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20:工房の秘密武器

今回からフィリオ編です。

 木々が陽の光を遮り、《魔界の庭》は日中であろうと薄暗い。

 鬱蒼とした森を悠然と歩んでいたフィリオの前に、突如として現れたのは巨大な猪だ。


【ブフォ、ギィィィィィッ!】


 ただの獣ではない。

 全長は十メートル、つま先から背までの高さは三メートルに及ぶ魔物だ。

 その巨体は鋭い二本の牙を頼りに突進――フィリオと正面から激突する。


 辺りの木々が揺れるほどの衝撃だ。

 常識的に考えれば、体躯で劣るフィリオはなす術もなく弾き飛ばされる筈だった。


 しかし。


「むんっ!」


 フィリオは大猪の牙を掴み、その巨体を放り投げる。


【ブギィィィ!?】


 体を地面に叩きつけられた猪の頭部へ、フィリオは拳を突き立てる。

 その一撃でもって、猪はただの肉塊となった。


「ふむ……良い恵みに巡り合えたようだ。これだけあればしばらく足りるだろう」


 フィリオは上機嫌に街への運搬方法を思案する。

夜天の宮殿(ナイト・パレス)》での騒動から数日が経っていた。


 ノーライフキングの魔杖を作るための戦いだった。

 挑んだアスラとセレスティナは勝利し、見事《闇の始まりを告げる血》の源である心臓を奪還。

 ばかりか多くのノーライフを救い出すことに成功し、想定以上の結果を出していた。


 運に恵まれたか、あるいは――


(――いや、全てはアスラ様の采配か)


 セレスティナどころか、アスラが死ぬ未来だってあり得た。

 だがそうなっていないのは、底知れない王が同行したおかげだろう。


(どこまでも楽しませてくれる御仁だ)


 それは受肉の元になった肉体の感情か、あるいはフィリオ自身のものか。

 小気味良さに厳つい顔を緩めた時だった。


【よもやよもや、フィリオ様ではございませぬか】


 フィリオの頭上、木の枝の上に一羽のフクロウが音もなくとまる。

 人語を介する小さな鳥は、フィリオより遥かに年上の魔物だった。


「庭の賢者……まだ生きていたか」

【フォッフォッフォ! 久しいのう。フィリオ様は体を失い……ふむ、依り代を得て蘇ったか】

「憐れな人の子の肉だ。新たなノーライフキングの慈悲により俺はここに立っている」

【噂は耳にしているよ……ふむ、新たな不死王は如何か?】

「驚くべきお方だ。俺を下しても尚、底を見せん」


 フィリオの言葉に小さく喉を鳴らす賢者。

 ぱっちりと見開かれていた瞳は、獲物を見つけたかのように細められる。


【良き哉良き哉。ではでは復活の祝いをせねばなりますまい】

「よせ。貴様が関わるとろくなことにならん。いつだったか竜の巣に落とされた時は……」

【かつてフィリオ様が集めた《堕ちた星》の在り処は如何かな?】

「貴様……ッ」


 庭の賢者が提示した祝いに、フィリオの双眸は険しくなる。


《堕ちた星》はアスラが魔杖を作るため探している素材だ。

 暗に狙いを知っていると告げた狡猾なフクロウは、ほうほうと上機嫌に喉を鳴らす。


【不死王が復活したとなれば欲するは新たな魔杖……考えるまでもないこと】


 フィリオの拳が近くにあった大木を殴り倒す。

 幹が倒れ、大地が揺れて辺りに轟音が響き渡った。


【星々の在り処は人間どもが移し……今はクィージナなる西の街の神殿に】


 途端、フィリオの怪訝な表情に滲んだのは後悔を孕んだ怒りだ。

 脳裏に過ぎるのはどこかアスラに似た少年の面影。

 そして――深い皺を凄惨に歪ませて笑う魔女の顔。


「無駄なことを。あれはかつてのノーライフキングでさえ解けなかった……」

【六百年だッ! 人間どもは長い年月をかけて術式を解いたと聞いてもまだ無駄と思うか!?】

「しかし魔女の血はとうに失われ……」

【愚かなり愚かなりぃッ!

 フィリオ様を人に変えた時もまた、魔女はその血を捧げたと考えが至らぬかッ!?

 ならば変じた血肉と魂を今一度捧げればあるいは……】

「魔法を解くことが……出来る……?」


 それはフィリオにとって、六百年ぶりの希望だった。

 しかしだからこそ、彼は慎重にならざるを得ない。


「……何が目的だ? 俺を謀るつもりではないだろうな?」

【この世界の揺らぐ時が見たい……ただそれだけのこと】

「刺激を欲するか……下らん、歳は取りたくないものだ」

【新たな不死王はフィリオ様の怒りと後悔を知りどう向き合うか……楽しみだわい】


 要件を終えたフクロウは翼を広げて枝から飛び立つ。

 森の闇へと消えていくその姿を見つめて。

 フィリオは静かに拳を握りしめるのだった。



※※※



「アスラ様はどこじゃ~~~ッ!?」


 ルーティカ改め《名もなき街》にゼィリルの声が轟く。

 筆頭幹部の憤怒に魔物たちは恐れおののき、

夜天の宮殿(ナイト・パレス)》から移住した人々はただ気圧されていた。


 ゼィリルが街を大股で練り歩くのは今日に始まったことではない。

 一日目は淑やかに。二日目は早足に。そして三日目は死神のように。

 今や誰もがアスラを探すゼィリルと視線を合わそうとしなかった。


 たった一人。

 正気を魔界に置いてきた躯の兵士(カラガン)を除いて。


【カラカラッ! これはこれはゼィリル殿。随分とご機嫌のようですなァ!】

「ご機嫌にもなるわい。アスラ様が会議におらねば何も決まらぬというに行方不明じゃ!」

【アスラ様にはアスラ様の考えがあるのであろう。そう急いては……】

「ふむ……カラガン。貴様、随分と物分かりが良くなったではないか?」


 かたん、と顎が外れるカラガン。


「アスラ様に頼み、貴様の召喚を解いてもらおうか……」


 青い炎の揺れるゼィリルの瞳に睨まれ、逃げられる魔物はいない。

 ましてや楽しみを奪われるとあっては逆らう方が愚かというものだ。


【アスラ様はマークス殿の工房に籠られておるようで……】

「マークスめ……つい先ほどは知らぬと申していたではないかっ」


 ゼィリルは背に炎の翼を展開すると飛翔する。

 彼女が見下ろす街は区画整備が始まっていた。

 不死王の治める王都とするべく、より使い勝手の良い形に生まれ変わっている最中である。


 その中でまだ手付かずの街の南方に、マークスの工房はあった。

 着地するや否や、ゼィリルは建物を駆け上がり乱暴に扉を開け放つ。


「マークスッ! アスラ様は来ておらぬと妾に申したな! 謀るとはどういうつもりじゃ!?」


 マークスが工房として利用しているのは、元はダナット軍の施設だ。

 多くの資材がある点と、実験に困らない広い敷地が好都合だったからである。

 憤怒と共にゼィリルが訪れた二階の大部屋は――見るも無残な光景だった。


「な、何じゃこの有様は……襲撃を受けたか!?」


 ゼィリルが見渡す限り、ありとあらゆる物が散乱し足の踏み場がなかった。

 武具や防具だけではない。輪を描く鉄線に均一に切断された金属の棒。

 机の上には線を引かれた紙が散乱し、分解された魔具がその上に乗っている。


「何をどうすればここまで散らかるのじゃ……」


 食べかけのサンドウィッチを跨ぎ、ゼィリルはステップを刻みながら奥へと進む。

 中ほどまでたどり着いた時、紙の山から男が上半身を起こした。


「あー、おはよう、ゼィリル」

「アスラ様……何をしておるのじゃ」


 目の下にくまを作るアスラの髪はぼざぼさだ。

 王としての威厳は欠片もなく、さながら不健康な研究者のようである。

 その姿には用意していた小言も引っ込み、ゼィリルは呆れるばかりだった。


「マークスと色々作ってたらさ、楽しくなっちゃってつい」

「つい、で済ますでない。シーツをめくったら毎朝セレスティナが寝ておったのじゃぞ?

 気まずいったらなかったぞ?」

「すっかり甘えん坊さんになっちゃったよね~」


 ゼィリルが盛大にため息を吐くと、傍にあった鉄くずの山が崩れ落ちた。

 ぎこちなく動き出した鎧に、筆頭幹部としてゼィリルの視線は鋭くなる。


「マークス、妾に嘘を吐いたな?」

「――反論。(おの)が工房に戻った時、既にアスラ様はいタ。アスラ様が来たのではなく(おの)が……」

「屁理屈を申すでない! まったく……部屋に籠って何をしておったのじゃ」

「よく聞いてくれたねゼィリル。何も王としての仕事を放棄したわけじゃないんだよ」

「――同意。国のためになる武器を作っていたのダ」


 嫌な予感にひくつくゼィリルの眉。

 立ち上がったアスラは大机に被せられていた布を取り払う。


「僕の国の秘密武器……その名も、魔導砲サンダーレイ!」


 三メートルはあろうかという細長い鉄の塊が横たわっていた。

 砲と名を冠しているくせにその武器には口がない。

 先端は二股に分かれており、太い槍と言われた方がまだ納得出来る形をしていた。


「――解説。基礎設計は(おの)が担当しタ。そこへアスラ様の考えを加え、ようやく形となったのダ」

「本当は持ち運べるようにしたかったんだけど反動が凄くてさ……」


 アスラの手の平には小さな魔具が握られていた。

 小さなブローチだ。埋め込まれた魔力結晶は親指の負荷で沈み込む。


「こうやって宝石を押すと発射されるんだ。魔力波が飛んで――」


 弾けるのは眩い光と轟音。

 衝撃波が工房をぐちゃぐちゃに拡販する。

 秘密武器から発射された弾丸は雷を伴って壁面を抉り取り、名もなき街の空を東へ飛翔。

 城郭の一部を削り取り、壁外に着弾すると巨大な雲を作り出した。


「て、敵襲ッ! 敵襲だーっ!」

【カラカラッ! 祭りの時間じゃぁぁぁぁっ!】

「ちくしょう、俺たちに安寧の地はないのかーっ!?」


 遅れて轟く爆音と、街の方々からあがる怒号と悲鳴の声。

 見晴らしの良くなった工房だった場所で、アスラは地面に転がる鎧を見下ろす。


「……マークス? 魔力抜きしてなかったの?」

「――肯定。良い記録が観測出来タ」

「確かにそれはそう! ははははっ! 見たゼィリル? これが僕たちの作った……」

「何をしておるのじゃーっ!?」


 ゼィリルの青い炎が爆発し、アスラとマークスは運動場まで吹き飛んだ。

 芝生の上に寝転がる野郎どもの見つめる先で、工房は煌々と輝く。


「うわああぁ僕たちの研究成果がぁぁぁっ!」

「――絶叫。(おの)の換装備ガガガ……」


 青い炎によって燃え盛る工房。

 燃えた紙片が降り注ぐ中、ゼィリルは絶叫する問題児たちの元に降り立つ。

 微笑む筆頭幹部の表情にアスラは気付いた。


「今わの際じゃが……最期の言葉はそれで良いか?」


 ノーライフキングを取り込み、強大な魔将たちを力で統べ。

 ダナット軍や神聖騎士団を鏖殺したアスラは――初めて気付いた。


 これは死ぬな、と。


 だが黙って殺されるアスラではない。


「僕はゼィリルの王様なんだけど!?」

「その王が国を壊す前に止めるのが筆頭幹部である妾の役目じゃ!」

「――疑問。(おの)の工房を壊す必要性は如何ニ」

「マークスは黙っておれ!」


 しゅんと項垂れるアスラとマークス。

 情けなさ極まる二人の様子に、ゼィリルの怒りはいつの間にか消えていた。


「妾たちは戦争状態じゃ。時間は限られておる。騒動はカラガンたちに任せて早々に会議を……」

「じゃあその前に街を見て回ろっか」


 人懐っこい笑みに、今度こそゼィリルは大きく諦観の息を吐くしかない。


「逃げる気ではあるまいな? 今日こそ絶対に会議じゃぞ?」


 ゼィリルの睨みにアスラは素直に頷く。


「絶対に絶対に会議じゃぞ?」

「僕はね、ゼィリル。民も約束も守る王様を目指してるんだよ?」

「どの口が申しておるどの口が」


 工房で起きた小規模な爆発がゼィリルのジト目を照らす。

 アスラはといえばゼィリルの様子に構わず、大きく伸びて体をほぐした。


「マークスもついて来る?」

「――否。工房の火を消してから会議に参加すル」

「そっか。じゃあ行こうかゼィリル」


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