第六十五話『王立魔法団』
大陸暦一三五八年、九月四日――
酒場で暴れた件は、流石に特別顧問の目に入っていた事からお目溢しとはならず、営巣入りと謹慎に処される者が五十名にまで達した。ルビィ隊とクニット隊の義勇兵も例外ではなく、ツアンカに続いて二度目の処分となった。
二日間の謹慎が解け、鈍った体を慣らしたのが昨日の話で、この日は昼過ぎから作戦会議という名の顔合わせであった。一同は訓練所の片隅にて少休止を取っていた。まだ傷の治り切らない顔を合わせては、ダジラとネジムが口許を歪める。
「あの……大丈夫? ダジラさん、酒瓶で殴られてましたけど」
「このくらい、地元の奴らとの喧嘩に比べたら大した事ないさ。ギムココ諸島の海の男は気性が荒いんでね、酔った騒ぎで斬った斬られたなんてザラよ」
ダジラが赤銅に灼けた左腕を見せる。肘から先のたくましい筋肉の盛り上がりに沿って、古い刀傷が走っていた。すぐ後ろを歩くネジムに古傷を見せるように腕を上げると、言葉の通じない男の苦笑いが返ってきた。元より口数は多くないようだった。
「海の男も大変なのね。山の男も似たようなものだけど」
眉をひそめる事もなく答えたリンダに、ダジラは思わず目を丸くしたが、そのくらいの根性がないと義勇兵など務まらんとばかりに笑みを浮かべた。彼はリンダが村の酒場で、似たような男達を見ている事を知らなかった。
「義勇兵、休憩終わり。次は昼まで射撃訓練を行う」
訓練担当の軍曹が百名近い義勇兵を立たせる。エリック達以外にも義勇兵は送り込まれており、基地の警備や守備の任に就いていた。退役した元軍人や傭兵と同じメニューでの訓練となるため、基礎的な体づくりは控えめになっている。もっとも、この一月半あまりで島を半周しながら魔王の手の者や水竜を相手にしてきた一行なので、体力的な面での問題はなかった。
リンダは慣れた手つきで、さり気なくスカーフ状に結んだリボンに手をやった。
「これから私達は会議か……やだなぁ」
「仕方ないだろ、カリエの婆さん……いや、特別顧問殿が俺達を特別な任務の中心に置いてるんだ。関係するお偉いさんとの顔合わせは必須だろう」
「分かってるけど、やっぱり体を動かしてる方が楽よ」
昼食を終え会議室に向かう途中で、リンダはげんなりした顔でぼやいた。目的の部屋に近付くにつれて、すれ違う制服の肩や胸の星やラインが増えてゆく。それに合わせて、空気が張り詰めていくのを感じていた。カーンも気が気でなく、重苦しい扉の向こうに何が待ち受けているのかと、心の中で肩を落とした。
「ルビィ隊、クニット隊、参りました」
「入れ」
エリックが上ずりそうになる声をなんとか抑えて到着を告げると、返ってきたのはリーミンとも違う男の声だった。会議室に入ると、そこには一行の想像とは異なる緊張感に包まれていた。長机の最奥、議長の席にはカリエが座っていたからだった。居並ぶ将官や将校の出で立ちも少し変わっていて、全体的に若かったり、亜人が多かったりといった具合だった。そんな中、先日の騒動の引き金となったボーヴァンの姿があった。
「ようこそ、英雄の諸君」
「英雄……?」
ボーヴァンが仰々しく言った。リンダは皮一枚の下で眉をひそめた。こういう時の不快感を表に出さない事には慣れている。
「お久しぶりです、師匠」
「確かに、十年ぶりか。しかし、今はそういう場ではない。後で改めよ」
「はい」
カリエの横に腰掛けていた、厳かな出で立ちの梟亜人に話し掛けたのはニールだった。いつもの胡散臭さはまるでない。まるでエリックがニールに接するように、ニールはその梟亜人に接していた。エリックは一寸遅れて、先程の重苦しい声の主が彼である事に気付いた。
「ニール先生の師匠……もしや、貴方はルコアール卿では」
「いかにも。ダミリエ・ヘグ・ルコアール、此度の特別作戦において司令を仰せつかった」
たちまちエリックが飛び上がる。緊張のあまり、伸び切った紐のように直立していた。兄の突然の反応を怪訝に思いつつ、リンダは居並ぶ高官に共通点を見出した。階級を問わず、左胸の略章の下に同じブローチを身に着けていたのだ。黒地に金縁は、王家から特別な許可を帯びた者の証である。中には、カリエのように階級章が無い者もいる。
「気付いたようだね、お嬢ちゃん……いや、ルビィ隊副長リンダ。今この場にいるのは、全員が正規軍の者ではないよ。あたしのような、将官や将校待遇を受けた特別顧問さ。王立魔法団、それがあたし達の正体さね」
「王立……此度の戦、それほどの事態と見てよろしいのですね」
カリエに言葉を返したのはティットルだった。会議室に漂う異様な空気に、何かを察したようだった。リンダは半ば気圧されるようになって、何も言えずにいた。
「流石は竜王の一族、察しが良いな」
「晶石に言霊に精霊、三つの魔術体系の魔力が混ざり合うなど、只事ではありません。これほどの使い手を揃えるとなると……とは疑問に思ってました」
ボーヴァンが口許を歪めながら返すと、ティットルは表情一つ動かさずに答えた。この中には、言霊魔術の使い手がおり、その腕前はカリエの精霊魔術と同等と見て取れた。
「出来れば、竜王の一族にも赴いて貰い、四つになって欲しいところだったが……」
「申し訳ありません。祖父、風の竜王ミュルコ・モースはニプモスにて義勇兵に馳せ参じ、火の竜王ツアンカ並びにその一族は麓の守りに就いています。水の竜王ソキュラはつい先日、王位継承に至り、まだ万全の態勢とは言い難く……」
「うむ、それはこちらも聞いている」
ルコアールがティットルの返答を制すると、厳かな空気を醸し出したまま、椅子の上に立ち上がった。それに倣い、他の面々も立ち上がる。
「それでは、改めよう。王立魔法団長にして、此度の特別司令のルコアールだ」
「同副団長、議長並びに調整役のカリエ・リカンパ」
「前線指揮官のフランチェスコ・ボーヴァン空軍少佐だ」
議長席として設けられた長机の三名に続き、居並ぶ魔法団員が自己紹介を済ませる。他の面々は役職から見て、リンダ達が直接関わる事がないと思われた。多くが、今回の特別作戦において正規軍の指揮系統に組み込まれるからである。ルビィ隊とクニット隊はその後で自分達の姓名を告げた。この義勇兵は、王家の勅命を帯びた者達にさえ奇異に映る。
「……して、議長の本命は『写身の娘』と聞いておりますが、先日の騒ぎによると、その兄……『金茨の君』もなかなか、とボーヴァン少佐から」
貴族のような風体の男が言った。リンダもエリックも、恐らく自分達の事を言われているのは察したが、幾らかの薄気味悪さを覚えていた。この男の話し方や声が醸し出す粘性のような不快感によるものが大きかった。
「そうさね。あたしも『写身の娘』……リンダ・ルビィの能力に高い関心を寄せていたが、『金茨の君』……兄のエリックも同様と見た。さらに、サイクス・キュリールを名乗る黒い鎧、それを迎えに来たという冥界の使者イェリア・ソミス。あたしが興味あるのはこの四人だ」
カリエから見て、エリックの伸びは想定外だった。妖精の郷でミュルコ・モースの雷を受け止めた障壁の術式を見た時は面食らったが、その後は各所での報告を聞く限り、ここ最近で急激に伸びてきたという印象だった。『金茨の君』というコードも、先日の騒動を受けて付けられている。
「まずはリンダ、あんたのコピーについて色々と調べてみたが、写身の術式を無音詠唱で行使しているという結論に至った。しかも、さっきの射撃訓練では、傭兵の中から腕の立つ奴を初見で見極める目まで鍛えてるときた」
「写身の術式……と、無音詠唱……?」
「写身の術式は、あんたがコピーと称して使ってきた能力の正しい呼び方で、無音詠唱は言霊魔術の形の一種で、文字や発声の代わりに身振りで術式を行使する珍しいやり方だ」
リンダは分かったような分からなかったような顔をする。無音詠唱に関しては、恐らくリボンに触れるという行為が該当すると察したが、それ以前にコピーに似た能力を発揮した時の事は覚えていなかったからだ。
「妖精の郷で王妃のタニア様からリボンを頂いたのですが、これには私のコピー……その、写身の術式を制御するためと仰っていました。それより前は写身を使っている間は、意識がはっきりしない事が多かったので、それを抑えるためだと思っていたのですが……」
「一里あるね。写身や憑依の術式は未熟な者が使うと、魔力によるトランス状態に陥り、自身の制御が効かなくなる。事実、ニプモスで先代ソキュラと戦った時、あんたはあたしを写して精霊を借り、カーンを写して一丁前に戦って見せた」
「その事も、あまり覚えていません。あと、それ以前にも写身をしていたらしい事も、何も……」
ふむ、とルコアールが厳かに唸る。魔法団員からも小さなどよめきがあった。魔法が文明の中心から遠ざかって久しく、写身の術式は相当に珍しいものだったためだ。カリエはふとした事に気付いた。
「恐らく、無意識による勝手な行使があったんだろう。タニアはそれを制御するため、リボンに触れるという行為を無音詠唱としてあんたに授けた。そして、あんたは写身を使いこなすうち、モノにしたんだろう……ところで、あんたは今、写身を使ってるんじゃないかい?」
カリエが右手に精霊ロアを宿し、指をパチンと鳴らした。瞬間的な高音が威圧感を持って会議室に反響し、空間そのものを揺さぶった。直立したリンダの体が、雷に撃たれたように跳ね上がる。
「やはり、エリックを写していたね」
「ご、ごめんなさい……私、こういう改まった場が苦手で……つい、お兄ちゃんをコピーしちゃってました……」
リンダに愛嬌を覚えたのか、居並ぶ魔法団員の男達が色めき立つ。誰も彼もというわけではないが、いささか色恋沙汰には縁の遠そうな、あるいは遠くなったような者が多かった。カリエは呆れ、ティットルは女団員と同様、その光景に顔をひそめている。イェリアは苦笑いを浮かべるだけだった。
「静粛に」
まるで裁判長のような厳かさで場を静めたのはルコアールだった。手元の木札のような棒で机を打ち鳴らし、空気を緊張感で包み込む。男達はたちまち静かになって姿勢を正した。
「やれやれ、女に縁のない野郎を惑わすんじゃないよ。さて、リンダ。あんたの能力がある程度分かった所で、次はエリックに主題を移す。その前に、一つ聞いておきたい」
「は、はい」
「あんた、さっきエリックを写身していた時、他に誰かの存在を感じなかったかい?」
カリエの質問に、リンダはその意味を理解出来なかったが、少しの沈黙の後に、思い出したように口を開いた。
「明確に誰か、という程じゃないんですけど……何かがお兄ちゃんの中に、いました。以前、サイクスを写身した時にも感じたんですが、混濁した記憶のようなものを感じる事があるんです」
リンダの言葉に、サイクスとイェリアが強く反応した。彼女のコピー、もとい写身の術式が、対象者の曖昧になった記憶をも復元する事があるのは、マニティの古物商の歌を思い出させた事で知られている。
「サイクスほどハッキリしてません。記憶というより、もっと感覚的というか……上手く言えないけど、何かがいます」
王立魔法団
キュリール王国黎明期に発足した、王家直轄の魔術師組織。
創始者が魔法使いであった事から、歴代の団長は魔法使いの家系から選出されるほか、団長から数えて上位三名は晶石、言霊、精霊魔術の使い手としてそれぞれ最も秀でた者がその座に就く。
組織の構成員は基本的に魔法使いであるが、魔術の技量が水準以上であれば、年齢や性別、種族を問わず入団する事が出来る。
魔法が文明の中心から退いて五百年以上が経過している事や、影の組織である事から一般の認知度は低く、人としてのステータスにはなりにくい傾向にある。
その為か、男性の構成員には三〇歳を経ても女性関係が空白の者もいる。




