17:技術研究所の戦い
「《ウインドスラッシュ》」
風の刃の上に足を乗せ、セレスティナを抱えたアスラは宙を舞う。
一瞬遅れて殺到した怪物たちが地面に裂傷を刻んでいた。
「順番を誤りやがってぇぇぇなんてことをしてくれたんだノーライフキングゥゥゥッ!」
「いくら君が始祖に近くてもさ、心臓が戻ったセレスティナは始祖そのものだよね?」
「貴様は伝説を知らない馬鹿か!? その女が六百年前に何をしたか知らないのか!?」
研究室にエプスタインの取り乱した声が反響する。
その理由は、すぐにアスラの腕の中で目を覚ました。
【ギィヤァァァァァァァ!】
腕の中の少女は絶叫だけでアスラの体を吹き飛ばした。
天井にぶつかった後、彼の体は床に打ち付けられる。
「はしたないよセレスティナ。淑女はそんな声を出しちゃダメ」
血の霧が、生臭く濃厚な鉄の臭いが研究室の床を舐めていく。
整えられた舞台の上で、血に愛された夜を統べる姫が笑う。
【アハハハハッ! アーッハッハッ!】
高らかに。あるいは暴力的に。
セレスティナの瞳は赤く染まっていた。
鋭い牙をむき出しに、真っ赤な唇は耳まで裂けて恍惚に溺れている。
両の指先には真っ赤な爪が生え、時折ぶつかって耳障りな音を鳴らしていた。
「始祖の復活……クソッ! 何か逃げ道は……」
「僕が死ぬか、セレスティナが戻ってくるか……君が死ぬか」
動揺するエプスタインにアスラは笑いかける。
この時初めて――彼は気付いたのだ。
「僕は戻ってくるって信じてるけど……君はすぐ死んじゃいそうだね」
この場にいる怪物は始祖だけではなかった。
《始血夜姫》を従えた王が――ここにいるのだ。
【グルルルルルアァァァ!】
セレスティナは一秒にも満たない時間でアスラへと襲い掛かる。
「ちょ、速ッ!?」
アスラが一瞬前までいた場所を赤い爪が引き裂く。
飛び退いたアスラは魔法を右手に蓄えるがしかし。
【シネシネシネェェェェッ!】
セレスティナの体から離れた血が複数の剣となってアスラに突き刺さった。
「僕ばかり攻撃してない!? 謀反ってことでいいかな!?」
いくつもの剣が突き刺さったまま、アスラの体は再び吹き飛ぶ。
その光景に、誰よりもほっとしたのはエプスタインだ。
攻撃されない心当たりは一つ。
彼の体内に流れる調整された始祖の血だ。
「同じ血のおかげで自分自身と認識されたか……くはははっ!」
エプスタインは合わせた指を鳴らそうとして――その動きを止める。
怪物たちをけしかけようとしたその瞳は徐々に紅く染まっていった。
「これは良い記録が……が、がががああ……止めろ、僕の中に入っ、てくるなぁぁぁっ!?」
「馬鹿だなぁ、命令権はセレスティナの方が今は上だよ?」
セレスティナの血を操ったように。
次はエプスタインが操られる番だった。
【があ、調べ、血、ボクノユメェェェェッ!】
ぼこぼことエプスタインだったモノの筋肉が波打つ。
体躯は徐々に質量を増していき、肌は赤黒く変化していく。
【ブロロロロロアアアアァァァァッ!】
服を内側から引き裂き、変化を終えた獣は咆哮する。
小さな怪物たちもまた起き上がり、始祖の主の元へ集まりつつあった。
十二対一。
絶望的な戦況にアスラはため息を吐いた。
「勘弁してよ、使える魔法が少ないんだから」
アスラが引き抜いた剣は血へ戻り、セレスティナの元に帰っていった。
彼女は再び突進するべく重心に力を蓄えている。
アスラの使える魔法とスキルは合わせて四つ。
受けた力を倍にして返す物理スキル。
風の刃を放つ三階梯の風属性魔法。
そしてゼィリルに教わった治癒魔法に汎用防御魔法だ。
けれどアスラに怯える様子はない。
「……誰か、始祖の吸血鬼と殴り合いしたい人いる?」
こと魔法以外であれば、アスラの戦う術は犠牲の数だけあったからだ。
『始祖……実に興味深いですね。生前に屠ったのはただの吸血鬼ばかりでした』
『丸投げかよっ!? 死んでも働かせるんじゃねーよアスラ!』
『しかし生前の無念を晴らせる者もいる……傍にいて飽きない御仁だ』
ぽつぽつとアスラの傍に灯る人魂。
伯爵邸で共に戦ったウェインに加え、アスラも知らない男たちが集まっていた。
「じゃあ一撃貰ったら交代ね。ほら、並んで並んで」
人魂は一列に並ぶと、その先頭がアスラの中へ飛び込む。
――アスラの意識に流れる亡者の歩んだ人生。
――刹那の追体験が、亡者の習得した知識と技術を継承する。
アスラが拾ったのは折れて先の尖った鉄の棒だ。
樽に繋がっていたその細い筒は、アスラの手の上でくるくると踊り始める。
「久しぶりだね、ロイド。最後に会ったのはどこだっけ……?」
『ふっ、妙な再会をしたものだな。だが……悪くはない』
生前の手慣れた仕草でもって、槍を手の中で回すアスラ。
ぴたりと止まった穂先を向けられて。
『ロンダ村出身のノーライフ、名はロイドだ。一つ手合わせ願おう』
《始血夜姫》は激昂と共に駆け出した。
「――っ!」
アスラの肺は鋭い息を吐きつつ、踏み込みながら槍を解き放つ。
【グアアアアッ!】
刃をセレスティナは紙一重で避け、懐へと回り込む。
「……へぇ」
アスラの口から漏れたのは彼自身の驚嘆か、ロイドの感心か。
手早く引き戻された槍はセレスティナの突き出した腕をいなす。
【シネ、シネぇぇッ!】
至近距離からアスラに飛来するのは血の斬撃だ。
セレスティナの振った腕の動きに合わせて、血の刃がアスラを圧倒する。
『これは、中々のようだ』
アスラにも伝播するロイドの興奮。
受け流す形でもってアスラの体は槍を操るが――衝撃に圧され、彼の体は後方へ弾き飛ばされていた。
そこを詰めるのは十人の小さな怪物たち。
鋭い爪、不揃いな牙、あるいは血の剣。
入り乱れての攻撃を捌く彼の前にエプスタインの巨腕が迫る。
【ブララララアァァァッ!】
衝撃は防御魔法ごとアスラを吹き飛ばし、研究室の備品を巻き込んでいった。
『はっはっは! 相手にとって不足なしッ!』
アスラは瓦礫を押し退け立ち上がると笑みを浮かべる。
『突くべき敵の隙は見定まった! このまま我が槍で――』
「ロイド、交代ね」
アスラの体から人魂が弾き出される。
若い男を形作ったロイドは、アスラの言わんとしていることを察した。
彼の頬には掠った切り傷があったからだ。
『ぐっ……一撃受けたか……次は捌ききってみせる』
「順番だから最後に並んでね」
『必ずもう一度……最後尾はどこだ!?』
ふわふわと人魂はアスラの傍を離れて飛んでいく。
「じゃあ次は……」
【ギャアアァァァッ!】
セレスティナがばら撒いた血が人型となって並び立つ。
その数は七体。
《眷属》たちは言葉もなくゆらゆらとアスラへ歩み始めた。
「仲間呼ぶとか卑怯じゃない?」
生前の姿を上半身だけ作り出していた人魂たちが、ふるふると一斉に首を横に振った。
殺し合いに卑怯もクソもない。そう言いたいようだ。
あるいは、既に援護を呼んでいるアスラを批難してか。
「そっちが物量で攻めるなら……こっちも物量だ。カラガン!」
アスラの影が広がる。
影から伸びる無数の骨の腕。
見知った骸骨が地下に這い上がり、アスラへ片膝をついた。
【カラカラッ! 参りましたぞアスラ様!】
「《眷属》たちの相手をお願い。実験されたノーライフたちは殺さないで。
セレスティナとエプスタインの相手は僕がやるから」
【御意に】
《眷属》の行進へ殺到する躯の兵士たち。
セレスティナは血を刃にアスラの首を狙い、エプスタインは涎を垂らしながら突進する。
「早く戻ってよセレスティナ。じゃないと僕死んじゃうよ」
アスラの中に、次の人魂が潜り込むのだった。
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