン。
彼が握り直した剣の切っ先は情けなく震えていた。
「創造神エリシア様のご慈悲を無下に……死こそノーライフの救済だと何故分からない……っ」
「赦しなんて望んでない」
アスラがずっと望んでいたのは。
ノーライフたちがずっと望んでいるのは。
「僕たちはただ……自由に生きたいだけだ」
『――よく言ったなぁアスラ!』
その声はすんなりとアスラの記憶を呼び覚ます。
「……ウェイン」
ぽっと灯った小さな炎は徐々に人の上半身へと変わっていく。
禿頭に走る剣の傷。強面の顔には苦笑が浮かべられていた。
交わす軽口にアスラは懐かしさを覚える。
やんちゃな兄がいたらこんな感じかと、教えてくれたのは彼だった。
「今出てきたってことは……うん。確かに君が一番相応しいね」
ノーライフの中には戦争や争いで使い潰される者もいる。
ウェインがそうだった。彼は剣の腕前を鍛え上げ、数多の戦場を生き抜いた男だ。
けれど最後には子供たちを庇い、伯爵が新調した剣の試し切りにされて命を落とした。
「マークス、剣を頂戴。みんなは下がってて。これは僕と伯爵の一対一だから」
アスラは渡された剣を手に伯爵の前へと一歩出る。
「場は整えたけどさ、まさかこれで負けたりしないよねウェイン?」
『アスラこの野郎! 俺を煽るなんて相変わらず良い性格してやがるじゃねぇか!
誰が剣の稽古をつけてやったと思ってる?』
「たまに枝で打ち合っただけでしょ? しかも子供相手に本気出してたくせに」
『そらぁアレだ。その……まぁ細かいとこは気にすんなって』
歯切れの悪いウェインの人魂が、ゆっくりとアスラの中へ宿っていく。
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
剣の握りは自然と変わっていた。
上段に刃を振り上げたアスラの姿に、伯爵は数多の戦場を生き抜いた熟練の剣士を幻視する。
「ノーライフの分際で……ッッ!」
互いに剣を構え、向かい合うアスラとノルマン伯爵。
庭園の芝生を焼く青い炎が、大きく燃え上がった瞬間が合図だ。
「「――ッ!」」
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