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第十五話『竜王の真実』

 大陸暦一三五八年、七月二十五日――

 水竜ソキュラと対峙したイグリンカⅣ型六脚歩行戦闘車は、その主砲を竜王たる者に向けていた。短砲身の三オビュア砲は専ら歩兵支援に用いられており、徹甲弾を用いて命中精度を重視した戦闘には向いていない。相手が相手だけに、榴弾で敵うか不明瞭で、そのすぐ近くにはリンダとカーン、カリエがいる。


《先生。リンダ達を助けないと、巻き添えになってしまうのでは》

《そうだね。装填してるのは榴弾だし、流石に君の妹さんを焦げ肉にするのはマズイねぇ。それに、私の知り合いもいるようだし》

《ニール殿、接近は危険です。もしあの竜が水竜ソキュラであるならば、これ以上の接近は奴の間合いに入ります》


 サイクスの言葉に、ニールはまた一つ唸った。キュリール王国軍は三〇〇年前にも、大海獣を伴った水竜の一族率いる軍勢を海戦にて破った記録がある。現代の装備品ならば更に有利に立てると踏んだが、それはいささか見積もりが甘かったようだ。


《ニール殿、一瞬で構いません。奴らの目を眩ませる事は出来ませんか》

《目眩ましねぇ、そうだ。エリック君、君の座席の左脇のレバーを引きなさい》


 砲座にて散々に揺さぶられたエリックはふらつく体に喝を入れ、決して軽くないレバーを引き上げた。Ⅳ型の砲塔側面に備えられた複数の筒が一斉に白煙を上げる。山なりの軌道に白い残滓を散らしながら飛び込んだそれらは、煙幕だった。運転席の覗き窓から垣間見える白煙の広がりを確認すると、ニールはサイクスに手で合図した。ついでにエリックも飛び出す。


「くそっ、なんだアレは!?」

「煙幕だと!?」


 視界を覆う白煙に、ソキュラとイミノッキは困惑した。搭載されている発煙筒を全弾発射したため、辺りは霧に包まれたかのようであった。


「小癪な真似を!」


 ソキュラがリンダに向けていた槍を構え直す。相手の姿が見えなくとも、概ねの位置関係は変わっていないと踏んだのだ。渾身の突きを見舞えば、あの奇妙な脚の生えた鉄塊など瞬く間にちぎれ飛ぶ、そう考えていた。しかし、当てずっぽうでも良いから攻撃する、という考えを持っていたのは彼だけではなかった。


「魔光弾の術式、連弾!」


 白煙をすり抜けてくるかのように、魔力を帯びた光の弾がソキュラ達に襲い掛かった。直撃しても痛みはほとんどない。しかし、弾けた瞬間に強い光を放つため、普段から海中で過ごす事の多いソキュラにとっては効果的だった。


「くっ、煙の次は光か!」

「落ち着けソキュラよ。これは単なる目眩ましに過ぎん」


 ジェリムゆえに目の無いイミノッキには光による目眩ましは効果が薄い。熱の感知を煙で阻害されているが、まだ匂いで追えているのでなんとかなっていた。


「ええい、敵はどこだ!」


 視界を塞がれたソキュラが、頭に血が上って槍を振り回す。何かに当たる感触はあるが、どれも地面や建物の壁であり、人間を突いた気がしなかった。リンダやカーンが倒れていたであろう付近に槍を幾度も突き立てる。何度目かで、柔らかいものを刺した手応えを得た。


「仕方のない奴め……我が煙を払う。突風の術式!」


 イミノッキが右手を上げると、一陣の風が通りを吹き抜け、辺りを覆う煙を吹き飛ばした。ソキュラは自分が槍を立てた相手を見て、目を見開いた。リンダに倒されたマンスィスの親衛隊の一体に、穂先が突き刺さっていたのだ。周囲を見ても、倒れていた三人が見当たらない。


「どこを見ている、こっちだ」


 ソキュラは声の方へ振り向く。イミノッキは既に顔を向けており、忌々しげな気配を垂れ流していた。見ると、伝承に残る黒い鎧兜が立っている。リンダ達は既に回収されていた。


「貴様が我が祖父を討ち、水竜の一族に七〇〇年の恥を刻み込んだ、黒い鎧の戦士か」

「そうだ。その口ぶりからすると、あのソキュラの子孫といった所か」

「いかにも。我が祖父は貴様に討たれ、父は人間に討たれた。我は一族の誇りのため、この島と海を人間の手から取り戻す!」

「……分かった。ならば掛かって来るがいい」


 サイクスの言葉に、ソキュラが応じた。槍を構えて突進、一突きにして仕留める腹積もりだった。サイクスは金細工の短剣を抜き、魔力を開放する。美しい金色の刀身には高熱を帯びた閃光が走り、その長さは一振りの長剣になっていた。剣を前にして、半身で構える。激昂したままのソキュラは、槍に気を練り込む事さえ忘れて突っ込んでいた。このままでは、突きを繰り出しても目の前の敵一人しか倒す事が出来ない。力任せな一突きが空を割った。白い穂先の横っ面を、叩き込むように弾く。返す刃は竜王の左脇腹を抜け、焼け焦げるような臭いを辺りに振り撒いた。


「がっ、く、くそっ……」

「急所は外した。すぐに手当てすれば助かる」

「何だと……!」

「私の時代のソキュラは魔王に従い続けたのではない。従わされていたのだ。そこの水の四天王によってな」

「何だと、何を言っている!?」


 サイクスはイミノッキを指差した。ソキュラが驚き半分で視線を寄越す。


「奴は七〇〇年前、当時のソキュラの正妻を人質に、魔王への帰順を強要していた。それが分かったのは我々が魔王を討ったとほぼ同時。お前の父がそれを知らなかった事も無理はない。お前の祖父母はその時の戦で命を落とした……我々が殺したも同然だからな」

「ソキュラよ、それは人間の戯言だ。お前を従えるための戯言だ」

「そうだ、人間の言う事など、容易く信じられるわけがない。その証拠はあるのか」

「水の四天王、お前がどれだけ体を新しくしようとも、隠せないものがある。ジェリムでありながら、人間のように服をまとい、夏場にも関わらずその厚着、それが答えだ」


 サイクスは剣を振りかざし、熱線の刃をしなる鞭のように変化させた。そして、十歩ほどの間合いを取っていたイミノッキの体を打ち据えたのだ。高熱の刃が衣服を焼き切り、ジェリムとしての地肌が露わになる。ソキュラは目を見開いた。イミノッキのコアには、同じ水竜一族の牙が食い込んでいたのだ。


「その牙は……」

「お前の祖母が抵抗して噛み付いた時に刺さったものだ。奇しくも、その牙が原因で奴は比類なき水の魔力を得る事になった」

「水竜の王族は死する時、左右上下の四本の大牙を遺すという……それを用いて首飾りを作り、次なる王の一族に託すのだと。母が託された飾りは、その大牙が一本無かった……そうか、そういう事だったのか」

「お前の祖母は事切れる間際、私に当時のソキュラを止めるよう頼まれた。結果として、最悪の方法しか取れなかった事は、私としても恥じ入るばかりだ」


 左脇腹を焼き焦がす痛みも、血と共に流れ出る命も、今のソキュラには大きな意味を為さなかった。


「貴様……!」


 イミノッキは黙り込んでいる。サイクスと刃を交えた事で、純白の穂先には鈍色の亀裂が走っている。あと一突きが限界だろうと思われたが、それでも構わなかった。その一歩を踏み出した瞬間、ソキュラの口腔を熱く生臭い感触が満たす。


「やれやれ、もう少し使えると思ったのだが、仕方あるまい」


 ソキュラの胸を刺し貫いていたのは、イミノッキの手から伸びる氷の刃だった。カリエとの戦いで、自身の体を凍らせる技をも身に付けていたのだ。サイクスの短剣が放っていた熱線の刃は魔力切れでかき消えていた。


「くっ、やはり彼のようにはいかないか……!」

「ふん、付け焼き刃は変わらぬか」


 風の魔力まで使いこなしつつあったイミノッキの手刀は、サイクスの鎧を鋭く打ち鳴らした。それは打ち寄せる荒波のようであり、横殴りの風雨でもあった。エール村の遺跡の石室で戦った時とはまるで違う。水も風も得られる地の利がある。サイクスの返し刃は相手の突進力を利用するため、今のイミノッキのように手数で勝負されると弱い。このまま防戦一方では、いずれ短剣も折られて押し切られる。しかし、攻めに転じるきっかけが掴めない、そう思った時だった。


「炸裂火の術式!」

「カラ、あの黒い鎧をこっちへ運んでおいで!」


 エリックが放った炸裂火の着弾が高熱と衝撃を放つ。一瞬の隙を突いて、熊の姿をした地の精霊カラがサイクスを担ぎ上げ、カリエの元へと駆け戻っていた。


「ふん、姑息な」

「させるかよ、このジェリム野郎!」


 追い掛けようと一歩を踏み出したイミノッキに浴びせられたのは、イグリンカⅣ型砲塔の同軸機銃だった。威力は決して高くないが、直撃ひとつで人体を削り飛ばすだけの力はあるため、足止めとしては充分だった。砲座に就いて照準器を覗き込んでいるのはカーンである。


《あまり弾に余裕はない。出来れば一発で決めてくれ》

《機銃と主砲はどのくらい離れてる?》

《右に八オビュア(約十二センチ)だ。その分、左寄りに照準すればいい》


 操縦席のニールが、覗き窓から機銃弾の着弾を見ながら指示を出す。戦車相手に徹甲弾を撃ち込むわけではないため、精密さはそこまで求められていないが、外さないに越した事はない。サイクスが連れられて来る。エリックとカリエが下がり、右手を上げて合図を送った。


《準備が出来たようだ。撃ちたまえ》

《照準よし、発射!》


 カーンが足元の撃発スイッチを踏み込む。車内が激しく揺れ、主砲が爆炎と少し遅れて煙を吐き出す。三オビュア砲に装填されていた榴弾が放たれ、イミノッキの足元に突き刺さる。直撃こそしなかったが、着発信管により起爆した榴弾は、周囲の空気を激しく歪ませ、灼熱と暴風に破片を乗せて荒れ狂った。イミノッキは慌てて防御の魔術を起動していたが、何の手応えもなく吹き散らされていた。


「や、やったのか?」

「そういう事を言うもんじゃないよ」


 エリックが土煙を見て言った。榴弾の炸裂は、あらゆる生命の存在を拒絶する空間を生み出していた。砲声から含めると、大気さえ揺るがしているような錯覚さえあった。以前の照明弾の直撃とは比べ物にならない威力ゆえ、今度こそ生きてはいないと思ったのだ。


「ぐっ……く、くそっ……」

「呆れた、なんてタフな奴なんだ」

「まぁ、よい……役目は果たした……」


 イミノッキは生きていた。もはや様式美さえ感じるほどに、しぶとかった。今回も地面に溶けるようにして消えて行った。離れた所から爆音が響く。マンスィスの兵が港に乗りつけた潜水艇が、海軍のフリゲートからの砲撃によって沈められたのだ。ようやく、港湾都市ニプモスを揺るがした襲撃事件に幕が降りた。誰もが肩の荷が降りたかのように深い溜息を吐くと、港の方からの車列に気が付いた。


「全員、動くな! 戦闘車に乗っている者は手を上げて出てこい!」


 車列は、警察と軍の装甲車だった。降りて来たのは警察の機動隊と、軍の特殊部隊。拳銃に小銃、短機関銃と、多種多様な銃口が一同に向けられていた。技量も経験も、マンスィスの比ではない。


「このパターン、何度目だ?」

「まだ二度目だよ」


 手を上げて降りたカーンが、エリックに向かってぼやいた。

竜王の首飾り

キュリール島に居を構える竜王の一族は、王ないし女王とその配偶者が死亡した際、亡骸から四本の牙を抜く風習がある。

対象となる牙は大牙と呼ばれる、上下の顎に一対ずつ生えた犬歯であり、これがない場合に他の牙で補填する事はない。

抜かれた大牙は首飾りにされ、次の世代へと受け継がれる。継がれた後の首飾りは儀礼や葬祭の時にのみ身に付ける神聖なものとされる。

その性質上、大牙が欠けた個体が首飾りを遺すと、四本に満たない物が出来上がる事がある。

また、竜王の座は死亡と継承によってのみ継がれるため、生前に退位する事はない。ゆえに、王の座を追われた竜に命はない。

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