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第十六話『状況整理』

 大陸暦一三五八年、七月二十八日――

 港湾都市ニプモス襲撃事件から三日が経った。

 現時点での被害は、漁船や遊覧船の船着き場を中心に広がっており、中心街へ繋がる通りの一つが壊滅的であった。死傷者、行方不明者は三〇〇〇名を数え、倒壊した家屋や破壊された設備に船舶まで計上すれば、武装集団によるテロ事件としては甚大な被害であった。


「やれやれ、とんだご指名が入ったな」

「あくまで本命は襲撃事件の捜査です、彼らの件はついででしょう」


 ジョーギンから駆け付けた警察の車列の中に、後部座席に二人の刑事を乗せたパトカーがあった。前後は機動隊の乗った重輸送車である。別の通りには今頃、軍の戦車や装甲車が展開しているだろう。パトカーは途中で車列を抜け、砲撃を受けたらしい警察署の前で止まった。


「ジョーギンから来たキスウィーです。こっちはロック」

「話は伺っております、どうぞ」

「どうも」


 手帳を見せただけで、キスウィーとロックは奥へと通された。署内の留置場はニプモス市街の高低差を活かした半地下にあり、最低限の自然光が差し込んでいる。とは言え薄暗い事に変わりはなく、過去に放り込まれていただろう浮浪者の残り香に、鼻の利くロックが顔をしかめた。


「襲撃者はほとんど死んだか逃げたと聞いています」

「そのようだな。仮にとっ捕まえてもマンスィスだ。言葉通じんよ」

「その割には、留置場が満員御礼ですね」

「騒ぎに乗じた火事場泥棒や婦女暴行で捕まった、どうしようもない奴らさ」


 キスウィーの言葉に、鉄格子の向こうから敵意の眼差しや露骨な舌打ちが飛んでくる。経験豊富な刑事にとって、これは慣れたものであった。ロックも決して年数が浅いわけではないが、緊張の面持ちを崩せないでいた。少し歩いた所で、案内の警官の足が止まった。目的の場所に着いたようだった。


「こちらです」

「どうも。鍵を開けてやってくれ」

「はっ」


 鉄格子の向こうで静まり返る一団を見て、キスウィーは釈放を促した。異郷の男、黒い鎧、考古学者の師弟だった。


「助かったよ刑事さん。ここはエール村の留置場とはえらい違いだ。俺達の時代より飯がまずいなんて思わなかったよ」

「その様子だと、まだまだ元気なようだな」

「体力は俺の取り柄でね」

「元気と言えば、あの嬢ちゃんはどうした?」

「リンダなら、意識が戻ってなくて施療院に運ばれた。兎亜人の婆さんが一緒のはずだ」

「そうか。後で我々も行く。場所は分かるか?」

「三ブロック向こうの大きい施療院だ」


 カーンがキスウィーと言葉を交わす。ロックは考古学者として名高いニールの姿を認め、声を掛けたい衝動に駆られていたが、すんでの所でブレーキを掛けていた。相変わらずサイクスの表情は読めず、またエリックは疲れ果てた顔をしている。



「あー、太陽が眩しいぜ」

「はっはっは、まるで遺跡の奥から這い出したような気分だ」


 三日ぶりに解放されたカーン達は、まずは背筋を伸ばして大きく深呼吸する事から始めた。時刻は十一の刻限を少し回った辺りで、南の空に昇り詰めんとする太陽の光はいっそう眩しく感じられた。


「で、先生よ。どうやってリンダのいる施療院まで行く?」

「そうだね。あいにく戦闘車は没収されてしまったし……」

「あってもあれに乗るのは勘弁です」


 間髪入れずにエリックが言った。運転していたニールや傍らにいたサイクスはともかく、砲塔にいたエリックは上下左右に激しく揺さぶられていた。そんな歩行戦闘車は、民間人が所有出来る武器の制限に触れていたたため警察と軍によって没収、ニールには武器所持法違反による逮捕となった。エリック達は巻き添えである。彼らがソキュラを倒したとされていなければ、この釈放も認められなかった。


「おやおや、まだ青いねエリック君。あの歩行兵器は人類の技術開発の過程における、一つの終着点さ」


 ニールがエリックを諭す。


「歩行兵器のルーツは、蒸気文明時代にまでさかのぼる。大陸暦一一〇〇年代、キュリール生まれのヴィルビン夫人が蒸気機関を用いた二人乗りの小型歩行機を作った事が始まりだ。それから改良を重ね、不整地踏破性の高さから軍用になり、あのイグリンカ歩行戦闘車のシリーズが生まれた。しかし、今は動力航空機と車輌の発達で必要性が失われたからね。兵器としてはその役割を終えたのだよ」


 まだ顔色の戻らない、文字通り青いエリックに対して、ニールは完全に自分のペースで話を進めていた。


「先生、一つ良いかな」

「何だね、カーン君」

「歩行機械は俺達の時代には、空のさらに上の世界で必要とされていてな。星空を歩く機械、なんて言われていたよ」

「ほう、未来とはそういうものか。つまり、必要があれば失われた技術も再発明される、という事だな。興味深い」

「お二方、興が乗っている所に申し訳ないが、施療院への足はどうされる?」


 盛り上がったカーンとニールを止めたのはサイクスだった。リンダが目を覚ましているかもしれず、カリエが三日間付きっ切りの可能性もあった。三ブロック先という距離は、歩くには少し遠く、バスを使うには近過ぎる。とはいえ、襲撃による道の損傷から見ても交通機関が生きているとは思えないので、歩く事で意見が一致した。



 警察署を出て半刻、思った以上に足を取られながらも到着した施療院は、やはり怪我人でごった返していた。その日のうちに応急処置だけ済まされた者がいない分、いくらかマシと言える。襲撃のあった日は、朝が来るまで救急搬送が続いたという。ロビーまでもが処置の場所で使われたためか、三日経った今でも片付かないタオルや医療器具がそこかしこにまとめられていた。


「なんだ、婆さん。こんな所で寝てるのか」

「相変わらず、君はどこでも寝れるタチだね」


 ロビーの喧騒もよそに、毛布に包まり椅子の下で丸くなって眠っているカリエの姿が目に入った。カーン達に気付いた看護士が近付いて来る。


「すいません、そちらの方は我々を手伝って下さり、今朝になってやっと眠れる時間が出来たのです。もう少し寝かせてやって下さい」

「そうですか。そうそう、こちらにリンダというお嬢さんが運ばれてるはずですが、どちらの病室になりますか?」

「リンダ・ルビィさんでしたら、一昨日に意識を取り戻し、今は食堂で手伝いをして貰ってます」


 ニールが看護士に礼を言うと、エリックは施療院のマップに目を通していた。食堂は患者の見舞い人や院の職員に解放されており、ここ三日間は戦場のような慌ただしさだったという。ロビーから左手奥の通路を抜け、中庭を横目に作られていた食堂は決して狭くないが、ほとんど満員といって良かった。


「こりゃあ、今行ったら邪魔になる。もう少し落ち着いてからにしようか」

「そこの男ども、手伝え!」


 食堂内の盛況ぶりに、踵を返そうとした一行に、威勢のいい声が飛んできた。厨房の中から呼び掛けたのは、他でもなくリンダだった。



 一行が慌ただしさから解放されたのは、十五の刻限を過ぎた頃だった。食堂の片隅のテーブルを貸し切り、遅い昼食のサンドイッチと水が人数分配られている。


「助かったよ、君達がいたおかげで、昨日ほどの忙しさにならなくて済んだ。お嬢さんも、一昨日から頑張ってくれたね」


 厨房の料理人を取りまとめるチーフが言った。聞くところ、リンダは担ぎ込まれた翌日には目を覚ましており、状況が状況なので施療院の手伝いを買って出たものの、カリエに止められたため、食堂で手伝いをしていたのだと言う。


「嬢ちゃんの気持ちは買うけど、素人が手を出していい世界じゃないからね。そしたら、元は村の酒場で働いてたって言うからさ、食堂の手伝いを頼んだのさ」

「そうですか、妹が皆さんのお役に立てたようで何よりです」


 一息ついて、水と食物を採った事で、いささか体調を持ち直したエリックが答えた。一応、足を引っ張らないように治癒や快癒の術式を掛けてはいたが、やはり魔術では一時しのぎでしか無かったようだ。


「おぅ、皆さんお揃いで。ちょっと見ない顔も増えてるな」

「リンダさんは意識不明で運び込まれたと聞いてますが、大丈夫ですか?」


 警察手帳を手に食堂に入って来たのは、キスウィーとロックだった。チーフは刑事を一瞥すると、軽く会釈して厨房に戻っていった。二人の刑事は近くのテーブルから椅子を引っ張ってきて座った。

 エール村での襲撃事件、あるいはその前からの殺人事件から繋がる一連の事件の関係者が揃った所で、場の空気が変わった。ニールが真剣な面持ちになった事で、エリックの顔も緊張に染まる。この考古学者が真面目な顔をする時は、大抵ろくでもない事が起きるのだ。今回は既に起きている。


「まず……あなた方がニプモスにいた事と、魔王の手の者が襲って来た事に因果関係があるのか、という点ですな」

「もし、リンダさんの行動に合わせて、件のジェリム男が手を回しているのなら、彼女は我々もしくは軍の保護、監視下に置かれる事となります」


 二人の刑事の発言は尤もだった。リンダが狙われる事で敵がより強大な戦力を投入してくるのであれば、然るべき措置を取るのが定石である。しかし、今回ばかりは様子が違っていた。


「今回はたまたま居合わせた、という感じだった。どうやら、水以外にも四天王が動いているみたいなんだ」

「それにいくらなんでも、リンダを襲う為だけに、これほどの戦力を投入するのは不自然です」


 カーンとエリックが返す。キスウィーは唸った。確かに、娘一人に潜水艇二隻と武装したマンスィス一〇〇、水竜ソキュラまで駆り出すのは不自然である。


「ふむ、四天王というからには、君達を襲ったジェリム男だけではないと思うが……ロック、他に襲われた場所は?」

「ツアンカとアーカルでも魔獣や海獣、武装集団による襲撃が発生しています」

「被害の状況は?」

「まだ不明です。軍も飛行場や陸軍基地を襲われ、かなり混乱しているようです」


 ロックの説明から、状況は不明瞭ながら、かなり深刻である事が分かった。ツアンカもアーカルも西部の主要都市で、火山に近いツアンカは鉱物資源や観光資源に恵まれ、アーカルは西の海の玄関口である。また、平野部が多いため、飛行場や軍施設が多く建設されている。


「ジョーギンには手を出さず、三都市を同時に襲撃……どれが本命だったんだ?」

「四天王って事は四人よね。サイクス、何か思い出せない?」


 カーンが腕を組んで考え込む。リンダは黙って聞き入るサイクスに尋ねた。仮に魔王ルハーラが七〇〇年前と同じであれば、サイクスなら覚えている可能性があった。事実、ソキュラに関してはよく覚えていた。


「すまない、私の記憶はかなり曖昧だ。その当時に関わった者が近くにいる時は、妙に冴えるのだが……」

「……って事は、当時のあんたの味方で、今も生きている奴に会えば確実さね」


 カリエが重い口を開いた。アーカルが襲われたという話を聞いてから、顔に暗い影が降りている。声にも妙なドスが利いていた。ロックが目を光らせる。こういう話にはそれなりに興味深いがあるらしい。


「そんな相手がいるのですか?」

「あぁ、元々あたしもそいつに用があって、ニプモスを経由していた所さ」

「して、その者の名は」

「風の竜王、ミュルコ=モース」


 ロックの問い掛けに、カリエは厳かに答えた。

施療院と病院

本世界において、医療施設は大きく施療院と病院に大別される。

魔法文明時代以前からの医療行為、奇跡や祈祷、魔術を用いた治療を含む施設を施療院、蒸気文明時代以降からの現代医療のみを行う施設を病院と称する。

科学文明が幅を利かせる現代にありながら、魔法も奇跡も存在するこの世界では、双方がオカルト扱いされる事なく両立している。

当然ながら、魔術による医療は高い技量を要求されるため、エリックのように『ただ使える』だけでは従事者にはなれない。

カリエが施療院の援護を行えたのは、精霊魔術師である事自体の難度が高く、必要な技量を有しているとされたためである。

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