26:《末光》アルカ・アルルナディア
「――《末光剣・瞬折》」
刹那。
アスラの眼前に現れたのは少女だ。
剣を突きに構える騎士の姿に、驚きでアスラの瞳は見開かれる。
動けない。
突然の急襲に反応出来ないアスラを押したのは。
「アスラ様っ!」
傾いていく彼の体は狙いを外れ、代わりの肉へ剣は突き立つ。
ゼィリルの胸を背後から貫いたのは光を帯びた刃だ。
唇の端から血を零し、傾いでいく彼女の体。
剣を引き抜かれた体がその場で傾ぐ――と同時に、フィリオが騎士へと襲い掛かる。
「その速さ、伝説に残された程ではありませんね」
鋭い爪が突き出されるもしかし。
鎧を纏った少女は彼の懐に潜り込み、厚い胸板に打撃を打ち込んだ。
「ぐっ……!?」
フィリオの体が浮く中、カラガンたちは既に走り出していた。
ドワーフたちに鍛えられた剣を振りかぶる彼らは、その場で粉々に砕け散る。
「俺は骨より《始血夜姫》の血肉を切りたかったんだがね」
ヴィクトルが動かした指先で煌めいたのは糸だ。
カラガンたちを切り裂いた凶器は、いつの間にか神殿全体に張り巡らされていた。
「ゼィリル……ッ!」
臣下へ駆け寄ろうとするアスラを制したのもまた臣下だ。
「落ち着けアスラ様。刺された程度で死ぬ女ではない。俺の後ろへ隠れていろッ!」
打たれた腹を抑え、牙を剥きだしにするフィリオ。
その背に守られながら、アスラは乱入した勢力に対峙する。
「君は……」
「エリシア神聖国が聖刻騎士。《末光》アルカ・アルルナディア」
一陣の風が吹き、アルカの蜂蜜色の髪が揺れる。
優し気な目元はしかし、天命に燃える鋭い眼光を携えていた。
「貴方が《夜天の宮殿》で殺めた第七分隊を率いていた者です」
《聖刻騎士》。
それは少女の足元で倒れて動かないゼィリルの忠告にあった名だ。
エリシア神聖国が有する最強の一角。
彼女の権力を象徴するかのように、神殿へ神聖騎士たちが雪崩れ込む。
神殿唯一の出入り口は剣と盾で塞がれ、ここで悪を滅ぼすという覚悟が伺えた。
「……驚きました。報告にありましたがノーライフキングは私と変わらない歳なのですね」
まさに最大の敵とも呼べる少女は――アスラが戸惑うほど普通だった。
剣を置き、少女のために作られた鎧を脱いだとて、街中ですれ違って気付けるかどうか。
しかしだからこそ、警戒するなという方が無理な話だった。
「……ゼィリルを回収して逃げるよ。アルカ以外をお願い出来る?」
「アスラ様はお一人で聖刻騎士の相手を?」
「ゆっくり戦ってる暇はなさそうだからね」
倒れたまま、ゼィリルは未だに動かない。
アスラはカラガンたちが落とした剣を拾い、一直線にアルカの元へ駆け出した。
「カラガン! 騎士たちの相手を!」
【お任せ下され!】
【雪辱戦じゃあああぁぁぁッ!】
【えっほえっほ!】
走るアスラの影から飛び出すカラガンの数は三体。
「消耗してるようだねぇノーライフキングッ!」
ヴィクトルは糸を束ね、アスラの侵攻方向を阻害するがしかし。
「貴様の相手は俺だッ!」
暴風が糸を纏めて払い、滑り込んだフィリオの蹴りがヴィクトルを弾き飛ばした。
纏った暴風は神聖騎士たちをよろけさせ、その敵意を一点に集める。
「獣狩りは俺の趣味じゃあないんだけどなぁ」
「付き合ってもらうぞ。アスラ様の覇道を邪魔させんッ!」
睨み合うフィリオと神聖騎士たち。
そこから少し離れた位置で、アスラはアルカの眼前まで迫っていた。
『聖刻騎士とはぁやり合ったことねぇなぁ!』
ウルパノと名乗った男の人魂がアスラの体に宿る。
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
「死者の力を行使……文献にあった通りですね」
アルカは仁王立ちのまま剣先をアスラへと向ける。
刃で刃を弾き。
踏み込んだアスラの斬撃がアルカを切り上げる。
だがしかし。
「……その剣、かなりの切れ味のようですが……信仰が足りませんね」
アスラ決死の一撃はアルカの光剣に弾かれていた。
瞳を見開いたのは亡者の意思か、アスラの意思か。
「創造神様より賜りし刻名において……」
アスラが繰り出す刹那の連撃。
その全てを、アルカは剣を握った片手で捌いていく。
(あぁ、くそ……頭が揺れるなぁ……)
酷使したアスラの脳が悲鳴をあげていた。
彼の体が動いているのは、殆どが宿ったウルパノの意思だ。
戦争を三か月も生き延びた彼は間違いなく手練れだろう。
それなのにまるで相手にならなかった。
アルカは猛攻を前に……一歩も動いていない。
「《ウインドスラッシュ》……っ」
ならば魔法はどうか。
連撃の流れの中で放とうとした攻撃はしかし、彼女の一撃目で霧散。
魔法を打ち返されたアスラの体は、地面を滑りながら後退する。
「ぐっ……」
アスラの左肩から鮮血が噴き出す。
魔将の誰もが一度たりとも抜けなかった防御魔法を、光の刃は容易く切り裂いていた。
「魔法とは魔力と精神力で放つモノ。消耗しきった今の貴方では満足に扱えないでしょう」
「参ったね……聖刻騎士って強すぎない?」
自嘲気味に笑うアスラへ。
今度はアルカが踏み込む番だった。
磨かれた白銀の刃を手に、彼女の姿が――消えたのは一瞬。
『やべぇぞアスラ! 防御に集中しろ!』
亡者の声に促され、魔力は 《ディフェント》へ注ぎ込まれる。
高速で振り抜かれた剣が弧を描き、砕けた防御魔法の火花が飛ぶ。
繰り出される連撃はまさに光の明滅。
自動で刃を受ける腕が縦横無尽に動き――次第に遅れ始める。
「ノーライフキング。この程度とは」
アルカは足を組み替えて体を回転させると、踏み込みと共に銀の軌跡を刻む。
歴戦の戦士でも震え上がるような力強い一閃だ。
(これが……聖刻騎士アルカ・アルルナディアの実力ッ!)
一瞬、見惚れてしまう程その剣筋に迷いはなかった。
アスラを通り抜ける袈裟懸けの斬撃。
だがアルカは止まらず、空いた手で彼を掴むとその体を放り投げた。
「第七分隊……ダットたちの弔いですッ!」
少女の頭上を舞うアスラへ突き上げられるアルカの剣。
彼は風魔法で体を捻ると、殆ど砕けた 《ディフェント》を刃にぶつけた。
奇跡のような噛み合いだ。
アルカの頭上を越えた形になったアスラは着地すると飛び退いた。
「生にしがみつきますか。醜い戦い方ですね」
無傷のアルカは息一つ乱れていない。
両者の間は約十メートル。
少女なら一瞬で詰められる致死領域だ。
「聖刻騎士の剣術って綺麗なんだね……それも神聖国の流派?」
ままならない治癒魔法で傷を癒すまでの時間稼ぎのつもりだった。
しかしアスラの一言に、アルカはこの場に現れてから初めて微笑んだ。
「お褒め頂きありがとうございます。私の剣は亡き師ルシルから教わった剣。
腕前はまだ遠く及びませんが……不死王を討ったとなれば彼女の無念も晴れるでしょう」
アルカは変わらず笑顔のままだが、なぜかアスラは止まったと感じた。
恐らくそれは、安易に踏み込んではいけない領域。
「そのルシルって人のために……無念を晴らすために君は戦ってるの?」
「彼女が理想としていた世界を実現するのが私の夢なんです」
「理想の世界……?」
「誰もが等しく自由に暮らし、優しく笑い合えるような世界です。
奴隷のいない、身分などに拘らない世界のために私は戦っているのです」
一段跳ねるアスラの心臓。
体中に広がる動揺は、不死王に並ぶとも劣らない理不尽に直面したせいだ。
「その自由に……身分に、ノーライフは含まれないんだね」
「物に人権はありませんよ?」
その瞳には一点の曇りもなかった。
その言葉には一瞬の躊躇いもなかった。
「人はノーライフを使うべきです。創造神様が与えて下さったのですから、
奴隷制度はなくして彼らを使えばいいだけの話ではないですか。
それなのに利権がどうこうと……」
アルカの言葉に、アスラは彼女の強さの正体を見た気がした。
「どうして……そんなに、人を想えるのに……」
創造神を疑わない信心。
あるいは理想の世界は作れるという信念。
純粋な優しさが、彼女に剣を握らせているのだと。
だからこそ少女の在り方が――アスラには納得出来ない。
「僕たちはただ自由に……」
「ルシルを殺めたのはノーライフでした」
ぴしゃりと、両者の間を隔てる現実。
相容れる余地がないからこそ、アスラは戦うと決めたのではなかったのか。
「赦されざる大罪を背負って生まれ変わったノーライフは厳格に管理し、
一つの例外もなく使い潰さなければなりません。でなければ彼らはまた同じ罪を繰り返す」
治癒魔法によって血は止まっていた。
けれど動くことが出来ないアスラへ、アルカは剣の代わりに問いを刺す。
「なぜノーライフの国を作ろうとしているのですか?
貴方は何のために戦っているのですか?」
「僕は……死んでいった友達と仲間に報いたい。
皆の命は無駄じゃなかったんだって……意味があったんだって証明したい」
返す刃にアルカは細めた双眸は、既にまごう事なき騎士の者へと変じていた。
「愚かで危険な野望です。聖務に則り……この場でその首、天界へ還しましょう」
「……いや、目的は果たしたよ。ゼィリルはもう僕の影の中だ」
にやりと笑うアスラ。
アルカは眉をひそめ――倒れていたゼィリルがいないことを目視する。
「最初の打ち合いは囮。私に近づきつつ臣下を回収することが狙いでしたか」
「聖刻騎士と正面から戦うつもりはないよ」
「それはそれは……奇遇ですね。私も正面から戦うほど純真な乙女ではないのですよ」
アルカが手にしたのは腰から提げたアミュレット。
教会が「存在しない」と回答した闇の住人たちへの切り札。
「《赦しの楔》。
その効果は――魔の者の主従契約に介入し、主をすり替えます」
「主従……契約……?」
アスラの脳裏に甦る一夜の光景。
ノーラフキングの力を得たあの夜に。
伯爵を殺し、不死王の力を継いだあの夜に。
魔将たちが跪いて告げた言葉を、アスラはまるで契約のようだと――。
「この聖具を持ち、魔に突き立てた刃から術式を魂へ転写するのです。
すると刺された魔は自我を封じられ、聖具を身に着けた者を主と認識する……」
アルカは見つめる。
アスラではなく――その影を。
「不死王を殺しなさい――《堕魂の鏖殺者》」
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