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第六十七話『作戦開始』

 大陸暦一三五八年、九月十日――

 九月に入り、夏の暑さが完全に鳴りを潜めた頃、港湾都市アーカルをめぐる攻防は散発的になっていた。レンストラ大陸連合軍が攻めあぐねていると言っていい。軍港をカレド帝国海軍の巡洋艦と揚陸艦で埋め尽くし、沖合にワーグリン王国海軍の空母『リギニオ』を旗艦とする機動部隊を並べながら、これまでの上陸部隊の損失の大きさから、次の一手を出せずにいた。


「呼んだ?」

「うむ。色々と相談したい事がある」


 魔王軍の司令部としてあてがわれたアーカル市庁舎の市長室にて、土の四天王ヨイカフツが呼び出されていた。平時ならば市長が掛けているはずの席に座するのは、鴉のように黒い羽と鱗に覆われた竜、風の四天王ワイヨールだった。デスクの上には地図が広げられており、演棋(えんぎ)の駒が置かれている。小難しい事を考えるのが苦手なヨイカフツは、やれやれと頭を掻いた。大股で詰め寄り、地図に目を落とす。


「えっと……何だいこれ。これだけの頭数を揃えておきながら、全然先に進んでないじゃない」

「うむ。このアーカルを制圧した所で次の一手が出ないのだ。あれだけの戦車部隊を用意しておきながら、ツアンカさえ落とせないでいる」


 ヨイカフツが呆れ気味に言い放つと、ワイヨールの眉間に皺が寄る。駒一つあたりが中隊規模と捉えると、歩兵は連隊、航空機と戦車、火砲は大隊規模で揃っていた。加えて、補給や輸送のトラックが数十台と数えられる。まっすぐ東進すれば、プッカ基地まで落とせそうな戦力だった。


「湾岸線の道が狭いからね。しかもツアンカの入り口は狭い切り通しだ。それを抜けたら開けた谷間に出る。大砲の入れ食い状態さ。何度か突破出来たけど、すぐに穴を埋められてる」


 決定打に欠けているというのが率直な感想だった。陸戦の要となる戦車の数は減る一方で、大陸からの補充が追い付いていない。逆に、キュリール軍は鹵獲品を用いて少しずつだが数を増しつつあった。


「空から奴らを叩く手筈を整えたというのに……」

「ゲハロークがしくじったからね。奴の行動がバレた事で、火の竜王まで介入してしまった。さらに、東側を攻めていた水の竜王も代替わりでこちらに反旗を翻した。中々に厳しいね」


 彼女の言葉に、ワイヨールは思わずデスクを叩いた。地図の上の駒が幾つかが倒れる。竜王の血筋が放つ怒気に、戦化粧を施していない身が震えた。


「……お前の秘蔵はどうしている」

「装備の更新も済んだからね、定期報告に合わせて北東部の守りに就かせてるよ。そっちは?」

「常に付近を飛び回らせている。速さも高さも飛行機には劣るが、ゴブリン共でも役に立つ事はあったぞ」


 幾らか機嫌を戻したワイヨールが、傍らに佇む若い風竜に、手元の籠の覆いを取るように命じた。錫と鉛を混ぜた金属で作られた籠の中には、苦悶の表情を浮かべた妖精が閉じ込められている。


「奴らの連絡網にされていたようでな。色々と餌を撒いたら喋ってくれた。今はもう用無しだから、逃げられぬようにしてある」


 ワイヨールが籠の中の妖精を一瞥する。妖精の郷の主オーヴェルに仕える者達でもない限り、妖精の忠誠心はほとんどない。享楽的で刹那的な存在ゆえ、その勝手知ったる老いた風竜に囚われたのだ。


「始末しても別の所で再発生するから、閉じ込めておくしか無いってのは、ちょっと面倒ね」

「奴のやりそうな姑息な手よ……」

「来るかな、風の竜王」


 ヨイカフツはそんな事を呟きながら、風竜の持つ籠に近付いた。苦悶を浮かべる妖精の顔に、恐怖が混ざって引きつる。竜としては小柄な風竜から見ても、人より大柄なオルウークの威圧感は見て取れた。恐らく同種の中では上玉と思われる顔立ちに、左目の辺りを走る傷が生々しい。しかし彼女はそれを隠す事もなく、戦士の誇りとさえ捉えていた。物々しい空気が室内を覆う中、慌ただしいノックと共に駆け込んで来た同胞の伝令が流れを変えた。


「申し上げます。キュリール軍の大規模な攻撃部隊が北東部方面に出現、戦闘が始まりました」

「ふむ、情報の通りだね。恐らく、半刻と経たずに北からも来るだろうよ。あたしの兵は北東部の五〇〇はそのまま、別の五〇〇は東から南東を見張って。残りの五〇〇は状況に合わせて動かすから待機」

「はっ」


 伝令を下がらせたヨイカフツは、喜色満面でまとっていた薄布を脱いだ。薄緑の肌は岩のような硬さと砂のような細やかさで、ほとんど全裸に近い姿は古い時代の彫刻さえ思わせた。


「戦化粧をしてくる。話の通りなら奴らが来る。つまり、あいつも来る!」


 土の四天王が大股で部屋を出て行った後、残されたワイヨールは傍らの若い竜と顔を見合わせ、軽く目配せをした。捕まえた妖精と忍び込ませたスパイからの情報では、北東部の大規模攻撃は囮で、本命は南東から来る事になっている。果たしてその情報がどこまでの信憑性を有しているのか、老獪な風の四天王は真意を測りかねていた。



「ボーヴァン少佐が偽情報を?」

「あぁ、前に酒場で騒ぎになった時、正規兵が口々にこの作戦に対する不満を漏らしてたろ。あれは少佐の策だったらしい」


 戦闘の音を遠くに、特別作戦に投入された人員を載せたトラックが、大きく迂回してアーカルの南側に繋がる道を走っていた。揺れる荷台で尻を痛めながらも、リンダはカーンに尋ねていた。


「目的は二つ。一つは営内に潜んでいるだろうスパイへの撒き餌、もう一つは正規兵のガス抜き。正攻法でアーカルを落とすのが難しい現状、一発逆転の秘策が民間上がりの義勇兵だなんて言われたら、不満は大きなものになる」

「それなら、黙っていた方が良かったと思うけど……」

「王立魔法団が介入しており、義勇兵も少なくない数が配置されている以上、人の口に戸は立てられぬと言ったところだ」

「それで、よく兵隊さんを納得させられたね」


 リンダの懸念はもっともだった。正規兵からすれば、門外漢が決して多くない数で押し寄せ、自分達を囮にして仕事を奪われるに等しい。彼女も酒場の仕事で似たような経験があるだけに、妙な同情を抱いてしまう。


「まぁ、幸いとは言わないが、酒場で騒ぎになった事で俺達の力……特にエリックだな、あいつの一件と魔法団のお墨付きで黙らされたようだ」

「お兄ちゃんのアレね……正直、私もまだよく分からないよ」


 リンダの顔付きが険しくなった。エリックの放った金色の茨の正体は、未だ不明という事になっている。サイクスやイェリアの意見や証言を合わせれば、エリックの中にある前世、オリビア・べクォンの魂の残滓が影響している事になるが、今の世を生きる者には確証が持てないのが現状だった。


「それでも、私はお兄ちゃんを信じるよ。お兄ちゃんの中に誰がいても、お兄ちゃんである事に変わりはないもの」


 カーンの表情に、幾らかの柔らかさが戻った。同時に、一抹の寂しさも感じられた。こういう時、リンダはあえて突っ込んだ質問をしない。それがどんな答えであれ、場の空気をかき混ぜる原因になると分かっているからだ。特に、作戦開始前の状況で、カーンの精神面を揺さぶるような真似は慎むべきという判断は、何ら不自然ではなかった。

 現在、エリックはもう一台のトラックにいる。今作戦の編成は一個中隊規模の正規兵と傭兵、義勇兵と王立魔法団からなる。ボーヴァン率いる戦闘機二機一個小隊、正規兵の戦車三両一個小隊、そしてルビィ隊とクニット隊を含む二個小隊規模の歩兵と輸送のためのトラック二台に指揮車である。各隊は人員を半々にしてトラックに載せ、道中どちらがやられても半数は動けるようにしていた。こちらのトラックには、ティットルとネジム、イェリアが乗っている。


「今、どの辺りなんだろう」


 揺れるトラックの中、幌の隙間から射し込む光だけが、外の世界がある事と今が昼前である事を知らせていた。


「砂を噛む感触がある。そろそろラキーテ砂丘だ」

「そんなに遠くまで出てるの?」


 物静かな印象を与える傭兵が応じると、リンダは思わず声を上げた。確かに、戦闘の音は彼方のものになりつつある。あまりに若い娘の声が出たものなので、押し殺したような含み笑いが方々から聞こえてきた。リンダはぽかんと口を開けたままにしていたが、我に返ったように口を噤んだ。


「相当、遠回りをしているんだな」

「そもそも、我々の出発は正規軍よりも早かった。夜明け前から動いてるにも関わらず、まだアーカルに着かないという事は、かなりの距離を移動しているとは思ってたいたが」


 カーンの嘆息に、ティットルが応じた。すると、兎亜人の傭兵が口元に人差し指を立てた。静かに、という合図、そばだてた耳が小刻みに動き、何かを感じ取る。音だけではない。僅かな空気の流れの変化までも察知しているようだった。


「どうした、地竜でもいるのか?」

「あぁ。地竜かどうか分からんが、何かがいる」


 先程の傭兵が、兎亜人に話し掛ける。真剣な面持ちと兎亜人の表情に、トラックの中はたちまち緊張の糸が張り詰めた。兎亜人が幌の隙間を指で広げ、小さく舌打ちする。小銃を構えるやいなや、他の傭兵や義勇兵が彼に倣った。


「出ろ、急げ!」


 トラックが乱暴なブレーキを掛け、助手席の軍曹が怒鳴る。リンダもある程度は訓練した事で、突発的な命令にも反応出来るようにはなっていた。トラックから躍り出ると、既に道を外れた戦車部隊が砂丘に向けて横一列に並んでおり、何者かの襲撃に備えていた。


『どうなんだい、ボーヴァン!』

『筒状の渦巻く砂煙、間違いない。砂塵獣だ!』


 指揮車に乗るカリエと、上空のボーヴァンとの通信が、トラックからも聞こえてくる。


「もう秋だってのに、砂塵獣とはツイてねぇな」


 傭兵の一人が小銃を構えながらぼやいた。


「リンダ、砂塵獣って?」

「お兄ちゃんが言ってた。砂地に潜む巨大なミミズみたいな怪物で、渦巻く砂嵐をまとう姿からそう呼ばれるって」


 ティットルは砂丘の向こうから迫りくる砂嵐の端を見ると、周囲の警戒心とは違う感想を抱いていた。その気配に勘付いたのか、隣のトラックにいたヴァイスが駆け寄って来る。


「ヴァイスも気付いたか」

「はい。僕も砂丘の怪物を見るのは初めてですが、あれは単体の生き物じゃないですよね」

「あぁ。あれは……群体だ」


 そう呟くと、ティットルはヴァイスの腕を掴んで飛び上がった。周囲の傭兵達が何事かと目を丸くするも、すぐに迫る脅威に向き直った。


「一気に距離を詰める。妖精剣、行くぞ!」


 水竜との戦いで消耗した妖精剣を直したティットルは三振りずつを体にまとわせ、空を翔けるための翼とした。それらは羽ばたく事もなく、彼女の魔力を推進力にして飛行するための翼だった。


「力を抜けヴァイス、奴らの上を取ったら逆落としを掛ける」


 二頭の竜が空を舞い、迫る砂塵獣の頭を捉えた。その上空には、小さくも雨雲が渦巻いている。迎え撃つ態勢を整えていた者達からすれば、薄気味悪い光景だった。


「よし、やれ!」

「いきます……驟雨(しゅうう)の術式!」


 雨雲から手が伸びるかのように、空を薄ら白く染めた雨が、砂塵獣に叩き付けられる。雨粒と共に急降下したティットルが、砂嵐を貫くように飛び抜けた。砂丘を乗り越えて迫っていた渦巻く砂嵐が行先を見失い、雲散霧消する。地上で見ていた者達は、ただただ呆然とするばかりだった。


「砂塵獣を倒しちまったぞ……たった二人で……」

「おい、こいつは何だ?」

「肉切り虫じゃねぇか。握り拳くらいあるぞ」

「こいつらが飛び回って、あの砂嵐を作ってたのか……?」


 ぴくぴくと脚を震わせながら仰臥した虫の群れを見て、傭兵達がざわついている。その様子を遠巻きに眺める存在に気付く者は少なかった。

驟雨の術式

瞬間的に叩きつけるようなにわか雨を降らせる術式で、あまりの勢いに火は消え、風は止み、地は流れるとまで言われている。

術式としての難易度はそこまで高くないとされているが、対象の頭上を取らなければならず、また起動前にそれだけの量の水を溜める必要がある。

そのため、実質的に空気中に干渉出来る風の術式による援護が欠かせず、二人以上の術者が連携して放つ高度な術式として認識されている。

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