36:畏怖せよ! 我ら常闇を歩む《不死の軍勢》なりッ!
ゼィリルは愛していた。
全ての魂を等しく信じていた。
故に天界へと昇る彼らを優しく迎え、慈しみながら次の生へ送り出す。
地上での生とは苦境と逆境の連続だ。
その中で魂は学び、強くなり、成長していく。
百年、二百年、三百年。
地上を覗いたのはただの偶然だった。
――否、傷つき疲れ切った魂が増えてきたからかもしれない。
《ノーライフ》。
魂が魂を使い潰すその光景は悍ましいものだった。
崩れたのは魂への信心だ。
創造神エリシアへの愛だ。
途端、ゼィリルの足元は崩れ――気付けば彼女は地上へ堕天していた。
彼女自身が無意識に望んだことか、創造神の采配かは分からない。
地上をさ迷い歩き。
ノーライフキングと出会い。
戦場に恐怖を振り撒き。
肉体を失い不死王に取り込まれた時も、ゼィリルはずっとずっと探し続けていた。
絶望の中にあっても強く美しく、気高い輝きを放つ魂を。
かつてゼィリルが信じ、愛してやまなかった魂を。
「――ふざっけるなぁぁぁぁッ!」
永劫に続くかと思われた暗闇の中で、その声は彼女の眠りを覚ました。
ノーライフキングは取り込まれ、少年の記憶がゼィリルに流れ込む。
恐怖と絶望にまみれた人生だった。
人の悪を煮詰めて腐らせたような環境だった。
けれど少年――アスラの魂には穢れ一つなかった。
苦境にあって自分以外を思い、強く優しくあり続けていた。
信じていた誇り高い魂を、ゼィリルはようやく見つけたのだ。
試さずにはいられない。
確かめずにはいられない。
『……みんなを、友達を助けに行く』
この驚嘆をどう表せばいいのだろう。
『じゃあ僕に負けたら「様」付けてね?』
この喜びをどう噛みしめればいいのだろう。
『ここにノーライフが自由に面白おかしく生きられる国を作る』
この興奮をどう叫べばいいのだろう。
『みんな、僕と一緒に常闇に堕ちてくれる?』
この忠誠をどう捧げればいいのだろう。
『ゼィリルは僕にとって特別だから』
そうして心を散々に弄んでおいて。
はにかむアスラこそ――ゼィリルの特別。
【小僧め。我にこのような後始末を頼むとは……】
うっすらと開かれてく視界。
ゼィリルが目にしたのはどこまでも広がる真っ白な空間だ。
そこにぽつんと黒があった。
忌々し気に彼女に相対するその者の傍には、光の文字列が漂っている。
かつてのノーライフキングがいた。
共に世界を絶望に陥れようとした王がいた。
「ここは……アスラ様の、魂の中……?」
ゼィリルの記憶は神殿で彼を庇った所で止まっていた。
戸惑う彼女を鼻で笑い、ノーライフキングはその場に腰を下ろす。
【貴様は聖具によって教会の僕となり、小僧に刃を向けたのだ】
「妾が……アスラ様を傷つけたと申すか……?」
【そのせいで我は面倒なことに……いや、もうよい】
かつてのノーライフキングは疲れきっていた。
その様子だけでゼィリルは理解する。
「アスラ様にこっぴどくやられたようじゃのう?」
【小僧に伝えておけ。今は粋がろうとも必ずこの体を奪う、と】
「……本当に何をされたのじゃ? 不死王が負け惜しみを吐くとは……」
苦々しい声色につられて笑いそうになった時だった。
「――リル! ゼィリィィルッ!」
降り注ぐ特別な声が、ゼィリルを呼んでいた。
彼女は天を仰ぎ、それからノーライフキングに微笑む。
「お主も来るか? アスラ様の傍は飽きぬぞ?」
【ぬかせゼィリル。我に軽口とは……王に対して不遜であるぞ】
彼女はもう、ノーライフキングを見ていなかった。
再び天を仰ぎ、見据えるはただ一人の彼女の王。
「妾の王はただ一人……アスラ様だけじゃ」
改めた誓いの言葉が合図のように。
漂っていた光る文字列――聖具による隷属術式は砕け散るのだった。
※※※
「おかえり、ゼィリル」
アスラの腕の中でゼィリルは目覚めた。
出会った頃から変わらない彼の姿に、彼女の心は綻んで仕方ない。
「ただいまじゃアスラ様。なにゆえ妾はノーライフキングの領域に……」
ゼィリルは両腕でアスラを抱き返す。
「……魂と体の間を切って、もう一度僕の中に取り込んだんだ」
「その後、再び依り代に戻したか……無茶をしおる」
「無茶はディンセントとブランでしょ。
この剣、僕が斬りたいものが斬れて怖いんだけど。
冗談で言っただけなのに本当に作ると思わないじゃん?」
二人の傍には魔杖剣が刺さっていた。
完成したその姿にゼィリルは安堵する。
「腰が抜けて立てぬ。しばしこのまま……」
「おーっとワタクシとしたことが瓦礫に足を躓きましたわぁ~~っ!」
戦場に似つかわしくない抱擁はしかし、乱入者によって終わりを迎える。
セレスティナはわざとらしい声と共に、なぜか血で固めた拳でゼィリルを殴り飛ばした。
「ワタクシ変態に苦しめられましたので癒しを望みますわ?」
代わりにアスラの腕の中に収まるセレスティナ。
立ち上がったゼィリルの睨みは鋭い。
「……貴様、燃やし尽くしてくれようか」
「あらあら立っていらして? 筆頭幹部殿は腰が抜けていたのではなくて?」
「今すぐ離れよッ! アスラ様に対して不敬じゃぞ!」
「不敬と仰るならアナタでしてよ! アスラ様を刺したくせにっ!」
【やかましいぞ。戦の途中だと忘れたか】
玉座の間に出来た大穴から、嵐狼が顔だけぬっと覗かせる。
咎められたセレスティナはぷくっと頬を膨らませた。
「臣下であれば王に褒められたいと願うのは当然のことでしてよ?」
火球を撃ち込み、アルカを吹き飛ばしたマークスが振り返る。
「――確認。お前も抱かれたいのかフィリオ。己も抱かれた方がいいのカ?」
【……よせ、俺に聞くんじゃない】
【カラカラッ! 抱き心地が一番悪いのは我らでしょうなぁ!】
カラガンたちもまた、アスラの元へ愉快に集う。
軽口を飛ばし合う仲間たちに囲まれて。
「みんな大好きだから喧嘩しないでね?」
なんて、優しく微笑むアスラに。
ゼィリルはため息を吐き、セレスティナは表情を蕩けさせる。
フィリオは喉を鳴らし、マークスは自身の装備を点検する。
「何なのですか貴方たちは……」
立ち上がったアルカは焦げた鎧の煙を揺らす。
それは断じて、彼女が知る伝説の軍勢ではなかった。
それは断じて、世界を揺るがす巨悪の姿ではなかった。
「答えなさい。貴方たちは何なのですか!?」
「ははっ、ようやく聞いてくれたね。僕たちは――」
魔杖剣を手に、アスラはアルカの前へ。
大きく息を吸った彼の肩に置かれたのはゼィリルの手だ。
「アスラ様の不格好な笑い声では締まらぬ。ここは妾らに任せよ」
「……ん? もしかして今僕の笑い方が変って言った?」
「アスラ様の笑い声はとても素晴らしいですわ?」
「じゃあどうして両耳を塞いでるのセレスティナ?」
ゼィリルはアスラの横に控えると、踵で力強く床を打ち鳴らした。
「――傾注ッ!」
凛とした声が玉座の間に響き渡る。
カラガンたちは統率された動きでも整列し、剣を胸の前に掲げた。
「畏怖せよ! 我ら常闇を歩む《不死の軍勢》なりッ!」
【【【応ッ! 応ッ!】】】
「集うは王がため、捧げるは道がためッ! 立ち塞がる全てを鏖殺す、魔将の名を心へ刻めッ!」
それは六百年前の伝説の一幕。
大陸を覆った悪夢を再現する口上。
そして……アスラへと改めて捧げる忠誠の儀。
「《始血夜姫》セレスティナ・ディアクロイツ」
スカートの端を掴んだ優雅なカーテシーだ。
真っ赤に染まった瞳でもって、少女はいやらしく嗤う。
「全ての闇の血の始まりにして夜を統べる者なり。
熱き拍動を以ってアスラ様へ終わらない夜と愛を捧げる将」
孤独な少女はアスラに救われた。
家族に愛されていたセレスティナの信じる王はただ一人。
【《幽昏の嵐狼王》フィリオ・ハウルダート】
玉座の間を震わせるのは巨大な顎から放たれる声だ。
血にまみれた鋭い牙を覗かせて、狼は獰猛に吠える。
【最後の嵐狼にして生きとし生ける獣の王なり。
猛き爪牙を以ってアスラ様へ力と固き友情を捧げる将ッ!】
後悔に苛まれた男はアスラに救われた。
新たな友を得たフィリオの信じる王はただ一人。
「――口上。《無創の虚鎧》マークス・ナイン」
外されたのは背負っていた飛行装置だ。
腕から射出可能な短剣を展開し、それは淡々と告げる。
「――進化する冷たき鋼にして夢想する鎧なリ。
虚ろな心を以ってアスラ様へ無限の可能性を捧げる将」
無心で作り続けていたそれはとっくにアスラに救われていた。
共に作る喜びにまだ気付いていないマークスが傍にいたい王はただ一人。
「筆頭幹部、《堕魂の鏖殺者》ゼィリル・レイヴェル」
広がるのは青い炎の翼だ。
煽情的な熱を纏いながら、女はかつての同胞を裏切る。
「天より堕ちた業火にして魂の探究者なり。
青き罪火を以ってアスラ様へ軍勢と罪深きこの魂を捧げる将ッ!」
信心と猜疑心の間で揺れていた彼女はアスラに救われた。
誇り高き魂を心酔するゼィリルの信じる王はただ一人。
「「「「我らの魂は、いついかなる時も陛下の御魂と共に」」」」
【【【集え、集えッ! 我らが邪道に汲みする悪の申し子たちよ!】】】
剣で盾を打ち鳴らすカラガンたち。
応じるようにぽつぽつと、玉座の間に人魂が灯り始める。
彼らは生前の姿でもって、うやうやしくアスラへと頭を垂れた。
「尊き王の御前じゃッ! その命、惜しみなく捧げよッ!」
彼の王は命なき者の代弁者。
生と死を凌駕し、底知れない闇を体現する邪悪の極み。
「ふふっ、あはははははッ!」
臣下と死者たちを背に、アスラは笑う。
誰よりも自由に、誰よりも喜びに震えながら。
少しばかり変わってしまった仲間の口上に、王として応えられる喜びや如何に。
「《不死王》アスラ――」
アスラは魔杖剣アストリオンを構える。
「――決着をつけよう。今度は僕が、みんなの王に相応しいかを証明する番だ」
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