二部 その3
夏至の夜は街中がお祭りだ。露天が軒を並べ、道端のテラスはことごとく人で埋まり、広場には急ごしらえの舞台が設けられ、芝居だ歌だ曲芸だとひっきりなしに出し物が続く。
ごった返す人混みの中に、見知った姿が広場の入り口の隅に立っているのを見かけて声をかけた。
「そこのかわいいお嬢さん、俺とお茶しませんか?」
ぱっと喜びに咲いた瞳が、みるみる沈んで行った。
「え?あれ?ダメだった?」
ううん、と首を振るティナ。心配になるほどしょんぼりしている。どう話を続けていいかわからず、クソどうでもいいことを口に出していた。
「・・・すげえ人だな」
人が多いのは当たり前だ。ここいらじゃ1年の中でも最も大きい夏祭りなのだから。人々の熱気で広場は最高潮に達している。人々は怒鳴り合うように話し、何度も杯を空に掲げ、歓声を挙げて踊る。
「そこのかわいいお嬢さん、俺とお茶しませんか?」
今度こそティナの顔がぱっと輝いた。
「わりい遅くなった。すげえ人だな。大丈夫か?」
うんうんと頷くティナの瞳は喜びに溢れている。
これは・・・オレでも分かるぞ。
「行くか」
差し出されたロイの腕にするりと腕を絡めるティナ。自分の方にも手をさしだしかけて、見上げてくる。ちーさんはしないの?と。
「あ、ああ腕ね」
慌てて腕を差し出すとするりと入り込んでくる腕。ふんわりと重さなった手の重みが心許ないほどささやかだった。
人々をかき分けながらテーブルが密集している辺りに着くと、係の子に半券を見せ、席に案内してもらった。早速酒と前菜が運ばれてくる。形だけささやかに乾杯し、一気に杯を空にした。
「っっっくあああ!久しぶりのエールが染みるねえ」
久しぶりって、どうせ昨日も飲んでるだろと胡乱げな目つきでロイも半分空になった杯を置く。通りがかった給仕の女の子にオレはさっそく二杯目を注文した。男二人は酒を食らいながらつみまを少々荒らしあとはどうでもいい世間話に興じ、ティナはちまちまと食事を進めていた。
ときおり通りがかる街の青年だろう、ちらりとティナに視線を投げかけていくのをロイがジロっと牽制していた。どおりで女のところに行かねえわけだ。これだけ人がいればこいつのことだ、顔見知りの一人や二人はどこかのテーブルを陣取ってどんちゃん騒ぎをしているに違いない。そっちから呼ばれないのが不思議なくらいだった。むかし若かりし頃、まだ懐が寂しかった頃はテーブル席など予約せずともあっちのテーブルでナンパしこっちのテーブルに呼ばれてとそれは楽しくやっていた。
それが今年はどうだ!いっちばん高い特等席を取った挙句、そこから微塵も動かず幼子にちょっかいをかけようとする輩に睨みを利かせている。人たあ変わるモンだな。
ロイの睨みにビビッて引き下がる奴はいいが、そこから堂々とダンスを申し込みに来る奴もいる。その度に、まだ子供なんで勘弁してやってください、申し訳なそうにしつつもはっきりと断る。
肝心のティナはと言うと、ちまちまと食事を進めながらもどこか不満そうだ。
やがて食事にも男どものバカ話にも飽きたのだろう、ティナもダンスしたい、と言い出した。
そりゃそうだろう。広場では人々が楽しそうに踊っている。曲調が変われば相手を変えてもいいため、年齢も性別もバラバラのカップルも居て、みな気にせず踊っている。酒も入っているからもう誰が相手かわからなくなってる輩もいるくらいだ。ティナくらいの年頃の子もちらほら見える。
子供はだめ、とロイの断固たる拒否に合う。まあ一晩限りのつもりでちょっかいを出すナンパ野郎もいるし、ダンスに誘った後どこぞに連れ込む奴もいないことはないので、わからないでもないが・・・。
叶わぬ恋を一晩だけ、というのもよく聞く話だ。自分はさんざん一夜の恋を食い散らかしておきながら、人たあ変わるもんだな。
ティナもう子供じゃない。ダンスは学校で習った!と珍しく主張した。ロイはお、という顔をした。
「それは失礼しました。では、わたくしめと一曲、踊ってくださいますか?」
テーブルから立ち上がると身をかがめ恭しく手を差し出した。にこっとティナは笑うとロイの手を取り嬉しそうに広場へ駆け出した。
「おい急ぐなって!コケるぞ」
手を引かれながらロイが付いていく。
曲調が変わったところで二人は帰って来た。ちーさんも、とティナが手を差し出す。
「あ、オレも?光栄です」
酒もいい具合に回ってぼんやりとしていたオレは、帽子を取ると慌てて席を立ち手を取った。
おじさんがこんな若い子と踊れるのは恐縮ですが、いかんせん身長差がありすぎる。腰と背中が痛くなってきて2曲目で辞めて戻った。席に戻るとロイは若干気まずい顔をしていた。知り合いのテーブルに呼ばれたらしい。ちょっと見ててくれと言う。
「へいへい」
どうせそんなこったろうと思ってましたから。ダタ酒飲めるから付いてきたようなもんで。ロイが行ってしまうと、ティナはまた不満顔に戻った。
「ティナちゃーん、何か食べたいものある?おじさん何でも注文しちゃうよ?」
『ない。もうおなか一杯』
そりゃそうだろう。この子はオレじゃなくもう一人にここに居てほしいのだから。ほどなくして運ばれてきたベリーのジュースをちまちまと飲みながら、ダンス広場の方を見つめていた。
「お、お姉ちゃん」
幼い声にん?と振り向くと、まだ10にもならないようなガキがティナの横に立っていた。
「ぼ、ぼくと、踊ってくれませんか」
緊張しているのだろう、つっかえながらティナを見てそう言った。白いシャツ、黒いズボン、首元には蝶ネクタイ。立派な紳士の装いだ。ティナがこちらを見てくるので行ってこい行ってこいと手を振った。どうせその辺でお手々繋いでくるくる回ってるくらいだろう。子供のカップルに変なちょっかいを出す奴もいるまい。
ティナは立って少年の手を取ると、ふたりは広場の方に駆け出した。後ろ姿を見送っているとまるで兄弟のようだ。
程なくしてロイが戻って来た。ティナは?と目だけで聞かれる。
「ああ、・・・なんかガッコの友達がいたとかで、そっちに行っちまった。」
「そ」
テーブルに置かれていたカップを無造作に掴むとそのまま煽った。ちっと舌打ちする。何も残っていなかったらしい。通りがかった売り子に追加を注文する。
なんか、機嫌悪くねえかこいつ?
程なくしてティナも戻って来た。ひとりで戻って来たので内心ちょっとほっとする。
「もうすぐ花火、始まるぜ」
戻って来たティナにかけた言葉に合点がいった。
・・・バカ高いこの席を取ったのはこのためか。どうせ、お祭り行きたい、最後の花火もみたい、と強請られて買ってやったのだろう。目に浮かぶわ!
夜空に打ちあがる花火を最後まで見届けて、ティナは意気揚々と帰途に就いた。その帰り道、ちょっとした事件が起きた。
ティは学校での練習の成果をお披露目できたのがうれしかったのだろう。ダンスできてよかったとしきりに伝えていた。よかったなとロイが返してやっている。
そういえばコレ、とティナはポケットを探って何かを取り出した。小さく束ねられた花束である。
ロイが目をむいた。
「おま、これどこで!」
『もらったの』
ロイはすごい勢いでチェリを振り返る。
「おまえ、あんだけ見とけっ」て!と言い終わらぬうちに肩に腕をどしいっと乗せてやった。
「10にもならねえガキだぜ?おままごとみてえなもんよ」
口にくわえていたそれに、マッチを擦って火をつけた。会場では灰皿がなかったのである。吐き出した煙が闇夜へ登っていく。
「捨てろ。今、すぐ!」
せっかくもらったお花なんだからとティナは言う。まあ、そうだ。
それはそうなんだけど、あのな、ティナと説明しようとする言葉を浚った。
「いいじゃねえか。せっかくもらったんだろ?子供のすることにそう目くじら立てるモンでもねえだろ、おとーさん?」
ロイは苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、一応黙認することにしたらしかった。
今度はオレの肩がどしいっと重くなる番だった。
「へ、見る目のあるぼうやじゃあねえか」
花束は、ダンスを申し込んだ男がダンス後にその子が気に入ればその子に渡す。花束の色にも意味があって、ティナが持っていたのは薄紫の花束。交際の申し込みだ。ティナの友達の少女たちもそこまでは説明していなかったらしい。
窓辺に飾っておく、とティナは言う。そうしろ、とロイが応じた。二度と会うこともねえだろうからという内心が透けて見える。
それからしばらくは、二人に合う機会もなかった。
寒さも厳しくなり、薄雪が街路の端や垣根の柱に残るようになった頃、遠目にふたりを見かけた。
馬車が止まると、先にさっと降りて手を差し出すロイ。
その手を取ってドレスの裾を抑えながら降りるティナ。
街中でもよく見かけるありふれた光景だ。
(それでお前は・・・ほんとに・・・)




