厨房の主と、招かれざる天才
統括ギルドの厨房には、暗黙の絶対ルールがある。
それは、料理長ブルーノの指示こそが法であるということだ。
「おい、新人。ヴィンセント様の紹介だか何だか知らねえが、ここは戦場だ。チャラチャラした『お遊び』の飯を出して、査察官どもをたぶらかすんじゃねえぞ」
ブルーノが巨大な包丁をまな板に叩きつける。
彼は宮廷料理人にも引けを取らない技術を持ち、魔獣の解体にも精通している。だが、彼の料理は「伝統と規律」を重んじるあまり、効率や特定のバフ効果よりも、見栄えと形式に拘泥していた。
「お遊びのつもりはないよ。俺はただ、食べる奴が必要な力を出せるように作ってるだけだ」
アキトが淡々と答えると、ブルーノの額に青筋が浮かんだ。
「ほざきやがれ。いいか、今日から一週間、お前には『残り物の処理』だけをさせてやる。食材の端材、鮮度の落ちかけた野菜、魔力が抜けかかった魔獣のクズ肉……。これらを使って、職員たちが満足する飯を作ってみろ。できなきゃ、今すぐそのエプロンを脱いで出ていけ!」
嫌がらせにしては、あまりにも露骨な内容だ。
だが、アキトは動じなかった。
「……残り物か。ちょうどいいな。ゴミ同然の食材が『宝物』に変わる瞬間を、特等席で見せてやるよ」
アキトが食材の山に向き合った瞬間、世界が加速した。
ブルーノの目には、アキトがただ食材に「手をかざした」ようにしか見えなかっただろう。
だがその刹那、アキトの指先は数万回の振動で肉の繊維を解きほぐし、野菜の萎びた細胞に水分を再注入していた。
【超バフ飯:廃材魔獣の神速オムライス】
皿の上に載ったのは、どこにでもある家庭的なオムライスだ。
だが、その卵は黄金の絹のように輝き、中のケチャップライスからは、クズ肉とは思えない重厚な香気が放たれている。
「なっ……なんだ、この香りは!? クズ肉の獣臭さが完全に消えて、むしろ芳醇な熟成香に変わって……!」
思わず口にしたブルーノが、その場に膝をついた。
一口。ただの一口で、彼の体内に眠っていた古い傷の痛みが消え、衰え始めていた魔力回路が強制的に再起動される。
付与されたバフは【自己修復速度+1000%】および【全スキル効率上昇】。
「俺の家事スキルは、掃除や洗濯だけじゃない。食材の『汚れ』や『澱み』を完璧に洗浄し、本質だけを磨き上げる。あんたの言う伝統じゃ、このスピードと純度には追いつけないぜ」
食堂でそのオムライスを食べた職員たちは、驚異的な速度で書類仕事を片付け始め、ギルド全体の業務効率が通常の三倍に跳ね上がった。
一方で。
遠征先の「鳳凰の絆」では、さらに悲惨な状況が続いていた。
アキトがいないことで、彼らのキャンプ地は「魔物を引き寄せる悪臭」に満ち溢れ、テントを張るのにも数時間を要していた。
かつてアキトが一瞬で済ませていた「結界付きの野営」がどれほどの奇跡だったか、彼らはまだ、認めることすらできていない。
アキトの超バフ飯レシピ解説:神速オムライス
現実の「プロのオムライス」の技法を、アキトが神速で最適化したものだ。
■ 材料(1人分)
ご飯:200g(少し固めに炊いたもの)
鶏肉(または端材の肉):50g(細かく切る)
玉ねぎ:1/4個(みじん切り)
卵:3個
ケチャップ:大さじ3
バター:10g
塩、胡椒:少々
■ 料理のポイント
ライスを「炒める」のではなく「焼き付ける」:
アキトは超スピードでフライパンを振り、米一粒一粒にケチャップの水分を飛ばしながら、均一に熱を加える。これにより、ベチャつかず、パラパラなのにしっとりしたライスが完成する。
卵の乳化:
卵を溶く際、アキトは数秒間に数千回の攪拌を行う。これにより白身と黄身が分子レベルで混合され、焼いた時に「ムラ」が一切ない、プリンのような滑らかな食感になる。
隠し味のデトックス:
端材の肉を調理する前、アキトは微細な振動で肉の中の血抜きを一瞬で終わらせる。これにより、古い肉特有の臭みを完全に除去し、アミノ酸の旨味だけを増幅させている。




