表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/35

15:宮殿に囚われた者たち

「……分かった。絶対にセレスティナに心臓を戻しちゃいけないんだね」

「お願い致しますわ……さて、楽しいお喋りもここまで。こちらが本殿ですわ」


 二人の歩みが止まる。

 目の前にあったのは大扉だ。


 セレスティナが扉に血を這わせると、ゆっくりと開いていく。

 漆黒の闇が広がる内部に彼女が足を踏み入れると、壁に掛けられた燭台が一斉に火を灯した。


「宮殿には数多の魔具がありましてこの光もそうですの。

 最深部には本殿から向かいますわ」


 広々とした玄関ホールをセレスティナは迷いなく歩み、アスラも後をついていく。

 無機質に響く靴音は不気味さを引き立て、アスラの眉をひそめさせた。


「あれだけ門の前で騒いだのに誰もいないね」

「罠か……あるいは招かれている……?」


 突き当りの暗闇を曲がって廊下を抜け、二人が辿り着いたのは大広間だ。

 しかし空間は石で遮られ、小さな小部屋がいくつも作られていた。


「どうやら教会の者が勝手に内部を作り変えているようですわ」


 大広間に足を踏み入れたアスラの耳に届いたのは咳き込んだ声だ。

 低く呻く声は苦痛に歪み、不規則な呼吸音が至るところから発せられていた。


 それが意味するところは一つ。

 アスラには馴染み深く、セレスティナにとっては悪夢の記憶そのもの。


「研究所なら……僕たちの存在はかかせないよね」

「ここはワタクシの心臓とノーライフを使った……人体実験場ですのね」


 すえた臭いと共に、鉄格子が二人の前に並んでいた。

 小さな部屋の数は三十近い。

 見るからに収容過多な牢の中には、ボロ切れを纏った人間が入れられていた。


「これら全て……ノーライフの檻でして?」


 セレスティナの驚嘆を背に受けながら、アスラは檻と檻の間を歩む。

 中にいる者たちは誰もが不健康で、生気のない瞳でアスラを見上げていた。


「お前、アスラか……?」


 檻の中から名を呼ばれ、アスラの足が止まる。

 覗き込んだ鉄格子の向こうには、黒い髭を蓄えた男がいた。


「お、俺だ! 黒髭のゴメスだ!

 おいお前ら、アスラが生きてやがったぞ!」


 ゴメスの背後の暗闇から、同じく髭を蓄えた男たちが現れる。


「アスラじゃねぇか! 俺だ、赤髭のオットーだ!」

「茶髭のエルドもいるぜ! アスラ……お前、本当に……」

「白髭のロンを忘れたとは言わせねぇぞアスラ!」

「わあ、髭ばっかりだねこの檻」


「「「アスラ~っ!?」」」


 綺麗に声が合わさった男たちをアスラも覚えている。

 ノルマン伯爵に買われるより前、南の都市にいた頃だ。

 権力が大嫌いな彼らは懲罰の常連で、よくアスラに絡んでいた悪い大人だった。


「辺境伯に買われたって聞いた時はもう二度と会えねぇかと……」

「怪我は治ったのか? ここにいた時より元気そうじゃねぇか」


 涙ぐむ髭男たちは、アスラがいなくなった後も身を案じていたようだ。

 大の大人が鼻水まで垂らして泣く姿はむさくるしいことこの上ないが、

 彼らの優しさがアスラには嬉しかった。


「セレスティナ、みんなを開放するよ」

「御意に」


 セレスティナは再び《眷属(けんぞく)》を三体生み出すと、

 次々に鉄格子をねじ切らせていく。


「たすかった……助かったのか……?」

「ひぃ、止めてくれ! もう殴られるのはたくさんだ!」

「なんで、ノーライフの俺たちに……助けが……?」


 恐る恐る、人々は牢の外へ出て来る。

 その数は老若男女、百以上もあった。

 彼らは驚きと不信感でもってアスラを見つめていた。


「アスラ様。この者たちも国民に?」

「その前に怪我とか病気とか治しておこうか」


 アスラは治癒魔法 《エンシェントハイヒール》を展開。

 淡い光が空間を満たし、積年の傷と病を人々から奪っていく。


「体がいたくねぇ……咳が止まった……?」

「目が……目が見える……っ!」

「腕が生えてきた……あいつらに切られた、俺の腕が……ッ!」


 膨大な魔力が込められたアスラの魔法により、人々は目に見えて警戒心を和らげていく。


「あなた様はいったい……」


 おずおずと聞いたのは頭に包帯を巻かれた老人だ。


「僕が誰かって……?」


 アスラはにやりと笑い、セレスティナは何かに気付いて耳を両手で覆った。


「あーっはっはっは! 僕はノーライフのアスラ。

 ノーライフキングの力を継ぎ、ノーライフが面白おかしく暮らせる国を作る王様だよ!」


「ワタクシはセレスティナ・ディアクロイツ。

 この《夜天の宮殿(ナイト・パレス)》の主にして、アスラ様の忠実なる僕ですわ」


 しんと静まり返る一同。

 彼らが驚いたのはアスラの名乗りか、あるいはその笑い声か。


「……セレスティナ、僕が笑った時に耳塞いだ?」

「さぁ? 気のせいではなくて?」


 訝しがるアスラと、露骨に視線を合わせないセレスティナ。

 二人のやり取りを見ていた人々は互いに顔を見合わせてから――


「アスラ様ぁぁぁぁッ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「アスラ様、セレスティナ様! この御恩は決して忘れませんっ!」

「もう一度……オレぁもう一度、鉄叩けんのか……っ!」


 一人残らず、その場の全員が伏して二人に頭を下げていた。

 アスラが驚いていると、黒髭のゴメスが顔を上げる。


「つまり俺たちはアスラの国に住めるってわけか?

 ノーライフが国って、何がどうなって……」

「色々あったんだけど追々ね。まだ国っていうより街だけどみんな大歓迎だよ」


「おお」と感嘆の声があちこちから漏れる。

 まだ半信半疑の者もいるようだが、それも時間が解決するだろう。


 次なる問題は。


「みんなをどう連れて帰ろうかなぁ……ぞろぞろ連れていくわけにはいかないし」


「……一時的にですが、アスラ様の影に格納しては如何でしょう?

 召喚の触媒に使われておりましたが、本来ノーライフキングの影は

 数多の魔物を飲み込む空間を有しておりましてよ?」


「へぇ、そんな使い方が……」

「格納している間は魔力を消費しますが、影はアスラ様の固有領域。

 どこよりも安全でしょう」

「ふ~ん……みんなそれでいい?」


 髭の四人が思いっきり顔をしかめていた。


「影の中って……なんか怖い」

「真っ暗な場所苦手なんだよな……」


 体格に恵まれた髭たちの怯えた様子に思わずアスラも半眼である。

 見かねたセレスティナは大きくため息を吐いた。


「……あるいはワタクシの《眷属》がルーティカまで送るという選択肢もございますわ」

「おお、それならば!」

「セレスティナ様、なんと慈愛に満ちたお嬢様なんだ……!」

「アスラも王ってんならセレスティナ様を見習って……」

「じゃあ髭たちは影の中ってことで」


「「「「アスラ~~ッ!?」」」」


 大広間にアスラの影が広がる。

 場の和んだ空気を察したか、子供たちがアスラの周りに集まっていた。


「ありがとう、アスラ様っ!」

「あのね、もう足が痛くなくてね、それでね!」


 小さな手でアスラやセレスティナの服を握った彼らは。

 張り付いた笑顔でもって、瞳に僅かな涙を浮かべていた。



「……ご、ごめんなさい」



 瞬間――爆ぜる。


 真っ赤な血肉が爆炎となり、アスラとセレスティナを包み爆ぜる。

 油断を突いた致命的な一撃だ。

 二人の体は宙を舞い、ひしゃげた鉄格子を巻き込んで広間に転がった。


「こほっ、アスラ様……お怪我は?」

「大丈夫。爆発物っていうより今のは……」

「体そのもの……いえ、血が爆ぜたように見えましたわ」


《眷属》たちは砕け、辺り一面に血肉が飛散していた。

 アスラは治癒魔法を走らせて焼けた肌を治していく。


「アスラ様、他のノーライフたちは……」

「僕は大丈夫。みんなもぎりぎり影の中に落とせたよ」

「ではそのままに。今表に出せばどうなるか……」



「くははははっ! やはり爆弾は女子供に限るッ!」



 アスラたちがやって来た廊下から、一人の男が歩み出ていた。


 頬が瘦せこけた、病的な雰囲気を纏う男だ。

 脂ぎった髪はぼさぼさに伸びており、無精ひげには清潔感はない。

 教会関係者を示す黒の制服の上に、汚れ一つない白衣を羽織っていた。


「いかに武に覚えがあろうとも必中ッ!

 警備の騎士どもより余程役に立つと思わないかね?」


 片膝をつくセレスティナの姿に、男は舌なめずりと共に破顔する。


「あぁ、伝承に違わぬ美しさ……そしてこの僕にも察せる濃密な血の香り……

 素晴らしい、素晴らしいよ《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》ッ!」


 ぎらつく男の瞳に晒されて、セレスティナは不快そうに眉をひそめていた。

 男はうやうやしくお辞儀をすると、上げた顔に笑みを浮かべる。


「僕はエプスタイン。技術研究所の所長を務めているものだ」


「所長……なら君がここの責任者だね?」

「……効率」


 ぽつりと漏らしたエプスタインの言葉。

 それは独り言ではなく、激情が漏れる合図であった。


「効率効率効率効率ゥゥゥッ! 封じを解くための鍵如きが、

 僕と《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》の会話に割り込むな効率が落ちるだろうがぁぁぁぁッ!」


 自身の爪を噛み、エプスタインは怒りを隠そうともしない。

 アスラが目を丸くする中、セレスティナは眉をひそめる。


「アナタと話をする気はありませんわ」


 その言葉に、次はエプスタインが目を丸くする番だった。

 まるで信じられないものを聞いたかのように、エプスタインは首を傾げる。


「僕は教会の誰よりも《始血(ブラッディ)夜姫(スプレマシー)》を評価しているんだよ?

 始祖の血を活用出来れば、人類はあらゆる病気や怪我と無縁の存在となるからね」

「ワタクシの血……まさか、先程の爆ぜた子供たちは……」

「この世界はより効率的で完璧な美しいものとなるんだ!」


 夢と情熱に燃えた男だった。

 理想と希望を秘めた男だった。


 不死王に始祖の吸血鬼。

 かつて教会が苦戦を強いられた存在を前にしても、エプスタインの舌は止まらない。


「なのに……どいつもこいつも、僕が作る崇高な世界を理解出来ない低能ばかりッ!

 ノーライフキングがいなければ封印は解けないのに……討伐を急かしやがってぇぇぇ!」


 激昂し、不潔な髪を男は掻き毟る。


夜天の宮殿(ナイト・パレス)》で何が行われているか。

 答えに気付いていたアスラの視線は鋭い。


 ノーライフが新たな魔法や薬の実験に使われるのはよくあることだ。

 人類の発展のため消耗されるという意味で、ノーライフ以上に適任な存在はいなかった。

 他ならないアスラもまた、魔法の発展のため使い潰されている。


「あぁ! 一分一秒が惜しい! 今すぐ実験したいっ!

 その服を毟り、柔肌を切り開いたら貴様はどんな声で鳴くか……

 くふふっ、解剖したくてたまらない……ッ!」


 下卑た視線は変わらずセレスティナへ向けられていた。

 彼女がぱちんと指を鳴らすと、砕けていた《眷属》たちの体が再生していく。


 それが戦いの始まりを告げる合図だった。


「惨殺して差し上げますわ」


読んでいただき、ありがとうございます!

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われた方は、ぜひ下の☆評価をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ