12:ダナット侵攻会議②
エリシア教の信仰対象は《天界》を統べる創造神だ。
母体であるエリシア神聖国の歴史は大陸で一番古く、
現代では各国に教会という名の支部を置いて勢力を広めている。
「――補足。かつての戦いもエリシア神聖国が最大の障害だっタ」
「エリシア教を倒し、教典を否定しなければノーライフはなくなりませんわ」
「アスラ様が知っておくべきは神聖騎士だろう。
奴らは以前の戦いでも厄介な存在だった」
フィリオの言葉にセレスティナが小さくため息を吐く。
「教会が有する武力は神聖騎士と呼ばれる者たちですわ。
教義に殉じ、絶対の信仰心を持つ者たちですの。
長い歴史で育まれた体系に育てられた騎士たちは厄介ですが、更に耳が痛いのは……」
「――同意。神聖騎士たちの専用魔法。技術は神聖国のみで独占されていル」
「神聖魔法……ようは光属性の魔法じゃ」
その名前はアスラにも聞き覚えがあった。
全身を光に焼かれた者がどうなるかも、駆り出された戦争で目の当たりにしたことがある。
「アスラ様や俺たち魔界や闇の者にはよく効くだろう。
事実、かつてのエリシア神聖国は《不死の軍勢》に大打撃を与えたのだからな」
「ん? 僕も? もしかして僕ってもう人間じゃなかったり?」
「ノーライフキングの魂を取り込んで人のままでいられるわけがなかろう?」
何を今更、と言わんばかりの視線がアスラに集中する。
変わった実感のないアスラは眉を顰めるしかない。
「魔は楽しいぞ? 夜は墓場で運動会じゃ」
「夜は寝たいよ僕は」
「――疑問。運動会とは何ダ? 己も参加しなければならないのカ?」
ゼィリルに詰め寄らんばかりのマークスをアスラは手で制する。
「つまり過去にも敗れてるから今回も気を付けろって話だね?
具体的にはどうやって負けたの?」
アスラの問いに答えられる臣下はいない。
その理由はプライドからではなかった。
「魔将が一人ずつ殿を務める撤退戦になったと記憶しているのですが……
その先は覚えておりませんの」
「詳しく覚えてないの? 負けて体も失ったのに?」
魔将たちは全員が首を横に振る。
その光景にアスラは眉をひそめた。
「ふ~ん……何か仕掛けがありそうだね。もっと仲間を集めた方がいいかな?」
「かつてのノーライフキングの臣下に知る者はいるかもしれぬが……」
ゼィリルの呟きに臣下たちは揃って苦々しい表情を浮かべた。
「……かつての魔将はどれも曲者揃いじゃ。
寿命如きで死ぬ柔な連中ではないが、どこに潜んでおるのかも分からぬ。
不死王復活の気配を感じて集まってくると思うが……」
「ワタクシたちがそうであったように、アスラ様が新しい王だと納得しないでしょうね」
「難しいだろうな……いや、殆ど無理だろう。特にヴィヴィは殺し合いになるのは明白だ」
「――再度疑問。運動会とは何ダ? 戦闘訓練のことカ?」
「アスラ様なら負けることはなかろうが……死闘となるであろうな」
「それって絶対に戦いになるの?」
きょとんとするアスラ。
どこからどう見ても優男な彼は、不思議そうに微笑んでいた。
「お話だけで済むと思うけどなぁ」
ぞくりと臣下たちの背筋を走る何か。
それは彼らに湧いた、得体のしれない畏れの体現であった。
「……ふふふっ、アスラ様の好きにせよ。妾たちはついていくだけじゃ」
ゼィリルは収納魔法を展開し、何もない空間から丸まった地図を取り出す。
商業ギルドの受付に掲げられていたものだ。
広げられたそこにはアスラたちが住む大陸と、様々な国々が描かれていた。
「……では早速、筆頭幹部として《不死の軍勢》の行動目的を提案しようかの」
宙に浮く地図に一同の視線が集まる。
「妾たちのいるこの場所は城塞都市ルーティカじゃ。
《魔界の庭》に隣接し、人類圏としては東の果てに位置しておる」
「人類圏の端っこなら好都合だよ。
東の果てなら敵を西方向に絞っておけるからね」
「ほう……アスラ様は戦の心得がおありのようだ」
「伯爵に買われるまでは色んな所で使われたから。それでどこを攻めるの?」
「侵攻より先に……まずはアスラ様専用の武器を作るべきじゃ」
臣下たちは息を飲み、アスラは首を傾げる。
その驚きの差は、武器を実際に目にしたことがある者とそうでない者の違いだ。
「――補足。魔杖は魔法の強化や魔力運用を効率化させル」
「僕の魔力は底がないけど必要かな?」
王の問いに臣下たちは頷く。
「魔杖の材料は知ってるの?」
「《堕ちた星》、《闇の始まりを告げる血》……そして《黄泉の宝珠》じゃ」
「血? それってもしかして……」
「ワタクシの血ですわ」
《始血夜姫》の二つ名を持つセレスティナが言葉を継ぐ。
「ですが杖を鍛えるのであれば、
今のワタクシの血では役目を果たせませんでしょう」
セレスティナはアスラに向かってブラウスの胸元を大きく開いて見せる。
左胸の柔肌には、心臓がある位置に大きな傷跡があった。
「今のワタクシに――始祖の心臓はありませんので」
「心臓が……ない……?」
セレスティナは僅かに耳を赤く染めながら、そそくさとはだけた胸元を閉じた。
アスラはといえば、驚きに瞬きを繰り返すばかりだ。
「吸血鬼にとって心臓は力の源。
失えば即死ですが……その程度でワタクシは死ねないのです」
「待って。君に心臓がないなら、依り代になったイェナも心臓がなくなるってこと?」
アスラが気にしたのはセレスティナが受肉先である少女だ。
彼の動揺を前にセレスティナはゆっくりと瞼を閉じる。
「憑依魔法で依り代を得ましたが、魂の記憶に基づき上書きされるので……
ああ、小難しい話は結構ですわね。ご安心ください。
ワタクシが離れる際、依り代の心臓は元通りですから」
過去へ思いを巡るその横顔は、険しくも儚く――美しかった。
「ワタクシの心臓は制御が一切効かない暴走する力の奔流。
幼少よりワタクシは何度も我を失って暴れておりましたわ。
両親はワタクシを怪物と疎み、殺し合いとなることも一度や二度では……」
ゆっくりと開かれた瞳には、ほの暗い闇が秘していた。
「ノーライフキングに心臓を抜かれてようやく、ワタクシはワタクシになれたのです。
始祖の怪物からセレスティナ・ディアクロイツに」
「ノーライフキングが……セレスティナを助けたの?」
「始祖の力を持つと聞き利用しようとしたのでしょう。
ですが持て余し、ワタクシの住んでいた宮殿に封じることとなりました」
ルーティカより北。
ゼィリルの開いた地図に、その建物の名は今の時代も記されていた。
「《夜天の宮殿》……始祖の血が必要でしたら、
そこにある心臓から血を取り出す必要がありますの。
封じは今のアスラ様であれば解けるでしょう」
「そっか、僕がノーライフキングの力を継いだから」
「ふむ……であれば争いは避けられないな」
フィリオの視線は地図にある。
そこには教会の関係施設であることを示す印が刻まれていた。
「侵攻したら出て来るかな、神聖騎士」
「まさに蜂の巣を突いたような騒ぎになるじゃろう」
にやりと笑うゼィリル、フィリオ、アスラ。
マークスは天井の蜘蛛の巣を見つめ、セレスティナは物憂げに俯いたままだ。
「よし、僕たちの目標は決まったね。魔杖作りの素材集めだ」
アスラは立ち上がり、臣下へと王命を下す。
「まずはセレスティナの心臓を回収して、《闇の始まりを告げる血》を手に入れよう」
続いてアスラが告げるのは配置だ。
「フィリオは食料の調達をお願い。街に残ってる食べ物はすぐ腐っちゃうからね」
「任された。魔界の庭で獲物を狩って来よう」
「マークスは街を作り直して。ゼィリルが統括してくれると計画的に作れると思うんだ」
「しかしアスラ様。復興の指揮も何も、指揮する民がおらぬではないか」
「同意――己とゼィリル殿だけでは時間がかかル」
「それについては僕に考えがあるから任せてよ」
アスラは残る臣下に笑いかける。
まるでお茶に誘うような柔らかさで。
「セレスティナ。僕と一緒に《夜天の宮殿》に行こうか」
「アスラ様が望むのであれば案内致しますわ。
ですが血を得た後、心臓は破壊させて頂きます」
ともすれば反抗的な言葉に、しかしアスラの表情は揺るがない。
「それは僕に逆らっても成し遂げたいこと?」
「あの心臓はワタクシから全てを奪った……忌まわしき過去そのものですの」
「何か色々とあったみたいだね」
怪訝な表情を浮かべたのはゼィリルだ。
「心臓は吸血鬼の力の要。
アスラ様へ万全な力を捧げぬとは良い度胸じゃセレスティナ」
睨み合う両者。
二人の間へ割って入るのはアスラの叩いた手の音だ。
「ほらほら喧嘩しないで。とりあえず、みんな外に出るよ」
飛び交う殺気を無視し、アスラは建物の外へと出てしまう。
その背を追うように続く臣下たち。
彼の足が止まったのはルーティカの中央広場だった。
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