統括ギルドの食堂:格の違い
ドリア皇国の全ギルドを束ねる最上位組織、それが『統括ギルド』だ。
そこは、世界中から集まる依頼を捌き、各ギルドのランクを査定する、いわばアルカナの心臓部。
アキトは、古ぼけた麻のバッグ一つを担いで、その重厚な石造りの建物の裏口に立っていた。
「……今日からお世話になる、アキト・グロリアです」
「待っていたよ、アキト君。話は聞いている。……あんな連中に、君を任せたのが間違いだったな」
出迎えたのは、統括ギルドの査定官を務める初老の男、ヴィンセントだった。
彼はアキトの「真の能力」を知る数少ない一人であり、かつて『鳳凰の絆』へアキトを推薦した張本人でもある。
「いや、いいんだ。あそこじゃ、家事をしててもサボってるようにしか見えないみたいだしな」
「ふん、節穴め。……まあいい、当面はここの地下にある、職員用食堂の厨房を任せたい。君が鳳凰の絆を辞めたことが公になれば、他の国やトップギルドが黙っていないだろうからね。ほとぼりが冷めるまで、ここで腕を振るってくれ」
ヴィンセントに案内された厨房は、一国のギルドとは思えないほど広大で、清潔だった。
アキトは軽く一礼して厨房に入ると、まな板の前に立つ。
「とりあえず……挨拶代わりに、昼食を何人分か作ればいいか?」
「ああ。今日は査定業務で疲れている職員が多い。元気になるものを頼むよ」
「わかった。……じゃ、サクッといくか」
アキトが包丁を握った瞬間、空気が変わった。
シュン、という風を切る音さえ聞こえない。
まな板の上に置かれた最高級の野菜や魔獣肉が、まるで魔法のように瞬時に、完璧な厚みで切り分けられていく。
大きな鍋に火が入ったかと思えば、次の瞬間には芳醇な香りが食堂中に漂い始めた。
アキトの家事スキル(極)。
それはただ速いだけではない。食材の細胞を一つも潰さず、旨味と魔力を極限まで閉じ込める「神の領域」の調理だ。
三十分後。
「はい、お待たせ。『アルカナ風・彩り野菜と飛竜肉の薬膳カレー』だ」
食堂に並べられた皿から、黄金色の蒸気が立ち上る。
それを一口食べた職員たちが、次の瞬間、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
「……なんだ、これ……っ!?」
「全身に、魔力が溢れてくる……! 先週からの疲れが、一瞬で消えたぞ!」
「おい、見てくれ! 俺のレベル上限が、一時的に突破してるんだが!?」
阿鼻叫喚の絶賛が巻き起こる食堂で、アキトはエプロンを外しながら静かに笑った。
一方で。
『鳳凰の絆』の拠点では、ガストンたちが新しく雇った「一流シェフ」の料理を前に、顔をしかめていた。
「おい……この肉、固くて食えねえぞ」
「それに、なんだか体がダルい。なあ、アキトがいた頃って、もっとこう……食べれば力が湧いてきたよな?」
彼らはまだ気づいていない。
自分たちが追い出したのが、「ただの雑用係」ではなく、アルカナの秩序すら変えてしまう「歩く聖域」だったことに。




