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第四十話『騒がしい朝』

 大陸暦一三五八年、八月二十三日――

 二十二の刻限を少し回った頃、司令部の一室で夜番に当たっていたドキャンタは、先日の対戦車戦闘で生じた損害を再確認していた。一〇〇名以上の死傷者は、一個大隊を三個中隊に満たない戦力にまで落としてしまう。


「ハイネ・ドッツナー、エンリコ・カロマーニ……あぁ、ティンバー・オシトー、こいつも死んだのか。こいつは傭兵隊随一の狙撃手だった」


 名簿に赤鉛筆で印が書き込まれた者が、今までの戦死者となる。ドキャンタは戦闘が起こるたびに、このチェックを欠かさなかった。遺族への連絡を各小隊長にさせるためであり、戦力配分の変化を認識しておくためだった。特に、狙撃手や戦闘工兵のような専門家は育つのに時間が掛かり、素養がある者を見つけるだけでも一苦労する。名簿に目を通しては唸り、目頭を揉んでから義勇兵の名簿を開く。こちらに書き込まれた赤い印は、はうんざりするほど多かった。


「おいおい、いくらなんでもこれは……ん?」


 義勇兵は登録時の用紙が束ねられたものを名簿として使っており、めくってもめくっても赤い印が目に入る。何枚目かをめくった時、ドキャンタの目に止まる名前があった。


「バクスター・ザリワイ……でもって、この姉と妹の名は……」


 メリッサとローザ、見覚えのある名前だった。つい数日前、義勇兵の中でも美人姉妹と話題になっていたので、手を付けてしまっていた。二人とも一晩で解放したのだが、先日の戦いにはいなかったという。脱走扱いで捜索隊を編成し、明日にでも動かすつもりだった。


「まぁ、こんな情勢だ。珍しくもないだろう……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ドキャンタは再び赤印だらけの名簿をめくり始めた。どこか後ろ暗く、手が進まない。しばらくして、ようやく赤印のないページになった。参加して日が浅い者や、当人の能力や技量から戦闘員として加えなかった者が多い名簿だった。


「……この辺は、まぁいいか。こいつらにまで赤印が付く頃は、相当ヤキが回ってるだろうしな……ん?」


 ぼやきながら名簿を眺めていると、気になるページに目が止まった。風変わりな六人組の義勇兵、ルビィ隊だった。


「サイクス・キュリール……あの鎧の、随分と大層な名を名乗ってんだな。あと、このリンダって娘は、あの厨房の新入りだったな」


 机の上に名簿を置き、椅子に沈み込むように体を預ける。気が滅入っている時は、酒か女に限る。しばらくは夜番なので、酒は飲めない。と、なれば――ドキャンタの悪癖が煙草の煙と共に立ち上っていた。



 翌、二十四日――

 ルビィ隊は一日の休暇を貰っていた。敵の侵攻があるため、ツアンカ市街地より出る事は出来ないが、幾つかの歓楽街や施設の利用は許されていた。とはいえ、まだ五刻半という時間は早朝で、街の多くは未だ夢見心地であった。そんな中、リンダとカーンは寂れた公園の片隅で、ナイフを用いた格闘戦のトレーニングを行っていた。


「ナイフでの戦闘は最終手段だ。つまり、やるからには負けられない。基本は突きで、一度突いたらすぐに引く」

「斬ったり払ったりはしないのね」

「刃渡りが短いからな、有効打を加えるなら突きが速くて確実だ。銃剣を小銃に着ければ攻撃の幅も広がるが、それは別のカテゴリになる」


 訓練用の木のナイフを構えて、突きの練習に入る。リンダは戦闘訓練をほとんどしていないため、体さばきが鈍っていた。今後の事を考えると、射撃訓練もさせておきたいが、場所的にもそこまでの余裕はなかった。

 カーンと向き合ってナイフを向け合う。動作を確かめるように踏み込みや狙い目、突いてすぐ戻る足捌き。そして相手のナイフを避ける訓練まで、ゆっくりとした動作から始めて二刻ほど体を動かしていた。


「どうだ、鈍ったところはマシになったか?」

「なんとか。せっかくの休みなのに、付き合ってくれてありがとう」

「休みなのはお互い様だ。状況は防戦一方、攻めに転じられない以上は時間の問題。少しでも身を守る努力はしておいていいだろう」


 訓練用のナイフを腰に差して、カーンは南西の方に目を向けながら言った。一寸遅れてリンダも同様に顔を向ける。先日の対戦車戦闘で、ローザの兄と思わしき人物が戦死した。戦局としては、戦車三輌の鹵獲という大きなものだったが、代償は少なくない。カーンは少し間を置いて、ゆっくりと口を開いた。


「……鹵獲した戦車は、ワーグリン王国製だった」

「どういう事?」

「この前話しただろ。レンストラ大陸の三つの大国の一つで、北のカレド帝国の動きに睨みを利かせてるはずの国だ」

「本来なら睨み合ってるはずの国同士が、魔王の軍勢に兵器を売ってるって事?」

「横流し品が行き着いた可能性も考えた。だが、今回奴らが使ってきた戦車は、まだ放出するほど古くない、現役で最前線を張れるモデルだ」


 先代ソキュラがニプモスを襲った際に用いた、カレド帝国製のトゥンマ級潜水兵員輸送艇は旧式の横流し品であり、傭兵相手の武器商人であれば取り扱っている者もいる。しかし、ワーグリン王国製のゼゴン一式改戦車は、国家間レベルの契約に基づく供与や輸出、ライセンス生産が必要になる。何者かが不正に流したなどの事案がなければ、ワーグリン王国が何らかの意図で、キュリール王国への侵略者に加担している事になる。

 真剣な面持ちのカーンをよそに、リンダは腕を組んで首を傾げた。


「うーん、あんまり難しい事を考えるのは止そう? お腹空くよ?」

「まぁ、そうだな。そろそろ八の刻限だし、どこか飯屋でも探すか」


 カーンとリンダは並んで歩き出した。ホテルは兵舎としての色が強くなっており、どうしてもメニューに偏りというか、パターンのようなものが見え隠れするようになった。嫌ではないのだが、休みを貰った以上は気分転換もしたいというのが本音だ。


「あんまり開いてないね」

「まあな、こんな状況だ。小洒落た店は大抵閉まってるだろう」


 それでも、自分がいた時代よりはマシだ。カーンはその言葉を飲み込んだ。瓦礫が所々に積み上がり、弾痕が穿たれ、焼け焦げた街並みに悲しげな表情を浮かべるリンダの心を、これ以上深く沈めたくなかったからだ。補給物資の集積場となった公園の時計の針が八の刻限を回った頃、交差点沿いに小さなカフェを見つけた。


「あそこ、いいんじゃないかな」

「そうだな、行ってみるか」


 開店中の立て看板を確認すると、二人はカフェに入った。質素ながらも随所に小洒落た装飾の施された、年季の入った常連客が常駐している雰囲気だったが、客席に腰掛けていたのは仕事前のドライバーと非番の兵士数名だった。どの客も若くはなく、年季の入った常連と思われた。


「いらっしゃい、空いてる席に掛けて」


 一寸間を置いて、店主の威勢のいい声が響く。そろそろ五十歳に差し掛かりそうな中年女で、どっしりとした体型からドワーフを連想したが、顔回りの毛の少なさと、焼けていない白い肌から普通に人間だった。歳に似合わず鮮やかな橙色の髪に、思わず既視感を覚える。


「出せるのはモーニングくらいだけど、いい?」

「大丈夫です。コーヒーは砂糖があればお願いします」

「そのくらいなら大丈夫よ」


 恰幅のいい女店主が厨房へと引っ込む。兵士達はこちらを気に留める事もなく談笑し、ドライバーはソファー席に横になって新聞紙を被っている。賑わっているとは言い難いが、活気が無いわけではなかった。少し経って、サンドイッチとコーヒーのセットが運ばれてくる。ハムとレタス、刻みキャベツの酢漬けがそれぞれ挟まれていた。コーヒーは銘柄のある豆が入らないためか、香りの弱い安価な物になっていた。


「戦いがなければ、もっと落ち着いてご飯も食べれるんだけどね」

「いや、俺からすればこれでも充分だ」


 状態を問わず、野菜があるだけマシという観点が、カーンの根底には未だにある。この時代に飛ばされて一月になるが、元の時代の感覚は忘れないようにしていた。


「ねぇ、カーンは元の時代に帰りたい理由があるんだよね」

「……まあな」

「もしかして、好きな人がいるとか?」


 リンダの言葉に、カーンはそっぽを向いた。図星か、リンダはもう少し突っ込んだ質問をぶつけようかと思ったが、気が引けてしまった。テーブルに身を乗り出し掛けて止める彼女を見て、カーンが怪訝な表情を返す。


「何だよ、俺に質問攻めでもする気だったんだろ」

「そのつもりだったけど、なんかね」


 帰る理由になるほどの相手がいるという事は、他の誰かからもそう思われている可能性がある。自分と兄を残して死んだ母と、隔離施設に消えた父。いずれも、流行り病が原因だった。リンダの物憂げな顔を前に、カーンも質問攻めというわけにはいかなかった。サンドイッチを平らげた後の皿と、飲み掛けのコーヒー、店内で流れる一世代前の流行歌が、柄も言えぬ気まずさを醸し出していた。


「……とりあえず、飲んで出ようか」

「そうだな」


 味のしないコーヒーを飲み干し、勘定を支払って外に出ようとした、その時だった。柄の悪い犬亜人が数人、押し入るようにカフェに入って来たのだ。同じ服装はドキャンタ傭兵隊の制服、左胸の見慣れない部隊章を見て顔をしかめたのは、非番の兵士達だった。二人は慌てて身を捩り、肩の先も触れないように注意する。


「何でしょう、息子の戦死報告なら既に受け取ってますが」

「二人の娘が脱走した。ここには来ていないか?」


 変わらぬ態度で出てきた店主に、傭兵達は大仰に言い放った。店主は一瞬目を丸くしながらも、努めて冷静に対処する。脱走兵に対する捜索隊だ、リンダとカーンは顔を合わせないようにした。


「いえ、ここには来ていません。来たところで、そちらに送り返しています」

「正直に言った方が身のためだぞ。メリッサ・ザリワイと妹のローザが、数日前より行方不明だ」


 ローザの名を聞いて、リンダが反応しかけた。カーンが相手にするなと視線を送る。足早に立ち去ろうとした時、もう一人の傭兵が声を上げた。


「居合わせただけかもしれないが、全員この場に留まってもらう。君達の中に、脱走を手引きしている者がいるかもしれん」


 理屈は分からなかったが、とにかく動けないらしい。突然の騒ぎに体を起こしたドライバーも、物々しい集団を目の当たりにして体が固まっていた。


「厨房の樽にでも隠れているかもしれんな。おい、やれ」

「おう」


 リーダー格の傭兵が仲間を厨房にけしかけた。一人が店主を押さえ、他の二人が押し入る。全員に静止を呼び掛けた一人は、拳銃を抜いていた。皿の割れる音、荷の崩れる音が聞こえてきたのは間もなくだった。


「やめて下さい!」

「だったら居場所を吐くんだ!」


 捜索隊のやり方が度を越している、ほとんど山賊じみていた。カーンもリンダも衝動を抑えていた、その時だった。


「ドキャンタの子分どもがいっちょ前に、憲兵の真似事か?」


 非番の兵士の一人が立ち上がった。年嵩を増した、ベテランの風格が漂っている。連れ立っていた二人の兵士も同様に立ち上がっていた。所作から、兵士というより将校にも見えた。


「義勇兵は傭兵大隊の指揮下にあるが、根本的には正規軍の所属になる。お前らの所有物じゃないんだぜ」

「だったら、何だってんだ」


 正規兵と傭兵との間に、一触即発の空気が流れる。数の上では傭兵が有利だった。その時、リーダー格が顎でサインを送ると、隣にいた傭兵がリンダに拳銃を突き付けた。


「女の頭をぶち抜くぞ。大人しく座ってろ」


 撃鉄の上がる音が不気味に響く。正規兵も大人しく従わざるを得ない、そんな危機的状況だった。

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