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第五十五話『遭遇』

 大陸暦一三五八年、八月三十日――

 山間から伸びる朝の日差しが、晩夏と早秋の始まりを告げる頃、火山都市ツアンカから王都ジョーギンに向けてのトロッコ列車が出発した。リンダ達は一路中間地点であるマニティで下車し、プッカ方面行きの列車に乗り換える。ジョーギンからの列車はこの十日あまりで大きく数を増やしていた。港湾都市ニプモスでの訓練と再編が一段落し、必要な人員や物資を送る便が増加していたのだ。


「やっと乗れたね」


 貨物車の隣の客車にて腰を下ろしたリンダが、朝も早くから疲れた声を上げた。増便にも関わらず、丸一日駅で待機する事になったのは、増え過ぎた列車の整理や整備が追い付かず、さらに負傷者の後送が重なった為だった。


「待ち合わせや荷の重さで、平時の倍近い時間が掛かるそうだ」

「ケガ人を運んでるんだ、無理もない」


 予定時刻に幾つも修正の線が引かれた運行予定表を見ながら、エリックとカーンが応じた。駅員が鳴らしたベルの音に合わせた、トロッコ列車がゆっくりと動き出す。魔力エンジンの回転数も平時より大きく引き上げられていたが、それでいてようやく同じ速度が出せるほどであった。


「……静かですね」

「負傷者を運んでいるんだ。中には安静の者もいるだろう」


 しばらく走ったところで、ソキュラが違和感を覚えた。以前にジョーギン側から乗った時は、作業者のドワーフ達がご機嫌な歌と踊りで盛り上げたものだったが、今はそれらが一切なく、只々洞窟の中をひた走るトロッコ列車の車輪がレールとの間に上げる軋み音と、時折聞こえてくる魔力エンジンの唸りだけが、一行を包み込む音だった。静寂というより沈黙、サイクスにはそう感じられた。


「……思い出すな。そう、思い出す」

「どうしたんだ?」


 独りごちたサイクスの横顔に、中身のない甲冑の横顔に、エリックは得体の知れない表情を見た。彼が建国の英雄であるならば、幾多の戦場と、それがもたらす血と死の臭いを知っているはずだった。


「いや、なんでもない。昔の事を思い出した」


 サイクスが小さく顎を動かす。エリックがその先に視線を送ると、急ごしらえの寝台に横たわる兵士の姿があった。血色と包帯に巻かれた胸の上下から、生きてはいるようだった。薬か魔術かで鎮静させられているのか、静かに眠っている。頭にも包帯が巻かれており、左目にも掛かっていた。恐らく、戦闘で失われたのだろう。


「私の古い友人も、彼のように片目を無くしてね。思い出してしまったんだ」

「そうか……なぁ、サイクス」

「どうした」

「もし、この戦いが魔王ルハーラの軍勢だけじゃなくて、レンストラ大陸連合軍との戦いでもあるのなら、今後もあのように傷付き倒れる人が増えるのかな」

「……相手が誰であろうと、戦をすれば人は傷付く。体も、心も」

「……そうだな」


 サイクスの言葉に、エリックはいささか瞳に影を落とした。魔王軍だけならば、自分達が何とか出来るのではないかという、淡い希望があった。しかし、島の外の、大陸を統べる大国の連合軍が相手となると、キュリール島など一揉みにされるのではないか、自分達に何が出来るのかという不安が覆い被さっている。


「エリック、顔に出てるぞ」

「済まない」


 サイクスが気持ち強めの口調でエリックをたしなめた。彼はルビィ隊の隊長なのだ。どんなに小さな集まりでも、上に立つ者の動揺は下に伝わる。曇った表情を切り出したのはサイクスだが、エリックに伝播していい道理はないというのが、リーダーという立場の厳しさだった。


「彼女を見ろ、知ってか知らずか、あのくらいで構えるのが丁度いい」

「……そうだな」


 言われて、リンダに目をやった。騒がしくはないが明るさを失っていない姿に、エリックは羨望を抱き、サイクスは懐かしさを覚えていた。


「そういえばティットル、乗り物は大丈夫になったの?」

「まぁ、ね」


 隣に座るティットルが、以前に見た青白い顔ではなくなっている事に気が付いた。


「トラックとかに揺られてただろうし、慣れるよね」


 そこまで言って、リンダは彼女があの脱走の夜、トラックに乗らず自力で飛んでいた事を思い出した。ふと、ティットルの体が小刻みに震えている事に気付く。トロッコ列車の揺れとは無関係の、不自然な揺れ方だった。よく見ると、尻が座席から少し浮いていた、座っていない。


「もしかして、尻尾だけで?」

「……うん」


 乗り物酔いと尻尾だけで体を支えて浮く、どちらが体力的に負担になるのかは分からなかったが、本人がそれでいいのなら、とリンダは割り切る事にした。



 揺られる事二刻半、来た時よりも大きく時間を要しながらも、トロッコ列車はマニティ中央駅に到着した。


「何というか、人が増えたね」


 フィズの手綱を手に中央駅を出たリンダの第一声はそれだった。しかし、人が増えた分の賑わいは感じられない。ツアンカから逃れてきた市民や後送されてきた負傷者、ジョーギンからの増援や補給物資の運搬要員によるもので、とにかく物々しい空気に包まれていた。


「話を聞いたところ、プッカ方面への列車に乗るなら一駅分歩いて、南地区駅から乗って欲しいとの事だ」


 案内図を大まかに写した手帳と、平時の観光用パンフレットを手にしたエリックが先頭に立った。


「歩いて行ける距離なのか?」

「線路に平行する坑道に、車が通れるほどの幅があるようだ」


 カーンの問い掛けに、エリックは簡単な地図を見せて答えた。元が坑道なので登り下りはあるものの、数日前にヌンカル火山の溶岩洞窟を突っ切った事を思えば、一行にはわけない事だった。


「ふむ、では……プッカ方面に向かう列車に荷を運ぶ車に乗せて貰えないか、交渉してみるのも手か」

「生憎、事前に連絡のない増員を載せられるほどの空きはないとの事だ」


 サイクスの提案も通らず、やはり歩くしかなさそうだった。南地区駅に向けて動き出した車列を見送る形で、リンダ達は坑道の闇へと足を踏み入れた。



 坑道を歩き始めて半刻、暗闇に目が慣れてくると、思ったよりも周りが見えている事に気が付いた。坑道が真っ暗に見えたのは、外からの光を鏡で集め、拡散させる照明装置による明るさが中心街を覆っていたからである。また、坑道にも等間隔で車両用の照明が備えられていた事で、ある程度の明るさは確保されていた。


「こうやって見ると、綺麗な灯りだよね」

「そうね、ドワーフは金属だけでなく、鉱物であれば何でも美しく、かつ強靭に加工する技術を有しているわ。オーヴェル様のお屋敷にも、随所にドワーフ様式の紋様や飾り照明があったはずよ」


 リンダとティットルは並んで歩きながら、普段の暖色系に加えて、坑道を赤青翠と彩る照明に目を奪われていた。壁や天井に刻み込まれた魔力伝達の術式陣によって、灯火の術式による等間隔の照明を可能にしている。


「灯火の術式はそのまま使うのでは、強い光を放つだけですが、トビチライト晶石を織り交ぜたガラスを、元素色の鉱石や金属を含んだ合金で作られたフレームに組み合わせる事で、様々な色の灯りが作れるんです。火の元素色の赤はジャン鋼、水の元素色の青はジトライトやジェライト、風の元素色の緑はユーナジ鋼、土の元素色の黃はマスタダイト辺りがよく使われますね」

「へぇ、詳しいのね」


 話に加わってきたソキュラが、得意満面に続けた。ティットルも知らない事らしく、感心の面持ちである。


「水竜やその眷族には外貨を得るため、珊瑚や夜光石といった資源、ジトライト鉱石から作られる海洋銀の装飾品を作る技術があるんです」

「暴れん坊かと思ったけど、そういう所もあるのね。でも、水竜は人間と対立してるんでしょ? どうやって商売するの?」


 リンダの反応はもっともだった。ソキュラのような存在が、水竜の中では稀な方である。


「それは――」

「魚亜人やそれに近い体型の水竜が、人間社会に溶け込んでいるのよ」


 耳慣れない声が、色とりどりの光の隙間、闇の中から滲み出るように聞こえてきた。少女の声だが、どこか硬質な反響音を含んでいる。鱗を持つ者が発する声に見られる特徴だった。足を止めたソキュラの顔がたちまちに強張る。


「リッコマー、どうしてお前がここに?」

「……私だけじゃない、皆来てるわ」


 蒼い光に照らされる形で姿を見せたのは、魚亜人を思わせる風貌の、若い水竜だった。魚のヒレのように変化した耳翼と小さな角、申し訳程度の背中の翼が、彼女が水竜である事を証明していた。深い青に見える鱗に、翡翠のような輝きが走る。明るい所で見れば、鮮やかな翠なのだろう、リンダは傍目に見て、リッコマーを美しいと受け取っていた。


「ソキュラ、あの子は知り合い?」

「……僕の、妹です、腹違いの」


 リンダの言葉に、ソキュラとリッコマーが同時に顔をしかめた。それも、双方異なる理由だった。


「ソキュラの名を戴いていいのは、彼ではないわ。ヴァイス兄様、お父様の首飾りを返して頂くわ」


 リッコマーの視線が鋭くなった。激情ゆえか、目尻から閃光が弾ける。幼く見えても、彼女は竜だった。それも、人間に敵対心を抱く水竜だ。


「リンダ、どうした?」


 少し後ろから追い付いてきたエリックの声に、リンダはある事に気が付いた。兄の声が反響していない。間近で話していたティットルやソキュラならともかく、距離のあったエリックからの声は、坑道に反響するはずだった。


「みんな、上!」


 リンダの声に、最初に反応したのはフィズだった。見上げて、首を傾げる。ニダモアの目は良い方だが、暗がりでは大きく視力が落ちる傾向にある。元々、夜通しで荷を運ぶ事に適していないのだ。ソキュラは何が起きているかを察し、その様子からティットルとサイクスも把握した。


「どうなってんだ?」

「恐らく、私達の周りが半球状の水の幕に覆われているのだろう」


 サイクスからの説明を受けて、カーンもやっと事態を飲み込めた。エリックは、この水から生じる異常な強さの魔力に戦慄していた。


「これは、ただの水じゃない……この規模で、鏡幕の術式を展開している……!」


 鏡幕の術式は水を幕状に操り、細密な鏡の連なりを作り出す事で、外部からは向こう側の景色を映し出す、つまる所は姿を隠す術式で、以前にソキュラがメリッサとローザを隠す時に用いていた。それを、半径三ルマーチョ(約二〇メートル)はある水のドームで覆っている。


「この魔力は……姉上ですね」

「……そうよ」


 ソキュラの問い掛けに、闇の中から声が返って来た。水竜の粗暴さを一切感じさせない、穏やかな声だった。リッコマーと同じく、蒼い光に照らされた姿は、明らかに妹と異なる竜のそれだった。鮫を思わせるシルエットに、夜光虫のようなぼんやりとした光を湛える珊瑚のような角。耳や翼の膜はうっすらと紅を帯びている。角の光は魔術を行使している証だった。

元素色

魔法文明時代より伝わる、万物を構成するとされる要素にちなんだ『火の赤』『水の青』『風の緑』『土の黄』のこと。

ほとんど無加工でこれらの色を発する金属の事を元素色金属と呼ぶが、色に応じた元素の力を秘めているかは、直接的な因果関係はない。

水の青を発するジトライトは鉱石の時点で『蒼海石』の異名を持ち、水の元素エネルギーを有している。しかし、その名の通り海底鉱脈にしか存在しないため、人間の社会に広まる事は稀である。

ちなみに、マニティの坑道で用いられる蒼い光のランプに用いられているのは、ジトライトと同様に水の青を発する『冷輝石』ジェライト鉱石である。こちらは寒冷地であれば比較的容易に入手出来、マニティ山地にも鉱脈が存在する。

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