09:城塞都市ルーティカ、陥落
「「――ッ!」」
一息で肉薄する両者。
交錯は一瞬で終わり、二筋の鋼が火花を散らした。
アスラの首から血が滴る。
伯爵は袈裟懸けに切られた体から血を噴き出した。
「がっ、は……っ」
月明りの下、崩れ落ちていくノルマン伯爵。
散々アスラたちを虐げ続けた怪物は、斬れば死ぬただの肉塊だった。
「……僕たちの勝ちだね」
アスラの体からウェインが離れていく。
逝ってしまった友は最後に一つゆらりと燃えてから消えていった。
まるでアスラへ、「頑張れ」とエールを残すかのように。
「さて、と……」
アスラの首へ回される細い両腕。
深窓の麗人のようだった彼女には既に品がなく、頬を真っ赤に染めていた。
「セレスティナ、何してるの?」
「すー、はー、すー、はー」
熱心に、セレスティナがアスラの首に顔を寄せていた。
正確には滴る血の香りが彼女を惹きつけていた。
「この芳醇な香りを前にして、我慢が出来る吸血鬼はいませんわ……っ」
「ディアクロイツッ! アスラ様に欲情するとはッ!」
「獣風情が黙りなさい。邪魔するなら血祭にして差し上げてもよろしくてよ?」
ぶつかり合う殺意。
引き剝がそうと寄るフィリオをアスラは手で制する。
「心配してくれてありがとうフィリオ。でも大丈夫。少しなら吸ってもいいよ?」
「ほ、本当ですの……っ?」
「うん。吸っても舐めても貸し一ね」
ぴたりと、アスラの首元に近づいていたセレスティナの動きが止まる。
「……貸し、ですの?」
「ほらほら、気にしないでぐいっと飲んじゃってよ」
セレスティナの脳裏に蘇るこれまでのアスラ。
魔法を知らなかった筈の彼は、ノーライフキングの魔将四人を相手に勝利した。
特にマークスにいたっては言葉のみで仲間に引き込んでいる。
(そんなアスラ様に借りを作る……?)
セレスティナの背筋に走る震えは警鐘に違いなかった。
彼女はアスラから離れると、傍にあった瓦礫を手に取り――勢いよく自身の額に打ち付けた。
「……ま、また今度の機会にさせて頂きますわ?」
「だからよせと忠告しただろうが……」
額から血を流すセレスティナは、最後にフィリオの脛を蹴ってから少し離れた位置に落ち着くのだった。
アスラは治癒魔法を展開して首の傷口を綺麗に消す。
「なんでみんな僕にスキルやら魔法やら託してくれるんだろう?」
「ノーライフキングは励起した人魂から、
生前の技術と経験を一時的に継承可能じゃ。
かつてのノーライフキングは強引に引き出したものじゃが……」
「なるほどね。さてはみんな僕のかっこよさに気付いて……」
「アスラ様が頼りなく危ういからであろう」
ゼィリルが咎めているのはアスラの傷に関してだ。
ウェインの技量が伯爵に届いていなければ、今転がっているのはアスラの方だった。
「それでも見届けてくれてありがとう、ゼィリル」
「ぅぁ……そ、それが命令じゃったろ!? 妾は従っただけで……」
もごもごと口籠るゼィリル。
恥ずかしさから指を絡ませる彼女にアスラが笑った時だった。
「総員展開ッ!」
ふいに発せられた、野太い声の重低音。
「少し、派手にやり過ぎたかのう……」
ぽつりと呟くゼィリルの双眸は、屋敷の正門から雪崩れ込む兵士に向けられていた。
「魔導士中隊、攻撃魔法準備ッ! 騎士隊前へッ!」
「「「応ッ!」」」
統率された動きでもって彼らは陣形を作っていく。
辺境伯領に駐留している王国の正規軍だ。
ダナット王国を守るため日々鍛錬する、歴戦の兵士たちがアスラたちを囲む。
「何者だッ! 何の恨みがあって伯爵を手にかけた!?」
「僕はノーライフだよ。ここで殺された皆のために戦ったんだ」
「ノーライフが復讐……? 創造神エリシア様よりせっかく賜った慈悲を、
仇で返すとは理解しがたい……この場で皆殺しにせよッ!」
「慈悲、ね……」
気炎を吐く指揮官を前に。
アスラはぽつりと呟いた。
「やっぱり……ノーライフはこの世界のどこにも居場所がないんだなぁ」
それは願いを託されてから、ずっとアスラが考えていたことだった。
いや、牢に囚われている時から、みんなと暮らすために考えていた手段だった。
「小さな復讐なんてするだけ無駄だよね。
この世界の考えを根幹から変えなきゃいけないんだ」
正義がノーライフへ苦しんで死ねと言っていた。
悪がノーライフへ自由に生きろと言っていた。
「……決めたよ。ゼィリル、フィリオ、セレスティナ、マークス」
ならば。
アスラが選ぶ道は――邪道に違いなかった。
「ここにノーライフが自由に面白おかしく生きられる国を作る」
例え世界中から否定されようとも。
例え悍ましき悪だと罵られようとも。
「僕は、誰よりも邪悪で恐ろしい王様になる」
いつの間にか、片膝をついて傅いていた臣下たちへ。
虐げられる者たちの王として、アスラは微笑むのだった。
「世界を征服して、ノーライフに対する考え方を変えるよ!」
魔将たちはただ頭を垂れて動かない。
黙って聞き届けた彼らの答えは決まっていたからだ。
「みんな、僕と一緒に常闇に堕ちてくれる?」
「くく、あはははっ、好きにせいっ、妾たちはアスラ様の力に敗れた!」
「邪道は険しかろう。俺と獣たちで王の歩む道を踏み均してくれる」
「闇は元よりワタクシの領域。よろしければご案内して差し上げましてよ?」
「――忠告。己を仲間外れにするナ」
魔将たちから王国の兵士たちへ。
向き直ったアスラは王として王命を下す。
言葉は強く。
愉快な躯の兵士に教わった一言で――惨劇の幕は上がった。
「刃向かう者は全員――鏖殺しろ」
「「「「御意に」」」」
膨れ上がる魔力の渦。
兵士たちはこの時初めて、自分たちが何と対峙しているかを知った。
「馬鹿な、こんな……退避、退避だッ! 一般市民を守へぶふ――っ」
劫火が兵士たちを舐めていく。
転げまわり炭になっていく彼らを、《堕魂の鏖殺者》ゼィリルが笑う。
「誰か、誰か助け――ぐふっあぁっ!」
怪力に兵士たちが舞う。
鋭い爪と牙で八つ裂きにされる彼らに、《幽昏の嵐狼王》フィリオが吠える。
「あぁ、干からび……なんでぇ……」
生気を失った兵士たちが卒倒する。
無数の蝙蝠に血を吸われた彼らに、《始血夜姫》セレスティナが舌なめずりする。
「クソッ、何で生きてんだ! こっちは槍で貫い――あがあっ!?」
槍で鎧を貫いた兵士たちが混乱する。
逆に鎧から伸びた刃に貫かれた彼らを、《無創の虚鎧》マークスは虚ろな目で見ていた。
魔将たちの猛攻は止まらない。
戦いの場は次第に庭園から広がり、丘をくだって街まで広がっていく。
だがしかし。
アスラの覚悟は、それだけに留まるものではなかった。
「……カラガン、聞いてたよね? 君たちを僕の臣下にしたいから勝負を……」
【負けましたァァァ! アスラ様に我らは完敗ですぞぉぉ!】
庭園いっぱいに広がったアスラの影から、湧き出るスケルトンたちの腕。
それはまるで、この地で死んだノーライフたちの恨みを体現する出で立ちのようで。
【服従! 絶対的服従の構えですぞぉぉぉ!】
【我らも邪道にお供させてくださいませぇぇ!】
「じゃあ……楽しんでおいで」
【アスラ様の御心のままにィィィィ!】
【カラカラッ! 皆殺しじゃあぁぁぁぁ!】
【およめさぁぁぁんっ! やっぱりおよめさぁぁぁん欲しいのおぉぉぉっ!】
死の奔流とはまさにこのことだろう。
庭園から生まれた夥しい躯の兵は兵士の肉塊を踏み、瞬く間に街へと解き放たれた。
駐在する王国兵の五十倍に匹敵する物量が彼らをなぎ倒し、尊厳ごと踏みつけていく。
「逃げろっ、財産なんて置いてけ! 街にいたら命はねぇぞ!」
ルーティカの街が燃え上がり、家屋の倒壊で火の粉と粉塵が舞う。
「ぎゃああああぁぁぁッ! 腕が、俺の腕が……」
血の雨が降り注ぎ、剣も魔法も情も省みない魔が街中を闊歩する。
「助け、助けてくれぇぇぇ創造神様ぁぁぁぁっ!」
助けを求める老若男女の叫びに神は応えない。
遠く、街の西方にある門から大量の人々が脱出していた。
「……ふふふ、あははははははっ!」
彼らの背中を後押しするのは高らかに笑うアスラだ。
「アスラ様、勝敗は決したようじゃ。追撃は如何様に――」
ふわりとアスラの傍に降り立つゼィリル。
彼女は誕生した新たな王の横顔に言葉を飲まざるをえない。
圧勝した筈なのに。
四人もノーライフを救えた筈なのに。
ここではないどこかへ向け、笑い続ける王の瞳から――静かに涙が流れ落ちていた。
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