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第二十一話『竜の騎士』

 大陸暦一三五八年、八月二日――

 精霊の森の中に開けた妖精の村、その入り口広場にて突如として現れた竜の騎士ティットルは、抜き放った剣をニールに向けて飛び込んで来た。ほとんど突風のような勢いであり、リンダ達のど真ん中を突き抜けた後から、風圧が一行に襲い掛かった。当のニールは右にステップを踏んで回避、むしろ風圧によって身動きが取れなくなる事に身構えていた。足を止められた所に追撃を受ければひとたまりもない。


「今のは挨拶代わりだ。次は当てる」

「待たれよ、竜王の従者」


 飛び上がった場所に戻り、再び剣をニールに向けたティットルに、サイクスが制止を掛けた。


「私はサイクス・キュリール。風の竜王ミュルコ・モースに会いに来た者だ。貴殿と戦う気はない」

「サイクス……? 黒い鎧の英雄を騙るか。騙されんぞ!」


 ティットルの剣の一振りが衝撃波を放つ。サイクスは真っ向から受け止め、弾き飛ばした。これもまた、挨拶代わりか脅しのようなものだった。あくまで目標はニール一人らしい。


「待って、どうしてニールさんを狙うの!? ミュルコ・モースに用があるのはサイクスなのに!」

「お前達の事情など知らぬ。私はただ、そこの男に恨みがあるだけだ」

「恨み……ねぇ。私はいろんな所で恨みを買ってるから、誰が恨んでるかなんていちいち覚えてないよ」


 声色に圧を強めるティットルに対し、ニールは飄々としていた。逆上させて口を滑らせるための挑発とも取れる。向けた剣先が小刻みに震えている。腕をわななかせているようだった。思った以上に分かりやすい性分なのか、それほどの深い恨みを抱いているかのどちらかだった。


「お前がこの郷の妖精にした仕打ち、忘れたとは言わせんぞ!」

「あぁ、あの時の妖精はこの村の。いやぁ、思った以上に効果があったようだね」


 軽口で返すニールの表情に、ティットルのわななきは更に強くなる。そういえば、ニールは妖精の娘にお仕置きをしたという話を、リンダは思い出していた。ティットルの憤りとニールが出禁になったという事実から察するに、あまり考えたくない答えに行き着いた。


「妖精の娘を眠らせて、お前は、お前という奴は、顔に落書きをしたのだぞ!」


 憤りのあまり震える声のティットルに対し、リンダ達には間の悪い沈黙が流れていた。


「……落書き? 何をしたの?」

「なに、大した事はない。眠らせてしまった妖精の娘の額に、カッサーナ文字でちょっとね」


 ニールの言葉に、リンダは呆れたような表情を浮かべるしかなかった。


「いやぁ、もう十年ほど前の話なのに、覚えているとはね。しかし、妖精一人のために十年間も、私一人を恨み続けていたのかい?」

「お前の書いた紋様は、オルウークの戦化粧のようなものだろう! そして、その妖精を眠らせたのも、私の術式をお前が跳ね返したからだろう!」

「あぁ、そうだったね。睡魔の術式を使われたから、とっさに跳ね返したら当たってしまったんだ。後は、ちょっと悪戯のお返しをしてしまっただけさ」

「妖精の額にオルウークの紋様とは、なんたる屈辱的な仕打ちであろうか!」

「オルウークの化粧じゃない。カッサーナ文字だ」


 既にティットルは聞く耳を持たなかった。爆発的な踏み込みにより、地面を超低空で滑空するかのように滑り込む。妖精族に伝わる細身の剣は羽根のように軽く、鉛のように重い。鋭く繰り出された突きを、左にステップを踏んで回避する。ニールは慣れたものなのか、最小限の動きでティットルの剣を避けてみせたのだ。その一連の動作に、リンダは違和感を覚えた。


「カーン、何かおかしくない?」

「お前も気付いたか」


 カーンもリンダと同様、ティットルとニールの戦いに違和感を覚えていた。ニールは考古学者でフィールドワークも多く、それなり以上の場数は踏んでいる。しかし、それでも戦闘のプロを相手にするには身体能力が足りるはずがない。先程の魔物を相手にした時も、蒸気機関拳銃による射撃以外、大した動きは見せていない。左右に踏むステップが、そこまで洗練されていない事が、何よりもそれを証明していた。


「先生、あんなに軽やかに避ける人じゃないよな……」

「あぁ、分かった。あのティットルという騎士の方に何かあるんだな」


 エリックもニールの動きの良さに気付いていた。というよりも、ティットルがそれ以上に未熟に見えるのだ。サイクスもそれに気付くと、失笑を漏らさないように腕を組み、顔を伏せていた。仮にサイクスが本当に建国の英雄であるならば、目の前で繰り広げられる戦闘は、さぞかし茶番なのだろう。そして、一同から説明を求めるかのような視線を一身に受けたカリエが、呆れた表情で答えた。


「まぁ、見ての通り、あのティットルという小娘が、とんでもなく未熟なんだよ。見てごらん、あの暗緑色の鎧の、鈍色に輝く縁飾りを」


 カリエに促され、リンダ達はティットルの鎧に視線を集中した。飾り模様の縁取りは鈍色に輝き、うっすらと紫紺や茜色の揺らめきが混じる。魔法的な付与が施されている、エリックが言った。


「傀儡の術式で何者かが動かしているのか、鎧自体がある程度の意思を持つような術か」

「後者じゃないかね、あの小娘、よく見たら未熟というより、鎧に勝手に動かれてる」

「とにかく、このまま三流にも劣る茶番のような戦いを見るのも、中々に苦痛だ。終わらせてくる」


 エリックとカリエの会話をよそに、サイクスがニール達の元へと詰め寄った。相変わらずティットルは当たる見込みのない剣を振るい続けており、ニールも息が切れないほどの動きでそれを避け続けている。サイクスが近寄っても、ティットルはニールへの攻撃を止めなかった。止められなかったと言った方が正しい。


「その鎧、よくないものが憑いていると見た」


 サイクスが金細工の短剣を構え、柄に仕込まれた魔晶石を輝かせる。既に危険な気配を察してはいたが、ティットルの体はニールから意識を離せないでいた。その様相は、鎧に動かされているというより、縛られているように見えた。


「解呪の術式」


 短剣の切っ先をティットルの鎧に軽く当て、術式を起動する。あらゆる魔力を溶かし祓う純白の輝きが、妖精の郷の広場を染めた。


「何これ、すごい光……!」

「相当に強力な術式だな。サイクスの奴、本当に何者なんだろうな」


 目も眩むほどの、それでいて痛みを感じない白の輝きが、ゆっくりと薄らいでゆく。その最中、鍋でも落としたようなガラガラといった音が広場に響いていた。光が晴れたそこには、薄布一枚だけをまとった竜の娘が、驚きの色を浮かべてたたずんでいた。


「カリエさんが小娘って言ってたけど、本当に女の子だったとは」


 エリックがぼやいた。竜は卵生のため、哺乳類のような器官が存在しない。そのため、人間や哺乳類の亜人と比べて女性的な体のラインにはならないものの、発達した腰周りとそれによる腹部のくびれから、どことなく女と分かる見た目であった。ティットルは突然の出来事に困惑しながらも、慌てて手で体を隠す。反応が遅れたカーンにリンダの、エリックにカリエの肘が押し当てられた。


「え、えっと、私は……何がどうなって……」

「ふむ、鎧に何かしらの術式が掛けられていたようだね。それも、本人が覚えていないほどの、強い呪縛の類だ」


 ティットルの足元に転がった鎧の肩当てを拾い上げて、ニールが言った。留め具のようなものはなく、各パーツが彼女の体に合わせて浮遊していたようだった。暗緑色の表面をノックするように叩くと、まるで水で固めて乾かした砂のように、晩秋の遊歩道に広がる落葉のように、抜け落ちるように崩れていった。手元から地面に落とすと、音もなく砕けて塵になって消えた。


「やれやれ、こんな悪趣味な術式を用いるなんて、どんな悪辣な奴なんだろうね」

「ニール、気を付けな。あたしの想定とは少し違ってきてる」


 ニールに詰め寄り、鎧の一部を拾い上げては握り潰したカリエが、険しい顔で言った。リンダは慌ててフィズに括りつけた荷物袋の中を漁り、防寒用のマントを持ってティットルの元へと賭け付けた。もちろん、その間にも若い男達は他の方を向くようにきつく言われている。


「これ、使って」

「……ありがとう、あなたは?」

「私、リンダ。あなたこそ、何があったの?」

「……分からない。そこに転がってる鎧を手にした時から、意識がほとんど……」


 背中の翼や尻尾が出るように、マントを前後ろ反対に羽織り、胸の下を細帯と紐で締める。リンダの手付きは慣れたものだった。フード部分が前に来ているが、別段困る事はなさそうだった。とりあえずの着付けが済んだため、カーン、エリック、サイクスも呼ばれた。


「済まない、皆に迷惑を掛けた……」

「いや、誰も怪我しなかったんだ。構わないさ。それに、元は以前の私のお仕置きが原因だしね」

「ニール・クニット……あなたの来訪を知った精霊や妖精のざわめきが、あの鎧を通じて、私の中に流れ込んできた」

「感情を司る精霊は確かにいる。しかし、ヒト一人の思考にまで作用するほどの影響力を持つには、術者との契約が必要になる。可能性としては、あんたが着ていた鎧……そいつを動かしていた術者だね」


 申し訳なさそうに頭を垂れるティットルに、ニールとカリエが応じる。彼女の攻撃的な態度は、何者かによって操られていた事による、というのが見解だった。


「本来であれば、私が正式な作法に則り、あなた方に試練を課す手筈だった。しかし、今は状況が違う。お爺様……いえ、竜王ミュルコ・モース様に知らせなければ……」

「それには及ばんぞ」


 不安の色を隠せないでいるティットルに対し、聞き覚えのある声が降り掛かってきた。同時に、広場を覆う木々の枝葉が渦を巻くようにしなり、強烈な風の流れが辺りを包み込んだ。少しでも怖気づいて下がろうものなら、竜巻のような暴風に押し流されて巻き上げられる。その風を受けて物凄い速さで旋回を繰り返した一頭の竜が、リンダ達の目の前に降りて来た。その顔には見覚えがあった。


「あれ、森の外のコテージのおじさん……」

「いかにも。ある時はグリンクパースの観光案内人、ある時はコテージの管理人リカルド・ガーヴィネー。そしてその正体こそ、この精霊の森を預かる風の竜王ミュルコ・モースというわけだ」

「まったく、相変わらずあんたは回りくどいのよ」


 得意満面なミュルコ・モースに対し、カリエが半ば呆れ、半ば憤慨したような表情で返した。


「あんた、自分の孫娘がこんな目に遭ってたのに、何してたんだい」

「正直なところ、オレ様も初耳なんだよ。ここ数日、ティットルの姿を見ていなかった。精霊達に訊いても知らんときた。まぁ、もう子供じゃないから大丈夫と思って、お前達がこの辺に来る頃合を見てゆっくりと飛んでたんだが、いきなり森がザワついたんでな。慌てて来てみたらこの有様よ」

「お久しぶりですな、竜王殿」

「おう、誰かと思えばニールか。人間は老けるのが早い。カリエはもっと早いか。しかしお前、どの面下げて来やがった。お前のおかげで精霊や妖精が怒り狂ってるぞ」

「それは申し訳ない。しかし、今回はどうしても私が必要だったのです」


 露骨に語気を強めたミュルコ・モースに対し、ニールは涼しい顔で応じると、サイクスを前に押し出した。見覚えのある黒い鎧姿の英雄に、竜王はしばし黙り込んだ。

解呪の術式

術者が対象に接触する事によって効果を発揮し、魔法的効果を打ち消す術式。

起動自体の難易度は低くなく、術者の力量によって打ち消す事の出来る魔法的効果の度合いが変わる。

その性質上、複数人数による術式陣を用いて、強力な術に変えて撃ち出すという手法が多く用いられた。

水鏡や障壁といった防御、猛火や螺旋風といった強化、傀儡や反魂といった操作の効果を主に打ち消す。

その昔、大掛かりな術式陣で都市一つを覆う障壁を解除した事があるといわれている。

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