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18/37

18:鼓動の始まり

 星空の輝く夏の夜。

 虫が鳴き、遠くの森からは遠吠えがうっすらと聞こえていた。


(ここは……)


 月明りが照らす《夜天の宮殿(ナイト・パレス)》の庭園。


「ワタクシは……アスラ様に心臓を戻されて、その後は……」


 夜風がセレスティナの深紅の髪をなびかせる。

 宮殿の壁に刻まれた傷跡。


 血に濡れた芝生に、横たわる小さな少女。

 そして傍に立つ――冷酷な壮年の男。


「情けない……情けない姿だセレス。それでも貴様は私の娘か?」


 それは幼いセレスティナと父の日常。

 思い出したくもない、家族の記憶。


「父様……ワタクシは……」


 セレスティナの声に父は反応しない。

 彼が見下ろすのはあくまで幼いセレスティナだ。

 彼は娘を蹴り飛ばし、その弱さを一喝する。


「甘えを捨てろセレスッ!」


 串刺しにされた過去の自分の姿に、セレスティナの双眸が細められる。


「なぜ貴様は力を暴走させる? なぜ貴様は簡単な傷も時間をかけねば癒せない?」


 幼いセレスティナは放り投げられ、父は去っていった。

 彼を迎えるように、控えていた母の冷たい視線が今も心苦しい。

 何ら違わず、記憶通りの過去だ。


 始祖の血に目覚めなければ、両親は優しかったのだろうか?

 期待に応えられるほど優秀なら、両親は愛してくれたのだろうか?


 子供ながらに悩んだ疑問が、ふとセレスティナの脳裏に甦る。

 そして思い出すのは、彼の真摯な眼差し。


「けれどセレスティナはまだ間に合うよ。知るべきなんだ」


 アスラは言った。知るべきだと。

 まるで何かを確信するように、セレスティナを血が覚える記憶の旅に放り込んだ。


「アスラ様は、ワタクシにどうしろと……?」


 脱出方法は分からない。

 幼いセレスティナは動けない。

 セレスティナの足は――恐る恐る、両親の消えていった宮殿へと向かっていた。


「未熟だ……あまりにも未熟だ……ッ!」


 扉をすり抜けたセレスティナの前に両親がいた。

 拳を打ち付けたのか、抉られた壁の傍で父が嘆く。


「私が今のセレスの年齢の頃には既に血を操れていた。

 吸血鬼狩りを退け、冒険者にも遅れは取らなかったッ!」

「仕方ないでしょう、セレスの力は始祖の力なのですから」


 父の苛立ちに、母の諦観。

 それが幼いセレスティナには――辛かった。

 けれど大人になった今のセレスティナには――腹立たしいだけだった。


「不出来なワタクシは……父様とは違います」


 始めは小さな不満だった。

 けれど一度零したら、それは次々と口から零れ出ていた。


「どうすれば良かったのですか!? どうすれば期待に応えられたのですか!?」


 始祖の力なんていらなかった。

 何の役にも立たない、両親に見限られた力なんていらなかった。


 欲しかったものはたった一つ。



「どうすれば……ワタクシを愛してくれたのですか……?」



 項垂れる父も、それを見つめる母も答えない。

 だからもう――セレスティナはその場で崩れ落ちるしかなかった。


「アナタたちが親でなければ……ワタクシは――」


「怖気づいたのですか?」


 ぽつりと漏らされた母の言葉。

 それは優しくも震えた――セレスティナの知らない女性の声だった。


「強く鍛えると決めたのでしょう? だからこそ私もあの子を突き放しているのですよ?」


「……え?」


 母の目には、涙が滲んでいた。

 自分のことで泣いていることが、セレスティナには信じられない。


「貴方の決心が揺らいでどうするのですか?」

「決心か……揺らぐであろうさ。

 セレスを厳しくとも強く鍛えると決めたとて、娘の泣き叫ぶ声など親が聞きたいものか!」


 父の口から出たのは――間違いなく後悔の言葉だった。

 目の前で起こっていることにセレスティナは茫然とするばかりだ。


「さぁ、着替えましょう。服にセレスの血が付いていますよ」

「うむ……なぁ、今日の私はやり過ぎてしまっただろうか……」


 父と母は、宮殿の奥へと消えていく。

 セレスティナは床に座り込んだまま、仲睦まじい背を見送ることしか出来なかった。


「ワタクシを鍛えるため……? 何が、どうして……」


 セレスティナの周囲の景色が高速で流れていく。

 瞬きを繰り返す内に、やがて彼女を取り巻く環境が書き換わった。


「おとうさまおかあさまぁぁぁ! ここから出してぇぇぇっ!」


 泣き叫ぶ声は、更に幼いセレスティナのものだ。

 座り込んだ今のセレスティナは地下にいた。

 心臓を封じた部屋……宮殿の牢だった場所だ。


「これは……ワタクシが初めて覚醒した時の……」


 年齢は五つか六つだった筈だ。

 牢の格子を握る彼女は、まだ自分が我を失って大暴れしたと気付いていない。


「くっ……時間はかかるが治る。それよりセレスだ……」


 泣き叫ぶ自分の声の中に、僅かだが苦悶する父の声。

 地下通路をセレスティナが進むと、その半ばに両親の姿があった。


 父は血まみれで満身創痍だ。

 服はボロボロで、体のあちこちが傷ついている。


「吸血鬼の目覚めとは……あのように激しいものなのですか?」


 人間である母の問いに、父は頭を振った。


「あれは始祖の力だ。夜を統べる……私では遠く及ばない最強の力だ」

「そんな……」

「何故……何故あの子が覚醒した……どうしてあの子なんだッ!?」


 父の絶叫が地下道に響き渡る。

 それは夜を統べられなかったからこそ、理解出来る重大な事実だった。


「これからセレスは……世界の敵となる。

 人間は国をもって討伐を指揮し、数多の吸血鬼狩りがあの子を追うだろう。

 その結末は銀か魔法か、毒か火あぶりか……」

「その未来を避けるため、私は何をすればいいのですか?」


 父は少し驚いてから小さく笑う。


「賢く強いお前に惚れて嫁にしたのだと、こんな時に思い出すとはな」

「ふふっ、強引に私を連れ去ったくせにお忘れでしたか?」


 しばらく微笑み合う様子が今のセレスティナには信じられない。

 自分がいない場所で、こんな会話がされていようとは夢にも思わなかった。


「明日から……始祖の力を制御出来るように鍛錬を始める。私を凌ぐ力だ。

 殺す気でやらねば逆に私が殺されるだろう」

「……ならば私は優しいあの子を突き放しましょう。

 親であろうと決して甘えない、一人でも生きていける吸血鬼となれるように」


 もう、間違えようがなかった。


「父様と、母様は……全て、ワタクシのために……?」


 理不尽で痛かった暴力は――セレスティナが力を扱えるようにするため。

 辛く苦しい親子の関係は――セレスティナの心を鍛えるため。


「……私たちは恨まれるのであろうな」

「訳を話しては甘えが生まれます。甘えはあの子の未来を閉ざす……」

「恨まれようとも、それが親の責務ということか」


 地下道の闇の中に消えていく両親の姿が霞んでいく。


「最後に一度、あの子を抱きしめたかったわ。鍛錬が明日からなら今行ってもよろしくて?」

「……ずるいぞ。私だって肩車したいんだ」


 それは涙だった。

 セレスティナの双眸から溢れた涙が、書き換わっていく床にぽつりと落ちる。


(ここは……)


 気が付いたら、セレスティナは宮殿の廊下に立っていた。

 紅い絨毯が敷かれ、格式高い調度品が視界を埋めている。


「おぎゃあああっ、おぎゃあああああああっ!」


 赤子の声がセレスティナの思考を塗り潰した。

 彼女の知る限り、この宮殿に赤子がいたことはない。


「この声は、もしかして……」


 セレスティナの足は自然と声の方へ向かい、やがて開け放たれた一つの部屋の前に辿り着いた。


「おおお、なんと小さな手だ……顔はお前に似ているか。

 しかしこの目元の力強さ……ふむ、未来のディアクロイツ家を統べるに相応しい凛々しさだ!」

「赤子に何を言っているのですか。この子は優しい子に育てますからね?」


 侍女を務める吸血鬼が数人と、若い両親がそこにいた。

 父は声を弾ませ、ベッドで上半身を起こす母は赤子を抱いている。


始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》セレスティナ・ディアクロイツ。

 生まれたばかりの彼女は――当然ながらただの赤子だった。


「むむ!? 笑ったか!? 今私を見て笑ったか!?」

「あらあら、セレスティナは上手に笑える子なのね?」


 思わず笑ってしまうくらい、幸せな家族がそこにいた。

 セレスティナが欲しかったものは、最初からそこにあったのだ。


「……この子のためなら、私は世界を滅ぼせそうだ」

「止めてくださいね? セレスティナが生きづらくなったら許しませんよ?」


 言葉にならなかった。

 ただ嗚咽混じりに音は、けれども両親には届かない。



「セレスティナ。私たちの子に生まれてくれてありがとう」



「父様、母様――っ!」


 駆け出しても追いつけない。

 幸せな風景は書き換わり、辺りは漆黒の闇へと変じた。

 ただ一人、置いていかれたセレスティナは涙を拭う。


「ワタクシは……ずっと、生まれた瞬間から、愛されていた……」


 答えはあった。

 知るべき過去があった。


「家族の愛が、この血にずっと流れてた……」


 敵わなかった。

 その愛の深さに、セレスティナは気付けなかった。

 気付かせてくれたのはノーライフキングではない。


「……アスラ様」


 その言葉を口にした途端、闇が徐々に晴れていく。

 まるで長年彼女を苛んでいた傷が晴れていくかのように。


「ワタクシは……アスラ様の元に帰りたい……っ」


 顔が見たかった。

 声を耳にしたかった。

 その血に宿る愛を知った、セレスティナ・ディアクロイツを見て欲しかった。


「……アナタもそう思うでしょう?」


 セレスティナの背後に、怪物が立っていた。

 始祖の力に溺れ、我を失った《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》が立っていた。


「アナタを忌み嫌っておりました。けれどアナタの血もまた、愛されたワタクシの血」

【……アイ?】


 天から差す一条の光。

 降り注ぐ声にならない音の正体は、今の彼女たちが恋焦がれる男の声。


「共に参りましょう、あのお方の傍に」


 セレスティナが伸ばした手を。

 血まみれの《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》は優しく触れるのだった。


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