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第二十六話『二つの会議』

 大陸暦一三五八年、八月七日――

 妖精の郷、領主オーヴェルの屋敷にて行われている会議は、今後の対応に関して意見を募っていた。元来、妖精の本質は元素エネルギー体であり、精霊との違いは自我や知性の有無である。エルフのような亜種とは異なり、本質としては刹那的であり享楽的、キュリール島を治める者が誰であろうと関係ないといった風情だった。そのため、妖精側の末席に座する者とまで来ると、いささかやる気がない。


「魔王と言えど、元は魔力がなければ何も出来ないようなもの。この森を損ねるような真似はしないでしょう」

「オーヴェル様、短命の者達は魔法を捨て、精霊への敬いを忘れた者。過度の肩入れはこの森の不幸を招きます」


 我関せずを通すべき、という意見は他にも聞こえてきた。人間からすれば腹の立つ話だが、妖精からすれば外から厄介事を持ち込まれて煩わしい気分なのだ。しかし、ちょうど中間の席に座っていた妖精は違った意見を述べた。赤い三角帽子に白く波打つ長い口髭が特徴的な、職人妖精(レプラコーン)である。


「魔王ルハーラといえば、かつてこの島を支配した際、この精霊の森にも戦禍を持ち込みました。竜王様の先代も、旧きオーヴェル様もタニア様も、森を守るために妖精騎士を率いて応戦したものです。結果として我々は敗れ、竜王様の命とミュルコ・モース様の魔王への忠誠と引き換えに、この森は永らえたのです」

「そうだ。我が父、先代のミュルコ・モースは魔王ルハーラに挑み、敗れた。我が一族の屈辱がなければ、この森なぞとうの昔に灰燼に帰しておるわ」


 ミュルコ・モースの言葉に末席の妖精達は怖気付き、中間の席のエルフや職人妖精、家事妖精(ブラウニー)の長達は腕を組んで静かに頷いた。


「我々に必要なのは、襲来が予想される魔王ルハーラの軍勢に対する備えです。その為にも、森の外にいる者達との連携や情報のやり取りは特に重要視されるべきかと」

「うむ。そのためにも島の各地に、我らの目となり耳となり、口となる者達を配さねばならん」


 エルフの男騎士の意見に、竜王は然りと応じる。末席の妖精達は嫌そうな顔をした。先述の通り、妖精とは刹那的な面が強く、享楽的である。誰かの為に我が身を投げ出して事を成すという概念には乏しい。加えて、妖精は亜種の多くを含めて金銭や物品での報酬を嫌う傾向にある。その為、働かせるとなると幾らかの策を講じなければならない。


「それでは、その伝達者の選抜は私が引き受けましょう。あなた様は、妖精達を従わせる方法をお考え下さい」

「タニア、お前はこの案に賛成だと言うのか?」

「断る理由がありません。竜王様の言うように、今のキュリール島に安全な場所などないと心得た方がよいでしょう。例え肩透かしに終わっても、何もせずに森を焼かれるよりはずっと良いはずです」


 タニアの声はしっとりとしていて、かつ芯の通った力強さを帯びていた。リンダやエリックから見れば、マークスの手綱を取るウィノアを連想する。オーヴェルは渋々ながらも承諾した。


「さて、次はあなた方の意見を聞きたい。我々の方針にも異論があれば申して貰えれば助かる」


 オーヴェルはサイクスを見据えて訊いた。正直なところ、サイクスとしては記憶の手掛かりにミュルコ・モースを訪ねるという当面の目的を果たしたので、次の目的地など考えていなかったのだ。返答に困り、思わずカリエに視線を振った。


「あたしは当初の精霊石を受け取るという目的が果たせたからね。一度、西の方に戻るよ。魔王の配下が暴れてるそうだし、放ってはおけなくてね」

「婆さん、大丈夫か? 軍が動いてるんだし、民間人が出る幕じゃないと思うんだが」

「お気遣いどうも。だけど、あたしはこれでも救命士の資格持ちでね」


 カリエは島の西側に戻ると告げた。西側の主要都市であるツアンカとアーカルは、ニプモス以上の攻撃に曝されていると聞く。カーンの心配も無理のない話だった。


「私は一度、ニプモスに戻ろうと思う。家や研究所の片付けもしたいからね」

「でしたら先生、僕達も一緒します」

「いや、エリック君はサイクス君に同行し、助けになってやりなさい。後でレポートを出してくれれば良い」

「は、はい」


 ニールも離脱を切り出した。サイクスへの興味が薄れたというより、単純に戦力不足が否めないからである。蒸気機関拳銃を失った今、彼の身を守る武器は何もない。


「元より、ニール殿とカリエ殿は成り行きから共に来た。目的が果たされた以上、こちらの都合で引き止めるわけにはいかないでしょう」

「すまないね。だが、あんた達なら、サイクスの記憶もカーンの帰還も、なんとかなりそうな気がするよ」

「私も私で、魔王の支配と黒い鎧の英雄の時代について、もう少し調べてみようと思う。きっと、何か手掛かりがあるはずだ」


 カリエとニールは席を立ち、サイクスとミュルコ・モース、オーヴェルら夫妻に一礼した。この四日間で既に荷物はまとめてあったらしく、途中退席の非礼を詫びると、足早に部屋を出て行った。リンダはカリエの表情に、焦りの気配を感じ取っていた。あの早足は、明らかに何かを知っている。ニールはカリエに付従う形で退出した。こちらは単純に妖精達から嫌がられているため、早々と切り上げる形でしかない。


「エリックにカーン、リンダはどうする?」

「僕は先生に言われた通り、君の助けになろうと思う」

「俺も、サイクスの一件が片付かないと、どうしようもなさそうだしな」

「リンダ、君は?」

「えっ、私?」


 サイクスに声を掛けられ、リンダは喉を突いて出たような声しか出せなかった。ほとんど上の空だった。末席だったので、話が振られるなど考えていなかったとも取れた。


「うーん……確か、火の竜王も、昔から変わってないんだっけ、お爺さん」

「おっ、こら、竜王様だぞ」


 思わずリンダを咎めたオーヴェルだったが、竜王はそれを手で制した。居並ぶ妖精達に、緊張と失笑がない混ぜになる。家事妖精は愛想笑いを浮かべ、職人妖精は苦笑いを口髭に隠していた。


「あぁ、ツアンカの奴も死んだって話は聞かない。少なくとも、前にこの館を建て替えた時には会ってる。十年前だったな」

「だったら、ツアンカに行こう。火の竜王も、サイクスについて何か知ってるかも」

「しかし、聞いたところによると、その西部一帯は魔王の配下が暴れ回ってて危険だって聞いたぞ。道が封鎖されてる可能性もある」


 リンダの提案に、口を挟んだのはカーンだった。彼女が眠っていた数日間、必要な情報を集めていた。未来の道具に触れさせる事で、職人妖精の興味を引き、色々と聞き出していたのだ。


「それは……行ってみないと分からないわ。北部が襲われたわけじゃないんだし、思ったよりも手薄かも」

「北回りで行くなら、ドワーフの隠れ道を使え。それとツアンカの奴はヌンカル火山の中に居を構えてる。とてもじゃないが、そのままでは熱くて入れないぜ」

「それじゃあ、どうすればいいの?」


 悪戯っぽく言葉を並べるミュルコ・モースに、リンダは口を尖らせた。ほとんど、祖父と孫娘の会話である。竜王の威厳を知っているオーヴェルは気が気でなく、タニアはリンダへの怪訝な姿勢を崩さない。


「ティットル、ソキュラ、手を貸してやりな」

「はい、お爺様」

「分かりました」


 竜王の両隣に座していた竜が立ち上がる。片やティットルは知っているが、もう片方の青い竜がソキュラと呼ばれた事に、一同の目の色が変わった。


「まぁ、落ち着け。こいつはニプモスを襲った水の竜王ソキュラの子供だ。十年ほど前、この館を建て替えた時に奴の妻がこいつを連れてきた。奴の人間に対する憎悪を煽る教えに嫌気が差して、この子だけでも、とな」

「よく十年もの間、ソキュラに気付かれずに済みましたね」

「元々、水竜は一夫多妻で子も多い。こいつは上にも下にも兄弟姉妹が結構いるんでな。考えの合わない妻子がいなくなった所で、気にはするまいよ」

「しかし、どうやって襲名させたのですか。大牙の首飾りがなければ、正式な竜王にはなれません」


 サイクスの疑問に、ミュルコ・モースはにやりと口元を歪めて、首飾りをかざして見せた。抜かれて日の浅い大牙が四本、備えられている。間違いなく、ソキュラの証明となる首飾りだった。


「いつの間に……」

「先代のソキュラがニプモス襲撃の折に死んだと聞いてな、使いを出して大牙を回収させた。今頃、他の連中が血眼になって探してるはずだ。中には、殺してでも奪い取るという奴もいるだろう」

「それは、我々の敵を増やす事に繋がりませんか」

「そんな度胸のある奴は多くない。それに、そういった手合を取り除ければ、襲名後の統治もしやすくなる。何より、水竜の魔力が必要なのは変わらないだろう」


 竜王の言葉はもっともだった。先代ソキュラの派閥に襲われるリスクはあるが、逆に言えば穏健派を抱き込み、今後の共存に繋げるチャンスでもある。サイクスはティットルと次代のソキュラを連れて行く事に同意した。リンダ達にも反対する理由がない。

 次の目的地が決まった事で、会議は終了した。



 同時刻――

 長い年月、砂と風に曝された石柱は、かつて刻まれていた紋様のほとんどを失い、浅い溝が刻まれているに過ぎない。それらが暗闇に向かって、規則的に立ち並ぶ。砂に埋もれた神殿の奥、ラキーテ砂丘の遺跡の深層であった。探査者の目にも届かない闇の彼方に、秘されし祭壇が埋まっている。


「随分と、派手にやられたな。ヨイカフツ」

「あぁ、思った以上にやる……」


 泥濘の鎧と宝石の刃の多くを失い、体中のそこかしこに包帯を巻いた土の四天王の姿は、傍から見ても痛ましかった。


「あんたの言う通り、黒い鎧の奴は強かったよ」

「娘の方はどうだった?」

「あんたの言う、仲間の能力を真似るという事は無かった。ただ……」

「ただ?」

「この左手の深手を負わせたのがそいつだ」


 ヨイカフツは包帯に包まれた左手をイミノッキに見せ付けた。手の平にあたる場所は滲んだ血で赤黒く固まっており、リンダの繰り出した刃が貫通していた事を示していた。他にも、サイクスやカーンに斬りつけられた箇所が痛々しい。


「あたしはあんたほど、器用な回復が出来ない。こんな傷はさっさと治して、ルハーラ様の復活の為に動かないと」

「そうだな。ところで、ツアンカとアーカルはどうなってる?」

「ツアンカにはゲハローク、アーカルにはワイヨールがそれぞれ向かってる。放っておいたら、あいつらだけで攻略が終わっちまう」

「焦るでない。今の人間の技術は侮りがたい。我がソキュラとマンスィス兵を送り込んだニプモスも、既に復旧に掛かりつつある。そうそう、早くに落ちる事はあるまい……」


 イミノッキは語尾を弱らせつつ、甁の中の液体に戻った。歩行戦闘車の主砲で撃たれたので、回復に時間が掛かっている。水竜の魔力はそこからでも復活を可能にするほど強い。ヨイカフツは逸る気持ちを抑え、滾る激情を静めるように壁に背を預けると、祭壇の中心で煌めく炎に目をやった。


「もう少しです、ルハーラ様……」

ラキーテ砂丘の遺跡

本作序盤にて、エリックとニールが調査していた遺跡。

年代を特定する材料が少なく、どの時代に栄えた建築物かもはっきりしていない。ラキーテ砂丘自体が危険生物や魔物の少ない地域であり、時折アンデッドの集団が徘徊する程度である。

大陸暦一三五八年時点では、表層の調査が半分近くまで進んだ程度で、地下遺跡や神殿の存在は確認されていない。

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