11:ダナット侵攻会議①
前半は過去回想、後半は作戦会議です。
「ここにいたねアスラ。撤退だ。僕たちの頼もしい味方はとっくに逃げたらしい」
貴族同士の諍いから始まった戦いだった。
草原には数多くの死体が転がり、死肉を啄む鳥が青空を旋回している。
「それと……上が話してたけど、セザルの奴は死んだみたいだよ」
男に投げかけられた名前にアスラは首を傾げた。
「……誰だっけ?」
「ヴィルナーク渓谷に送られた双剣の……」
「別班のノーライフ部隊だったね」
槍を担いだ男の表情は険しい。
一方、アスラは顔色一つ変えず青空を見上げ続ける。
「アスラ。この戦いで何人が死んだんだい?」
「僕とロイド、子供たち四人以外……四十八人だよ」
「その全ての墓を掘っていたのかい?」
ロイドの眼前には一度掘り返された土と、詰まれた石が広がっていた。
自身も前線を生き残ったアスラの両手は泥で汚れている。
「敵前逃亡じゃないよ? ちゃんと戦いが終わってから作ったから」
「ノーライフに墓とは勿体ない……だがこれくらいあっても良いだろうさ」
敵陣をかき回すためだけに、ノーライフたちは戦場へ投じられた。
錆びた剣に錆びた盾。申し訳程度の装備を渡されて、だ。
「……アスラ。お前は死地にあったノーライフを六人も救ったんだ。気に病むな」
「もっと上手く出来た筈なんだ」
「上との配置交渉、戦闘タイミング、捕虜を使っての情報操作……お前は良くやったよ。
上が味方ごと攻撃魔法で吹き飛ばそうとしなきゃ誰一人死ななかったかもしれない」
「でも、結果が全てだよ」
アスラの焼けただれた頬を涙が伝っていく。
子供たちを逃がすため、彼も半身を魔法に焼かれる代償を払っていた。
「……一人で全てを背負う気かい?」
ロイドの目から見てアスラという少年は――異常だった。
とっくに壊れていると言ってもいい。
家畜以下の扱いを受け、底のない悪意に晒され続け、尚誰かのために行動している。
「一人で世界を作り替えられるとでも?」
アスラは優しすぎた。
アスラは夢をみ過ぎていた。
語り合わずとも夢の先を察せられたから、ロイドの言葉は自然と厳しくなる。
「仲間を作れアスラ。一緒に夢を追ってくれるイカれた奴らを探せ」
「じゃあ一人目はロイドか」
「……お前、僕をイカれてると思ってたのかい?」
「え? だって槍一本で突撃するような馬鹿でしょ?」
「残念ながら僕はまともだ。
それに……今回の戦いで片腕を失った僕はもう何も成せないさ」
世界に己の武を轟かせるのが夢だと、以前アスラは聞いていた。
それが絶望的になった彼の顔に、もう覇気は残っていない。
「イカれた仲間かぁ……どうせなら手に負えないくらいが良いなぁ」
折れた剣を支えにアスラは立ち上がる。
自らが掘った墓を一瞥した後、生き残りたちは自領へと引き上げていった。
その後、売られたアスラは所有者を転々とする。
守った子供たちは散り散りとなり行方知らず。
ロイドは次の戦場を生きて帰れなかった。
アスラがノルマン伯爵に使い潰されたのは――戦いから二年後のことだった。
※※※
長い夜が明け、日が昇り朝になった。
普段は朝市の準備で賑わう通りに人の気配はない。
城塞都市ルーティカは昨晩の攻撃により完全放棄されていた。
静まり返った街はしっとりと朝露に濡れ、小鳥たちは健気に囀っている。
「――索敵完了。この街にもう己ら以外の者はいなイ」
商業ギルドの食堂にアスラの姿はあった。
マークスから報告を受けた彼だったが、その意識は目の前の鉄板に集中していた。
じゅう、と焼き上がる鶏肉だ。
表面にはほんのりと焦げ目がつき、涎が零れそうな良い匂いが周囲に漂っていた。
「ゼィリル、まだ!? もう限界なんだけど!」
「まだじゃ。焦っては美味い肉は食べられ……よし、今じゃ!」
ゼィリルはアスラの木皿へ肉を放り投げる。
受け取った彼は湯気の立つそれを躊躇いなく口に頬張った。
「う、うんんまいぃぃぃッ!」
食堂にあった長方形の机は端にどけられている。
広くなった室内には石材を組んだ調理台が設けられ、アスラと臣下たちは一枚の鉄板を囲っていた。
ちなみに調理と炎の加減はゼィリルの担当である。
「肉ってこんなに美味かったの……臭くないし、飲み込めるなんて感動だよ……」
ナイフを握るアスラの手は次の肉へと伸びる。
鶏肉を適当に焼いたそれは、彼にとって生まれて初めてのご馳走だった。
「アスラ様は大げさだ。《魔界の庭》で狩ってきた普通のルミナバードだぞ」
「ルミナバード……どんな鳥なの?」
「鋭い嘴を持つ、直線を高速で飛ぶ鳥だ。光のように飛んで鎧をも貫通する」
「そんな鳥どうやって狩ったの?」
「どうって……正面からくれば腕で掴む。
逃げるようなら誘導して回り込めるようにする」
「フィリオって狩りが上手なんだね。僕のためにありがとう」
その一言に瞬きを何度かして驚いた屈強な男は。
「お、おう……」
生焼けの肉を鉄板から直接取って口に入れてしまった。
「あらあら……獣王の照れた顔が見れるとは予想外でしたわ?」
「ノーライフキングに褒めたことなど一度もなく……何だそのしたり顔は。
八つ裂きにしてやろうかディアクロイツ」
睨み合うフィリオとセレスティナ。
両者の間にゼィリルが割って入り、アスラの皿に鶏肉を盛る。
「アスラ様は大げさなんじゃ。大した肉でもあるまいし……」
「僕たちノーライフが食べられる肉は残飯が基本だし、
大抵腐ってるか骨にこびりついてるやつだからさ……
こんな柔らかくて脂が出るものは初めてなんだ」
「「「お労しやアスラ様……」」」
ゼィリルとセレスティナ、フィリオの同情にアスラとマークスは揃って首を傾げる。
やがて臣下と共に鉄板の上の肉を食べ終わると、アスラは満足げに一息ついた。
「ゼィリルが一生僕の傍にいたら美味いご飯を食べ放題だね」
「なっ……ななな何を突然に申しておるのじゃっ!?」
ゼィリルが投擲した調理用のナイフがすこんとアスラの額に刺さる。
彼は刃物を引き抜くと自身に治癒魔法をかけ、気にするわけでもなく水を飲んだ。
そして瞬きを繰り返す。
「水が……腐ってなくて美味しい……っ!」
「そのくだりはもうよいわっ! まったく、これも何らかの企てか?」
「……企てって?」
「妾たちと戦う前の時も仕掛けたじゃろう?
アスラ様と死者のやり取りを見せ、
妾たちを煽り心情的にも一対一になるように仕向けたではないか」
アスラはゼィリルの指摘を受け、再び首を傾げる。
「別に仕向けてないけど? 煽ったのは面白そうだったからだよ」
「隠さずともよい。妾たちは既にアスラ様の臣下じゃ」
「いや、本当に何も企ててないよ。僕ってそんなに頭良さそうに見える?」
アスラの問いを訝しがるゼィリルだが、やがて深掘るのを諦めた。
「……まぁよい。して、これからどうするつもりじゃ?」
ゼィリルが促しているのは今後の活動方針についてだ。
国を作ると決めた彼らは既に一蓮托生である。
「僕はこれからノーライフが自由に暮らせる国を作ろうと思う。
それに伴ってみんなには僕の国の各部門で幹部として仕えてもらうよ」
「妾たちはアスラ様に力で負けたのじゃ。どこまでもついてゆくぞ」
「俺たち魔の者は力を信じ、力に従う」
「強い力に従わせられることを魔の者は苦に思いませんわ」
「――肯定。魔とはそういうものダ」
「それって……いや、これは僕の王様としての最初の務めかな?」
一人呟き、納得するアスラの意図を臣下たちは掴み損ねた。
「国を作るにあたって魔将を纏める筆頭幹部を作ろうと思うんだけど……
ゼィリルに頼めるかな?」
「それは良いが……何故じゃ?」
「ゼィリルは僕にとって特別だから」
少しの間を置いて。
ゼィリルの顔が真っ赤に染まり上がっていく。
「~~っ!? な、何を突然に申しておるのじゃっ!?」
髪を燃え上がらせて吠える美女は、並みの魔物なら震え上がる姿だ。
しかしそれを前にアスラはほほ笑むばかりである。
「ゼィリルは何度も僕を助けてくれたでしょ? だから特別」
山火事が大雨で静かに沈下していくように。
落ち着いたゼィリルは半眼でアスラを恨めしそうに睨む。
「アスラ様は適切な距離感を学ぶべきじゃ……」
「あはははっ、ずっと大人数の牢だったから人との距離感には詳しいよ?」
「――納得。ゆえにアスラ様は話しやすいのだナ」
「だよねー」
フィリオとゼィリルの冷ややかな視線に気付かないアスラとマークス。
彼女はしばらくしてから大きなため息を吐いた。
「筆頭幹部の任、妾が務めようぞ。皆もそれで良いな?」
アスラはぱちぱちと小さな拍手を送り、魔将たちもそれに続いた。
それから彼は順番に臣下たちへ王命を下す。
「フィリオは軍部門をお願い。しばらくは狩りとかも任せていいかな?」
「うむ、任された。いずれ増えるであろう民草を一人たりとも飢えさせないと誓おう」
アスラは微笑みと共に首肯する。
「マークスは工房部門の幹部をお願い。国のために色々と作ったりする仕事だよ」
「――承諾。作るのは得意ダ。アスラ様も作るのだろウ?」
「もちろん。セレスティナは……国内部の警備をお願い」
「承りましたわ。世界一安全な夜を約束致しましょう」
うんうんとアスラは頷く。
「僕たちは世界の敵になるわけだから、刃向かう相手には派手にやろうね。
大人しくしてたらこの世界の常識なんて壊せないんだから」
「くくくっ……世界に反旗を翻す悪の国の実態が、
ただ自由に面白おかしく暮らしているだけの国とは……滑稽じゃのう」
嬉々としたゼィリルの瞳に映るアスラは――にやりと笑っていた。
「虚仮にするくらいで丁度良いよ」
にやり、と笑う臣下一同。
血気盛んな彼らがアスラには頼もしくもあった。
「街の修復と同時に国民を集めよう。
ノーライフの首にある《封じの光臨》は僕なら壊せる」
「ノーライフキングがアスラ様のものを解いたように、じゃな」
《封じの光臨》は異端鑑定会を経てノーライフと認められた者に嵌められる首輪だ。
装着者は特異な力を封じられ、所有者に従属させられる。
更に追跡魔法も組み込まれており、彼らがどこに逃げても追いつける仕組みだ。
教会以外の者が外すことは出来ないが、何故かノーライフキングはアスラのそれを外している。
不死王を取り込んだアスラは既にその手順を覚えていた。
「ふむ……アスラ様には改めて進言しておくべきかの」
「教えてよ、僕の筆頭幹部」
ゼィリルは何かを誤魔化すように咳払いする。
「アスラ様にとって最大の敵は大陸各国ではない。
奴らに支部が如く教会を置き、天界の助けを借りてその使者を名乗る国じゃ」
「創造神エリシアを崇めるエリシア神聖国だね」
「うむ。元より天界は創造神と天使たちの世界。その世界を崇めるのが……」
「世界宗教《エリシア教》。ノーライフを生んだ信仰か」
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