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第十話『博識なる者』

 大陸暦一三五八年、七月二十五日――

 リンダ達を乗せたバスが南風に押されるように、港湾都市ニプモスのターミナルに停車した。一行の姿は他の乗客から、好奇の視線でも投げ掛けられるかと思われたが、他に誰もいなかった分、降りてからの落差に面食らった。村娘に国家認定考古学者、見慣れぬ装束の男、そして黒い鎧。何かの興行でもしているのかと思われても仕方ない見た目であった。


「ふむ、鎧姿は珍しいのだな」

「珍しいというか、今どき誰も着てないわね」


 交差点の片隅で、二人一組でこちらに視線を寄越す警察官や、軍港の警備らしい、小銃を担いだ歩哨の姿を見たサイクスが言った。


「あそこの二人組や港で火筒を抱えた者は、兵や警備隊のようなものだろう。そういった者達でも、鎧は身に着けないのだな、とな」

「大陸暦八〇〇年頃、魔法文明時代の終わり頃からは、発達した火器や術式の威力が鎧を容易に貫くようになったからね。命に関わる頭と胴を除き、鎧兜は廃れるようになったんだ」


 サイクスの疑問に、エリックが応じる。エリックは魔法文明時代の専門家だが、同時にその終焉に深く関与している蒸気機関文明にもある程度の見識はある。そして、遠くに過ぎ去った時代の産物である鎧兜を身に着けたサイクスの姿は、周囲の視線を集めてしまうのだった。


「ねぇ、お兄ちゃん。あのお巡りさん達、ずっと私達の事を見てるよ」

「バスから降りてきただけなんだが……あ、こっち来た」


 こちらを何度か横目で見ながら話をしていた警察官達が、大股で歩み寄って来た。どちらも人より体格が良いが、一際目立つ筋骨隆々な犬亜人は、右手に警棒まで携えている。恐らく、必要になれば拳銃も抜くだろうという事は、容易に想像出来た。


「ちょっとよろしいですか。そちらのお嬢さんではなく、鎧の方」

「私が何か……」

「顔を見せてもらってもいいですか」


 比較的、温厚に見える警官が話を進めた。それでも、鋭角的な形状が目立つサングラスが、独特の威圧感を醸し出していた。サイクスは断る理由もないため、バイザーを上げるでもなく、兜を脱いで見せた。


「ジェリムではなさそうですね。幽幻(ファントム)の類ですか」

「えぇ、少々行き場に困ってまして。彼らに少し助けて貰ってます」

「そうですか。いえ、先日ジョーギンで起きた殺人事件の犯人がジェリム男だそうで、今日から指名手配になったんですよ。あなた方もお気を付け下さい」

「どうも」


 サイクスの兜の下、鎧の中は青白い発光体のようなオーラで満たされていた。生前の記憶の損傷等の理由でイカヤザの門に辿り着けず、現世に留まる霊魂は決して多くないものの、珍しいものではない。そういった者達は幽幻と呼ばれ、多くはランタンなどの照明器具に入っている。光を放っていても違和感がないためだ。


「差し出がましいようですが、あまり長く留まってしまうと、あなたの為にもよくありませんよ」

「それは心得ております。お勤めご苦労様です」


 見掛けによらず親切な警察官と別れ、一行は改めてエリックの師事するクニット博士の事務所に向かって歩き出した。


「博士は交通の便が良いって事で、この近くに事務所を構えているんだ」

「それにしても、人通りが多いな。大陸暦の時代が懐かしくなってくる」


 エリックの説明もそこそこに、行き交う人々や市場の賑わいを横目にしたカーンが言った。同時に、市場を成す生鮮食品の屋台を訝しんで見ていた。


「どうしたの?」

「いや、あの店は何を売ってるんだろうってな」

「うーん、と。あれはエール村特産レモンと、リマーブ村の太陽オレンジね」

「……改めて、相当な昔に来たんだなって思うよ」


 リマーブ村は、エール村から西に行った所にある農村で、キュリール島の南岸に面している。傾斜を利用した段々畑に植えられたオレンジは、海風と陽射しをふんだんに受けて、太陽のように赤々とした実を付けるのだ。


「カーンのいた時代は、どんな食べ物が多かったの?」

「この時代と大して変わらない。ただ、村のレモン畑みたいなのは見た事がなかったな」

「そうなの? じゃあ、どうやって作物を育ててたの?」

「俺は地上に住んでたけど、食料品は地下の生産プラント……工場みたいなもんだな、そこで作られてた」

「野菜や果物を工場で作るの?」

「穀物や魚もだ。病気も害虫も天気の影響もないから、収量が安定するんだ」

「なんか変な感じね」

「百年もすれば実用化されるよ」

「その頃には流石に生きてないわ」


 リンダとカーンの会話は、エリックやサイクスにとっても興味深いものだった。


「魔法文明時代にも、灌漑設備の自動化やゴーレムの起用による無人農園の記録がある。もう千年も前のヤノミ大陸での事だけどね」

「私の時代からして二五〇年ほど前か。さぞ、優れた文明を誇ったのだろうな」

「らしいね。でも、その国がいつ、どうして滅んだのかという記録は見つかってないんだ」

「サイクスは何か知らないの?」

「私のいた時代は、まだ大陸間の航海が未発達でな。私がいたメーシア大陸でも、ヤノミ大陸からの舶来品というだけで貴重品だったのだ。昔の話など流石に」


 リンダがふぅん、と鼻で返す中、エリックがここだ、と言って足を止めた。交差点の一角に建つ三階建てのビルの二階が事務所だという。一階は小洒落たカフェテリアで、打ち合わせやシルビアとのデートにも利用しているという。


「おや、エリック君。今日はいつもの彼女と一緒じゃないのかい」

「こちらは妹のリンダです。先生は上に?」

「あぁ、この前戻って来てから、食事のたびに降りてくるよ」

「分かりました、ありがとうございます」


 カフェのマスターに礼を言うと、エリックは先頭に立って外階段を上り始めた。


「足元に気を付けて。先生が事務所に入り切らない荷物を階段にも置いてるから」


 その言葉の通り、階段の半分から上は、足の踏み場が半分ほどになっている。くたびれた色の麻袋や木箱、草食動物の頭骨まで置かれている始末だった。


「お兄ちゃん、ここって三階建てよね。上の人はどうしてるの?」

「二階が事務所兼住居、三階が研究室だ。カフェのマスターは少し離れた住宅地に戸建て持ってる」


 狭い階段を上り、二階のドアを叩く。返事はない。


「昼寝でもしてるんじゃないのか?」

「この島の人は昔から昼寝の習慣があるからな。魔物に支配されていた時も、揃って体を休めていたらしい」

「あぁ、この前に見た時は驚いたな。村が静まり返っていたんだからな」


 カーンは出発の前日、昼下りに寝入る村人を見て驚いていた。彼のいた時代では、さほど根付いた習慣ではないらしい。


「昔は睡眠時間は一日八刻が良いとか言われてたが、俺のいた時代ではだいたい六刻、世界が滅ぶ前は三刻で寝すぎだったな」

「三刻!? 足りないでしょ!」


 リンダが思わず声を上げた。


「まぁ、体の疲れを急速に除去するための設備や装置が普及してたからな。その分、人は働いていたんだよ」

「恐ろしいわね、未来……」

「さっきから何だね」


 ドアが開き、中から出てきた人物が割って入ってきた。痩せぎすの長身で肌は白いというより蒼白い。丸眼鏡レンズ越しには生気を感じさせない眼が映り、方々に伸びた堅い髪は、雑に使い倒された箒を思わせる。くたびれた白衣を纏った猫背は、いかにも不養生な研究者であった。


「すいません、先生。ノックしても返事が無かったので」

「それはすまない。トイレにこもっていたところだ」

「何か、考え事ですか?」

「そんな所だ。まぁ、入りなさい」


 この痩せこけた男が、エリックが師事する考古学者、ニール・クニット博士だという。一行は手招きに応じて、事務所に入っていった。


「私は昼寝はしなくてね、手が空いたら、夜たっぷり寝るようにしているのだよ」


 玄関越しの会話が聞こえていたようだった。ニールの目元の窪みはクマなのか、元々そういう顔立ちなのか判別が付かなかった。

 事務所の中は想像とは裏腹に、小綺麗に片付いていた。階段まで物が溢れるのだから、相当なゴミ屋敷を想像していたリンダにとっては、いささか意外な光景だった。応接用のテーブルに通され、ニールがやかんを火に掛ける。


「それにしてもエリック君、面白いものを連れて来たね」

「分かりますか、先生」

「もちろんだとも。初代国王の鎧兜が歩いて来るなど、中々お目にかかれる物でもない」


 キッチンから戻りつつ、ニールはサイクスの鎧姿を見て言った。一般人にはなかなか記憶されないが、分かる者には分かってしまうのだ。


「しかし妙だね。初代国王の鎧兜は国立博物館に所蔵されてる一品のみのはずだ。私も見つけていない所で、もう一領の鎧兜が作られていたという事かね」

「現状では、そうとしか言えません。しかし、僕にも断定出来る材料がありませんでした」

「ふむ、まあいい。所で、私に用があって来たのだろう?」

「はい。こちらを見ていただきたいのですが」


 エリックは封筒を取り出し、その中身をニールに手渡した。内容は言うまでもなく、ジェリム男が残していった占い盤の写真だった。引き伸ばされており、画質は若干粗いものの、当時の様子を把握するには充分だった。


「魔石星占術だね。この星の配置は凶相、恐らくは自身への災いの予兆だ。これをどこで?」

「エール村にやって来た殺人犯がこの占いをしていたそうです。その時に占われ、襲われたのが、妹のリンダです」


 ニールは粗い写真を一目見るだけで、エリックでも判別出来なかった占い盤の内容を読み取った。それからリンダに目を向ける。顔立ちから足先までを一瞥すると、ふむ、とだけ返して写真に視線を戻した。


「こんな古い占いを知っているなど、随分な趣味の殺し屋もいたものだね」

「それについてなんですが……サイクス、頼む」

「分かった。思い出せる限りの事を話そう」


 サイクスの鎧兜が軽い金属音を鳴らす。じゃらりと波打った鎖帷子の光沢が、ニールの視界に滑り込んだ。


「名前まで初代国王と同じか。実に興味深い。話してくれたまえ」


 ニールの目の色が変わった。それは眼鏡のレンズ越しにもはっきりと見て取れる程で、明らかにサイクスに対して強い興味を持ったようだった。リンダは少しの間呆然とし、それから無性に腹が立ってきたようだ。


「お兄ちゃん、話長くなりそう?」

「先生の話は長いからな。難なら、少し時間を潰してきたらどうだ」

「そうするわ」


 リンダは半ば吐き捨てるように返すと、ニールの事務所を後にした。


「おい、リンダ。どうしたんだよ」


 慌てて付いてきたのはカーンだった。件のジェリム男がまだ生きている以上、彼女を一人にするのは危険だった。マリーから借りっぱなしになっている拳銃一丁では、身を守れる保証はない。カーンに肩を掴まれて、ようやく足を止めた。


「なんか、よくわからないけど……苛立っちゃった」

「本当に分からないな。とりあえず、一階の店で待ってようぜ」


 これが女心というものなのだろう。カーンは若干の面倒臭さを覚えつつも、リンダを連れてカフェテリアに入っていった。

港湾都市ニプモス

キュリール島の東側に位置する港湾都市で、東の海から現れた黒い鎧の英雄が最初に降り立った地とされている。

潮流の落ち着いた海岸線に面しており、客船や貨物船、沿岸警備挺や海軍の艦艇まで、多くの船の拠点となっている。

毎年、夏になると海軍の閲覧式や艦艇の一般開放が行われ、最新鋭の駆逐艦は一際注目を浴び、その乗員は多くの男子の憧れを集めている。

キュリール王国における最も重要な貿易港として、メーシア大陸域の各地と航路を結び、国の経済を支えている。同時に密航や密輸も後を絶たないため、沿岸警備隊や地元警察の苦労は絶えることがない。

港の近くには多くの市場や商店が並び、中心街近くの集合住宅に住む市民が多く詰め掛ける。飲食店も多く、漁師飯から一流コース料理まで、そのバリエーションは豊富。

郊外に行くにつれて小高い丘から低い山に繋がっており、パヨイラ川を遡る形で道を辿ると、王都ジョーギンに到達する。郊外の斜面沿いに一戸建てを構えることが、ニプモス市民の一つのステータスになっている。

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