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25/38

25:新たなる友

「……マキ、シア……っ?」


 頭に遅れて陣から顕現する四本足の巨躯。

 咄嗟に抱え込んだ顎の先に、眩い光に塗りつぶされた瞳があった。


「俺という魔に反応し……神殿を守るため、目覚めたか……ッ!?」

【グルルルァアアアァッ!】

「ぐっ……よせ、俺はお前を……」


 質量に押され、陣の外へとフィリオの体は滑っていた。

 巨狼の顎は今まさに友を噛み殺さんと閉じていく。


(……ここまでか)


 フィリオから簒奪された力をマキシアは有している。

 転身魔法によって人となった彼では、抗う余地はもうなかった。


【グルルゥッ、ウウウウウッ!】


 マキシアの体から生まれた嵐がフィリオの血を巻き上げていく。

 霞む視界。零れる涙。

 最期の瞬間まで不甲斐ない自分を――呪った時だった。


「フィリオオオォォォッ!」


 その声は、男を現実へと引き戻した。

 展開された防御魔法が巨狼の顎を広げ、手負いのフィリオはその場で片膝をつく。


「ア、アスラ様……ッ!?」


 神殿内に吹き荒れる嵐を強引に突破した王は切り傷まみれだ。

 彼が滑り込むように陣へと触れると、その指先は肌を焼いた。


「だめだ……っ、教会の加えた術式は光属性。アスラ様が直接触れれば――」

「光属性だって同じ魔法なんだから……どうにかなるでしょ!?」


 術式の宿す光を瞳に映し、誰かへと投げかけられる言葉。

 傍にゼィリルの姿はない。

 カラガンや筆頭幹部を置いて、たった一人で瓦礫の隙間を抜けて来た彼に。

 応えたのは――死者の集合知だ。


『複合術式のようだな。魔力反復率から計算すると文字の接続が……』

『屈折率から計算するんじゃ! 属性反復条件は比例すると儂の研究では出ておる』

『それいつの研究だジジイッ!? んなもん俺の時代にゃ眉唾ってことになってるぞ!』

『喧嘩してる場合!? このままだとアスラが吹き飛ぶよ!?』


「僕吹き飛ぶの!? さっきからみんなの言ってること全く分からないんだけど!?」


 アスラの周りに灯る四つの人魂。

 彼らは賑やかながら、アスラのためその頭脳を最大回転させる。


『儂らが法則を割り出す! それを元に計算するんじゃアスラ!』

『僕が能力で数値を割り出すから誰か再計算をお願い!』

『十五、二十八桁……ああもう、私暗算苦手なの! 紙とペンが握れれば!』

『ええい遅いぞ少年。思考加速の魔法も知らんくせに無茶しおってッ!』


 顎鬚を蓄えた老人の怒号と共に、アスラの脳内で術式が弾ける。

 第一階梯の無属性魔法 《アクセルサーキット》。

 魔法が行使されると同時、人魂たちは王の元へ潜り込む。


「僕が吹き飛ぶのが先か、解くのが先か……勝負だ」



 ――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。

 ――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。



 途端にアスラの表情は凍り付き、その思考は先鋭化する。

 肉体の動きを置き去りに誰よりも深く、誰よりも正確に。


 焼き切れていく脳も、垂れた鼻血もそのままに。

 人魂たちから与えられた数式が頭の中で組み上がっていく。


 導き出すのはたった一つの式。


 教会が数百年を費やした首輪を破壊し。

 囚われた嵐狼(フェンリル)の魂を自由にし。

 フィリオを過去から解き放つ唯一の道。


【グラアアアァァァァァッ!】


 防御魔法を噛み砕き、アスラへ向けられる開かれた顎。


「アスラ様ァァァッ!」


 フィリオが届かない腕を伸ばした先で。

 顔を上げたアスラが、にやりと笑っていた。


「――計算完了」


 アスラの送り込んだ大量の魔力でもって、書き換わる星々の文字。

 白き光は反転し、漆黒の術式が神殿内部を照らした。


「フィリオ、陣の中へ……っ!」


 アスラの絶叫にフィリオの反射神経が応える。


【ガ、ガアァ……】


 強引に書き換えた術式が弾ける。

 ずっと憎まれていると思っていた。

 ずっと呆れられていると思っていた。


 けれどフィリオは飛び込んだ先で確かに見たのだ。

 光と闇が弾ける嵐の中で。

 解けていく嵐狼(フェンリル)の体と。

 共に旅をした頃と同じ――友の笑顔を。


「マキシア……」


 楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、苦しかったことも。

 話したいことは山程あった筈なのに。



「……俺と共にいてくれて、ありがとう……」



 口から出てきたのは、いつも心にあったもので。

 手を振るマキシアと共に、嵐は消えていく。


「ウオオオオオオオオッ!」


 死者への手向けとばかりに吠えるフィリオ。

 その背中を、鼻血を流しながらアスラは微笑む。

 陣に触れた両手は既に、指先一つ自由にならない重傷だった。


『なっはっは! 久々に歯ごたえのある難問じゃったのう!』

『素直な学徒は大歓迎だ。いつでも僕たちを呼びなさい』

『あっ、ずるい! アスラ君は私が弟子にしようと思ったのに!』

『しかし……もっと単純化出来たのではないか? それこそ短縮文法を用いれば……』


 アスラの体から出た人魂たちは、楽しそうに論じながら消えていく。


「……フィリオ、一つ言わせてもらうけどさ……」


 泣き虫なくせに頑固で意地っ張りな魔将へ。

 アスラはようやく、思いを伝えられるのだった。


「マキシアって……誰ぇ?」


 疲労もあって情けないその声色に。

 フィリオはもう、言葉にならなかった。


「くくっ……がはははははッ!」

「笑い事じゃないんだけど!? 王様なのにずっと置いてけぼりなんだけど!?」


 何も知らないくせに。

 ずっと蚊帳の外だったくせに。


 アスラはただ、フィリオのために命を懸けたのだ。

 フィリオの大事なものを守るため、躊躇せず命を懸けたのだ。


「アナタがアスラ様にどんな目に遭わされるか……今から楽しみですわ」


 セレスティナの言葉も、今のフィリオには理解出来た。

 こんな目に遭わされてしまっては――もう二度と、元になど戻れるわけがなかった。


「……今一度、この俺の全てをアスラ様に捧げさせてはくれないだろうか」


 魂が震える。

 フィリオの体は自然と動き、座り込む王の御前に片膝をついた。


「臣下として……共に邪道を歩む悪友として。

 命尽きても尚、未来永劫この魂は御身のお傍にいさせてはくれないだろうか」


 フィリオの新たな宣誓を前にアスラは。

 治癒魔法で癒された手の平で、俯く頭をわしわしと撫でまわすのだった。


「もう一人で抱え込まないって約束してね」


 敵わない。

 そう思うと同時に実感するのは、この王に仕えられる喜びだ。


 フィリオがぱたぱたと揺らす尾を見つけたアスラは、くすりと笑って立ち上がる。

 陣が砕けたことにより、神殿のあちこちに星は散っていた。

 アスラは足元にある星を拾い、自身の影の中に落としていく。


「どうやら上手くいったようじゃの」


 瓦礫をカラガンたちに崩させ、道を作ったゼィリルが遅れて登場する。

 外からはもう、騎士たちの声も戦闘音も聞こえなかった。

 足止めを任された彼女たちは無傷でアスラの信頼に応えたようだ。


【これはこれは、派手に暴れたようですなぁ】


 躯の兵士たちは剣を鞘に収め、せっせと《堕ちた星》を拾い始める。


「これで《堕ちた星》は集まり、残るは《黄泉の宝珠》のみ」

「ノーライフキングとの直接対決だね」

「心が死ねば二度と現実には戻って来れぬ。何か戦う術を考え――」

「レイヴェル。すまなかった。俺のわがままで……」


 ゼィリルは鬱陶しそうにフィリオの謝罪を手で払う。


「結果的に素材は集まったのじゃ。アスラ様が咎めぬのであれば妾は――」



「――《末光剣(まっこうけん)瞬折(しゅんせつ)》」


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