37:我らが愛しの王
手出し無用。
その王命に臣下たちが浮かべたのは僅かな笑みだ。
対照的にアルカは厳しい表情で剣に手を添える。
「配下を使わず王を名乗りますか。一人だけで何が出来るというのですか?」
対峙する悪の軍団を前に、アルカの持つ剣が一回り大きい光を纏った。
「エリシア神聖国が聖刻騎士《末光》アルカ・アルルナディア……参りますッ!」
駆け出す光と闇の使者。
振り下ろしたアルカの刃をアスラは受け止める。
「一人じゃないよ。僕にはみんなの生きた証がついてる」
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
アスラは一つの人魂が体に飛び込むと同時、アルカを大きく押し退けた。
「行くよロイド。君の武術が聖刻騎士に届くか試そう!」
『言ってろアスラ。僕の槍は天にも届くさ』
顕現したのはこの世界から失われた武術だ。
追撃をかけたアスラは魔杖剣の峰に手を添え、鋭い突きを解き放つ。
「らあぁぁぁぁぁッ!」
連続で突かれる刺突はさながら小さな暴風雨だ。
その全てを剣で捌きながら、アルカは険しく顔を歪ませる。
「剣で、槍術を使いますか……っ!」
薙がれた刃は溜めへと続く布石。
加速する思考と強化された肉体は、体勢を崩したアルカを捉えた。
『――それでいい。更にだ。更に大きく踏み込むぞアスラッ!』
鉄の盾をも貫いたノーライフの武人ロイド。
覚悟の一突きは剣にいなされるも、聖刻騎士の頬を浅く裂いた。
「届いたよ、君の槍」
『……あぁ』
浅い傷だ。治癒魔法を使えば一瞬で癒えてしまうだろう。
だが。
流れた血は、確かにロイドがこの世界で生きた証左に違いなかった。
ロイドの魂がアスラの中で震える。
それは晴れるような感情ではなく、噛み締めるような武人としての喜びだった。
「ノーライフキング固有の力……死者の魂を従属させますか」
アルカは距離を取ると剣を逆手に持ち直す。
「ですが……最初から槍と戦っていると思えば対処は容易です」
アルカが飛び込んだのはアスラの懐だ。
超接近戦を仕掛ける少女の連撃に、アスラは剣先を引き戻すことを許されない。
『だったらそれ以外の武術が必要だよなぁ! ザナック様に代われ代われ!』
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
アスラは槍術の構えを解くと、その拳で思いっきりアルカを殴り飛ばした。
『はっはあっ! 拳は最強の武器なんだぜぇアスラ!」
「今は助かったけどさ……馬鹿じゃないの? 剣相手に拳で戦うわけないでしょ?」
『何だとぉ!? だが俺はこの拳で混沌熊を殴り殺したことも……』
「はい交代交代!」
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
「ぐっ……こうも簡単に……っ!」
口の中を切ったアルカは血を吐き、剣を順手に持ち替える。
達人であればあるほど、戦い方は流派に縛られるのが常識だ。
しかしアスラは瞬時に達人の領域を切り替え、その度に戦い方が変わる。
アルカにしてみれば、無数の武人を相手にしているようなものだった。
「《末光剣・七折》ッ!」
アルカの繰り出したのは回転する七連撃。
受けるアスラもまた、拾ったカラガンの剣を手に回転する。
「今度は、双剣術ですか……っ!」
まるでぶつかり合う独楽と独楽だ。
激しく火花を散らす刃の回転はしかし――アスラの方が一回転多かった。
「『双剣乱舞・八重桜ッ!』」
小柄な体を活かして戦場を生きた双剣使いセザル。
彼の編み出した技はアルカの腹部を切り裂いて鮮血を散らす。
「まさか、こんなことが……」
「散々人を切ってきたのに、切られるのは初めて?」
アスラは少女を蹴り飛ばすと、カラガンの剣を床に突き立てる。
双剣術でかける追撃にアルカは必ず対応してくるからだ。
『筋が良いねアスラ! お前を弟子に取りたかったぜ』
「今も弟子みたいなもんでしょ?」
『ははっ、違いねぇ!』
満足したのか、セザルの魂がアスラの体から抜け出ていく。
その様子にアルカは初めて……ほの暗い笑みを浮かべた。
「ノーライフを使う……貴方も私たちと同じではありませんか」
アルカが投じたのは、アスラの矜持を揺るがす問いだ。
国の成り立ちを揺るがし、臣下を惑わせる言葉だ。
だがしかし。
「――疑問。聖刻騎士は馬鹿なのカ?」
マークスを始め、待機する《不死の軍勢》は皆きょとんとしていた。
一瞬の静寂の後、疑問に答えたのは亡者たちだ。
『はっはっは! 俺たちがアスラ如きに使われてるって?』
『ノーライフキングなんてどうでもいい。僕たちはアスラだから勝手に力を貸してるのさ』
『こいつは昔から頼りねぇからな! だが不思議と気になっちまう……みんなそうだろ!?』
ロイド、ザナック、セザルの人魂の他に、ぽつぽつと人魂が灯っていく。
ブライアン、ニール、テッド、ウェイン、アリーナ、グリタ、マリネッタ、ジョナ、ティーダ。
ヘルゲ、アルミロ、ピム、リン、ウルバノ……みんなみんな、大切なアスラの仲間だった。
「みんな不敬で困っちゃうよ本当に」
賑やかな亡者たちのやりとりを見上げてアスラは屈託なく微笑む。
「でもそれが、僕は嬉しいんだ」
酷い生き方を強制されたのに。
使い潰されて終わった命なのに。
自由になっても力を貸してくれる彼らの優しさが、何度だってアスラの背を押すのだ。
「……死して尚、創造神エリシア様の慈悲を拒みこの世に留まるなど……断じて許せません」
苦境にあっても少女の信仰は揺るがない。
その胸にあるのは、ノーライフに殺された師が託した言葉だ。
「私は負けない……騎士たちの背を守り……希望で照らされた理想の世界のためにっ!」
アルカは血に濡れた手で剣を強く握り直す。
挫けず、諦めず、戦おうとする崇高な姿――そんなものを見せられたアスラは。
嗤う。
残酷に嗤う。
それはアスラがノーライフキングとして投げかける、常闇の深淵に違いなかった。
「もし教義が……創造神が間違ってるとしたら君はどうするの?」
飲まされたのは劇毒。
崩れたのは聖職者の顔だ。
アルカは双眸宿った殺意を隠そうともせずアスラを睨みつける。
そこに敬虔なエリシア教徒の姿はない。
大切な人を殺された――ただの人間だった。
「やっと本当の顔を見せてくれたね。そっちの方が好きになれそうだよ」
「黙りなさい……っ! 創造神様を疑わせようなど邪悪の極みッ!」
アルカが連続で振った剣から光の斬撃が飛ぶ。
全てをはじき返すことは出来ず、斬撃の端はアスラの頬に浅い傷を作った。
「特異な力こそ、貴方たちが人でない証左でしょう」
「……僕はノーライフとして最近まで生きてきたけどさ」
自然と、アスラは目を瞑っていた。
その意識は物として生きて来た過去を遡り、触れ合った魂たちと再び邂逅する。
「友達と笑い合うのが好きな奴、食べるのが好きな奴、
本が読みたくて文字を覚えようとした奴、寝ることが好きな奴、
嘘を吐く奴、他人を傷つけても自分だけ助かろうとする奴……」
色々なノーライフがいた。
色々なノーライフと関わってきた。
だからこそ、はっきりと断言出来るのだ。
「……僕たちはどうしようもなく、人間なんだよ」
しんと静まり返る玉座の間。
アルカは深く目を瞑ると小さく息を吐き出した。
「相いれないのは分かりきったこと……もう終わりにしましょう」
アルカの額で聖刻が輝く。
息苦しさを覚える濃密な光の気配は、次が最後の一撃だと物語っていた。
「残念だな。僕はアルカと喋るの結構好きになってきたのに」
瞬間――アスラの魔力が爆発する。
濃厚で暗く重い力は空間を塗り潰し、アルカの光属性の魔力を徐々に食らっていった。
「悍ましい魔力……これが、アスラ様の本気でして……?」
「――驚嘆。魔力を重ね、折り合わせていル……恐ろしく緻密ニ……」
【全身の毛が逆立つようだ……これが、アスラ様の真の力……ッ!】
「……無尽蔵の魔力じゃ。目の前にするとこうも凄まじいとは……」
【カラカラッ! アスラ様最高! アスラ様最強!】
臣下たちが震える中、アスラは魔杖剣へ体内外の全ての魔力を集中させていく。
「死者に体を貸しながら貴方はずっと……魔力を溜めていたようですね」
アルカの体を《聖衣》が包み、その剣は一層の輝きを強めた。
その一方で――まるでアスラを守るかのように人魂が彼の周囲で煌々と輝く。
思いの分だけ、その覇道を明るく照らすかのように。
『陛下の夢は我らの夢……この世界の希望』
『娘の婿になる男だ。親として手助けしたくなるのは当然だろう?』
『ええそうですね……セレスが選んだ男ですもの』
『旅路の果てに何が待っているか……僕も興味深々なのさ』
【カラカラカラッ! 今こそ決着の時っ! 我らが王を讃えましょうぞ!】
カラガンたちが武器を打ち鳴らす。
始めはまばらに――けれど次第に力強く――魂を震わせるように。
「……ノーライフキング」
始めはゼィリルの呟きだった。
「……ノーライフキング」
次にセレスティナがその名を噛みしめ。
【ノーライフキングッ!】
フィリオが力強く反芻する。
「――ノーライフキング」
マークスが平坦に声を発した時。
【我らが王、ノーライフキング!】
カラガンたちはその名に合わせて武器を打ち鳴らした。
「ノーライフキングッ! ノーライフキングッ!」
【ノーライフキングッ! ノーライフキングッ!】
『ノーライフキングッ! ノーライフキングッ!』
王都中から響く王を讃える声。
魔物たちは吠え、ダナットの人々はその名を生涯忘れることはない。
「――例え、教会の掲げる光に一点の陰りがあろうとも……」
アルカの聖刻が輝き、手にした剣が白く白く発光する。
「――私は私の信ずる光のために……」
生者の代弁者として。
刃は討つべき悪へ。
「――僕は僕を信じる人たちのために……」
死者の代弁者として。
刃は討つべき正義へ。
睨み合う両者は、決着へと続く一歩を踏みしめた。
初撃はアルカだ。
受けたアスラの魔杖剣が火花を散らす。
光を帯びた斬撃は質量を伴ってその場に滞留した。
「――っ」
続く連撃に込められた殺意にアスラの肌がひりつく。
重すぎる斬撃の四つ目が終なのだと、彼はもう知っていた。
アルカが詰めの一歩を踏み込む。
アスラもまた、一歩を踏み込む。
引き延ばされた時間の中で、アルカの脳裏に姉も同然と慕った師の声が蘇る。
「勇気と信心で踏み込むの。そうすれば、あなたは誰よりも強い光になれるわ」
(見ていて下さい……これが、私たちの――)
ノーライフに殺された、誰よりも友愛の聖刻が似合う彼女のために。
継いだ奥義の刃を携えて――――アルカの思考が停止する。
(――な、んで……っ)
同じだった。
アスラもまたアルカと同様に、同じ型の奥義を携えていて。
その背には、人魂が生前の姿を形作っていて。
アルカが信ずる光が、まるで不死王を味方するかのように漂っていて。
「ルシル、姉様……っ」
刹那に躊躇われた勇気。
刹那に揺らぐ絶対の信心。
互いが踏みしめた終の一歩は――アスラの方が重かった。
「《光臨剣・末日》ッッ!」
砕けたのはアルカの心だ。
砕けたのはアルカの剣だ。
「――っ、ぁ」
穢れを知らない少女の血が舞う。
アルカの体は大きく宙を舞い、玉座の間に崩れ落ちた。
気を失ったアルカは動かない。
赤く広がる血に塗れる彼女の瞳から、一筋の涙が零れていた。
「僕たちの、勝ちだ……」
絞るような一言に。
見届けた人魂たちは満足げに消えていき。
《不死の軍勢》は咆哮をもって勝鬨をあげるのだった。
決着!!
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