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19:覚醒の《始血夜姫》

「次はロイドの番……ってことは一周した?」


 戦いはまもなく一時間に及ぼうとしていた。

 地下室には無数の傷が刻まれ、辺りには骨と血が散乱している。


 アスラもセレスティナも、エプスタインも健在だ。

 しかしその様相には雲泥の差が出来ていた。


【ナゼ……なぜ……】


 息が上がり、血の気の引いた様子のセレスティナ。

 立ち上がることも出来ないエプスタイン。

 切り傷は無数にあれど、致命傷はなく余裕が残るアスラ。


 決死の時間稼ぎの筈だった。

 しかし驚くべきことに、その男は《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》を相手に生き残っていた。


「どうしてこんなに差がついたか知りたい?」

【ワタクシが……ワタクシの方が、強いのに……】

「セレスティナが教えてくれたんだよ?」


 アスラは自身の影を指差した。

 それは彼女に知らされた召喚の触媒であり……数多の魔物を飲み込める固有の格納空間だった。


「実験された子たちを影にしまった時、セレスティナの支配は及ばないって気付いたんだ」


 血の支配権はセレスティナにある。

 だがアスラの影はアスラだけのもの。

 一度影の領域に取り込んでしまえば、出し入れはアスラに支配権があった。


「だから僕は戦いながら少しずつセレスティナの血を影に取り込んでたんだ」


 にっこりとほほ笑むアスラ。

 セレスティナの足は無意識に後ずさる。


「差がついて当然だよ……セレスティナは攻撃する度に少しずつ失血してたんだから」

【グ、ぐぐ……ア、スラァァァ】


 アスラは錆びた剣を正眼に構える。

 カラガンたちが退場した今、彼はまさしく無防備だった。


「《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》……君の負け。次から「様」付けてね?」

【アスラ……殺す……ッ!】


 その手に携えるのは血の大鎌。

 首はもちろん、体を両断するには容易い刃渡りだ。

 アスラは防御魔法を四重に展開し、風魔法を右の拳に蓄える。


「これで決着だ」


 王の首を刎ね、その血を啜らんとセレスティナが駆ける。

 血涙を流し、真っ直ぐに向かってくる少女へ――アスラは解き放つ。


 魔法ではない。けれど魔法に限りなく近い言葉を。

 大切な臣下を、記憶の海から呼び覚ます言葉を。



「セレスティナァァァァッ!」



 激突は一瞬。

 衝撃は地下室を攪拌し、滞留していた紅い霧は大量の血飛沫と共に飛散する。


 立っている影は二つ。

 真っ赤な雨が降り注ぐ中、寄り添う二人の姿はあった。


「……おかえり」

「ただいま戻りましたわ」


 アスラの腕の中には意識を取り戻したセレスティナがいた。

 彼女が振るった血鎌はアスラの防御魔法を全て貫き、僅かに肩に食い込んでいる。


「セレスティナ、痛いんだけど」

「これは失礼致しました」


 血鎌は砕け、セレスティナの体内へと還っていく。

 腕の中で少女は不満げにアスラを見上げていた。


「いつ気付いていたんですの? ワタクシの両親の真意に……」

「忌み嫌われてたら毎日鍛錬なんてしないよ。

 本物の暴力は考える暇も与えられない理不尽なものだから」


 それは紛れもなく、暴力を知る者の言葉だった。

 アスラの言葉にセレスティナの胸が痛む。

 抱きしめてあげたいと沸き立つ感情は、少し前のセレスティナが知らなかったもの。


「ワタクシが戻らなかったらどうしていまして?」

「少しずつ言葉を喋ってたから丁度良い頃合いかなって」

「ふふっ……敵いませんわね」


 苦笑と共にセレスティナはアスラに頬ずりする。

 アスラが半歩後ずさると、彼女は一歩詰め寄った。


「ええっと……セレスティナ?」

「ワタクシに愛を教えた責任を取ってくださる?」

「責任って……」

【グルアアアアッ!】


 伏して動けない筈のエプスタインだったモノだ。

 その巨体はゆっくりと持ち上がると、大きく開いた顎でアスラとセレスティナを捉える。


 だが、しかし。


「無粋ですわね……止まりなさい」


 たった一言。

 その言葉でもって、セレスティナは自身の血を統べた。


 ばかりか。


「ワタクシに牙を剥くなど……死をもって償いなさい」


 エプスタインだった怪物はセレスティナの命令に従い爆ぜる。

 それはノーライフたちを弄び、策に溺れた男の惨めであっけない最期であった。

 静まり返った地下室でアスラは柔らかく微笑んだ。


「力の全てを掌握したんだね」

「それが王命でしょう? ワタクシはアスラ様の忠実な(しもべ)

 アスラ様の命令であればいくらでも人の街を血に染めて……」

「その前にさ……謀反について何か言い訳ある?」


 セレスティナの唇がきゅっと結ばれる。

 アスラの肩には彼女の鎌が負わせた傷があった。

 すぐに治せる筈なのに、未だ癒していない王はにっこりと笑っている。


「い、意地悪ですわっ! 弄ばないでくださいましっ! 自我がなくなると説明は致しましたの!」

「痛いなぁ~臣下に負わされた傷は心にくるなぁ~」

「で、でしたら体はワタクシの血で癒しますわっ!

 心の方は生娘ではありますがこの身でもって癒して差し上げ……」

「あ、それはいいや。罰は後で考えようね」

「い、いけずですわっ……ですがそれもまた最高ですのぉぉっ!」


 鼻息を荒げるセレスティナを引き連れ、アスラは落ちてきた大穴を見上げる。


「どうやってここから出よう? 僕を運んで飛べる?」

「容易いことでしてよ? 地下通路で上がる方法もありますが……

 いえ、ここはワタクシがお運びする他に方法はありませんわ!

 ささ、ワタクシを強く激しく抱いて――」



「「「――《キャノンレイ》ッ!」」」



 その光は、突如として大穴から地下室に降り注いだ。

 直下にいたアスラたちを白く塗り潰し、質量を感じさせる光は爆発で宮殿全体を大きく揺らす。


「アスラ様、ご無事でして!?」


 吹き飛ばされたアスラを抱え、セレスティナが地面を滑る。

 焼けた肌に治癒魔法をかけた彼は、臣下の肩を借りて立ち上がった。


「門で戦った警備隊……とは雰囲気が違うね」

「恐らく……派遣された本国の騎士でしょう」


 一人、また一人。

 アスラたちが見上げていた大穴から、甲冑を身に着けた者たちが降り立つ。


 純白の鎧には模様が刻まれ、否が応にも辺りの景色から浮いている。

 整った身なりに伸びた背筋。毅然として自信に満ちた顔立ちに恐れはない。


「あれを受けてその程度……やはり貴様らはノーライフキングの手の者か」


 人数は十五人程度。

 たかがそれだけの数なのに、なぜかアスラの直感は危険な集団だと警鐘を鳴らす。


「神聖騎士団が《末光(まっこう)隊》所属。第七分隊長ダット・ロムウェル!」


 騎士たちを率いる男が腰の剣をすらりと抜く。

 その切っ先は敵意を体現するようにアスラへ向けられた。


「名乗るがいい、襲撃者どもよ!」

「ああ、そういう感じね?」


 何かに納得したアスラは深呼吸を一つ。

 両腕を広げ、歪な笑い声で彼らの敵意を受け入れた。


「はーっはっは! よくぞ正体を見破った! 僕の名前はアスラ。ノーライフキングの力を継ぎ、

 ノーライフが自由に面白おかしく暮らせる国を作ろうとしている王だ!」


 さながら出来の悪い劇の一幕のようなやり取りだ。

 唐突で不格好。大げさな名乗りにセレスティナは半眼である。


「……アスラ様?」

「悪の親玉みたいにして欲しいのかなぁって」

「調子を合わせる必要はありませんわ。明確に敵なのですから……」

「でも好評だったみたいだよ?」


 アスラの差した指の先で、神聖騎士たちが狼狽えていた。


「ノーライフの国……存在すら許せん。なんと悍ましい野望だ……っ!」

「あれが蘇ったノーライフキング……またも世界を混沌に陥れる気かッ!?」

「ここで食い止めねば……分隊長、第二射の許可を!」


 隊の動揺を背にダットの剣先が僅かに揺れ動く。


「ノーライフなど道具。自由に暮らす? 面白おかしく?

 ふざけたことを言うな不死王ッ! この世界に混沌をもたらす貴様は我々が――」


 ダットの言葉を無視し、最初に動いたのは状況を見極めていたセレスティナだ。

 彼女はくるりと踵を返してアスラに微笑む。


「ワタクシの全てをアスラ様にご覧に入れたく思いますわ」

「じゃあセレスティナ……鏖殺(おうさつ)して。僕は疲れちゃった」

「御意に」


 その場に腰を下ろすアスラにくすりと笑い、セレスティナは王を庇うように立つ。


「既にノーライフキングも配下も手負いッ!

 創造神エリシア様の僕として、貴様はここで討ち滅ぼすッ!」

「誰かの名を借りないと自身の手も汚せなくて?」


 セレスティナの冷笑に凍り付く空気。

 ぷつん、とダットの中で何かが切れた音がした。


「総員、抜剣ッ! 魔導士は詠唱を始めよッ!」


 統率された動きでもって騎士たちは反応する。


「ああそうだ忘れてた。返すよセレスティナ。もう君のものだ」


 アスラの影が広がる。

 逆さまに振り出した血の雨の中、セレスティナの唇は凄惨な弧を描く。


「アスラ様……」


 少しだけ恥ずかしそうに。

 セレスティナは振り返り、照れながらはにかんだ。


「……愛しておりますわ」

「僕も愛してるよ、セレスティナ」

「……あはっ」


 その雨は、彼女が失った力そのものだ。

 一滴も余すことなく、血は一人の少女に集束する。


【ふふふっ、あはははははっ!】


 形成されるのは真っ赤なドレスだ。

 背から血の翼を広げ、充血した両眼は更なる血を求めて敵を見据える。


「な、なんと……悍ましい――」


 慄いた騎士は誰だったか。

 血の斬撃が構えた剣ごと、六人の騎士たちの鼻から上を切り飛ばす。


【きゃははははっ! 菓子のように脆い装備ですわねっ!?】


 走り出しは軽やかに。駆ける姿は飛ぶように。

 騎士たちが作る陣の内側にセレスティナは躍り出る。


「こ、この――」


 反応出来た騎士は僅かだ。

 攻撃を避けられた騎士は更に少ない。


【あはぁあっ!】


 セレスティナの全身から生えたのは深紅の剣だ。

 血を凝結して作った無数の棘が神の使者を串刺しにする。


「《キャ……キャノンレ……」


 信仰は尊くとも、その最期は決して安らかとは言い難かった。

 血の棘に貫かれた騎士たちの体が一斉に爆ぜる。

 内部からセレスティナの血を送り込まれ、肉が鎧を内側から弾き飛ばす。


始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)

 騎士たちは思い出す。

 自らが対峙していた、伝説の存在を。

 少女は名もなき不死王の配下などではなかった。


「ひ、ひぃ……っ!?」


 ぼたぼたと落ちる仲間の肉片を前に、正気を保てる騎士などいなかった。

 生き残った数人はまるで捕食者から逃れる動物のように、

 地下室に設けられた扉――本来の出入り口へ殺到していく。


「こんな、ことが……」


 分隊長ダットは目にした光景に茫然と立ち竦むしかなかった。

 真っ赤に染まったセレスティナは淫らに舌なめずりをして喜びに恍惚と震えている。


「がは……っ!?」


 ダットの胸を痛みと熱が貫く。

 セレスティナの飛ばした剣の一本は彼の心臓を射抜いていた。


「申し訳、ありません……アルカさま……」


 膝から崩れ落ちるダット。

 瞬殺された騎士たちの屍の上で、セレスティナは幸せを謳歌する。


【……アスラ様、末永くよろしくお願い致しますわ?】


 血まみれの少女のお辞儀(カーテシー)を受けて。

 疲れ切ったアスラはただ優しく微笑むのだった。


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