第十話 「帰れなくなる前に」
# 第十話 「帰れなくなる前に」
「今日、佐伯たち飲み行くらしい。」
講義終わりの廊下。
かなうがスマホを見ながら言った。
「行く?」
りょうやは少し考えて、
「かなうは?」
と聞き返す。
「んー。」
かなうは歩きながら、
ペットボトルの蓋を回す。
「今日はいいかな。」
「珍しい。」
「なんか疲れた。」
外はもう暗くなり始めていた。
夏の終わり。
昼間はまだ暑いのに、
夜風だけ少し涼しい。
かなうは、
大学の階段をゆっくり下りながら言う。
「最近さ。」
「ん?」
「みんな就活の話ばっかじゃね?」
「まあ。」
「急にちゃんとしてきた。」
りょうやは少し笑う。
「かなうもそのうちちゃんとするだろ。」
「嫌だなぁ。」
かなうが肩を落とす。
「スーツ着て満員電車乗って、
会社行って、
帰って寝るんだろ?」
「偏見。」
「でもそんな感じじゃん。」
二人は、
大学近くのコンビニへ向かった。
自動ドアが開く。
冷房の風。
揚げ物の匂い。
店員の「いらっしゃいませ」。
かなうは雑誌コーナーを眺めながら、
「俺、多分社会人向いてない。」
と呟いた。
りょうやは、
ホットスナックを選びながら言う。
「向いてるやつの方が少ないだろ。」
「名言っぽい。」
「うるさい。」
レジを済ませ、
二人は店の前へ座る。
車のライトが、
濡れた道路を流れていく。
かなうは肉まんを半分に割りながら、
「熱っ。」
と顔をしかめた。
「学習しろって。」
「毎回忘れる。」
りょうやは少し笑う。
かなうは、
肉まんを持ったまま空を見上げた。
「なんかさ。」
「ん?」
「こういう時間、
急になくなるんかな。」
りょうやは答えなかった。
コンビニの白い光。
遠くを走る救急車の音。
夜の湿った空気。
かなうがぽつりと言う。
「帰れなくなる前に、
もっと遊んどけばよかったって、
後から思うんかな。」
りょうやは、
少し冷めた缶コーヒーを飲みながら、
「まだ終わってないだろ。」
と言った。
かなうは笑う。
「そうなんだけどさ。」
その笑い方が、
少しだけ寂しそうに見えた。




