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第四十一話『出頭命令』

 大陸暦一三五八年、八月二十四日――

 リーダー格の傭兵は一部始終をしっかりと見ていた。しかし、それを正確に認識、理解するには時間が足りていなかった。

 拳銃を向けられた女が、何気なく髪を掻き上げるような仕草をした。正規軍の連中に座り直すように言った、その瞬間だった。意識がわずかでも女から逸れていた一瞬の隙を突いて、女の手が伸びて拳銃を掴み上げた。


「何をする、大人しくするんだ!」


 成人もしていない小娘のような女に不意を突かれた、その動揺から対処が遅れた。手首を捻られ、拳銃をもぎ取られる。女に拳銃を向ける頃には、仲間に銃口が向けられていた。そして、正規軍の連中がなだれ込むように突進してきたのだ。



「全く、危ない真似をするなよ」

「ごめん。でも、いても立ってもいられなかった」


 お約束のような捨て台詞を残して逃げていった傭兵達を尻目に、カーンはリンダの額を小突いた。

 店主を押さえていた一人は正規兵が、厨房を荒らしていた二人はカーンが拳銃を向ける事で制圧した。


「ありがとうございます。でも、脱走者の捜索隊に逆らって大丈夫なんですか?」

「それは心配ありません。先程も言いましたが、義勇兵は正規軍の管轄です。そのため、脱走の事実が認められて、始めて正規軍の捜索隊が動きます。今のところ、そのような情報は入っておりませんので」


 謝礼半分、心配半分にリンダ達を見ていた店主に、正規軍の一人が声を掛けた。


「そうでしたね、リスピッツ少佐」

「あぁ、そうだ、マチュナー大尉。ドキャンタのやり口は既に聞いている。リカンパの奴が放っておくからこうなるんだ」


 三人の中では比較的細身に見えるマチュナー大尉が、ベテランの風格を漂わせるリスピッツ少佐に確認を取った。リスピッツの口振りからするに、ドキャンタの評判は軍令部でも芳しくないらしい。それを泳がせておくリカンパのやり方にも、思う事がある者は少なくないようだった。最も大柄なもう一人は何も言わず、荒された店の片付けを行っている。


「君達は市民……ではないな。義勇兵か?」

「はい、私はルビィ隊副長のリンダ。こっちはカーンです」

「ふむ、大した度胸と技量だ。しかし、義勇兵である以上はドキャンタの指揮下にある。気を付けるように」

「はい。では、失礼します」


 元気よく答えたリンダは、形のなってない敬礼と共に、カーンを連れてカフェを後にした。


「……さて、偶然とはいえ、ドキャンタの子飼いどもが狼藉を働く現場に出くわした。貴様達が証人だ。次の会議で締め上げるぞ」

「はっ、戻り次第、資料をまとめます」

「よし。ビルジー軍曹を手伝ったら帰るとしよう」


 リスピッツはマチュナーを連れて、大柄なビルジーが強面に似合わぬ丁寧な所作で片付けを手伝う厨房に入っていった。



「それで、咄嗟にカーンをコピーしてその場を切り抜けたのか」


 ホテルに戻ったリンダを待っていたのは、渋い顔のエリックだった。ティットルとソキュラは久しぶりの休みとばかりに寝呆けており、九刻を回っても起きてくる気配がない。疲れているのもあるが、元から竜と人で生活リズムが異なるようだった。


「うん、タニア様に貰ったリボンのおかげで、だいぶ調整が出来るようになったし、カーンが構えてなくても真似出来るようになったわ」

「リンダの物真似は、コントロールが効かないのが問題だったからな。これなら体への負担も少ないだろう」

「そうじゃない」


 成長と進歩を前向きに受け止めるリンダとカーンに対して、エリックはさらに語気を強めた。苛立っているのは誰の目にも明らかである。


「自分達の大隊を指揮する傭兵部隊を相手に喧嘩売って、ただで済むはずがないだろう。良くて反抗的な態度によるけん責か営巣送り、悪ければ脱走幇助で銃殺だぞ」


 ヌンカル火山へ行くために、ツアンカを抜ける必要があるという時に、わざわざ騒ぎを起こす必要はない、というのがエリックの意見だった。しかし、リンダ達からすれば、規律違反は傭兵隊の方であり、正規軍の佐官に咎められると銃を向けられたのである。そして、正規軍側ではメリッサとローザの脱走の事実確認は出来ていない。


「規律の上ではリンダ達に分があるかもしれんが、現状ではドキャンタ傭兵隊を戦力から外す事は難しい。否応なしに義勇兵は傭兵隊の下に付かざるを得ない状況である以上、もう少し慎重に行動すべきと思う」


 頭に血が上って考えのまとまらないエリックの代わりに、サイクスが釘を差した。


「……確かに、先日の戦闘から考えると、あの傭兵隊長の実力は本物だ。だが、よからぬ噂が多いという事は、人間的には問題を抱えてるって事だろう。そこは切り離して考えるべきだと思うな」


 カーンは兵として、サイクスは将として、先の対戦車戦闘におけるドキャンタの手腕を目の当たりにしている。

 幹線道路を進軍する五輌のゼゴン一式改戦車を、随伴する複数の歩兵小隊とともに引き付け、引き付けてから煙幕弾を撃ち込み、対戦車砲と最寄りの対空機銃座で一斉射撃を加えた。煙幕を抜けてくる随伴歩兵を義勇兵に任せ、傭兵隊でも手練の者が束ねた手榴弾や狙撃銃で戦車に襲い掛かった。

 砲塔上から身を乗り出した車長、車体の覗き窓から外を垣間見る運転手が次々と撃ち抜かれ、目と足を止められた巨獣は肉薄する猟兵を止められずに撃破されたのだった。対戦車砲も旧式で小口径ながら、戦車の足を止めたり、榴弾で歩兵を相手するには事足りた。足りるには足りたが、充分ではなかった。それが、鹵獲と引き換えの少なくない犠牲である。


「とにかく、何を言われるか分からない。リンダとカーンは待機だ。ホテルを出ないように」

「分かったわ」


 リンダとカーンは渋々ながらも承諾し、エリック達の部屋に留まる事となった。


「……ところで、ティットルとソキュラはまだ寝てるのか?」


 サイクスが思い出したように言った。時計の針は九刻半を回った辺りで、いくら休みとはいえ、流石に起きなければならない時間である。少々うんざりした表情を浮かべたエリックが溜め息混じりに立ち上がった、その時だった。


「私だ、入るぞ」


 ティットルの声だった。ノックもなしにドアが開く。その後ろにはソキュラもいたのだが、二人の間には不自然な隙間があった。また、彼女の声はどことなく落ち着きがない。不穏な気配を感じ取ったサイクスは二人を部屋に入れると、ドアに簡単な細工をした。鍵を掛ける事は規律上禁止されていたため、床の溝に短剣を軽く突き立て、ドアに向けて軽く傾けた。ドアは内開きのため、誰かが入って来れば、ドアは短剣の柄頭に当たって音を立てるという仕掛けだった。


「よし、これでいい。で……ティットル、そこにいるのは誰だ?」


 サイクスはティットルとソキュラの間、誰もいないはずの空間を指差した。人が一人か二人は入りそうな間である。


「あぁ、少し待っててくれ。二人とも、そこのシャワー室へ」


 ティットルに促された何者かが、部屋に備えられたシャワー室へと入っていく。微かな気配、大小二人分の足音が感じられた。そして、シャワー室の前に立ったソキュラが両手をかざすと、一際大きな水音が聞こえてきた。


「もう出てきて大丈夫、みんな私の仲間達だ」


 努めて穏やかなティットルの声に、二人の人間がシャワー室から出てきた。女が二人、その片方はリンダも知っている人物だった。


「ローザちゃん!?」

「リンダちゃん!」


 メリッサとローザ、脱走の疑いが掛けられている姉妹だった。エリックとカーンの顔が険しくなる。脱走者を匿ったなどと問われれば、言い訳も難しくなる状況だった。先の戦闘で行方不明になっていたとしようにも、二人はその前からいなくなっていた。


鏡幕(きょうまく)の術式か、流石は水竜の一族だな」

「自分以外に使ったのは初めてです。サイクスさんには分かってしまいますね」

「昔、当時の水竜ソキュラに苦しめられたからな。対処法を思い出したんだ」

「それよりも、説明が先だ。どうして、この二人がここにいるのか」


 エリックはますます険しくなった顔で、メリッサとローザを見た。ローザが怯えたように縮こまり、メリッサが必死でそれを抑える。その様子から只事ではないと判断したのはカーンだった。リンダも明らかな異変に気が付いている。ティットルは顔に悔しさを滲ませていた。


「私から説明する。メリッサ殿、良いかな」


 柔らかな口調に、幾分か顔色を良くしたメリッサがうなずく。そういえば、先程から一言も発していない、流石にエリックも二人の様子がおかしい事に気付いた。


「二人は数日前の夜……お爺様が来た時だったな。消灯間近という時に、兵士に連れられてホテルを出た。私が窓の外を見た時に確認している」

「あの夜か。お前の爺さんがいきなり飛び込んできて、そっちに気を取られてたな」

「あぁ、その後、二人は司令部から少し離れた、傭兵隊の宿舎として使われている別のホテルに連れられて行った」

「まさか、件のか?」


 ティットルが説明し、カーンが眉間にしわを寄せて勘付く。二人はリカンパ少佐から説明を受けていた。エリックとリンダも固唾を飲んで身構える。


「待っていたのは傭兵隊長ドキャンタと、その副官アロンツォだ。後は私の口から言った方が良いのならば、言おうか」


 誰もが沈黙した。メリッサが言葉を失い、ローザがひどく怯えるほどの蛮行があった。恐らく、この一連の流れはローザから聞き出したのだろう。リンダより年下の少女の目は、涙で潤んでいる。


「軍の上層部がどこまで事態を把握しているかは分からん。しかし、少なくともリカンパ少佐は知っているだろう」

「俺達と飯屋で鉢合わせたリスピッツって少佐も何か掴んでいる。その上で泳がせているリカンパ少佐に対して反感も抱いているな」

「カーン、そっちでは何があったのだ、聞かせてくれ」


 ティットルの要請に、カーンはうなずいた。リンダとの早朝トレーニングの後、朝食を摂りに入った店が偶然にもメリッサとローザの母親が経営していた事、姉妹を脱走者として捜索隊が派遣され、過剰な取り調べを正規軍に咎められるとリンダに銃を向けた事。一部始終を話している間、二人は手で顔を覆ってはすすり泣いてた。姉妹の間にいた兄弟、バクスターの死も知らなかったという。


「……では、二人をそのリスピッツ少佐の元へ連れて行き、取り計らってもらうのはどうだろうか」

「うまくいけばいいけど、下手すると二人が軍からも脱走したって思われそうね」

「しかし、このままここに置いておくのも危険だ。僕達も、この二人もだ」

「それはそうだけど……」


 エリックは軍令部への出頭を提案するも、リンダとティットル、カーンは難色を示していた。リンダの言うように、二人が脱走者と認定されれば、それこそおしまいである。姉妹の今後を話し合う声が大きくなりそうな、その時だった。ドアが開き、サイクスが差し込んだ短剣に当たる音がした。


「こっちにいたのか」

「どうかされましたか」


 傭兵隊の伝令だった。メリッサとローザはベッドの影に隠れているため、彼の視界には映らない。応対したサイクスを見て、伝令はこれが噂の、と歓心を寄せ、少し間を置いてから文書を読み上げた。


「リンダ・ルビィ。今日の二十二刻前にこのホテルの入口で待て、との事だ。大隊長からの出頭命令、確かに伝えたぞ」


 リンダは伝令から文書を受け取ると、了解の意を示した。捜索隊を相手に一悶着を起こしている以上、強く出られない。踵を返す間際、伝令の口元が歪んでいるのが見えた。ドアを閉じ、リンダが振り向いた先には、怯えた表情のメリッサとローザが震えていた。

鏡幕の術式

水鏡の術式に連なる、水を用いた術式の派生形で、鏡のようなレンズ状の水を幕のようにまとわせ、向こう側の景色を映し出す事で対象を隠蔽する。

離れた所から見れば本当に存在しないかのように隠れるが、近付くと足音や気配、水の流れによる空気の冷却によって察知されてしまう。

また、対象が速く動くと幕が剥がれる、乾燥に弱く水気の無い場所では使えないなどの欠点もある。

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