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二部 その5

あの男はああ言うが本当かどうかわかったもんじゃないと思いながらも、同じころその辺をうろうろしていると、果たしてティナは本当に表れた。紙袋を片腕に速足で通りを抜けていく。あわてて後を追った。

「おい!っじゃないあの、その・・・」

歩いていくティナの後ろからそっと腕を引いた。なに、と振り向いたティナの目が途端に強くなる。

「あの・・・、いや、その・・・、この間は悪かったよ」

何とか謝りながら、伏せた視線からちらっとティナの様子を伺う。まー君のしおらしい態度にティナは一応足を止め、聞いてくれる気になったようだ。


もごもごと言うまー君は分かりにくかったが、この月の終わりにある川辺橋のお祭りに一緒に行ってくれないか、というものだった。

唐突な誘いにポカーンとするティナ。

川辺橋のお祭りというのは、雪解けも終わり暖かくなってきたこの時期、春祭り、というほどではないが川沿いの両岸にずらっと店が出て人々は食事をしたり語らったりする小さなお祭りである。比較的安価な飲食を出す店が多く子連れで来る家族も多いので、子供向けのおもちゃ屋やお菓子を出す店もある。

じゃあ、橋の西側で待ってるから、とそれだけははっきり言ってまー君は足早に去って行った。雑踏に紛れていく後ろ姿を見送ることしかできなかった。

はっと我に返って行き先を急ぐ。角を曲がったすぐの四ツ辻が待ち合わせ場所だ。

「お、早かったな」

すでにロイはズタ袋ふたつを足元に待っていた。口からじゃがいもや玉ねぎと、もうひとつは小麦粉の袋が覗いている。ティナが歩み寄るとふたつとも肩に担ぎあげて歩き出す。少し行った大通りで馬車を拾うのだ。

「さっき声かけてた奴、昔おまえをいじめてたまーくんだろ」

なんだ見てたの、とティナはおもしろくなさそうに微かに眉根を寄せた。

「なんだって?」

『川辺橋のお祭りに一緒に行きたいんだって』

「お、デートのお誘いか。」

『そんなんじゃないよ。ただお祭りに行くだけ』

「そういうのをデートって言うの。行ってくりゃいいじゃん。誘われたんだろ?」

『デートは好きな人としか行きません』

ティナはツンと顎をそらせて黙った。

「そうか・・・」

年頃になって、難しくなったモンだ。ティナは足早になって少し先に通りに出ると、重いズタ袋を抱えているロイの代わりに大きく手を振って馬車を止めてくれた。



どうしたモンかなと考えあぐねていたが、小細工を弄してもしょうがねえ。

ここは直球勝負だ。

「お前、デートしたことねえだろ」

ソファに寝っ転がって本をめくっていたロイが顔もあげずに突然そう言い出したのを、筆で色を塗っていたティナは顔を挙げた。あるよ、と強気に言い返す。ユウ君とコーちゃんととティナが上げる傍からそれはデートとは言わねえ、とロイが否定する。子供のころから原っぱで一緒に駆け回った仲である。

「まーぼうに誘われてんだろ。いいから行ってこい」

むうっと不満そうな顔はするが反抗はしない。

「めかし込んで行けよ、デートなんだから」

続ける気をなくしたのか、筆を置くときっと鋭い一瞥を加えて自分の部屋に戻って行った。


ティナは夕方まで引きこもっていたものの、出てきたときには一番お気に入りの帽子と最近買ったドレスに着替えていた。不満顔はまだ続いている。

「気をつけてな」

もう一度不満そうに下からロイを睨むと出かけて行った。


「よお・・・」

待ち合わせ場所で所在なくしていたまー君だが、現れたティナに安堵して表情を緩めた。あの男はああ言ったが本当に来るかわかったもんじゃないと思っていたのだ。つばの広い帽子と胸元に白いレースのあしらわれた水色のワンピースと、足首までの小さなブーツ。

・・・いつも通りかわいい。

「・・・行こう」


まー君はいつもと打って変わって優しかった。

大道芸人の手品や曲芸に見とれている間、ずっと待ってくれた。

揚げたパンに甘いシロップをかけた菓子を持って歩いている子供を見ると、同じのを買ってくれた。

食べたいものはあるか、足は痛くないかと聞いてくれた。

向こうから駆けてくる子供とぶつかりそうになるとさっと庇ってくれた。

背も伸びてあの頃よりずっと逞しい腕。目線を上げないと目が合わない。

「あ・・・と、な、なに?」

『・・・・・・』

ティナはううんと首を振った。

夕闇が迫る前に、外にテーブルを出している小店で食事をした。外にまでいいにおいを漂わせていたからだ。キャンドルを灯すテーブルに、女将さんらしい小太りの女性が景気よく料理を運んでくれた。鶏肉のハーブ焼きとじゃがいもと玉ねぎのスープがおいしかった。まー君は食後に出た梨のコンポートを譲ってくれた。


最初はぎこちなかったティナも、食事を終えるころには緊張が解けたのかやわらかい表情を見せていた。対岸をふたりでゆっくりと下っていく。なけなしの小銭を叩いて、店じまい前に安売りになって売られていた小さな花束を買ってプレゼントした。

きょとんとしていたが、ありがとうと言って花束を見つめほほ笑んだティナが可愛かった。

通りの端まで来たところ、ティナがはっと何かに気づいた。

「あっ・・・」

声をかける間もなく一目散に駆けて行った。

視線の先には見知ったあの男がいた。腕を広げてティナを迎え入れる。おかえり、と唇が動いた。

躊躇なく男の腕に飛び込んだティナは忙しく指文字で何かを話し出す。それをわかったわかったと慣れたしぐさでなだめる。

ティナを受け入れるやわらかい表情。無邪気に話しかけるティナ。


あ、とティナが気づいたときにはまー君の姿はどこにも見当たらなかった。

「帰っちまったのか」

ティナはあれが楽しかったこれがおもしろかったと続きをしきりに指文字で訴えてくる。

「わかったわかった、楽しかったんだな」

ティナの話を聞きながら帰途に就いた。


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