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第五十六話『水竜王の子供達』

 大陸暦一三五八年、八月三十日――


「久しぶりね、ヴァイス」

「五年ぶりです。しかし、リッコマーが一緒という事は、もしかして……」

「我々もいるぞ、王を僭称する弟よ」


 冷徹さを感じさせる声が続いた。リッコマーと同じく、魚亜人にも見えなくない外見だが、異様な長身ゆえに目立つ、そんな水竜が姿を現した。


「そんな顔をするな、全員来ている」


 唖然とするソキュラを制するように、暗闇の向こうから続々と水竜が姿を見せる。その多くは人間に対して敵対心を抱き、特に先代ソキュラによく似た大柄な水竜は全身がその威圧感で満ち満ちている。数は七頭、リンダ達は数の上でも不利だった。


「待ち伏せしていたのね、どうやって私達の居場所を?」

「イミノッキがゲハロークを通じて、お前達がツアンカにいた事を知らせていた。奴の連絡とは別に、リッコマーを使いに出して方々の情報は集めていた。流石に我々がツアンカの地まで足を運ぶわけにはいかんのでな」

「ルミチャス、いいだろう。奴らはどうせ、この場で全員始末する」


 ルミチャスと呼ばれた長身の水竜の説明を、大柄な一頭が遮る。鮫よりも獰猛な怪魚の様相を呈したその水竜は、先代ソキュラにも勝るとも劣らない、研ぎ澄まされた殺意をみなぎらせていた。


「……質問に答えるのは私の癖でね、兄よ。どうせ殺すのであれば、せめて自分達を討つ者の名くらいは知っておきたいだろう」


 ルミチャスが兄と呼んだ水竜は、いささか憮然としながらも、それ以上の強い言葉で止めるような事はしなかった。


「私は先代ソキュラが第二子ルミチャス、そこの第八子リッコマーは同じ腹の妹だ」

「だから見た目が似てるのね」

「いかにも」


 リンダの返事に、ルミチャスは妙に落ち着いた声で応じた。冷徹ではあるが、残酷ではないという印象を受ける。


「我は第一子、長男シェパーナ。後ろのは第三子ロゼ、そいつと同じ腹だ」


 名乗りをする辺り、敵意の中にも礼を失しない程度の理性は有している。しかし、ソキュラもといヴァイスは違和感を覚えていた。


「待って下さい、ウォカート兄様はどうされました? 常に行動を共にしていたはずですが……」

「そういうえば、あなたは聞いてなかったね。竜王のお爺さんが言ってたよ。ニプモスを襲った時に倒されたって」


 リンダの言葉に、シェパーナの目に、怒りと憎悪の閃光が走った。触れてはいけないところだったらしい。一歩を踏み出そうとした時、前に躍り出た者がいた。


「私は第五子ラニャ、この子は双子の弟で第六子ピコーダですわ。それと、ウォカート兄様はニプモス夜襲の際に戦死されましたの」

「……姉さんに全部言われたけど、第六子のピコーダ……あと、リッコマーの隣にいる小さいのが末っ子のラーム……」


 ラニャと名乗った水竜は、魚というより海獣類の海トカゲに近い見た目で、ロゼとは違った形で脂の乗った肢体を煽情的にアピールしていた。弟のピコーダは、慣れたようにあしらいながら小さい弟の紹介を済ませる。


「さぁ、もういいだろう。竜王ソキュラの証、大牙の首飾りを寄越すのだ」


 全身から噴気を溢れさせるシェパーナが右手を突き出す。有無を言わさぬ威圧感が、水のドームで覆われた空間そのものを震わせるようでさえあった。


「いいでしょう、遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていました」


 ソキュラが首飾りを外し、手に取る。この瞬間、彼は元のヴァイスに戻った。シェパーナもルミチャスも、ラニャとピコーダも自分達に寄越せとばかりに威圧する。ヴァイスは居並ぶ兄弟を一瞥すると、周囲の反応を他所に歩き出した。


「ラーム、お前がこれを預かってくれ。そして、僕達の中で勝った者が次の竜王だ」

「は、はい」


 末っ子のラームが首飾りを受け取ると、他の兄姉達は揃って目を丸くして、次の瞬間には再び鋭い眼光を走らせた。


「何故、ラームに預けた?」

「ロゼ姉様がシェパーナ兄様に付いているという事は、もう中立と見てよいのがラームだけだった、幾ら血迷っても幼い末っ子を手に掛ける事は次なる王のする事ではないと思ったからです」


 ルミチャスの問い掛けに、ヴァイスは咄々と応じた。なるほど、と頷きつつ、刃を備えた錫杖を構えた。合わせるように、シェパーナは海洋銀の大剣、ロゼは光り珊瑚の槍、ラニャとピコーダは色違いでお揃いの双剣を構える。ヴァイスも大振りの短剣を抜いた。


「ロゼ姉様も竜王の座を?」

「私は、シェパーナ兄様に勝って頂くため。ヴァイス、あなたでも手加減は出来ないわ……」


 複雑な面持ちで短剣を構えるヴァイスの横に、拳銃を抜いたカーンが立った。リンダは黒い短剣を、ティットルは妖精の細剣を、エリックは魔晶石を光らせた杖を、そしてサイクスが金細工の短剣を構えていた。


「皆さん、これは水竜の王位継承の儀のようなものです、巻き込むわけには……」

「いや、前に言ったはずだ。兄弟が争わなきゃならないのは間違ってると」


 カーンの言葉に、苛立ったのはシェパーナだった。


「これは我ら水竜の儀。人間ごときが踏み込んでよい領域ではない」


 敵意や威圧を通り越した、純粋な殺意と憎悪が、隆々たる肉体から溢れ出ていた。


「でも、今のあなた達はこのままだと、真っ先にこの子を狙うでしょ。大の大人が寄ってたかって、子供一人を虐めるのね」

「それは順序が逆だな。元より、先王たる父が没した際、その亡骸を葬りつつも大牙の首飾りを継承するのが筋であった。風の竜王が入れた横槍に乗じて、ソキュラの名を僭称した弟にこそ非がある」


 挑発的に言葉を返したリンダだったが、ルミチャスの言う事の方がもっともだった。実際、横紙破りをしたのはこちら側なのだ。痛いところを突かれて押し黙るリンダだったが、すかさずエリックが援護に入った。


「しかし、君達水竜の一族は、僕達人間の排除が目的の一つだろう」

「そうだな、傍らの兄を見れば分かるだろう。我々は父を遺志を継ぐために、竜王の座を求めているのだ」

「ならば、この場でヴァイス共々、僕達を全滅させるくらいの力量は無くてはならないよね。僕達は魔王ルハーラとその配下と敵対している。ましてや、妹は水の四天王から前々から目を付けられているし、火の四天王を倒している」

「……なるほどな。兄よ、どうする」


 エリックの言葉に、幾らかの理解を示したルミチャスが、シェパーナに横目で視線を送った。長兄のわななきは若干の落ち着きを見せている。ふと、ロゼが二人の意図を噛み砕いて耳打ちしているのが見えた。ヴァイスが大きく変わったように、ロゼもまた変わっていた。


「どうせ全員片付けるのなら、手っ取り早い方がいいという事か、まぁいいだろう。我とロゼは奴を討つ。お前達は残りの人間と、竜の面汚しを片付けろ」

「分かった。では、私はあの頭の回る者と、黒い鎧を」

「私達は、あの女達を引き受けますわ」

「ルミチャス兄様、私も……」

「いや、リッコマーはラームの側にいろ。流れ弾から守ってやるんだ」

「……はい」


 水竜達の意見はまとまった。シェパーナとロゼはヴァイスとカーンに、ルミチャスはエリックとサイクスに、ラニャとピコーダはリンダとティットルに、それぞれ向き直った。右も左も分からないラームは、首飾りを手に戸惑うばかりだったが、リッコマーとフィズが寄って来た事で、ある程度は落ち着いていた。


「ゆくぞ」


 シェパーナが担いだ海洋銀の大剣が、深く蒼い刀身を鈍く光らせた。踏み込み、初手から袈裟懸けの大振り。ほとんど避けられる事を前提にした、威しのような一振りだった。その巨躯と威圧感に気圧されていれば、なすすべなく一太刀にして開きにされている。横っ跳びに避けたヴァイスに対して、カーンは後ろにステップを踏んだ、そこへ飛び込んできたのは淡く輝く一筋の穂先だった。


「カーンさん!」


 油断していたわけではなかったが、実弟を前にして、本気の突きを見舞う事など考えにくい、そう思い込んでいたカーンのミスだった。光り珊瑚を加工した槍は、うっすらと稲光に似た色を放つ。咄嗟に拳銃の銃身で受け、流すように弾く。ロゼは勢い余ってたたらを踏む事もなく、槍を構え直した。


「……本気なんだな」


 穂先を受けて傷の入った銃身を一瞥すると、カーンはロゼに向き直った。腹を括り、大きく息を吐き出して迷いを振り払う。素早く構え直した拳銃から放つ一筋の銃火が、彼の返答であった。まともに狙いをつけずに当たるほど、銃は簡単な武器ではない。しかし、当たるか否かではなく、戦う意思を見せる事に意味があった。銃弾は水のドームに絡め取られ、外部に被害を及ぼす事はない。


「ヴァイス、腹括れ! あれをお前の姉と思うな!」

「……はい!」


 戦わせたくない意思と、戦わなくてはならない現実がぶつかっている。カーンは銃口の先に、撃たなくてはならない相手を捉えていた。



「魔光弾の術式、大連弾」


 エリックとサイクスの視界が白く染まる。ほとんど照明弾でも撃ち込まれたかのように、辺りは眩い輝きに満ち溢れていた。一回の発動で四から五発の光弾を放つ術式を、四倍の出力が出る連弾のさらに四倍の大連弾で放っている。控え目に見ても七十発の光弾が二人に迫っていた。


「なんて数だ……暗幕の術式!」


 エリックが掲げた杖の先から、インクを水に溶かしたように闇が広がる。たちまちに形成された黒いベールは、強い光を遮り術者を守る、はずだった。十発と持たずに暗幕が破られ、エリックとサイクスは激しい光と音の坩堝に叩き込まれたのだ。


「ぐっ……!」

「拍と持たなかったぞ……!」

「無茶を言うな、僕は水竜を相手にするなんて初めてなんだ。あの時も先生の脚付きコンテナの中だった」


 守りの術を呆気なく打ち破られたエリックが、ひどく悪態を付く。義勇兵のルビィ隊を率いている身とは思えないほどの荒れ方だった。サイクスはその様相に違和感を覚え、途切れ途切れの記憶を探ってみた。


「あぁ、思い出した。水竜の魔力か」

「いかにも。これを極めるのに時間は掛かったが、兄弟の中で私だけが操る事が出来る……」


 火の竜王ツアンカが心の火を用いたように、水竜の魔力にも精神的な干渉の性質がある。


「つっ……そうか、これが竜の魔力か。この感じは……錯乱か?」

「よく分かったな。並の人間ではなさそうだ」


 頭の痛みを覚えつつも、エリックはルミチャスの姿見を正面に捉えていた。極めているという言い回しは不遜でも慢心でもない。光と音で相手を叩く魔光弾の術式に、水竜の錯乱の魔力を含ませていた。水と光、異なる力を同時に使う事は容易ではない。魔法文明時代には使い手も少なからず存在したが、今となっては喪われた叡智の一つだった。


「そういった研究をしているし、今回の騒動で色々と分からされたしね」

「そうか、ならば身をもって知るがいい」

「あいにく、今は忙しいんでね」


 立ち上がったエリックは、杖の先端に入れられた魔晶石を一際強く輝かせた。大人しく負ける気はないという、戦意の表れだった。

水竜の精神干渉

竜の魔力には精神干渉の性質がある。

火竜は心そのものを揺さぶって良くも悪くも作用する力を持ち、水竜は平常心の喪失からなる錯乱や狂奔、風竜は高揚感を与える事による鼓舞だが過ぎれば煽動、地竜は鎮静と安寧だが過ぎれば停滞と虚無の性質を持つ。

他の三元素と異なり、水竜の魔力は基本的に害意のある攻撃的なものであり、積極的に極めようとする者は少ない。歴代の竜王ソキュラの中でも、この性質を使いこなした者は片手に数えるほどしかいないとされている。

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